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ふつうの魔王  作者: 微糖貞与
第一章 死の山脈
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丸坊主の軍人とその幼馴染




 私はニベアスベール・デカポッダ。

 パルナスに駐留中の、マグニーシャ列島海軍に所属する1級海尉だ。


「のどかだな」


 雄大な景色に見惚れる。

 雪を被った山岳を背景に、牧歌的で、緑豊かな田園風景がどこまでも続く花の都サンカエル。

 気違いじみた地価を誇る、この超高級ど田舎はマグニーシャ有数の避暑地だ。

 避暑地と言うだけあって、夏はもちろん涼しい。なら冬は寒くて辛いんじゃないの? と(いぶか)しむのが当たり前というものだが、サンカエルはそうはならない。

 常春(とこはる)なんつう珍妙な気候のお陰で、貴賤を問わず、由緒ある貴族からぽっと出の成り上がりに至るまで、あらゆる富裕層に絶大な人気を博している。

 私も年金生活になったら、こういう土地で優雅に余生を過ごしたいものだ。


「のどかなもんかい。この男が足りねえってご時世に、やってくれたよ……」



 私の隣で煙草をふかすこの女は、パルナス内務省の行政監査官。

 シルヒリ・ロリカリア。

 このクリーピ邸児童監禁事件の捜査班長であり、私の幼馴染だ。


「やっぱ黒か?」


「黒も黒。真っ黒けだ。こいつは荒れるぞニベア。

 救出した児童の中に、一昨年から行方不明だったマグニキャトー侯爵の御子息がいやがった。本気で洒落にならん。

 マグニキャトーは帝国貴族であるのと同時に、古来より列島の半分を牛耳る獣人の豪族でもある。この騒ぎ、パルナスだけで収まらんぞ」


「黒幕は大司教か?」


「形としてはそうなるが、反権力傾向の左派も根深く絡んでいる。

 言いにくいが、お前の部下だった二人もその口だ。

 なんせ大司教が下手人だ。聖上陛下の耳に入れば、星王教会そのものが危うい。下手すると大規模な宗教弾圧もあり得る…………」


 紙煙草を吐き捨てるシルヒリ。

 イライラして吸い口を(かじ)るから、フィルターがぐちゃぐちゃだよ。

 きちゃないな。



「パルナスの龍人だけじゃない。本土の龍人も約八割が星王教徒だ。

 星王教叩きはイコール、龍人の迫害に繋がる。歴史を見ろ。これは後々人種差別に発展するお決まりのパターンなんだよ。

 ところでニベア。

 おまえなんで丸坊主なんだ?」


「あーね。昨日早速、(くだん)の報告書が上がってさ。第六種接近遭遇。

 その中の神託のくだりに、名指しのお告げがあったんだよ。ばりばり個人名で。ニベアスベールよ、お酒はほどほどに。ってね……」


「はあ? はっはっはっ! ウケる! おまえ有名人じゃん!」


「だから丸刈りにした。これは決意表明だよシルヒリ。私は酒を断つ」


「ほどほにって事は、ちびっとくらいなら許されるんだろ? 現場検証もあらかた終わった。中で一杯やろうぜ。

 猊下(げいか)の灰(カビ)ワインがお待ちかねだ。こんくらいは役得ってもんだろ?」


「これは神の試練じゃありましね?」





「美味すぎる…………。凝縮された濃厚な甘味と表裏一体の酸味。この独特の芳香も……、ああ。たまらないな。

 これが貴腐ワインか。同じ琥珀色でも蜂蜜酒(ミード)とは天地の差だ。逆に禁酒を頑張れそうだよ」


「もう安酒には戻れませんってか?」


「堪能した。神に感謝を。今この瞬間より、私は酒を断つ」


 飲み干したグラスを机に置く。

 小窓から差し込む光線が、舞い散る(ちり)を輝かせる。

 少々狭いが立派な書斎だ。

 ミニマルな家具と調度品。シンプルだが、そのどれもに品がある。

 この机ひとつとっても、さぞかしお高いんでしょう。深みのある木目や光沢が、いちいち美しい。けれど清貧を演じる小道具としてもちゃんと機能している。

 見る目のない者からすれば、ただの貧乏机に感じるだろう。粋だね。

 大司教はセンスのある変態だったんだな。


「ニベア。第六種接近遭遇なんて仰々しい名目が付いたって事は、神学会も正式に奇蹟として認定したのか?」


「仰々しくはない。神と直接対話が行われ、神託が降りた。おまけに死傷者も出ている。二十五項目ある奇蹟のうち、八つが明確に示現(じげん)したんだ。認めざるを得ないだろう」


「そうか。…………(にわ)かには信じ難いんだよな」


「信じる信じないは個人の自由さ。だが現実は動いている。

 当然ながらコストゥラカも、今現在、混沌(カオス)の極みにある。粛清のラッシュだよ。溜まっていた膿を全部吐き出すつもりさ。新たなコストゥラカ当主の座には、あの信心深いノープリウス閣下が就くだろう。もうこれは革命と呼んでもいい」


「なるほどな……」


 やれやれと背を丸め、椅子から立ち上がろうとするシルヒリ。


「おまえも腹を括れシルヒリ。マグニーシャ本国のカニー枢機卿が、本日付で辞任したそうだ」


「…………なぜ?」


「マグニキャトーとは無関係の理由だよ。枢機卿の席を、星王の使徒に進上したいという旨だ。

 おまえは荒れると言ったが、荒れるどころじゃ到底済まない。時代が変わる」


 目の下の隈を歪め、こちらを見つめるシルヒリ。

 おまえも老いたな。ならば私も老いたのだろう。


「予言というものは、必ずそれを成し遂げようとする狂信者を生む。

 今回の騒ぎは未だ序章……、聖典では第二十二章か。

 まだまだこれからさ。

 シルヒリ。けっこう濁されてはいるんだが、この物語の正しい結末を知っているか?」


「……………………言え」




「星王の使徒が聖上陛下を(たお)し、新たな魔王になるんだよ」



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