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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第五章 うちの村だけは幸せであれ

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第137話 勝者と敗者

 大軍が移動するには、よく整備された道が必須。純粋派ノーザーランド人の軍勢は、ダリアンデル人の新連合軍の予想を外れることなく、南西部へと続く主要街道を西へと逃げ続けた。

 新連合軍は敵側を上回る大軍であるが故に、そう簡単に追いついて背中へ襲いかかることはできず、しかし士気高い行軍の結果として引き離されることもなく追撃を続け――そして遂に、西からこちらへ進軍していた穏健派ノーザーランド人の軍勢と合流する。街道上で純粋派の軍勢を東西から挟み込み、逃げ場を封じる。


 穏健派の軍勢はおよそ三千。一部の兵力を国境防衛のために後方へ残している新連合軍は、およそ一万二千。この状況を受け、残存兵力およそ一万の純粋派は、西の穏健派を突破して自分たちの支配域へ帰還しようと試みた。

 全軍の過半にあたる七千が西を向いて突撃を仕掛け、残る三千は東を向いて時間稼ぎに臨む構えを見せた。この純粋派の行動に、しかし穏健派の新連合軍も上手く対応した。


 まず穏健派は、純粋派の主力を受け止めるように、左右に長い横隊を組んだ。こうすれば、二倍以上の兵力を誇る敵軍が相手でも、正面でぶつかり合う兵力だけを見れば互角となる。陣形に厚みがないため持久戦になれば持ちこたえられないが、この短期決戦の場においてはその点を心配する必要はない。

 こうして穏健派が純粋派の西進を阻んでいる間に、新連合軍は東から猛攻を仕掛けた。騎兵が先頭に立って純粋派の殿軍に斬り込み、歩兵がその後に続いて敵陣の傷を押し広げ、後衛や両翼からは弓兵と投石兵、火魔法使い、さらには攻城兵器部隊が敵陣のど真ん中に苛烈な攻撃を為した。

 一万二千の兵力による、これまで一方的に蹂躙されたダリアンデル人の恨みをぶつけるかのような大攻勢を受けて、純粋派の陣形はあまりにも簡単に崩れた。


「思った以上に脆いですねぇ。奴ら、分かりやすく士気が折れてますねぇ」

「どれだけ異教にのめり込んでいようと、奴らも人間ということでしょうか。長く動員されて、大勢の犠牲を出して、それなのに敗けて逃げ帰っている最中に追い詰められたとなれば……」


 新連合軍の後衛。緩やかな丘の上に布陣し、遠くの敵軍を一方的にバリスタで撃ちながら、ミカが言葉を交わすのは使役魔法使いアランだった。

 新連合軍が純粋派の軍勢を追って西進する際、今は崩壊状態にあるアルデンブルク王国より小規模な軍勢が合流を果たした。純粋派がアルデンブルク王国を蹂躙した際、彼らの東への進路から遠かった王国北部――モーティマー領などは襲撃を逃れて無事だったため、モーティマー家に仕えるアランも彼の使役するツノグマのジョンも無事だったのだという。

 この期に及んでも上手く生き延びたベアトリス・モーティマー卿の悪運強さに内心で慄きながらも、ミカは戦友であるアランとの再会を喜び合い、今はこうして共に決戦に臨んでいる。ミカは念魔法で空中に浮かべ、アランはジョンの背中に載せ、バリスタを敵陣に向けて撃ち込んでいる。


「……これはユーティライネン閣下から教えてもらった話なんですが、ノイシュレン王国軍が捕らえた純粋派の捕虜を尋問したところ、今の純粋派は以前と比べて質のばらつきがあると分かったそうです。純粋派がダリアンデル地方への入植に成功したから、大して信仰心が強くないノーザーランド人まで土地持ち農民になることを夢見て純粋派に与するようになったらしくて……」

「……なるほど。そういう連中なら、攻めているときはともかく、攻められる段になると弱いのも納得です」


 次弾の装填作業を進めながらミカが語ると、アランは敵陣に侮蔑の笑みを向けた。


「皆聞け! 現在準備している射撃を終えたら、攻撃を一時中止しろ。敵軍の崩壊が想像以上に早く、友軍が敵陣の奥深くまで攻め込んでいる。味方への誤射を防ぐために、予定より早く攻撃を切り上げることになった」


 攻城兵器部隊を率いるサンドラが命令を下し、それは隊列の中央辺りにいるミカたちにも当然に届く。


「この戦いも、いよいよ終わりですか」

「ですねぇ……生き延びられて何よりですよ」


 これが、此度の純粋派との戦いで自分が放つ最後の攻撃になるだろう。そう思いながら、ミカはバリスタから矢を撃ち出した。


・・・・・・


「ひ、ひいぃっ!」


 新連合軍と純粋派の軍勢が激突する戦場の最前面。かつてドンド・ドンダンドという名で生きていたブレンダンは、民兵の一人として熾烈な殺し合いの中に身を置いていた。

 ダリアンデル地方における純粋派の最初の襲撃を辛くも生き延びたブレンダンは、その後も自身の妻子と、亡き弟の家族を連れて逃げ続け、とうとう北東部に流れ着いた。とある大領地の領都に逃れて昨年の冬を生き延び、次の冬も領都で過ごしたければ家族から一人を民兵としてノイシュレン王国への援軍に送り出すよう言われ、息子や甥たちを守るために自身が従軍した。


 そして今、がむしゃらに戦っているうちに自軍の最前列まで進み出てしまい、いかにも職業軍人らしい強そうな敵兵と対峙して逃げ回っていたら、逃げる方向を間違えて敵陣の中に入り込んで孤立してしまった。

 足がもつれて地面に転がり、強そうな敵兵には結局追いつかれた。大きな戦斧が振り上げられ、今まさにブレンダンの脳天に振り下ろされようとしている。

 ブレンダンが死を覚悟した、次の瞬間。どこかから飛来した矢――槍のように太い、おそらくは攻城兵器から放たれた矢が強そうな敵兵を貫いた。胸のど真ん中を貫かれた敵兵は驚愕に目を見開き、血を吐きながら倒れ伏した。


「ひぃ……?」


 ブレンダンが呆けた顔で座り込んでいる間にも戦況は動き、敵軍はさらに退き、味方はさらに前進した。そのおかげで、ブレンダンは孤立から解放され、味方の最前列と合流を果たす。


「ブレンダン、お前無事だったのか!」

「怪我してないなら立て! 前に進むぞ!」


 同じ部隊の仲間たちに助け起こされたブレンダンは、矢が飛来した方向――味方の遠距離攻撃部隊が陣取っているらしい真東の丘の方を向く。


「……ありがたい」


 偶然の結果とはいえ助けてくれた顔も知らない味方に感謝しながら、ブレンダンは考える。

 良き人間となり、良きことを為せ。神が自分にそう言っているのかもしれないと。善行を為すために自分は幸運を与えられ、ここまで生かされたのかもしれないと。

 であれば、神の意思に従って良きことを為さなければならない。自分の場合、まずは贖罪から。


・・・・・・


 総勢で一万の兵力を保っていた純粋派の軍勢は、穏健派の軍勢とダリアンデル人の大軍勢によって挟撃され、完全に崩壊した。戦場の南北から零れるようにして、あるいは穏健派の陣形の僅かな隙間を抜けるようにして、西への逃走が叶ったのは全軍の半数にも満たなかった。

 その逃走の有様も、無惨としか言いようがなかった。兵たちは少数ずつ散り散りになり、土地勘もない場所で彷徨いながら西を目指す羽目になった。途中で敵側の残党狩りに遭ったり、現地ダリアンデル人の生き残りに捕まって嬲り殺しにされたりする者が続出した。


 その中で唯一まともな兵力――数百程度の部隊を維持しながら穏健派の隊列を強行突破し、疲労した落伍者を何人も出しながらの強行軍で西進を続けているのが、クラウダ・ファーランハウネとその他の首長たちの一行だった。

 ただし、クラウダは敵の刃を受けて足に重傷を負い、敗走の途中で体力が限界を迎えて昏睡状態となり、配下たちの抱える担架によって運ばれている状況だった。

 小休止の最中。長らく意識を失っていた彼がようやく目覚めたと報告を受けたヴァルナー・メイエランデルは、他の首長たちや、クラウダの家臣団の長であるミハイルと共に、担架で横になったままの彼の周囲に集まる。周囲から人払いをさせた上で、大首長と話し合う。


「……そうか、我が軍はそれほどの惨状に」

「はい。我々は既に純粋派の支配域に辿り着き、以降の移動はある程度安全なものになるかと思いますが、他の同胞たちがどれだけ生還できるかは未知数です」


 ヴァルナーより説明を受けたクラウダは、中空を見つめたまま無言になる。

 そして、彼が次に口を開き、吐き出された言葉は、ヴァルナーにとって衝撃的なものだった。


「私の傷が癒えたら、生還した勇敢なる同胞を結集させ、反撃に臨まなければな」

「……っ」


 ヴァルナーが思わず息を呑む一方で、他の首長たちも驚愕の反応を示した。そしてミハイルは、僅かに眉根を寄せながら何やら思案の表情を浮かべる。

 根こそぎかき集めた軍勢が壊滅的な損害を被ったとなれば、この上で反撃に出る余裕などあるはずもないことを、クラウダ以外の誰もが理解していた。


「しかし、大首長閣下。我々にはもはや、大規模な戦に臨むだけの社会的な余力はありません。この上は守りに徹し、現在の支配域を維持しながら勢力回復に務めるのが最善かと――」

「それは違うぞ、ヴァルナー首長」


 揺るぎない自信を滲ませた声で、クラウダは言った。


「これは試練だ。唯一絶対の神が、聖戦に臨む我々に与えた試練なのだ。死力を尽くしてこの試練に打ち勝ったとき、我々の名は歴史に残るだろう。そして、私は聖人として神の御傍に並ぶことになる……邪悪なる異教徒どもを撃滅し、我々が真に忠実な信徒であることを示せば、神は必ず祝福をもって応えてくださる。神の祝福の下に、我々の勝利は約束されているのだ」


 中空を見つめたまま語ったクラウダの言葉に――感銘を受ける者は、もう誰もいなかった。

 昨年の会戦に勝利した後、クラウダは同じようなことを語った。しかし、彼の言葉通りにはならなかった。

 成果を示してきたからこそ、クラウダの求心力は保たれていた。大将として致命的な敗北を為した上で、なおも非現実的な信念を語る彼に、誰もが失望を覚えているのは明らかだった。


「……ヴァルナー首長。後を引き継ぐお覚悟は? これから純粋派を導いて、生き長らえさせるご決心は?」


 唐突に言ったのは、先ほどまで思案の表情を浮かべていたミハイルだった。彼の言葉を受けて、他の首長たちも一斉にヴァルナーを見た。

 クラウダが昏睡状態にあった間、ヴァルナーは他の首長たちと話し合いを重ねていた。信念を次第に先鋭化させていったクラウダとは逆に、純粋派の支配域が広がるほどに地に足のついた考えを示すようになっていたヴァルナーは、南東部への侵攻の以前より戦争継続に疑念を呈していたことも評価され、次の大首長としての働きを皆から期待され始めていた。

 皆に見据えられたヴァルナーは、少しの間を置いて、悲壮な表情で頷く。


「……できている」

「おい、ミハイル。それにヴァルナー首長も、一体何の話をしている?」


 クラウダの問いに、ミハイルは答えなかった。クラウダに向けられた彼の目には、同情の色が浮かんでいた。


「大首長閣下……我が友よ、すまない」


 ミハイルとクラウダは幼い頃から互いを見知った仲だったとヴァルナーは聞いている。悲痛な声で呟いたミハイルは、クラウダの頭の下に敷かれていた羊毛の枕を引き抜くと、それをそのままクラウダの顔に押しつける。

 居並ぶ首長たちが目隠しとなり、ミハイルの行動は他の者たちからは見えない。


「……っ、…………っ!」


 苦しさから逃れようとするクラウダの手足を、ヴァルナーが押さえつける。重傷を負っている上に、昏睡から目覚めたばかりで衰弱している彼の動きを阻むのは容易だった。

 クラウダの動きは次第に小さくなり、そしてまったく動かなくなる。それでもしばらくの間、彼の顔に枕を押しつけ続けていたミハイルは、ようやく手の力を緩める。枕をどけると、クラウダの口元に手を近づけ、彼が息絶えたことを確かめる。


「……クラウダ大首長閣下は、戦傷と過酷な移動による衰弱のために世を去った。一時的に意識を取り戻され、遺言として己の失態を全面的に認め、ヴァルナー首長を後継者に指名され、間もなく静かに息を引き取った。首長諸卿、それでよろしいか?」


 大首長の家臣団の長だったミハイルは、首長たちに並ぶ立場にある。彼が確認するように問うと、首長たちは一様に頷く。


「ヴァルナー大首長閣下。これから如何いたしましょう?」


 一同の首肯を受け、ミハイルが口調をあらためながら問うと、ヴァルナーはしばしの沈黙の後に口を開く。


「……今は生き残りに努めよう。必要とあらば支配域を縮小させ、純粋派として存在を維持することに注力する。穏健派とは講和を結び、ダリアンデル人にはこちらから新たに侵攻を為す意思はないことを示す。支配域に籠って兵力の回復に務め……その後は、着実な勢力拡大に臨む。平和的な布教も選択肢とする。元より長い時間をかけてラクリナレス教を広めるつもりだったのだ。聖戦は始まったばかりだ。我々の代で何かを為そうなどと焦るのは誤りだった」


 現実的に考えて、一代でダリアンデル地方を制圧するなどという夢を見ることは、もはやできない。兵力は大きく減り、社会は衰弱し、おまけに同胞たちの結束も以前ほどには強固ではなくなっている。土地を目当てとして新たに純粋派に与する者も出てきている現状、信仰心を拠りどころとするにも限界がある。

 ヴァルナーの示した方針に、反対を示す者はいない。この現状で下手に立ち回れば、彼らの首長としての地位さえ危うくなるからこそ。


 その後、純粋派ノーザーランド人は支配域を狭めながら守勢に入った。

 クラウダ・ファーランハウネは、故郷ノーザーランドにおける純粋派の勢力拡大とダリアンデル地方入植という偉業を成した一方で、晩年には大きな失態を為した指導者として歴史に名を残した。

 彼がラクリナレス教における聖人として列聖されることは、永遠になかった。

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― 新着の感想 ―
 戦争を起こしておいて生き残ることが許されるのか?と思ったけど地球がそうだったなぁと思い浮かぶなぁ。
 最後の最後で大首長を継いだヴァルナーが後世に聖人として尊崇されたりしてな。…まあ、虐殺に手を染めたヴァルナーを聖人扱いしたら、現地勢力の反感買って弾圧されかねないから、ないだろうけど。
完全な挟撃体制が確立され戦線崩壊した状況でも半分近くが戦場から離脱できるものなんですね。そのあとの生存はともかくとして。 実質的に包囲殲滅戦に近い状況なので敵陣を突破できない兵士はほとんど見込み薄のは…
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