青と黒
「フェアリー・レゾナンス」の前日譚
ゆかとエミリーの出会いの話です。
よろしくお願いします。
「ふぅ」
ゆかは大きくため息をついた。
青いショートカットの髪が強風になびいている。
インカムに雑音が混じり、ゆかはそれを乱暴に揺らして接触を直した。
「ねぇマユリ、これ壊れてるんじゃない?」
「いつもゆかが雑に扱うからなのだよ。私がそんな不良品作るわけないのだよ。それより首尾はどうなんだい?」
通信が割り込んでくる。
「マユリさん!ゆかさんにはボクが付いているから大丈夫だよ!もうちゃんとビルの入口で待機してるよ」
「そうだったのだよ、茜が付いているなら心強いのだよ」
ゆかとバディを組んでいる、自分のことをボクと呼ぶ俗に言う【ボクっ娘】のフェアリーだ。
黒髪で、ゆかとそっくりなショートカットがとてもよく似合っている。
ゆかは高層ビルの屋上に立っていた。
眼下には、夜の星よりも輝く街の明かりが広がっていた。
一つ一つの光の下で、人々がそれぞれの暮らしを営んでいる。
しかし、生まれ持った性別だけを理由に、そんな当たり前の日常を送れない人々がいる。
男性でも女性でもない第三の性、共性——レゾナントと呼ばれる人々だ。
ゆかも茜も、レゾナントだった。
そのレゾナントが捕えられているというビルの明かりが腹立たしく感じているかのように、ゆかの目が鋭く光る。
目標のビルは距離にして500メートル先だ。
ここから飛んで目的のビルに飛ぶなど正気の沙汰ではなかった。
もう一度確認のためにマユリに声をかけた。
「マユリが開発したウェーブスーツ……これ本当に大丈夫なの?」
「ゆか、私がいつからこのLABOにいると思ってるのだよ、このアンドロギュノス科学技術局局長のマユリ様に任せるのだよ」
「局長就任三日目おめでとう〜信頼するわ」
「ふふふ……いいフライトを楽しむのだよ」
「他人事だと思って!」
「ゆかさん、ボクがフォローしてますよ」
茜のキュートで人懐っこい笑顔を思い出す。
胸の奥が温かくなり、エナジーが漲る。
ゆかは高層ビルの屋上で助走し、勢いをつけ重力の奔流に身を投げ出した。
「くぅ」
落下によって、内臓が持ち上がる感覚に耐えるように歯を食いしばる。
〈キュキィィン〉
ウェーブスーツ試作23号が音を立てて動作する。
エナジーを動力に減速フィールドが展開され、両脇に伸ばした手で方向を調整しながら滑空していく。
目標ビルまであと200メートル!
(ほほぅ……なかなか安定して………ん?っあ!…)
突然ウェーブスーツが止まった。
落下の勢いが増し、屋上には届きそうになかった。
風切り音とノイズで聞こえにくかったが確かに聞こえた。
「ゆか……失敗は成功のもとなのだよ。幸運を祈る」
「あ!あんたね!」
歯を食いしばりながらグローブのスイッチを押す。
ゆかの身体から燐光が溢れて、拳にはめたグローブが青白く光り輝く。
最上階の6階下の事務所に激突する瞬間、ゆかの右ストレートがビルの外壁を破壊した。
事務所に残っていた人から悲鳴が上がる。
そのままビルの端から端まで転がりデスクを破壊し、パーテーションをぶち抜いていく。
最後は女子トイレの扉をぶち壊してようやく止まった。
衝撃で壊れた個室のドアがゆっくりと開き便座に座った女性が悲鳴をあげる余裕もなく固まっていた。
ゆかはゆっくりと立ち上がり、目にかかった前髪をかき上げながら、照れくさそうに笑った。
「ノック激しくてごめんね」
女性は顔を真っ赤にしながらゆかの笑顔から視線を外せない。
「いえ……大丈夫です」
とだけしか言うことが出来なかった。
ゆかがもう走り出し、階段を駆け上がって行ったからだった。
目標は5階上だった。
階段を飛ぶように上がっていく。
大きな音を聞いた反社会的勢力事務所から刃物を持ったいかつい男が何事かと顔を出した。
男が見たのは青い疾風だった。
次の瞬間には男の顔に拳が当たり、一言も喋ることなく部屋の中に吹っ飛んで行った。
「な!なんじゃ??」
「カチコミか!」
反社会的勢力事務所は蜂の巣をつついたようなパニックとなった。
ゆかは次々と男たちに拳を当て気絶させていく。
刃物をかいくぐりパンチで刃物を折る。
奥に扉が見える。他のドアと作りが違う。
明らかに上の者がいる部屋へと続いていた。
(反社会的勢力ってこういう単純さがずっと抜けないのね)
ドアのすぐ向こうで銃を構えている気配を感じた。
グローブのスイッチを押す。
分厚いドアをゆかの拳のノックが粉砕する。
ドアの向こうで聞き耳を立てていた男がドアの破片と一緒に壁に激突した。
瞬時に部屋の大きさ、いる人間の数、家具の配置、を見て判断する。
捕まっているというレゾナントは部屋にいなかった。
「茜、来て!」
「わかったよ」
ほどなくして、茜が階段を駆け上がり部屋に飛び込んできた。
「視るね」
茜からエナジーが立ち上り両方の目が光を放つ。
茜の能力「探視」
茜はいろいろなものを探すことが出来た。
「隠し扉がどこかにあるはずなのよ」
「わかった、ボクが見つけるよ……あった!そこの壁の向こうに人の出入りの痕跡を見つけたよ!」
「よくやった、茜!」
褒められて茜の頬が赤く染まった。
ゆかはその壁を注意深く探る。
壁に小さな穴を見つけた。
「ここか」
穴の中のボタンを押すと壁に亀裂が入り横にスライドした。
ゆかが飛び込むより早く茜がその空間に飛び込む。
「茜! 安全確認!」
刹那——暗がりに潜んでいた男が、茜の頭上から刀を振り下ろした。
ゆかが飛び込み、身を挺して茜を庇う。
背中に鋭い痛みが走り、浅く切り裂かれた傷から少し血が流れた。
「ちぃぃ」
振り向いて男の腹に蹴りをぶち込んだ。
壁に激突して動かなくなる。
「ゆかさん!ボク……」
「大丈夫よ……でもむやみに突っ込むのはもうやめるのよ……それより対象レゾナントは?」
「いました。こっちです」
ゆかと茜は、三十歳前後と思われるレゾナントを保護した。
「捕まって実験施設に移送される前でよかった。すぐに医療班が来るはず」
「ありがとうございます」
保護されたレゾナントが手を握って感謝の言葉を何回も並べた。
「いいのよ、このまま迎えが来るから私たちアンドロギュノスの医療センターに行ってもらうことになるわ」
優しく手を握り返し説明した。
茜が沈んだ声でゆかに言った。
「ゆかさん……背中の傷……」
「茜、この痛みは大丈夫なのよ、私が我慢できないのは助けられなかった時の心の痛み……」
「……ゆかさん」
茜は何か言いかけたが、結局何も言わなかった。
そのとき、ゆかの目が机の上に置かれた一冊のファイルに留まった。
表紙には、こう記されていた。
〈重要捕獲対象共性〉結城舞 16歳
詳細な個人情報と顔写真まで載っていた。
赤い髪をなびかせ、女の子のワインレッドの瞳がカメラを睨みつけていた。
読んで頂きありがとうございました。




