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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第五章 うちの村だけは幸せであれ

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第117話 ルーザス平原の戦い③

 勢いよく突き込まれた槍は、勢いよく引き抜かれた。大量に溢れ出る血の熱を感じ、血と共に生命力までもが流れていくのを感じた。


「……何故だ」


 呟くように言いながら、ディートリヒの身体は馬上から落ちた。

 自分が重傷を、おそらくは致命的な傷を負ったことを自覚しながら地面に転がり、己を刺した者を見上げる。王の血で濡れた槍を持っているのは、その槍と腰に帯びた短剣以外にまともな装備を持っていない男だった。王家に仕える正規軍人たちには鎧や盾など一定以上の質の装備が行き渡るようにしているため、この男は混戦の中で前まで出てきた民兵か、貧乏傭兵の類か。

 その男は血走った目でディートリヒを見下ろしながら、笑みを浮かべていた。ひどく興奮した様子で荒い息を吐いていた。


「貴様ああぁぁっ!」


 側近が怒りと焦りを露わにしながら、飛び降りるように下馬して男に迫る。直衛の騎士や兵士も数人が駆け寄り、王の身を起こし、あるいは王を刺した男を武装解除して取り押さえる。彼らの抜けた戦列の穴は、その他の直衛や正規軍人たちが急ぎ塞ぐ。


「この大罪人めが!」

「待て、理由を聞きたい」


 男の頭を叩き割ろうと剣を振り上げた側近に、ディートリヒは命じる。男の頭に刃が当たる寸前で側近の動きが止まったのを確認し、視線を男の方へ移す。王と、王に致命傷を負わせた男の視線がぶつかる。


「お前は誰だ? 何故私を刺した」

「……俺は、今は亡きマグリーニ家の家臣リッカルドだ」


 男の名乗りを聞いた時点で、ディートリヒは納得を覚えた。

 アルデンブルク王国を築き上げる際の仕上げとして、政治的な理由からその小さな派閥と共に滅亡に追いやったマグリーニ家。その関係者となれば、自分を憎悪していてもおかしくはない。


「お前の差し向けた軍勢がマグリーニ家とその領都を滅ぼしたとき、俺は仕事で領外に出ていたために一人生き残った。あの日虐殺がくり広げられたマグリーニ城には、孤児として育った俺を受け入れてくれたマグリーニ家の人々と、俺が家族として共に育ってきた家臣団の皆がいた。俺と婚約していた侍女イレーニアも、あの日あの城で死んだ……俺はこの四年半、市井に紛れて傭兵として生きながら、お前に復讐を遂げる好機を待っていた」

「……なるほど、それはまた、大した奴だ」

「貴様、自分が何をやったか分かっているのか! この局面で我らが王を害することの意味を理解しているのか! 貴様一人の復讐のために、ダリアンデル人の運命を左右する決戦が……何故今このような真似を!」


 ディートリヒが微苦笑を零す一方で、側近は憤りを隠さない。リッカルドと名乗った男を睨みつけながら、血を吐くような剣幕で怒鳴る。


「知るか! そんなこと俺が知るか! 俺はアルデンブルク王を殺せればそれでいい! そいつが死んでこの軍勢が崩れて、そのままダリアンデル人たちがノーザーランド人に蹂躙されても知ったことじゃない! むしろ、ダリアンデル人なんてどいつもこいつも死ねばいいんだ! マグリーニ家と家臣団の皆や、俺の愛したイレーニアと同じように、どいつもこいつも滅茶苦茶な殺され方をすればいい! はははっ、あははははははははははっ!」


 リッカルドの笑声を聞きながら、ディートリヒは手振りで側近に指示を出す。側近は頷くと、再び剣を振り上げ、そして振り下ろす。脳天が柘榴のように割れ、リッカルドは永遠に沈黙する。


「……ランベルト」


 ディートリヒが名を呼ぶと、側近は振り返る。


「俺はもう死ぬ。以降は我が妻子を守ってくれ。アルデンブルク王国は……できることならば存続させてくれ。形は問わない。小さくなろうが、どこかの傀儡になろうが構わない。とにかく、レーネとリーゼロッテの安寧を最優先に……」


 そこまでははっきりと言葉にできた自覚があったが、次第に視界が白み、周囲の音が遠のき、以降の言葉をまともに語れた自信はディートリヒにはなかった。


「お、王が死んだ! アルデンブルク王が殺されたぞ!」

「後ろからやられた! 後ろにも敵がいる! 裏切り者がいる!」

「駄目だ、逃げろ! もう駄目だ!」


 兵士たちがそのように叫ぶ声が薄らと聞こえた。


 大将の自分が死んでしまっては無理もない。このままアルデンブルク王国軍は崩れ、中央に穴が開けば連合軍全体が崩れるだろう。

 そのことを惜しいと思いながら、しかしディートリヒにはもはやどうすることもできない。

 先祖たちの積み重ねた成果を自分が結実させ、心の内から湧き起こる野心に従い、アルデンブルク王国を築いた。その過程で、必然的に多くのものを軽んじた。あまりにも多くの命を、ただ覇道の障害として排除した。

 その行いの報いが、我が身に返ってきたと言うべきか。遺憾ではあるが、こうして迎えてみれば妥当な結末に思えた。

 世界に何の影響も及ぼさず、平凡に生きて死んでいく数多の者たちと比べれば、自分の人生は波乱に満ちた面白いものだったと言えるだろう。自分の名も――ダリアンデル人が滅び去らない限りは、歴史の一幕の登場人物として一応は残るだろう。


 完璧とは言えないが、全く気に入らないとまでも言わない。まずまずの出来だ。

 そう考えながら、ディートリヒの意識はまぶしいほどの光の中に消えた。


・・・・・・


 一刻も早く敵軍を打ち破るため、配下たちを連れて再び戦場の最前面に立とうと前進していたクラウダは、正面に対峙する敵部隊の指揮官らしき人物を馬上に認めた。新たな目標と定めたその人物のもとへ近づいていると――流れ矢にでも当たったのか、彼は突然落馬し、姿が消えた。

 それから間もなく。なかなか頑強な抵抗を見せていた正面の敵部隊、その先頭集団を担っていた精鋭らしき敵兵たちが、急に崩れ始める。目に見えて戦意を失い、隊列を組むのを止め、こちらに背中を向けて逃げ出す者が続出する。

 突然に混乱を極めていく彼らの口から「王が死んだ」というような意味合いの言葉が発せられているのが、クラウダにも分かった。それを聞いて、クラウダは事態を把握した。自分と同じように戦場の最前面まで出てきた勇敢なダリアンデル人指導者が、しかし彼らの信じる邪神に見放されて斃れたのだと理解した。


「敵は怖気づいた! この勝機を逃さず突き進め! 神よ照覧あれ!」

「「「神よ照覧あれ!」」」


 クラウダの鼓舞に同胞たちも応え、純粋派ノーザーランド人の軍勢はますます奮戦する。対するダリアンデル人連合軍は、あまりにも容易く切り崩され、クラウダたちの前進を許す。

 主力の隊列、その中央を敵に蹂躙されて持ちこたえられる軍勢など存在しない。崩壊は連合軍の他の各部隊へも徐々に広がっていく。


「戦え! 殺せ! 勝利を掴め! それこそが神の御意思だ!」


 自分たちの奮戦に、唯一絶対の神は応えてくれた。敵の騎兵部隊がこちらに突撃し、多くの同胞が犠牲になる前に、神が助けの手を差し伸べてくれた。その結果、自分たちはこうして大勝利を収めようとしている。

 神が伝えているのだ。この聖戦は正しいと。自分たちは勝者となる運命なのだと。

 この自分は。大首長に選ばれ、全ての純粋派の指導者となったクラウダ・ファーランハウネは、偉業を成し遂げる運命の下にあるのだと。確かな証をもって示しているのだ。

 自分は神の御加護の下にいる。何も恐れる必要はない。信じるままに進めばいい。クラウダは確信を深めながら勝利へ迫る。


・・・・・・


「……これではもはや持たないな。あの野蛮王、大口を叩いておいてこの様か」


 前方に並ぶ歩兵部隊が中央から崩壊していく様を見つめながら、サンドラはそう零す。


 アルデンブルク王国軍が守る限り、主力の陣形中央が崩れることはあり得ない。ディートリヒ・アルデンブルクはそのように豪語し、実際のところ彼の軍は数と質の両面で最も頼りになる戦力であったため、歩兵部隊の中央を担うことになった。

 しかし、敵軍の攻勢は予想を遥かに上回る苛烈さであり、遠距離攻撃部隊による援護は期待していたほどの効果を発揮できず、両翼はもちろん彼の軍が守る中央さえも押され始めた。ディートリヒは指揮下の兵たちを鼓舞するためか、自ら陣形の中を前進していき、しかしそれから間もなくアルデンブルク王国軍は崩壊し始めた。それも急速に。

 アルデンブルク王国軍だけが悪いわけではないが、とはいえこの崩れ方を前にすると、あの偉そうな振る舞いは何だったのかとディートリヒに苦言を呈したくもなる。


 主力の陣形中央に穴が開いてしまえば、もはや勝ち目はない。相互の信頼関係も薄い各部隊は、自分たちが生き長らえることを考えて行動し始める。左翼を担うノイシュレン王国軍と北東部領主たちの軍も、右翼を担う南西部領主たちの軍も、既に逃走を開始している。後衛を担う御三家同盟の軍も、ここまで崩れた味方の陣形を支えることなど考えるはずもなく逃げ出す。各勢力の兵たちが、互いに押しのけ合うようにして下がってくる。

 そして、戦場北側まで回り込んでいた騎兵部隊も、もはや突撃に臨もうとはしない。歩兵部隊がここまで崩れた以上、今さら突撃しても逆転勝利は望めない。彼らがそう判断したとしても致し方のないことだった。


「最後にバリスタとカタパルトの一斉射を行い、我々も撤退するぞ。事ここに至っては、戦力を少しでも保ちながら戦場を離脱することが最優先だ……それと、丘陵を守っている別動隊へ向けて伝令を送れ。急ぎ撤退するよう彼らにも伝えろ」

「バリスタやカタパルトは如何いたしましょう?」

「……火魔法使いたちに命じ、破壊できる分は破壊しろ。だが、優先すべきは撤退だ。もう時間がない」


 三十台もの大型兵器。その全てを破壊するのは難しい。ましてや持ち帰ることは不可能。そのように判断したサンドラは、命じながら馬首を巡らせる。既に歩兵部隊の全体が崩れ、もはやこの場所も安全ではない。

長らく感想欄を閉じていましたが、本編も佳境に入ってきたのであらためて開放しました。

引き続き本作にお付き合いいただけますと幸いです。

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― 新着の感想 ―
まあ恨みを買った以上やられるのはしょうがない 動機も含めて違和感のないご退場 お見事です
事態が混沌として来ましたね。
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