第115話 ルーザス平原の戦い①
連合軍の総大将を定める議論は、とうとう決戦の日まで結論が出なかった。
決戦での連合軍本隊の戦術は単純なものであるため、各部隊を指揮する者がしっかりと役目を果たせば、必ずしも全体を統括する総大将は必要ない。下手に揉めて連合軍の指導者たちが瓦解するくらいならば、総大将など定めない方がまし。そのような結論がなされ、決戦は総大将なしで迎えることとなった。
南の丘陵を守る別動隊と、後方の野営地の護衛部隊に少数の兵力を割き、決戦の場であるルーザス平原中央に布陣した連合軍本隊は総勢で八千五百ほど。
主力となる歩兵部隊は西を向いて左右に長い横隊を組み、中央をディートリヒ率いるアルデンブルク王国軍が、左翼をハインリヒ率いるノイシュレン王国軍と北東部領主たちの軍が、そして右翼を南西部領主たちの軍が担っている。御三家同盟の歩兵たちは、予備兵力を兼ねて後衛に置かれている。
これら主力の歩兵部隊の後ろには、弓兵と投石兵と火魔法使い、さらにはバリスタやカタパルトから成る遠距離攻撃部隊が置かれ、大型兵器の運用に熟練しているサンドラ・ユーティライネン侯が指揮を務める。また、遠距離攻撃部隊の右隣には切り札となる総勢三百騎ほどの騎兵部隊が置かれ、指揮は政治的な都合で、各勢力から立てられた代表者たちが合同でとる形となっている。
連合軍が布陣を完了して間もなく、純粋派ノーザーランド人の軍勢も平原中央に姿を現し、両軍は対峙する。
「やはり、いささか不安の残る体制ですな。全体に号令を為す者がいないというのは」
「……仕方あるまい。主力の各軍が持ち場を守り、我ら遠距離攻撃部隊が援護の役目を十分に果たし、後は騎兵部隊が怖気づいて突撃の機を逃さなければ勝利を掴めるのだ。各々がそう複雑な仕事を求められるわけではないのだから、勝機は十分だろう」
武門の側近である領軍隊長の言葉を受け、サンドラはそう答えながらも、表情はやや苦いものになる。理屈の上では大きな問題はないと己に言い聞かせても、感情的な不安を完全に打ち消すことは難しい。
「……あの距離から突撃を開始するか。よほど体力に自信があるらしい」
そう呟きながら馬上から見やるのは、前に並ぶ友軍主力の隊列の向こう側、まだ遠い位置からこちらの陣地を目がけて駆け出した敵軍。兵たちの体力消耗を厭わず長い距離を走らせるのは、こちらの歩兵部隊とぶつかる前にバリスタやカタパルトから被る損害をできる限り抑えるためか。
敵の数はおよそ六千。数の上ではサンドラたち連合軍の方が有利だが、軍勢から放たれる覇気の点では敵側も負けていない。むしろ、信仰という絶対的な絆で強く結ばれた敵側の方が、強制的に動員された徴集兵の多いこちらよりも士気が高いように、少なくとも遠目には見える。
頭数や装備の有利か、あるいは心の強さの有利か。どちらが勝利に繋がるのか、これから明らかとなる。
「バリスタとカタパルトは攻撃用意だ。弓兵と魔法使いたちも、攻撃命令に備えよ……敵軍は間もなく射程圏内に入る。戦いは既に始まっているぞ」
敵軍が勢いよく迫り、彼我の距離が徐々に縮まっていく様を認めながら、サンドラは総勢数百人の部下たちに鋭く命令を発する。
・・・・・・
「……後ろの大型兵器が少々厄介そうだな」
野営地を発ってしばし東進し、地元民の間ではルーザス平原と呼ばれているらしい開けた土地の中央でダリアンデル人の連合軍と対峙しながら、クラウダ・ファーランハウネは呟いた。
こちらの兵力はおよそ六千。敵側はおそらく八千を超える程度。数の上ではこちらが不利だが、実際の戦力としてはあまり差はないとクラウダは考えている。
装備の整っていない民兵が軍勢の多くを占めるという点ではこちらも敵側と変わらないが、その民兵の強さにおいて、ダリアンデル人とノーザーランド人には差がある。
寒冷で山がちなノーザーランドの土地や、各々の独立心が強いノーザーランド人の社会構造は、そこに暮らす者を精強に育てる。クラウダたちノーザーランド人から見れば、温かく豊かなこの地で、領主とやらの支配に甘んじながらぬくぬくと育ったダリアンデルの民は頼りない。民兵が多数を占めるこの戦場において、個々の力を見れば平均的にノーザーランド人の方が強いのは間違いない。
士気の面でも、こちらの有利は揺るがない。純粋派ノーザーランド人たちは、故郷を追われるようにしてこの地へ移り住んだこともあり、新たな安住の地への執着は強い。特に、元々が小作農や奴隷であった者たちは、ようやく手に入れた独立民の地位を守るためにも戦意を高めている。
そして何より、こちらはラクリナレス教への強い信仰で結ばれている。唯一絶対の神は自分たちと共にあると、クラウダも皆も心から信じている。
なので、真正面からぶつかれば押し負けることはあり得ない。問題は、そうした純粋な力の勝負にうまく持ち込めるかどうか。敵が大型兵器――クラウダたちはこの地に来てからその存在を知ったバリスタやカタパルトなど――を数多く並べているのは、その点で厄介だった。
「兵どもの体力を消耗させることになりますが、早いうちから突撃して一気に敵に肉薄するのが最適解でしょう。数ではこっちが不利となれば、白兵戦の前にあまり死傷者を増やしたくはない」
「そうだな。我らが同胞たちは皆、敵側よりも精強だ。突撃の距離が多少長くなったところで、そう問題はあるまい……ぶつかってしまえば、持久戦に持ち込むつもりもないからな」
側近ミハイルの提言に頷きながら、クラウダは敵陣を睨む。
二人の周囲はクラウダの配下たちが固め、さらに左右には各首長たちとその配下が並ぶ。そうして職業軍人たちが最前面を担い、その後ろには民兵たちが列を成す。
大首長であり、この軍勢の指揮官であるクラウダは、自ら陣形の先頭中央に立っている。指導者としての覚悟を皆に示すために。
皆を戦わせて己は後ろに隠れるような臆病な首長には、誰も付き従おうとは思わない。それがノーザーランド人の価値観だった。
自軍の方を振り返ったクラウダは、高々と剣を掲げ、声を張る。
「純粋派の同胞たちよ! 唯一絶対の神は、我らが聖戦を見守り称えている! 大勝利を成すことで、それを世界に証明するのだ!」
大首長の呼びかけに、純粋派ノーザーランド人たちは雄叫びで応えた。クラウダは再び敵の方を向き、そして掲げていた剣の刃を正面へ向ける。
「我に続け! 突撃!」
「突撃ぃー! 全員突撃しろぉー!」
クラウダに続いてミハイルが高らかに言い、そして純粋派ノーザーランド人の軍勢は一斉に走り出す。雄叫びを上げながら突撃を開始する。
彼我の距離は徐々に縮んでいき、そして――敵側の遠距離攻撃が始まる。横に広く布陣する敵歩兵部隊の後方から、矢や石や魔法攻撃が放たれ、殺意の雨となってクラウダたちに迫りくる。クラウダたちはノーザーランド人の象徴とも言うべき菱形の盾を掲げ、身を守りながら突き進む。
彼らの盾はしかし、全ての攻撃を防げるわけではない。バリスタの巨大な矢が、盾を易々と貫いて兵を串刺しにする。カタパルトの撃ち出した大きな石が盾の死角から兵たちの手足を千切り、腹を裂く。あるいは盾を叩き割ってその下の頭まで割る。炸裂した魔法の火炎を浴び、何人かの兵が盾ごと火だるまになる。弓から放たれた矢や投石紐から放たれた拳大の石を、盾で守り切れない足に矢を受けた不運な者たちが次々に倒れる。
少なからぬ死傷者を出しながら、それでも純粋派ノーザーランド人の軍勢はまったく勢いを衰えさせずに突き進む。遠距離攻撃はそれを受けた兵たちの身体だけでなく士気にも損害を与えるものだが、強い信仰に支えられた彼らの士気は、たとえすぐ隣に立っていた同胞が無惨な死を迎えようとも、そう簡単には傷つかない。
クラウダも、微塵も怯むことなく誰よりも前を進む。自分は大きな使命を果たす者として神に選ばれ、加護を賜った存在。使命を果たす前に神の御許へ召されることなどあり得ない。そう信じているからこそ、敵の激しい攻撃が降り注ぐ戦場をまったく恐れることなく走り続ける。矢が頬を掠めようとも、瞼を動かすこともなく敵を睨み続ける。
そして遂に、クラウダたちは敵軍の最前列へ辿り着く。純粋派ノーザーランド人の軍勢と、ダリアンデル人連合軍が、広大な平原で殺意をぶつけ合う。




