第114話 街道防衛戦④/悪い報せ
その後も、敵別動隊は攻勢を止めようとはしない。ミカたちがどれほど攻撃し続けても、群れとなって迫りくる。数に任せた前進の結果、森の中にあるこちらの陣地まで到達する敵兵が多くなってくる。
そうなると、こちらの白兵戦力が弓兵やクロスボウ兵の隊列の隙間を埋めるように立ち、敵兵を接近戦で迎撃することになる。敵兵は一人ずつしか来ないため、高所から多対一で対応できるこちらの方が圧倒的に有利だが、それでも負傷する者もいる。
ミカもクロスボウを撃ってばかりではいられず、後方に置かれていた丸太に持ち替え、それを振り回して敵兵を迎撃する場面が出てくる。連射式クロスボウからくり出される矢の雨を潜り抜けて迫ってきた敵兵を丸太の一撃が弾き飛ばし、叩き潰す。
魔法による強力な攻撃をくり広げるミカは敵側からも厄介な存在として目をつけられているようで、何人もの敵兵がミカを仕留めようと迫ってくるが、ディミトリやヨエルがミカの左右を守り、大盾を構えるジェレミーや投石紐を操るルイスなど領民たちも領主を守ろうと懸命に戦っているので、ミカは危険を感じずに戦い続けることができる。こちらの風魔法使いはミカたちのいる陣地中央を重点的に守っているので、敵の矢を受ける心配もほぼない。
「グオオオオオオオッ!」
凄まじい雄叫びが聞こえ、ミカは視線を左前方に向ける。ツノグマのジョンが背中のバリスタを取り払われ、身軽になって敵兵たちに突っ込み、暴れ回っているのが見えた。アランたちの方も多勢に無勢で敵の接近を許してしまっているようで、だからこそ最大の白兵戦力であるジョンが正面に立って戦っているらしかった。
「まずいなぁ……」
念魔法による攻撃の手を止めることなく、ミカは困り顔になる。
今のところは余裕がある。敵側は数だけは多いが、地の利はこちらにあり、正面で対峙する敵兵が同数以下ならば、無防備な相手を一方的に攻撃できるこちらが敗けることはおそらくない。敵弓兵部隊による攻撃も、こちらを怯ませることはあっても、直ちに重大な損害を負わせるほど激しくはない。
なので、当面は危なげなく防衛線を維持できる。とはいえ、いつまでも現状を保つことができるとは思えない。
防衛線維持の要であるミカや魔法使いたちは、戦い続けていれば疲労する。魔力を消耗し過ぎれば倒れてしまう。ミカの体感としては、この倍の時間戦い続けることはできても、三倍の時間戦えと言われれば難しい。おそらく他の魔法使いたちも同じはず。ジョンも、いくら強いツノグマとはいえ、生き物である以上はいつまでも激しく暴れ続けることはできないだろう。
その他の騎士や兵士たちも、当然疲労が溜まる。白兵戦で運悪く敵の攻撃を受け、あるいは疎らに降ってくる矢にやはり運悪く当たり、少しずつだが死傷者も出ている。次から次へと新たな兵士を突撃させられる敵側と違い、こちらは死傷者に代わって前に出る交代要員が少ない。
このような根競べをしていては、先にこちらが力尽きるのは間違いない。
これはミカたちにとって予想外の事態だった。ある程度の損害を与えれば、敵兵たちは士気を維持できず、敵指揮官はそれ以上の損害を負うことを厭い、敵別動隊は退却していくだろう。そんな常識的な推測は、しかしラクリナレス教とやらを妄信する純粋派ノーザーランド人が相手ではどうやら通用しないようだった。
敵兵たちも人間である以上、どこかで士気の限界が来るはず。敵指揮官も立場がある以上、どこかで損切りをするはず。さすがに千人が最後の一兵まで玉砕するような真似はできないだろう。しかし、どの段階で敵が諦めてくれるか分からない。だからこそ、この戦いが果てしないものに思えてしまう。
それでもやるしかない。嫌気がさしながら、再び丸太による一撃をくり出そうとしたそのとき。
「援軍が来たぞ! 東の街道を守っていた部隊が助けを寄越してくれた!」
そのような呼びかけがなされ、ミカは後方を振り返る。すると確かに、もう一本の街道を守っていた部隊からの援軍が、この西の街道を守る陣地に到着したところだった。
こちらに援軍を送り込む余裕があるということは、おそらく東の街道には敵別動隊は来なかったのだろう。そう思いながらミカが見回すと、到着した味方の数はざっと五十人ほど。その中には事前の顔合わせの際に見た覚えのある者――魔法使いや騎士も何人かいた。
「助太刀に感謝します! こちらは正面と左右の三手に分かれて戦っているので、援軍諸君も戦力を分けて加勢を! 正面から来る敵兵の群れと向こうに並んでいる弓兵部隊が特に厄介です!」
ミカが簡潔に状況を伝えると、援軍の指揮官は頷き、戦力を分割する。
肉体魔法使い二人を含む重装備の者たちが街道に降りて味方の戦列を補強し、二十人ほどが左前方にいるアランたちを助けに向かう。残る者たち――魔法使いや弓兵やクロスボウ兵は、ミカたちと並んで正面から敵を攻撃し始める。
正面の戦いに加わった者の中には火魔法使いがおり、弓兵やクロスボウ兵の数も増えたため、こちらの火力は一気に増す。数に任せてこちらの陣地を飲み込もうとしていた敵兵の群れは、加勢を得たミカたちの猛攻を受けて街道の方まで押し込まれる。矢の撃ち合いで数を減らしていた敵弓兵部隊も、ますます勢いを増したこちらの矢の雨を受けて攻撃の手数が減る。
こちらが優勢を取り戻した今が勝負どころ。そう考えたミカは、武器を丸太に持ち換え、魔力の消耗を厭わず投げ飛ばす。百キログラムほどの丸太は斜面で跳ねながら敵別動隊の隊列へ飛んでいき、何人もの敵兵を轢き潰し、その周囲にいた敵兵たちを動揺させる。ミカがさらに二つ三つと丸太を投げると、敵側の動揺はさらに広がる。
ミカたちが全力の攻撃を為している間に、街道上を守っていた肉体魔法使いたちは、増強された戦力を活かして敵を押し戻す。アランたちも斜面を上ってきた敵兵たちを殲滅した上で、後続が斜面の上まで辿り着けないよう蹴落としていく。
正面からの攻勢も、左右から回り込む試みも封じられた敵別動隊は、遂に撤退を開始する。敵指揮官が何やらしきりに叫び、それに合わせて敵兵たちが徐々に下がっていく。少なくともこの攻撃は失敗に終わったと、敵指揮官もようやく判断してくれたようだった。
「奴ら、やっと退きやがりましたね」
「そうだねぇ。信仰を武器に戦うにも限度はあったみたい……あぁ、疲れたぁ」
ディミトリの言葉に頷いたミカは、深く嘆息しながらその場に座り込む。
一度の戦いでここまで魔力を消耗したのは初めてのこと。本当は今すぐ横になって眠ってしまいたいほどだが、この部隊の指揮官である以上はそうも言っていられない。損害の確認や負傷者の手当て、そして敵の動向の監視と、やるべきことは多い。
「閣下、敵を追撃しますか?」
「いや、やめておこう。こっちは皆疲れ切ってるだろうし、ああやって負傷者をできるだけ連れていってくれた方が敵側の負担も増すからね。帰るに任せておこう……こっちも事後処理をしなきゃね。まずは負傷者の治療から」
信仰で結ばれているために仲間意識は強いのか、負傷者を見捨てることなく抱えたり引きずったりしながら街道を下りていく敵別動隊を見送りながら、ミカはヨエルの問いに答えた。
・・・・・・
味方の損害は、死者が八人、重傷者が十三人。多くが敵の矢によるもので、白兵戦での死傷者は少なかった。
敵別動隊の死傷者は、推定で二百人以上。彼らは丘陵の南側の麓まで下がっていったと、後を追った斥候からの報告がなされた。
「負傷者の数が凄いでしょうから、しばらくは再攻勢はない……と思いたいですねぇ」
「ええ。同じ手で攻めればまた撃退されると敵側も分かっているでしょうし、かといって他に攻め手もありませんから、このまま堅実に守りきれるでしょう。援軍もこの街道に残ってくれたとなれば、次はもっと楽に戦えるはずです」
丸太転がしの罠を作り直しながら、ミカはアランと言葉を交わす。
東の街道を守る部隊からの援軍はそのままミカたちの陣地に残っており、あちらに敵が現れたという報告が届かない限りは共に戦ってくれることになっている。こちらの損害を補って余りある増強戦力が留まり、魔法使いの数も増したというのは、非常に心強いこと。対する敵側は肉体魔法使いを何人も失い、貴重な弓兵にも大きな損害が出ているとなれば、次の戦いではこちらがより有利に、敵側が不利になるのは必然だった。
「後は、本隊の戦いが長引かないことを願うのみでしょうか」
「そうだねぇ。まあ、サンドラ様たちはなるべく一度の激突で結着をつけるつもりのはずだし、敵側も長期戦をするつもりはないだろうから、すぐに終わるはずだよ。遅くとも明日には」
土魔法で丸太を支える土塁を築きながら言ったヨエルに、ミカは頷きながら答える。
「何なら、そろそろ決着がついて報せが届く頃かもね。敵の別動隊は本隊と連携して動いてるだろうから、本隊もきっと今日のお昼頃から激突して――」
「ヴァレンタイン卿! ヴァレンタイン卿は何処におられるか!」
そのとき。後方からかけられた大声が、ミカの言葉を遮った。
振り返ると、森に覆われた斜面を少々難儀しながら下ってきたのは、ミカも何度か顔を見たことがあるユーティライネン領軍の騎士だった。ミカと目が合った彼は、転びかけながら急ぎ近づいてくる。
本隊からの伝令か。それにしてもやけに慌てている様子。ミカが嫌な予感を憶えていると、目の前で立ち止まった騎士は、険しい表情で口を開く。
「報告します! 連合軍本隊は敵本隊に陣形中央を突破され、総崩れとなって敗走しました! このままではこの別動隊は敵中に孤立します! 急ぎ撤退を!」
予感よりもさらに悪いその報告を受け、ミカは驚愕に目を見開いた。




