4 : 不思議な声
今日は王立学園の見学会の日だ。
私は今、豪華な馬車に揺られていた。
向かいにはハイタ・アルデウィンド。
第二王子であり、私の婚約者。
そして将来、私を断罪する男。
正直気まずい。ものすごく気まずい。
なにせつい数日前まで私はただの一般人だったのだ。
攻略対象と二人きりで馬車に乗る心の準備などできているはずがない。
しかも相手は推しである。
いや、推しという表現も少し違うかもしれない。
クトゥルフ神話好きとしてはハスターモチーフというだけで点数が高い。
黄色。風。黄衣。王族。
露骨すぎる。制作陣は絶対に狙っている。
そんなことを考えていると。
「何を見ている。」
突然ハイタが口を開いた。
「え?」
「先程からずっとこちらを見ていただろう。」
しまった。視線があからさま過ぎたか。
「別に。」
「嘘だな。」
即答だった。なんなのだこの人。
鋭い。怖い。
「殿下のお召し物を見ていましたのよ。」
「服を?」
「黄色が多いなと。」
「緑と黄色は王家の色だからな。」
ハスター要素が強い。解釈一致。運営に感謝を。
危うく口に出しかけて慌てて飲み込む。
今の私はルベリアなのだ。狂信者狂信者丸出しはいけない。
ついてみると王立学園は想像以上に大きかった。
白い石造りの校舎。広大な庭園。
噴水。演習場。図書館。
貴族の子弟が通う学校というより、もはや小さな街である。
「すごい……。」
思わず呟く。
すると案内役の教師が少し誇らしげに笑った。
「王国最高峰の教育機関ですから。」
そういえばゲームでも何度も見た場所だった。
文化祭。試験。攻略対象との交流。
そして断罪。
色々なものが今後ここで起こるのだろう。
見学会は順調に進んでいた。少なくとも途中までは。
図書館を見学した後、私はふと窓の外に広がる森へ目を向けた。
学園の敷地内にある森はゲームでも登場した場所だ。
未来で私がヒロインを呼び出す場所でもある。
胸の奥が少し重くなる。
気付けば足がそちらへ向いていた。
どれくらい歩いただろう。
気付けば周囲に人影はなかった。
「……迷ったわ。」
馬鹿である。
完全に迷った。しかも学園見学中に。
我ながら何をやっているのだろう。
森の中は静かだった。
木々の隙間から差し込む光に鳥の声。葉擦れの音。
どこか神秘的ですらある。
けれど私には別のものが見えていた。
ゲームの記憶。
炎。悲鳴。断罪。そして、
ルベリア・フォーマルハウトの最期。
「私はここで……。」
ヒロインを殺そうとした。まだ起きていない未来。
けれど確実に存在した未来。
もし記憶を思い出さなかったら。
私は同じ道を歩いていたのだろうか。
少し怖くなった。ルベリアの感情は分かる。
記憶もある。
怒りも、嫉妬も、独占欲も、全部理解できる。
だからこそ、もしかしたら自分も同じになるのではないかと思ってしまう。
「……。」
小さく息を吐く。その時だった。
ふわりと風が吹いた。
優しい風だった。
冷たくない。温かくもない。
ただ心地良い。
まるで、大丈夫だと言われた気がした。
「こんなところで何をしている。」
背後から声がした。驚いて振り返る。
そこにはハイタがいた。
「殿下!?何故ここに、」
「探した。」
短い言葉だった。だが少しだけ息が上がっている。
もしかして本当に探してくれたのだろうか。
「申し訳ありません。」
「自覚はあるらしいな。」
「面目ありませんわ。」
「そうか。」
そうか、って軽いな...
もう少し怒られると思っていた。
沈黙が落ちる。
風が木々を揺らす。
葉の擦れる音だけが聞こえる。
「落ち込んでいたな。」
不意にハイタが言った。
「え。」
「違うか。」
否定できなかった。
「少し。」
そう答える。ハイタは何も言わない。
無理に聞き出そうともしない。
それが少しだけありがたかった。
「私は。」
気付けば口を開いていた。
「未来が怖いのです。」
言った瞬間に後悔した。
何を言っているのだろう。意味不明である。
だが。
ハイタは笑わなかった。
「誰でも怖い。」
ただそれだけ言った。
「殿下もですか?」
「当然だ。」
即答だった。
「未来など見えない。」
風が吹く。黄色い花びらが揺れる。
「だが、」
ハイタが続ける。
「見えないなりに進むしかない。」
その言葉は妙に胸に残った。
しばらくして、私たちは森を後にした。
出口はすぐそこだった。もう校舎も見えている。
安心した。そう思ったその時、
『――やっと。』
声が聞こえた気がした。
私は足を止める。
『やっと会えたね。』
誰かが囁いた。
振り返る。誰もいない。
森だけがそこにあった。
「ルベリア?」
ハイタの声。
「今、何か……。」
「何だ。」
「いえ。」
気のせいだろうか。
そう思いながら、私は森を後にした。
奇妙な視線を背中に感じながら。




