第5話「二つのヴァルグレイヴ」
目の前にいる。
ただ、それだけのことなのに。
俺は、操縦桿を握ったまま動けなかった。
モニターいっぱいに映る黒い機体。
人型。
二本の脚。
二本の腕。
そして、こちらのヴァルグレイヴと酷似した頭部。
けれど、その姿は明らかに違っていた。
全身を覆う黒い装甲。
ところどころから赤い光が漏れている。
右腕には大型の兵装。
そして、その手に握られているのは、赤く焼けるように輝く刀だった。
「……なんだよ、あれ」
通信から誰かの声が聞こえる。
『未知のHX、解析不能』
『既存の亡霊艦隊機とは構造が違いすぎる』
『こちらのデータベースに一致する機体なし』
俺は返事をしなかった。
そんなことを言われなくても分かる。
あれは普通の敵じゃない。
そして何より。
俺のヴァルグレイヴが、あの機体から目を離さない。
操縦しているのは俺だ。
なのに。
ヴァルグレイヴが敵を見つめて動かない。
「……お前、知ってるのか?」
返事はない。
当然だ。
機械なのだから。
そう思った。
けれど。
胸の奥では、別の答えが浮かんでいた。
――知っている。
そんな気がした。
◇
黒い機体が動いた。
速い。
「――っ!」
一瞬で距離を詰めてくる。
俺は反射的に操縦桿を倒した。
ヴァルグレイヴが横へ跳ぶ。
直後。
目の前を赤い刃が通り過ぎた。
「速すぎる!」
衝撃波が機体を揺らす。
『シン、距離を取れ!』
「分かってる!」
ヴァルグレイヴを後退させる。
黒い機体は追ってくる。
その動きは、俺が知っている亡霊艦隊の機体とはまるで違った。
迷いがない。
動きに無駄がない。
俺は操縦桿を切る。
右。
左。
上昇。
そして急停止。
黒い機体が追従する。
「くそっ……!」
また来る。
赤い刃が迫る。
俺は避ける。
けれど。
ヴァルグレイヴが突然、俺の操作とは違う方向へ身体を捻った。
「え?」
次の瞬間。
黒い刃が装甲のすぐ横を通り抜ける。
「……!」
もし今の動きがなければ。
直撃していた。
『今のを避けたの!?やるじゃない!』
「俺じゃない!」
通信の向こうが沈黙する。
「ヴァルグレイヴが勝手に動いた!」
『そんなことが……』
俺も信じられない。
けれど。
今は考えている暇がなかった。
◇
黒い機体が再び踏み込んでくる。
今度は、俺もレーザーブレードを展開し迎え撃つ。
「だったら……!」
操縦桿を倒す。
ヴァルグレイヴが前へ出る。
二機の機体が正面からぶつかり合う。
刃と刃が衝突する。
轟音。
機体が揺れる。
俺は必死に姿勢を保つ。
「こいつ……!」
力も違う。
単純な出力勝負なら、こちらが押されている。
黒い機体がこちらを押し込む。
俺は歯を食いしばる。
「負けるか……!」
操縦桿を引く。
ヴァルグレイヴが身体を捻る。
黒い機体の腕を受け流し、そのまま距離を取る。
「……どうすれば勝てる?、考えろ、考えろ、考えろ!」
俺は息を整える敵をちらりと見る。
黒い機体が止まる。
その赤い目がこちらを見ている。
「……」
俺も動かない。
戦場の中央で。
二機だけが向かい合っている。
すると。
黒い機体が、ゆっくりと右腕を上げた。
ガトリング。
銃口がこちらへ向く。
『シン!』
「分かってる!」
咄嗟にヴァルグレイヴを動かす。
大量の攻撃が飛んでくる。
空間を埋め尽くすような弾幕。
俺は必死に避ける。
右。
左。
上。
下。
ヴァルグレイヴが滑るように動く。
その動きは、自分で操っているとは思えないほど正確だった。
「……!」
一発。
二発。
三発。
それでも避ける。
黒い機体が距離を詰める。
赤い刀身が振り下ろされる。
俺は反射的に腕を上げた。
ヴァルグレイヴのレーザーブレードと赤い刀がぶつかる。
火花が散る。
「ぐっ……!」
衝撃で身体がシートに押し付けられる。
黒い機体が押し込んでくる。
俺も負けじと押し返す。
二機の顔が、至近距離で向かい合う。
その瞬間。
俺の頭の中に、奇妙な感覚が走った。
――知らない光景。
暗い場所。
黒い空間。
その中に立つ、一機の機体。
今の黒いヴァルグレイヴ。
そして。
その向かいに立つ、自分のヴァルグレイヴ。
「……何だ、これ」
一瞬だった。
映像は消える。
俺は現実へ引き戻された。
黒い機体が離れる。
こちらも後退する。
「今の……」
何だったんだ。
◇
その時。
戦場全体に通信が入った。
『全部隊、聞こえるか』
基地司令だった。
『未知のHXについて暫定識別を行う』
モニターに黒い機体の姿が映る。
『敵性HXをHX0Zと仮登録する』
「HX0Z……」
俺はその名前を呟いた。
『現在、HX-01Aとの交戦を確認』
司令の声が続く。
『当該機体は極めて高い戦闘能力を有する。全部隊はHX-01Aを援護し――』
通信が途切れた。
『……?』
ノイズ。
一瞬だけ、戦場が静かになる。
そして。
黒い機体が動いた。
俺は操縦桿を握る。
「来る!」
黒い機体がこちらへ突っ込んでくる。
俺も迎え撃つ。
二機が再び激突する。
けれど。
今度は違った。
俺は少しだけ、ヴァルグレイヴの動きを信じてみる。
自分で全てを操作しようとしない。
機体の動きを感じる。
「……行け」
ヴァルグレイヴが動く。
黒い刃を避ける。
敵の懐へ入る。
俺は腕を振る。
拳が黒い機体の装甲を捉える。
鈍い衝撃。
黒い機体が後退する。
「入った!」
初めて。
こちらの攻撃がまともに当たった。
俺はそのまま追撃しようとする。
だが。
黒い機体は急停止した。
そして。
こちらを見る。
何かを確認するように。
「……?」
次の瞬間。
黒い機体が背を向けた。
「逃げるのか?」
追おうとする。
だが。
『追うな!』
司令部からの命令。
「でも!」
『敵部隊が撤退している。これ以上追撃する必要はない』
俺は歯を食いしばる。
黒い機体は、亡霊艦隊の群れの中へ戻っていく。
最後に一度だけ。
こちらを振り返る。
赤い目が光った。
そして。
消えた。
◇
戦闘終了。
基地へ戻った俺を待っていたのは、研究員たちだった。
格納庫へ入るなり、主任が駆け寄ってくる。
「シン!」
「何です?」
「何があった?」
「何って……」
「戦闘中のデータだ!」
主任は端末を見せる。
そこには、俺とHX0Zの戦闘記録が表示されていた。
「この機体……」
「強すぎる」
主任が言う。
「我々が今まで確認したどのHXとも違う」
俺は黙っていた。
主任が続ける。
「それに……」
「何です?」
「HX-01Aの反応だ」
「?」
「戦闘中、君の操作入力と機体反応が、今まで以上に一致している」
「……」
「まるで、あの黒い機体を認識したことで、HX-01Aの性能が変化したように見える」
俺はヴァルグレイヴを見上げる。
何も変わっていない。
ただ静かに立っている。
「……あいつは何なんでしょうね」
俺がそう呟く。
主任は答えなかった。
◇
深夜。
格納庫。
誰もいない。
照明も最低限しかついていない。
ヴァルグレイヴは、一人で立っていた。
やがて。
胸部の奥。
誰にも見えない場所で。
小さな光が灯る。
一瞬。
機体内部に、見慣れない文字列が浮かび上がる。
HX-01A
そして、その下に。
もう一つの識別コード。
HX0Z
二つのコードが重なった瞬間。
ヴァルグレイヴのシステムが、ごく僅かに反応する。
しかし。
それはすぐに消えた。
◇
同じ頃。
遠く離れた亡霊艦隊の拠点。
黒い機体が立っている。
HX0Z‐ロストヴァルグレイヴ。
その前に、無数の亡霊艦隊が集まっていた。
黒い機体は何も言わない。
ただ。
赤い刀を地面へ突き立てる。
その瞬間。
周囲の亡霊艦隊が、一斉に動き始めた。
人類側の基地へ向かって。
一機。
また一機。
そして。
その数は、先ほどまでの比ではなかった。
ロストヴァルグレイヴは、静かに空を見上げる。




