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大江戸・百鬼夜行  作者: 塚本 仁
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第十話

「お前ら……」

 椅子にもたれかかり、かろうじて身を支えなければならないほど脱力した文昭には、自室にいる面子を見回す気力もなかった。

 別の部屋から持ってきた椅子に座っている武敏。ベッドに並んで腰掛けている麻魅と奈々子。

 幼稚園にはいる前からの腐れ縁、幼馴染カルテット。

 そして、一緒に大江戸・百鬼夜行で遊んでいる面子でもある。

 さらには、すでに人外と化している者達でもあった。

 忍び装束に猫目猫耳の麻魅。

 巫女装束に金髪狐耳の奈々子。

 赤い結袈裟が特徴的な修験者の一式に身を包んだ武敏は白髪で、背中に白い翼が生えている。

 いずれも自分の持ちキャラの姿なのだが、コスプレというには存在感がありすぎる。衣装・小物など身に着けている品に安っぽいものは一つもない。むしろ一見はなにげない品でも、よくよく確かめれば重厚で神秘的な雰囲気すら感じられる。

 部屋の四隅に張られた符による遮断結界のおかげで外からは中をうかがうことも進入することもできないからこそできる格好であった。大江戸・百鬼夜行のPC妖怪はすべからく特定の人間形態を取る妖力【人型変化】を身につけており、一部だけを解除することも可能だ。本性を現すと部屋にはいりきらないので、いまの三人はその状態をとっている。

 装備の方はこれも共通して持っている妖力【袖葛篭】のたまものだ。己の気を通して馴染ませた物品を、容積・重量とも合計で大八車に乗せられるていどまで、異空間に仕舞っておくことができる。擬似的に自身の一部とすることで変化の対象にしているようなものなので、任意で早代わりも可能だ。

 わざとそんな姿をとることで、現状を視覚的に叩きつけてくる三人へ、文昭は恨めしそうな声を上げる。

「人が、巻きこんじまうわけにはいかねぇと必死に戒めてたってのに」

 近接戦闘・前衛特化の文久では、情報戦の手段はどうしても限定される。習得可能な技能にはかなり幅があるのだが、やはり最大効果を発揮するために必要な能力値や、修練度あげの手間を考えると、自身の専門からはずれたものは取りにくいのだ。

 幻術や潜入工作を得意とする麻や、式神という便利な手駒を持つ七重に協力してもらうという手を考えないはずがない。ゲームではそうしていたのだから当然だ。

 にも関わらず、人の生き死にがかかっていてさえ文昭が決断できなかったのは、リアルの大江戸で技を試し、その領域へと意識を向けた際に流入した、妖怪としての記憶ゆえだった。

 そう、大江戸・百鬼夜行のPCはすべからく、その本性は妖怪だ。

 リアルの大江戸におもむくということは、自分のPCと酷似した妖怪と融合することを意味する。

 幸いにして人を喰い殺したとか、嬲り殺しにしたとかいう、しゃれにもなにもならないような致命的な記憶は存在しなかったが、妖怪を、そして人間を殺した記憶はあった。

 不幸中の幸いは、相手がすべて明確な敵であったこと。弱者をいたぶるようなことはせず、堂々と立ち合っていたこと。そうした判断が、文昭にも納得できるものだったということだろう。

 ゲームで体験した物語と同じ事件も多く経験しており、その時にした選択が大筋一致していたという事実も大きい。

 しかしやはりそれは人外の者の記憶であり、それに納得できるということは、自身がすでに変質してしまっている証ではないのか。自分はすでに、人間ではないのではないか。その恐れはぬぐいきれなかった。いつものように錯乱せず冷静に検証し続けることができたのは、むしろおかしなことではないのかと。

 そんな状態に、幼馴染兼親友達を巻きこむわけにはいかない。

 事件の解決という意味では考えられる限り最善の選択を、おこなうわけにはいかない。

 三つめの、考えたくなかったことだ。

 だというのに。ああ、それだというのに。

「一体、どうやって気づいたんだ」

 もはや憔悴しているといっても過言ではない疲れた声で、文昭が尋ねる。

「巻きこんじゃいけない、か。やはり、そんなことを考えていたのね」

 その問いをさらりと無視した奈々子が、いかにも呆れましたという声を侮蔑的な視線と一緒に放ってくる。

 瞳はいつものこげ茶色ではなく、鮮血のような真紅だ。

 普通に怖い。

「前衛特化の大江文久に、情報関係でできることが限られているなんてことは、分かり切ってるでしょう?」

 そして無表情のまま、耳に痛いことをずばずばと切りこんでくる。葛藤の内容や前提情報まで見切られているらしい。

 麻魅と武敏がそれに合わせてうなずいているのが、無駄に息があっていてうざい。

「だからって、簡単に巻きこむわけにはいかねぇじゃねぇか。大丈夫なのか、お前ら?」

 文昭本人は、主観的にはかなり悩んだつもりだ。ものが人外なうえに戦闘職としての闘争の記憶まであるのだ、精神的に軟弱な者なら、廃人になってもおかしくはない。

 それこそ昔から知っている相手で、目の前にいて異常なそぶりもないことから、一応の確認という感じではあるが、尋ねずにはおれない。

 返された返事は、無情であったが。

「びっくりしたけど、面白かったよ」

「術式の構成とか、神威への接触とか、興味深いわね」

「まさか御仏の権能へ直接に触れる機会が得られるとは思いませんでした。これもお導きというものでしょうか」

 麻魅は論外として、奈々子はヤバイ。武敏にいたっては生業が仏僧系最上位職の一つ・天臨座主だ。仏僧・僧正・大僧正ときて、さらにその上の座主は一山を開基できる法力を持った高僧とされている。侍の亜種で地位を伴わない分、戦闘に特化した武者系である文久より、別の意味で非常に危険な記憶があったのではないだろうか。具体的には、神仏との直接接触とか。

 それでいて平然としている。少なくとも、そのように見える。

 以前から結構ぶっ飛んだ性格の連中だと思ってはいたが。

「おかしいだろ、お前ら」

 心底疲れ果てた呟きに応じた言葉も、また無情。

「文にいわれたくないな~」

「心外だわ」

「類は友を呼ぶといいますしね」

 身もふたもない。

「あ、ちなみにどうしてこうなったかっていうと~、三日くらい前に文がな~んかおかしかったから隠れて見張ってたんだよね。ゲームの中でも。そしたら村の出口の御地蔵様にお参りした後、一瞬姿がぶれたような気がしたら、いま来たばっかりなのにすぐログアウトしちゃうじゃない? 試しに同じようにお参りして村の外に出てみたんだ~」

 どうやら本格的に悩みだす前の段階で、しっかりとばれていたらしい。

 もはや言葉もなく頭をかかえる文昭。

「しかし、先ほどは本当に危険でしたね。どうしたのですか?」

 素で聞いているのか、分かっていてたしなめるつもりなのかが微妙な問いかけだった。

 それこそ仏像のように、いつもほのかにたたえられているアルカイックスマイルからは、武敏がどちらのつもりでいっているのか、凡人に


は判別できない。

「……お前ら、こっちでも変化できるのに気づいたのは?」

「割とすぐに。というか、記憶が保持されている時点でまず疑わないかしら?」

 金髪白皙の色合いから考えると違和感を覚える大和撫子的美貌を有する顔へ無表情をまとった奈々子は、首をかしげてみせる。

確かに現実に戻っても妖怪としての記憶を失ったりはしなかったが、その発言は文昭的に納得がいかなかった。

「人間やめた自分を受けいれすぎだろ! 向こうじゃ妖怪の人間形態だったが、こっちじゃ普通の身体なんだから! 人間のままだと思わないか普通!」

 常識が通用すると思いこまなければ、普通に生きてゆくのは難しい。自分がありえない存在になったという認識は強烈な失調感を引き起こし、人格に異常をきたしかねない。生命の危機にいたってもその可能性から目をそむけていた原因は、このあたりにあるのだろう。向こうにいる時だけならともかく、こちらでも異常であると認めるのは、逃げ場がないだけにハードルの高さが違う。

特に、同じ状態になりうる相手を巻きこんではいけない、自分は一人だと思っていれば。

その点、三人は一緒であり、しかも先達までいた。

 自分がなんとかしなければという意識もあって無駄に苦悩していたため、さすがに少しキレた幼馴染の肩を、武敏がなだめるように軽く叩く。

「戦わなければいけません。現実と」

 こいつ。

 明らかに分かっていていっている。速攻で殺意が沸くが、かろうじて押さえる文昭。

意識して、わざと軽くふるまっているはずなのだ。多分。きっと。

 それに実際問題、現にそうであると知ってしまったからには、大事なのは今後だ。

未来になにか弊害が出る可能性があったとしても、命の危険が目の前に存在するいまは、対処できる力があるという事実が普通にありがたい。つい先刻本当に死にかかった身としては、切実である。

「それで、あのうさんくさいおっさんは、どうする?」

 唐突に奈々子がふった話に一瞬、文昭は反応できなかった。

 しかしすぐに、脳裏へ一つの顔がうかぶ。

 あの、見下しきった嘲笑。

 間違いなくすれちがった焼影が襲っていないことからもアレが黒幕、最低でも関係者であることは間違いない。

「あいつの居場所が分かるのか?」

 思わず身を乗り出す。あいつであっさり通じた奈々子は、白衣を押し上げる胸を小さくはった。

「式神で部隊を複数編成して、追跡してるわ。オペラグラスも使ってるから、かなり距離を取れるし」

「警察の尾行チームなどと同じやり方ですね。頻繁にいれかえ、別の方向から異なるチームが引き継いだりすることで、気づかれにくいように工夫しています」

 たとえばAチームは時々人員をいれかえて覚えられないようにしつつ後方から監視し、連絡をとって先回りしたBチームが前方から監視できる位置を取ったところでAチームが一時撤収する。こうすれば後ろへ気を配っているだけでは尾行に気づくことができない。道具の使用といい、力を単純にふるうのではなく工夫を加えているあたり、ものを考えている。

 それはある意味では恐ろしい話であった。文昭が危機に陥ったさきほど、即座に救援できたのも納得である。

 そして、こちらを馬鹿にして姿を現したがゆえに、あの男は現在捕捉されているわけだ。

「奴は、どこに向かってる?」

「晴海埠頭」


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