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日曜日1

『エロザル』

「人を罵倒する言葉以外は浮かばないのか! それに俺はそんなにエロくないぞ、標準か、ちょっと下ぐらいだ」

 夜の事は忘れよう。そう、俺はそんなにエロくない。


「それ、自慢出来ないよね。ある心理学者の先生が男子は多少エロい方が良いと言ってたぞ。――しょうが無いじゃ無い、短い言葉って意外と思いつかないもんだよ」

「その心理学の先生は俺も知ってる。思いつきで発言するので有名な金髪の人だろ!」


 朝起きた時点でとっくににーちゃんは出勤し、意外なことにランちゃんの車まで無くなっていた。テレビは当初付けていたが、ゴールデンウィークの観光地から中継。なんて話題は俺達にはどうでも良い事だし、二人揃って芸能情報にはさして興味も無い。


 外は小雨。九時半過ぎに遅い朝食を食べた俺達二人は【説明書】を片手に、当初は昨日の夜の続きの様な話をしていた。

 勿論ブラジャーでは無い方の話だ。

 そのうちに送受信実験をしよう。と言う流れになったのは、テレビを消してしまうとあとはすることも無いから暇つぶしの選択肢の一つではあった。

 本を読むにもゲームをするにも、頭はとにかく寝不足の目が拒否する。と言う事情もある。【説明書】の活字はそれを見越した様に大きめだった。


 そして、暇つぶしである以上全く期待はしていなかったが、覆花山でも無いのに意外にも月仍から言葉がぽんぽん飛んできた。但し罵詈雑言の類ばかりだったが。

 何度も繰り返す内に耳で聞いた言葉と、受信した言葉の違いもわかってきた。言葉では旨く表現出来ないが色が違う、とでも言えば良いのか。耳で聞いた言葉と、受信して聞こえた言葉。全く同じく“聞こえる”のだが、形は一緒でも色が違う、というか。


 それに気付いた以上は昨日の様に混同することは、相手が月仍なら100%無いと思える。繰り返し実験する必要性、確かにある。但し飛んで来たのはここまであくまで悪口のみ。


「普通の会話の流れで良いじゃ無いか。どうして人を罵倒する単語だけ届くんだよ……」

「一応文章とかも投げてるんだけどね。結局一番簡単な言葉だけ届く。のかな?」


 月乃も月乃でどうすれば効率よくメッセージが伝わるか、それなりに考えている。こちらも本人以外は理解しがたい話だが、イメージとして言葉を纏めて投げ付けるのだ。とそう言った。人のことは言えないが通常の理解の範疇はこちらも超える。

 そもそも。言葉は投げつけるのでは無く、優しくかけるもんだ。


 ともあれ。少しずつ理解出来る言葉の長さも単語から短文へと精度が上がる。距離もリビングとキッチン、最大で三mを超え初める。

「受信と送信、だからなのかな。このハイスピードな能力向上は」

「そうか、お互い半分で良いものね」

『ランちゃんとかにも伝われば面白いのに』

「出来るなら初めからやれよ。――つーか昨日も言ったがとばっちりはごめんだぞ」

「あれ旨くいった? ……つか。そのリアクション、ホントに伝わったっぽいね」


 とまぁ、ある程度使えるめどが付いたのでイエスとノーのサインを簡単に決めると、一時過ぎに、にーちゃんから“昼飯どうする?”。と電話が来るまで実証実験は続いた。



 

「【説明書】、ねぇ。――で、書いた当人は?」

「さっき帰ってきたけどそのまま書斎に直行。お昼は要らないから、晩ご飯出来たら教えてって言われたよ」

 テーブルの上には【説明書】の他お弁当屋さんのからあげ弁当が三つと、インスタント味噌汁のカップが三つ。


『実証実験の話。した方が良いと思う?』

 ご飯のふたを外しているときにいきなり月仍から言葉が飛んでくる。基本的にイエス・ノーで答えられないものは飛ばさない。さっきの取り決めは守られている。いい加減に見えて、実際に何かを始めると要領は良いヤツなのだ。

 だからノー。のジェスチャーを返す。話がややこしくなるから今はまだ良い。


「いつも通りと言えばそうなんだけど……。休みの日に学校に泊まらないだけマシだと思っておくか。アパートも引き払っちゃえば良いのに。――お前らも読んだんだよな?」

「コントローラとアンプリファイヤ、のとこだろ?」

「他もそうだよ、全部そうだ。確かにこうして字にされると力を隠す必要性はよく判る。お前ら絶対……」


「超能力なんか無いただの中学生。こういう設定で生活するよ。誰にもバラさない」

「設定とか、あんまり軽く言うな。僕やランさんでかばうにしても限界があるし、世の中という括りにしたらお前らが思う以上に、その限界値は低いんだ。だいたい……」


『まーたにーちゃんの心配性が始まった。やっぱ言わないで良かったね』

 独り言を送信するな! からあげをご飯の上に置くとイエス。と返す。今のところ俺達兄妹の能力を知っているのは我が家の四人だけ。

 発現した能力もトランスミッタとレシーバーのみで、しかも使えるのは俺と月仍間のみの閉じた一方通行ネットワークだから外の誰かが気付く可能性は低い。外見上、ただの中学生の設定は有効だ。


「……。毎回のことだが確認しておく。せめてお前達が高等部に上がるまで、それまでは子供扱いさせて貰うぞ。それに高等部をでるまで、僕には保護責任もある。卒業までは普段の生活について、門限からご飯のおかずまで僕の言うことに絶対服従だ。いいな?」

 あいつらが中学を出るまでは滅私奉公で良い。そう言って父さんとケンカしていたのを聞いたことがある。それを止めようとしていた父さんは今居ない、つまりあと約二年、自分を捨てて愛宕家のおかーさんをやり続けると言うことだ。


「で、だ。昨日は状況的にも精神的にも仕方の無い事情もあると思うし、休みの前だし。だから取りあえず僕は気付かなかったことにしておいてやる」

「……? なんの話?」

「但し一回分のカウントはするぞ。次回は刑期を延長して2週間トランクに積むからな、ゲーム」

「……ごめんなさい」

 双子ユニゾンで謝るのは昨日からもう何度目だろう……。




「ランさん、寝てるかな。パートのおばちゃん達からそれなりに話、聞いてきたんだけど。――ツキ、ちょっと見てきてくれないか?」

「ケータイで聞いたら良いじゃん、それか自分で見てきたら」

「寝てたら悪いだろ。それにいつかみたいに裸で寝てたりしたら困るし。――ランさんも昨日は色々大変だったし。……主にお前らのせいだけど、な?」

「……見てくる。見てきますぅ!」

『何にもしてないじゃんかっ!!』

 コーヒーの準備をしつつ、ノー。を返す。機嫌が悪くなる前に黙って早く見てこい。



 

 数分後。月乃と共に小さなパソコンを抱えてリビングへ降りてきたランちゃんは、約三十分に渡ってキーボードを叩きつつにーちゃんの話を聞くと、忙しいのにごめんね、ありがとう。とだけ言い残してまた階段を上がっていった。


「なぁ、ヨウ。……ランさん、さ。機嫌が悪いって訳じゃ、無いんだよな?」

『ご機嫌斜めじゃ無いよね、忙しいだけで』

 複数の方法でまとめて話しかけないで欲しい。返事のしようが無い。ただ、ランちゃんの機嫌だけに限って言えばあれは普通だ。例えば論文の手伝いが佳境に入ったときなんかは、いつもあんな感じだし。ただ、忙しい。と口にしてしまえばそれは俺達の責任になってしまう。だから月仍案は却下、そのまま鸚鵡返し。

「別に。機嫌悪い訳じゃ無いだろ」


 服装が普段と違ってダンガリーシャツにパーカーを羽織ってGパンだったのがいけないのかも知れない。午前中出かけていたのだから、別にジャージとかスエットで無くても構わない様なモノだが、にーちゃんにはそれが既に脅威に映っている。困ったもんだ。

「ジャージじゃないから? 服装差別したらダメじゃん、自分でいつも言ってるのに」

「勿論差別はしてない。……区別だ」

「やっぱり気にしてた。――私らがなにか言ったって聞いてくんないからさぁ、普段からああ言うカッコする様に、にーちゃんからも言ってよ」


 ランちゃんはスーパーとかコンビニはそのまま行っちゃうからなぁ。

 こないだだって近所のコンビニの店員同士が、謎のジャージ女の話をしていた。ボロい軽自動車に乗って来て、来る度にビールとつまみをしこたま買い込む。化粧っ気のない顔はむしろ可愛く、ロングの完全金髪で小柄、いつもぶかぶかのスエットやジャージを来た高校生位に見える年齢不詳の女性の話。


 それはどこからどう聞いてもランちゃんのことなのでいっそ黒石蘭々華さん、と直接呼んでくれた方が良いのでは無いかと思ったくらいだ。少なくとも俺から見る限り、彼らの話の中には一切謎の部分がない。わからないことがあるとすれば高校生アルバイトに可愛いと言われて本人が素直に喜ぶものかどうか、それくらいである。


「いつ、どんな服装をするかは本人の意思だろ。僕がとやかくは言えないよ……」  

 ランちゃんが興味を持たなかった様に見えたのは、話の内容が脅威を感じる物では無かったからだろう。基本的に新興宗教光の人善行会に悪い噂はほぼ無い。と言う話だったからだ。

 ならば急ぐべき事項は他にある、おおかた今は覆花山の買収阻止の方法でも考えているんだろうな。



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