土曜日8
「ところで、……寝ないのかよ?」
話の流れが不味い。取りあえずここらで話をそらすことにする。時間は12時少し過ぎ。会話の流れはおかしくないな、良し。
「疲れてるはずなんだけどね。――疲れてるならそっちの方がよっぽどなんじゃない?」
「体はだるいんだよ。だけど今日は色々ありすぎだ、頭がなんかさえちゃって……。」
手元にある超能力の説明書。これだけでも眠気が飛ぶには十分だ。
「なら3本先取ルール。だから3試合ほど付き合ってもらおうか。CPU相手では最近じゃなかなか退屈でさ。明日休みだし、良いでしょ?」
月乃は一瞬カーテンを潜ると、黒いゲーム機を抱えて戻ってくる。
「ストレートに3回負ける気なんだな? なかなか自分の実力をわかってるじゃ無いか」
俺の方もなにも言われなくとも机の引き出しから赤いゲーム機を取り出し電源を入れる。こういう時に兄妹と言う関係は言葉が要らない。便利だ。
「弟よ。南米最強の攻撃陣が襲いかかる恐怖。自らの愚かさと共に、思い知るが良い!」
「愚かなる妹よ。我がトータルフットボールを目の前にしても同じ事が言えるかな?」
二人ともサッカー好き、ではある。いつの頃からそうなったのかは知らないが、小学生の時点からワールドカップ中継を見ながら解説をする様な、二人とも揃いも揃ってそんなイヤな子供だった。
月仍などは好きが高じて町内のスポーツ少年団を経て、県立でもサッカー部へと入ったくらいだ。
だからといっていわゆる海外サッカー最高! みたいなスタンスでも無く地元のJリーグチームの試合の結果にも一喜一憂した。
サッカーについては、つらつら考えるに、どうもこれは母さんから幼児期に受けた影響らしい。母さん亡き後、父さんが俺達につきあって試合を見に行ってくれてはいたがどう見ても熱狂的サポーター。という感じでは無かった。
外からお嫁に来た母さんが、どの程度地元のチームに思い入れがあったのか。聞いてみたくとも今や写真立ての中で笑うばかりである。
日本代表はもうテレビで見る以外ほぼ選択肢は無い。ならば地元チームの試合を見に行きたいのだが一番安い席でも二人なら三千円弱、それに飲食費。田舎故、地元のチームと言いながら、交通費だってバカにならない金額がかかるし時間もかかる。ナイターだったら家に着くのは十一時を回ってしまう。
それでも、昼間の試合限定ではあるが二人だけでの遠出の許可と、年3回までは小遣い以外にサッカー観戦費を見てやる。とにーちゃんには言われている。
練習場で外人FWと元代表の選手からサインを貰ったチームカラーのTシャツは、二人とも試合を見に行くときしか着ない。普段は大事に机の上のハンガーに掛けてある。
で、勿論サッカーのゲームも一通り手を出しているのだけれど。そこは中学2年生。普通この時間からは始めない。11時を廻って以降はゲーム機の新規電源投入は禁止。11時半までにはセ-ブして以降は稼働さえ禁止。セーブの時間を見てくれてる辺りがいかにも若者であるにーちゃんらしい。
そして時間外稼働が露見した場合、ゲーム機預かりの刑に処されることになっている。それもどこかに隠される訳では無く堂々と見ている前で、いやわざわざ罪人に何処にあるのかわかる様に見せつけながら。ランサーのトランクに積まれてしまうのだ。あそこにあっては確かに絶対手が出せない。
既に二人とも今年だけで前科三犯の身の上。しかも重犯を繰り返す二人に対してにーちゃんは大事なゲーム機を次回は1週間、トランクに拉致監禁すると宣言している。
事はサッカーゲームだけではない。そうなれば全てのゲームの進行がストップする、非常事態だ。
月仍もやはり何事も無い様な顔をしていてもそれなりに精神的には負担だったらしい。 ちょっとエロい話を振ってくるときや、禁止時間帯であるはずの夜中にゲームを持ち出してくるときは大体そうだ。
今日の一日、俺だって大概ショックが大きすぎる。だからバレれば怒られるのは覚悟でこちらも通信を開始する。
「行くぞ、おっぱい星人!」
「黙れ貧乳!」
いずれ能力の事は一旦忘れよう。
「9勝15敗……。最近じゃハードモードでも勝てるのに。なんでここまで強いのよ!」
「対人はCPUとは違ーよ。――南米のチームにこだわるのがいかんのじゃ無いか?」
「ヨーロッパのサッカーは私は好かんのだ。やっぱサッカーはラテンのノリじゃ無いと。意外と実戦の考え方が使えるのがまた癪にさわるんだよなぁ、なんでブラスに負けるんだよぉ」
「実際にボール蹴って俺が勝てるわけねーだろ、あくまでゲームだ。二年生エース」
「急に持ち上げんな。それはそれで腹立つから」
既に2時は廻っている。
「スペインなんか、お前だったら使いやすいと思うんだけどな。攻撃的サッカーが良いんだろ? ――ところで、ランちゃん、まだ起きてるかな?」
月乃はゲームを片手に“自分の部屋”のドアを開ける。そのドアの正面が書斎だ。
「ドアが半分開いてる。電気も着けっぱ。多分これだと酔っ払ったままトイレ行ったあと、机に突っ伏して寝てるパターンじゃないかなぁ。――どしたの?」
「一応【説明書】のお礼、した方が良いかなって」
――ちょっと見てくる。月仍はゲームを自分の部屋に置くとそのまま廊下へと出て行く。
「嫁入り前なのに、顔にキィボードのあと付けて寝てるとか。感心しないもんね」
俺も机の中にゲームを仕舞うと廊下へと出る。もしも酔ったまま机で寝ているのなら月仍一人ではどうにもならない。その場合ソファベッドまで運搬の作業が発生するからだ。まぁ、そこまで込みでいつも通りなのではあるのだが。
「入るな。みちゃダメ」
廊下にでた瞬間、閉めた書斎のドアを背中に背負って頬を赤らめた月乃に止められる。
「……? ベッドで寝てたならそれで良いんだけど、さ」
「ベッドでは寝てた。セクシー下着のみで。――なんであんなの持ってるの! 今日に限ってなんであんなの着てるのよ。上下黒のおそろなんだよ? ブラのヒモ、落ちてるし」
「大人のブラジャーとパンティって必ずセットで着るんじゃ無いんだ、知らなかった。……つうか、なんでお前が顔赤くしてんだよ?」
「いや、なんて言うか。大人だなって、負けたって思った。私があの下着付けてても、少しもエッチには見えないなって。どう言ったら良いんだろ。単純にランちゃんも女の子じゃ無くて女の人なんだって思って。――部屋に入ってて頂戴。私、布団かけてくるから」
俺達は子供だ。たまに変なところで自覚させられる。大人と子供は下着の着こなしの様な、そんなどうでも良い所から既に違うんだろう。カーテンの向こうの電気が消える
「おやすみ。――いつもと同じ、早く起きた方が起こす。で良い?」
「そんで良いか。九時くらいには起きないと休みを損した気分だしな。……おやすみ」
電気を消してベッドに横になる。眠れやしない、むしろどんどん頭はさえてくる。枕元の説明書がその原因ではあるだろうけれど、これは考えようによっては父さんの資産でありランちゃんからプレゼントと思えないことも無い。だから……。
いや、一旦考えるのはやめよう。
と、能力関係を頭から排除した瞬間に黒い小さな下着を付けて眠るランちゃんが浮かぶ。これは良い、いや良い事では無いのかも知れないが、なにせ身内である。
今日の例は特殊にしても、風呂の前後は普通に下着姿でうろうろしてにーちゃんが目のやり場に困っているし、その風呂だって少し前まで一緒に入っていたのだ。彼女は他の家ならイメージ的にはお姉さんとか多少若いけどお母さんに相当する。
実は、だからそのイメージにイヤらしさはあまり付加されない。唯一見た事のある裸の女性。母さんの姿はそう言う意味でははっきり覚えていないし、ならば他に見た事が無い以上、何を思っても具体的な絵はランちゃんしか浮かばない、と言う事でもある。
問題は、黒い小さな下着だけで横を向いてやや丸くなって眠るランちゃんのイメージ画像。それの顔や体つきがいつの間にか白鷺先輩になること。健康な男子なのでそれは普通の事、なんだけど。
ちくしょう、月乃のヤツ。延々胸とかパンティの話とかしやがって。寝付けやしねぇ!




