防御(3)
「こちらの配置と兵力がほぼ完全に把握された。次は少なくとも完全編成の大隊戦闘団規模、下手すりゃ聯隊規模、砲兵援護もてんこ盛りで来るぞ」
大隊指揮系と部隊一般系回線に回線を開きつつ、弾薬の再分配を命じたあとそう言った。
「だが、そうであるからこそ、あと一時間はやつらも準備に時間を掛けるはずだ」
同意のうめきが無線から聞こえてくる。
楽ができるな、という意味ではない。
この次は先程のような程度では済まない、という過酷な将来に対する不快の念から出たうめき声だ。
戦力の逐次投入は愚策だ。
たとえ兵力が多くとも効率的に運用できず、無駄に兵が死ぬ。先ほどの敵のように。
しかし、準備にしっかり時間と手間を掛ければ、少ない兵力でより多くの戦果を得ることが出来る。
「パラディン1より整備中隊、聞こえるか」
『メカドッグ1よりパラディン1。感明良好』
整備中隊長のニコラ・ハルス技術大尉が応答する。
下士官並みに割れた声だ。かすれ、上ずった声にも関わらず、体格の良さがにじみ出る深みのある発音。
このひとも軍における苦労人で、年は四〇代のなかば。本来ならとっくの昔に(昇進目近の)技術中佐ぐらいにはなっていてもおかしくない。
彼の遅い昇進には原因がある。
「損傷騎の」
『無理です』
これだ。
まだ何も伝えていないのに、まず突っぱねるこの態度。
これが私のような促成将校を相手にしている時だけ、というならまだしも、たとえ陸軍参謀総長相手だろうとこの調子。昇進できるわけがない。
あんた、その苦労は好きでやってるんだろう、と、毒づきたくもなる。
『腕や足や防盾を何十セットも持ってきてるわけじゃない、全騎戦闘可能になんてできるわけがないんだ、新造したほうが早いやつだってある。とりあえず四騎ばかり共食い整備で戦闘可能にしたんでそっちに水と食料、弾薬持たせて送りました。兵站中隊のトラックもついていきます。先任はフレイル2-3、あと三〇分ほどで到着します。それじゃ』
噛み付くように言うだけ言うと、ハルス技術大尉は一方的に無線を切った。
こんなんで昇進できるわけがない。
だが仕事はできるやつだ。
私はおしとやかな大人の女だからな、多少脂ぎってて過剰なまでに肥満体型見せつけててハゲ散らかしてて失礼極まりない態度しか取れない気の利かない素人童貞野郎だからって、仕事のできる有能な将校を差別なんてしたりはしないのだ。
とは言ったところで腹は立つ。
だれも全騎戦闘可能にしろなんて言ってないだろうが、ピザでも食ってろこのクソハゲデブバーコード。
気を取り直して。
「シックル1-1、フレイル1-1、聴いてのとおりだ。フレイルは三騎ばかり指揮下に入れろ。一騎はシックルだ」
『ヤー』
『承知』
「各中隊長、参謀は大隊指揮系回線へ。ハートマン曹長、君も混ざれ」
『ヤーヴォール、ヘル・コマンダン』
「すまない、諸君。下手を打った」
部隊一般系から離脱し、大隊指揮系回線へ集まった将校たちに謝る。
「あのまま逆襲すればよかった。そうすれば、チェルノボグの喉元へ喰らいつけたものを。兵には苦労させてしまった」
皆は沈黙したままだ。
そうなのだ。
私はとんでもないミスを犯してしまった。
敵の襲来を退けたあの瞬間、打って出れば確実にチェルノボグを誘引することができたのだ。そのまま撃破することさえも。
畜生め。
政治的理由で後がなくなった敵は、なんとしても今日の午前中にはこの渓谷を完全に抜きたいはず。となれば夜明け間際に調整のとれた攻撃を仕掛けてくるに違いない。
夜明け前には敵の衛星も上空に戻ってくるし、夜が明けたら明けたで日陰と日向のコントラストで光学・赤外線センサーがイカれてしばらくまともに使えなくなる。索敵・照準自体はレーザー計測で可能だが、光学・赤外線が使えないのはつらい。熱線イメージで地形を読むのも大変に難しい。
端的に言って、苦戦という表現で済めば相当ラッキーだ。
その上、仮に敵の攻勢を崩せたとしよう。
我が方の兵力は更に減っている。絶対に。
その状態で逆襲などすれば、チェルノボグのいい的だ。
こうなった以上、戦術的に考えれば、昼まで持久し増援を待つべきだ。
だがそれが可能なのか。
敵新型重戦車が見せた、異常なまでの射撃精度、一〇五ミリの集中砲火にびくともしない正面装甲。
このまま陣地にこもっていては、チェルノボグが出るまでもなくすり潰され、回廊打通を許すことになる。
かと言って後方の予備陣地へ撤退するのも難しい。
別動させているメイスやインディア288、実は彼らは現時点ですでに我々よりもなお突出している。敵に補足されていないのは、活発な行動を取らせていないからに他ならない。
しかし現状で混乱なく彼らを撤退させるためには、それなり以上に活発な行動を取る必要がある。あと一時間では、彼らの進出位置から後方の予備陣地へ敵に補足されずに撤退することは不可能だ。
そして後方の予備陣地で持久するとなれば、彼らの戦力が絶対に必要となる。もし仮に撤退中の彼らの損耗が仮に一割を超えたとするなら、やはり昼まで持久することが困難になってくる。
畜生、一体どうすれば。
『気にするこたぁありゃしません、大隊長殿』
沈黙を破ったのはサカイだった。
『敵の実力が儂らの想定以上だったことに、大隊長殿おひとりが責任を感じる必要はありゃしません』
『ですな。いくさではよくあることです』
ハートマンが同調する。
『殿、ハートマン曹長。デ・ラ・マスクヴァ。炎の七日間。覚えてますか』
クロカワが思い出話を始めてみれば、
『おおよ、ありゃあキツかったのう。二五年も前か』
『完全装備の一個中隊一五〇人が、七日後にはたったの三一名。いやはやなんとも』
サカイとハートマンが懐かしそうに話に乗る。
『先立っての正面攻撃で正規軍を蹴散らして意気揚々と乗り込んでみれば、女子供が旧式銃と爆弾もって突っ込んできて』
『後退したら後ろの路地やら下水溝から年寄りが鉄筋やら水道管をカタパルトで打ち出してきてな。四駆のドアごと運転兵が串刺しになったのを見て、儂は小便漏らしたぞ』
『散開して路地に逃げ込んだら上の窓から煮立った油をぶっかけられるし』
『二日目夕方に援護に来た二七師団のAD二騎が、いきなり電線で転がされて』
『転んだ先に重砲弾を転用した仕掛け爆弾(IED)だろう?敵ながら見事だったよなぁ』
『タケヒロ、あなたは工兵ですからそうでしょうが、その爆発に巻き込まれかけた身にもなってください』
『貴様ら、それはそんとき愛騎をなくして歩兵やっとった儂へのあてつけか』
サカイがそう言うと三人はワハハと笑った。
『そもそも大隊長殿は大隊の指揮にあたって促成テキスト教育しか受けとらんじゃないですか。そういう人事した参本と近衛総監を怨めば良いんです』
「ああ、ありがとう」
だがな、と言葉を続けようとする。
途端にサカイが怖い声を出した。
『まだお分かりになりませんか。あんたァろくな教育も受けとらんのにエエ仕事しとる。これぐらいの失敗でへこたれとる暇があったら、次の手を考えんかと言うとるんです』
事実上、これ以上はない最大級の罵倒だった。平時の私なら途端に泣き出してしまっていたことだろう。
それほど衝撃的な言葉をたたきつけられたのだ、少なくとも当時はそう思った。
『それに自分でおっしゃったでしょう。大隊長殿がうまくやっているかどうかを評価するのは、大隊長殿のお仕事ではないです』
そうだ。
その通りだ。
確かに私は万能の、完全無欠の指揮官ではない。
むしろ突っ込むことしか知らない猪武者だ。
そんな私を指揮官たらしめているのは、私ではない。
大隊の皆が、私を指揮官たらしめてくれているのだ。
ならば私は彼らに応えねばならない。
正しくケリー大尉に、そう叱責したとおり。
「……すまない。いらん愚痴を吐いた。サカイ、クロカワ、ハートマン。あとで礼として、私の大隊指揮教程と体力トレーニングの面倒を見させてやる。それでいいか」
『承知』
『請け賜ります』
『光栄です、マム』
ふぅ、と溜息を付く。
なんとも格好がつかないな。
やれやれだ。
「よし。じゃあまぁもうひと踏ん張り気合入れるか」
『ヤーヴォール!』
「ボブは責任感が強いし兵隊の見てる前だと突っ張っちゃうけど、将校しか居ないと途端に愚痴はいちゃう子なんだ」「ほー。そんでなにか、お前の胸の中だと泣いちゃうってか」「よくわかったな」「殺すぞ」とか言うベルティとジェイクの会話はここから遡ること3年で既になされておるのです。
共食い整備:
ある故障を直すため、別の故障した機体からパーツを調達して使用すること。これが日常的に起こるような戦局は、非常に望ましくない(予備部品も手に入らないということは、食料や水の補給すら危ういということ)。
今回に限ってはそもそも交換用のパーツが(増加試作騎ということもあり)不足していたため行われました。
先任:
「先に任じられたもの」、ボブに対するゲイツ少佐がわかりやすい例ですね。この場合は整備され、補給物資を持たされた4騎のうち、誰がその集団のリーダーかを表現しています。