第122話 亡国の王族たち
アルデンブルク王家の生き残り――亡きディートリヒ・アルデンブルクの妻子がノイシュレン王国への亡命を求めて来訪したという報せは、ヴァレンタイン家からの伝令によってエルトポリまで届けられた。
報せが届いた二日後には、ミカ・ヴァレンタイン卿の先導を受けて王家の一行がユーティライネン領に到着。サンドラは自ら領軍の一隊を引き連れて領境で一行を出迎え、エルトポリ城へと案内した。
その日の夜は隣国からの賓客への敬意として豪勢な宴を開き、そして翌日。城の広間にて、サンドラは王妃レーネと王女リーゼロッテと会談する。
「お二方とも、昨晩は快適にお休みいただけただろうか?」
「ええ、私も娘もゆっくりと休むことができました。ご歓待ありがとうございます」
サンドラが問うと、テーブルを挟んで正面に座る十三歳の王女ではなく、彼女の保護者として隣に座る王妃が答える。
「それは何よりだ。では……ここからはノイシュレン王国の侯として、政治的な話をさせていただきたい」
言いながらサンドラは表情を引き締め、それを受けてレーネはやや表情を硬くしながら頷く。王女として形式上はアルデンブルク王国の全権を握っているリーゼロッテは、母親以上に緊張しているのか顔色が悪い。
客人たちのその反応に構うことなく、サンドラは己の仕事をこなす。
「お二方はノイシュレン王国への亡命を求めておられ、その件について我が王と会談をなされたいとのこと。ここからは私が案内役を務め、ユーティライネン家の責任のもとでお二方を安全に王都オストベルクまでお連れしよう……それに先立ち、亡命に関する貴家の具体的な御希望をできるだけ詳細に伺った上で、我が王のもとへ先触れを送り、詳細を報せたい。隣国の王家と交渉を為すとなれば、ノイシュレン王家としても相応の準備が要るはず。準備に必要な情報はできるだけ早く王家に届けたい」
「……ご尤もです。では、当家からのお願いを詳細に説明します」
小さく深呼吸して表情を和らげた上で、レーネが言った。どうやら、このまま王妃の彼女が説明役を担う様子だった。まだ成人もしていない王女では、やはり本格的な政治の話をするのは難しいようだった。
「アルデンブルク王家がノイシュレン王家に求めるのは、アルデンブルク王国の次期君主の立場にある王女リーゼロッテと、母親として彼女を後見している王妃――すなわち私、そして供の者たちの保護です。ユーティライネン侯もご存知かとは思いますが、今のアルデンブルク王国は既に国の体をなしておらず、私たち王族も身の安全を確保することが難しい状況となっています。なので隣国の支配者であるノイシュレン王家に、この国の中での私たちの立場を保障していただき、ひとまず安全に過ごせる環境を提供していただきたいのです」
「……貴家の御考えは理解した。が、ひとつお尋ねさせていただきたい。何故、保護をお求めになる相手としてノイシュレン王家を選ばれたのか? アルデンブルク王国が崩壊し、ノイシュレン王国さえ長く安寧を保っていられるとは言えない現状では、より遠い北東部へと逃れられるか、南端地域を経由してダリアンデル地方の外へ脱出なさるか、あるいは身分を隠されたままノイシュレン王国を通過され、東の山道を経由してやはりダリアンデルの地を出られた方がお二方の御身の安全に繋がったのではないかと思うが」
サンドラが尋ねると、レーネは再び緊張した様子になり、言葉を続けるのをためらうような素振りを見せる。
「察するに、お二方はこのままアルデンブルク王国を捨て去るのではなく、再び領土にお戻りになる意思がおありということだろうか?」
「……その通りです」
やや間を置いて、レーネは首肯した。
「アルデンブルク王国は、強き指導者であった私の夫を失ったが故に、瓦解して純粋派ノーザーランド人たちの蹂躙を許しています。ですが、国としての形を保っておられるノイシュレン王国は、このまま無策で敵の侵攻を許すおつもりではないはず。おそらくは、他の地域の各勢力とも折衝を重ねながら、再び純粋派の軍勢を打ち破るために戦いの準備を進めておられることでしょう……ということは、純粋派ノーザーランド人が撃滅された後、私たちが再びアルデンブルクの地に戻り、王国を再建する希望もあるはずです……なので、」
レーネはそこで言葉を切り、また躊躇うような表情を浮かべ、そして意を決した様子で再び口を開く。
「ノイシュレン王国には、このダリアンデル地方南東部が平穏を取り戻した後、私たちがアルデンブルク王国領土へと帰還し、王国を再建するご支援までをいただきたいのです。具体的には、復興のための物資提供と、アルデンブルク王家が軍を再編して維持するための資金の提供を」
レーネのその要求を聞いても、サンドラは驚かない。ここまでの話はあらかじめ予想していたが故に。
「こちらとしても、図々しいお願いをしていることは重々承知しています。もちろん、アルデンブルク王国が再建され、国内社会が安定した後には、金銭や物品による十分なお礼をいたします。その後も、まだ若く未熟な女王を戴くアルデンブルク王家は、その後ろ盾となって再建を支援してくださったノイシュレン王国にとって都合の良い友好国となることでしょう。貴国は私たちに与える保護や支援に対して、十分以上の利益を手に入れられるかと存じます」
「……なるほど。恐れながら、何とも見事な御覚悟だ」
アルデンブルク王国の再建に要する全ての力をノイシュレン王国に頼れば、当然ながらアルデンブルク王家はノイシュレン王家の影響下に置かれることを避けられない。女王となるリーゼロッテが、政治的な駆け引きなどまともにできない未熟な為政者であるとなれば尚のこと。
再建されたアルデンブルク王国は、実質的にノイシュレン王国の属国となることは必至。少なくともリーゼロッテの代は、そしておそらく向こう数世代は、その状況が続く。
それが分かった上で、たとえ属国というかたちであっても自家の国を取り戻す苦難の道を歩もうというのは、見上げた覚悟と言うべきだった。王妃がこのような希望を語ることを可能性のひとつとして予想はしていたが、いざ明言されたとなれば幾らかの感心を覚えざるを得ない。
レーネの言った通り、彼女の提案はノイシュレン王国側にとっても利が大きい。
ノイシュレン王国からすれば、こちらへ近づいてくる純粋派ノーザーランド人の軍勢を叩き潰すことはできても、純粋派そのものを即座にダリアンデル地方から排除することは現実的ではない以上、その支配域との間に都合の良い属国を置き、防壁や緩衝地帯として利用できるというのは巨大な利益となる。
おまけに、アルデンブルク王国再建の支援を為す必要があるのは、純粋派ノーザーランド人の軍勢をこのダリアンデル地方南東部から追い払うことができた場合のみ。純粋派の撃退を成さない限りは、女性二人とその従者たち、総勢で数十人程度の生活の面倒を見ていればいい。ノイシュレン王国も決して余裕のある現状ではないが、国という規模で見ればその程度の負担はないも同然。
レーネの語った提案を受け入れること自体は問題ない。最終的な決断を下すのは王であるハインリヒ・ノイシュレンだが、サンドラの立場としても、王家にレーネたちの希望を伝えることを躊躇う必要はない。
「貴家の御希望は承知した。これより伝令を出して我が王に報せよう。私がこの場で確約することは難しいが、我が王も貴家の御希望を概ねそのまま受け入れてくださることと思う……オストベルクまでのご案内については諸々の準備がある故、今しばらくは我が城で旅の御疲れを癒しながらお待ちいただきたい」
「ありがとうございます。亡き夫に代わって心よりの感謝を……リーゼロッテ、あなたもお礼をお伝えしなさい」
「……あ、ありがとうございます。ユーティライネン侯」
母に促されて硬い声で礼を述べたリーゼロッテに作り笑顔を返し、サンドラはその場を辞する。
そして、一行のここまでの案内役を担ってくれたミカ・ヴァレンタイン卿の待つ一室に移動すると、机を挟んで彼の正面に腰を下ろす。
「概ねこちらの予想から違わない要求を受けた。あちらはたとえノイシュレン王国の傀儡になろうとも、亡き王の築いた国の形を取り戻したいそうだ」
そう切り出し、サンドラは先ほどの会談の内容を語る。
「あちらの提示した条件はノイシュレン王国にとっても利が大きい。まず間違いなく、我らが王はあの二人と供の者たちの亡命を受け入れるだろう」
「まあ、そうなるでしょうねぇ。僕が王の立場だったとしても、亡命の一行をしばらく世話するだけで従属国が手に入るなら、喜んで亡命を受け入れます……とはいえ、目下の問題は変わりませんね」
ため息交じりに言うミカに、サンドラは同じく嘆息しながら頷く。
「ああ。純粋派ノーザーランド人の軍勢を、少なくともこの南東部から追い払わなければ、従属国を手に入れる前にノイシュレン王国自体が消えかねない。アルデンブルク王家の直轄領さえ治安が崩壊しているとなれば、敵がアルデンブルク王国領土を突破して国境地帯に辿り着くまでの猶予はそう長くないだろう。冬のうちは奴らもあまり動けないとしても、暖かくなれば侵攻を再開し、いつ国境地帯まで到達してもおかしくない」
いよいよ脅威が自領の近くまで迫りくる。その現実をあらためて突きつけられた緊張からか、ミカは渋い表情を浮かべる。
「他勢力との協働については交渉を進め、そのうちいくつかはそう遠くないうちに実を結びそうだが、敵の襲来と援軍の到来のどちらが先になるかは微妙なところだ。前者の方が早かった場合に備えて、冬明けからノイシュレン王国として本格的な防衛戦の準備に臨むことになるだろう。そうなれば、コレット砦にもある程度まとまった防衛戦力が常駐することになる……詳細は正式に決まってからまた伝えるが、貴家にも後方支援の準備と、第二防衛線となるヴァレンタイン領の防衛準備までをしっかりと頼みたい」
「分かりました、どうかお任せを。全身全霊で務めを果たします。僕と家族と、家臣と領民全員の未来がかかっていますから」
少年のような若々しい声に、しかし確かな覚悟を込めて、ミカは語った。
出会った頃は領主になりたての少年だった彼は、見た目こそあの頃とあまり変わらないが、内面は能力と実績を兼ね備えた一人前の為政者として立派に成長している。彼の存在を心から頼もしく思いながら、サンドラは微笑を浮かべた。
本作の書籍1巻をご購入くださった皆様、ありがとうございます。
書籍の帯にて情報解禁されましたが、本作のコミカライズ企画もGAコミック様にて進行中です。
佐茂すけ先生に漫画を手がけていただきます。
続報については今しばらくお待ちいただけますと幸いです。




