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グラップリング・バトル(1)

 この時、我々には三つの選択肢があった。


 ひとつは奪還した丘を放棄し、後退、持久すること。

 もうひとつは丘の麓に陣を張り敵機甲部隊と積極的に混交、乱戦に持ち込み敵歩兵を中心に刈り取ること。

 最後に規定の方針通り丘の頂上の陣地を保持、敵の襲来を退けたのちに逆襲、チェルノボグへの決戦を挑むこと。


 それぞれ一長一短がある。


 まず第一の案。

 長所としては現有戦力を温存できること。今日の昼ぐらいには聯隊の全戦力と合流できるため、再度戦力と作戦を練りなおして攻撃できる。

 問題はこの段階で後退することが凄まじく難しいこと。特に別動させている二八八と第三中隊が危険にさらされる。そうなるとすべての行動が無意味になる。この段階で無傷のMD中隊と戦意旺盛な歩兵小隊を保持している意味は大きい、実に大きいのだ。無駄にはできない。


 第二の案。

 前回の襲来と撃退の後、望んでいた展開がこれである。主導権を得やすくなり、チェルノボグとの決戦にさえ望めるかも。

 問題は用意すべき時間が圧倒的に足りず、またチェルノボグと少数とはいえ衛星に監視されていることから意図を察知されやすい、すなわち行動中に阻止砲撃を食らう可能性あること。損害は避け得ない。

 また、今となっては奇襲効果も望めない。進出するのであれば前回の襲来直後にすべきであった。


 第三の案。

 現有戦力などを考えるとこれが最も現実的。

 しかし消極的にすぎる。敵もこちらの意図は察知しているのだから、敵の企図する展開に取り込まれかねない。むしろその対処をこそしていると睨んで間違いないだろう。


 端的に言えば手詰まりだ。

 だからといって敵にすり潰されるのを、手をこまねいて待っているわけにもいかない。


「諸君。敵の衛星が上空に再び出揃うまであと四〇分だ。このままでは我々は敵にすり潰されてしまう。ついては意見を貰いたい」


 そう言って先の三案を提示する。さすがに戦慣れした連中だけあって、即座に返答が返ってくる。

『第一案と第二案はダメですね。何のためにここまで出張ってきたのか』とは口さがないジェイク。

『でもどちらもうまくやれば主導権を得られませんか?』気楽に言ってくれるのはミッシー。戦意に溢れすぎているんじゃなかろうか。

『リスクが大きすぎるじゃろ。時間もない。いささか消極的じゃが、第三案にかけるほかなかろう』それをたしなめるのはサカイであった。

『いずれにしろあと四〇分、いや三五分でこちらは身動きが取れなくなる。動くなら今のうちです』アルベルトは積極性こそが必要だと暗に示した。

 三五分後に衛星が出揃うとして、敵もあと三五分で襲来できるわけではない。兵どもにはすぐにも来るようなことを言ってみせたが、恐らく現時点からでも敵襲来はあと1時間かかるだろう。となると、日の出とともにやってくることになる。

 こちらは丘の上だ、下手に背景の山並みを視界に入れてしまうと、視界の明暗差でセンサーがまともに働かなくなる時間帯。出来ることなら敵味方とも交戦は避けたい。

 それを何とか出来るとほのめかすので、何か案はあるのかとアルベルトを促してみた。ついでなので臨時に戦務参謀に任じる。いまさらだが。

『ベースは第三案。こちらの陣地強化とともに陽動を出します。擾乱攻撃を行い即座に撤収。敵の足並みが乱れればそれでよし、仮に追っ手がかかろうものなら万々歳です』

 なるほどな。

 この丘に籠城することでしか戦果拡張ができないのは敵味方にとって周知の事実。

 しかしより多くの戦果を望むなら主導権を得る事こそが大事で、それには行動あるのみだというわけだ。

 おまけに攻撃というものはよほど丁寧に準備しないと、無駄に損害を出すことが多い。それなりに時間を掛けて準備した敵をかき乱すというのだから、もうこれしか無い。少々の追撃部隊は、こちらで各個撃破すれば良いのだ。

「よし、それで行こう。ハートマン、歩兵に将校は?ああ、指揮官先頭ってやつか。戦意に溢れすぎているのも考えものだな。生きてる奴は後で訓戒だ。クロカワと相談して陣地の強化に努めろ。陽動は誰が行く?」

『自分が行きます。第一小隊も一緒に。シックルの指揮は2-1に。接触まで小隊内無線以外の無線は完全に封止します』と、これはアルベルト。発案者でもあるしまぁ当然だろう。

「ん。任せる。弾薬と燃料を確保はできているな?準備しろ。あと必要な物は何だ、ああそうか、煙幕だな」

 こちらの打てる手がそれほど多くはないことは敵さんも先刻承知だろうが、こちらとしてもすべての行動をまるまる見せる訳にはいかない。

 むしろ煙幕を張ることで、敵さんに疑心暗鬼になってもらいたいところだ。

『大隊長、よろしくありますか』ジェイクが発言の許可を求めた。

「いいよ」

『煙幕射撃について案があります。戦術情報ストリームに載せます』

  メインパネルの下にある戦術マップのスクリーンに白い線が二本表示される。一瞥して、こいつはほんとに頭の回転が速いなと感心した。

 一本は阻止射撃開始線の前方一Kmに、ゆるい円弧を描きながら街道や林からはこちらを直接視認できないように幅五Kmに渡って煙幕を張る。私が潜入・埋伏を考慮した街道屈折点に沿いの林が含まれるが、煙幕弾の主成分である白リンのせいで燃えてしまうだろう。

 今の風向きはこちらから敵に向かっての微風だから、誠に申し分ない。敵の視界は格段に悪化する。

 もう一本はチェルノボグの南西面に円弧を描くように煙幕を張る。これもやっこさんの目からこちらの行動を隠すため。焦れて前進してくるならありがたいことだ。

 ちなみに敵の集結は、今ひとつはっきりはしないが前方六~七Kmの線で行われているようだ。彼らほどの機動力があるのならもう少し後ろで集結すべきじゃないのかと思うが、こちらがしつこくしつこく砲兵潰しを行ったため、前進配備とせざるを得ないようだ。

「ハマー43、迅速射撃でこの線にチャフスモークを。うちの大隊砲中隊はチャフスモークは持ってきてないもので」

『いいんですか?まだ何も説明してませんが』

「お前が考えたんだったら大ハズレはしないだろ?多少の間違いは修正したらいい」

『ありがとうございます、大隊長殿』

 この時、なぜだか知らないが、嬉しそうにはにかむジェイクの顔が思い起こされた。背景にはこれまたなぜだかニヤニヤしているミッシーが居るのが釈然としない。

『パラディン、ハマー43だ。砲兵三個中隊を手配した。同事着弾射撃で手早くキメる。いいな?』

 釈然としないのはゲイツ少佐も同様のようだったが(理由は全く違うものだが)、

「いいですよ。ああ、ところで」中央戦区で敵の攻勢が始まったが、こちらへの支援体制は変わらないのか、と問うてみた。

『ああ。あと二時間内なら一五五ミリと二五〇ミリロケットを各一個大隊、好きな様に扱える。済まないがそれ以上となると無理だ。聯隊が完全に射耗してしまう』

 要はあと二時間内に片付けろということだな。こちらももちろんそのつもりだ。この丘で持久できるのはあと一回が限度。そのあと後方の予備陣地に戻っても聯隊規模の突撃に持久できるか怪しいもんだ。

「承知しました。ではお願いします」

『了解。射撃開始する……初弾発射したぞ。落達は七〇秒後』

「よっし、シックル1、行け。気をつけてな」

『ヤーヴォール、ヘルコマンダン。誓って勝利を』

「そういうのいいから!とっとと連中の金玉蹴りあげてこい!」

 なんでこういう時にベッドで使う声音でそういうこと言うかなぁ?!

 顔が赤くなると同時に少し心配になる。

 はは、と笑うとアルベルト率いるシックル1は、丘の裏側を駆け下り始めた。全速力に近い。丘の中腹を回りこみ、西から街道の屈折点に向かうようだ。

「ジェイク、ベルティ兄ちゃんていつもあんな感じなのか?」

 プライベート回線に切り替えて聞いてみた。

『いや、ああまで張り切ってるっていうか、上機嫌なのは初めてですね』

「ふぅん?」

 小鳥が鳴くような音。

 プライベート通話を打ち切り、大隊指揮系に戻る。

『パラディン1、パラディン3。意見具申』

 ミッシーが伺うような声を出す。

「なんだ」

『シックル1の救援隊を用意したほうが良いのでは』

 死亡フラグ。ああ、まぁ確かに、とは思うもののだ。

「いや、心配無用だろう。その代わりいつでも援護できるように体制を整えよう。いざとなれば、そうだな、私とジェイクで直援に回る。そうなった時の指揮権はサカイに委譲する。どうだ?」

 こっちは頭数が少ない。下手に陣形をいじるわけにもいかない。

 もちろんシックル1が敵の追撃を受けて散々な目に遭う可能性は高いけれども、ああ、はっきり言おう。


 個人的には毛頭許容しかねるが、軍としては許容される損失だ。


 それに私は本当に心配していないのだ。アルベルトが、私のベルティ兄ちゃんはこんな程度で死にはしない。

 悪くて損傷した味方騎担いで戻ってくる程度。

 良けりゃシックル1全騎が無傷で、一個中隊ほども刈り取ってから意気揚々と駆け戻ってくるだろう。

 なぜかって?開戦直後、まだ大尉になりたてだった兄ちゃんは、全く同じシチュエーションを無傷で切り抜けていたからさ。

 敵の集結点方向に振り返ったそのとき、第五砲兵聯隊からの煙幕のプレゼントが到着した。


 見てろよ。

 まだこれからだ。

 まだ地獄の入り口にすら到達していないのだ。

 皆まとめて魔女の大釜にぶち込んでやる。




 シックル1が陣地を飛び出してから二五分ほどで、上空の敵性電波発信源がまた三基以上を示すようになった。

『パラディン3より各部署、敵性電波警報!繰り返す、敵性電波警報!』

「総員、敵弾に注意しろ。敵砲撃を感知したら即座にタコ壺に逃げ込めよ」

 金切り声を上げるミッシーと対照的に、私の声は落ち着いたままだ。

 無論、わざとだ。

 兵隊向けの演技は、兵隊のイメージ(というか要望)に沿った役柄を演じることが重要だ。意外性は余り必要とされない。

 そういう点で、実年齢以上に若く見られがちなミッシーの金切り声と、歳相応に落ち着いた私の声は大隊将兵の需要を概ね満たしていると思う。

 ああいや、もちろん、そういう意味でも(・・・・・・・・)だが、その辺はあまり深く考えていない。

 これが諸国の軍隊であれば、おもいっきり控えめに表現して、直ちに隊内の風紀が著しく乱れるところではあったろうが、我が国の軍隊では戦闘部隊にも女性が配属されている。部隊によっては女性将兵による男性兵員の集団強姦を防がねばならないほどに。

 建国以来の長きにわたって、共和国は帝国の尖兵として常に兵力を供給してきた。そのためいつの頃からか人口における男女比は一:一.三程度となり、男の代わりに働く女性など全く珍しくもなんともない。

 もちろん女性には男性に出来ない生物学的役割があるが、だからといって男性に比べて女性が極端に大事に扱われるという事もないし、したがって女性が男性より極端に弱いということも珍しい。

 体格で劣る?筋力で劣る?それがどうした、相手は金玉でしかものを考えない単細胞共だ、我々女性が全ての力を出し切れば別段どうということもない、とは四〇〇年ばかり前の共和国軍初の女性将軍、アニタ・デグレチャフの言葉だ。

 というわけで我が国女性は、物心つくと同時に何がしかの武道を習うのが常であり、軍に志願し訓練キャンプに送り込まれたあとは女性だけのクラスで徒手格闘をみっちり習う。でもって毎年何人かの、体格と筋力と悪知恵に半端に優れた新兵が、女新兵やちょっとかわいい女一等兵を押し倒そうとして病院送りになるのだ。

 そうこうするうちに兵隊として見どころのある奴は周りの男どもが勝手に守るようになるし、女どもは女どもで勝手に男を守るようになる。それができない、されない奴は男女の別なく軍隊をやめるしか無い。二本の脚で営門から出ていくか、木の箱に入れられて運びだされるかは大きな違いだが。

 ちょっと脱線したが、そんなわけで私らが味方に押し倒される心配は皆無だ。

 でもこれが録音されて、ネットで売られたりそういうことに使われてるのかなぁと思うと、正直気持ち悪い。軍情報部がネットに放流したボットプログラムが、軍事情報の付属した音声や動画のファイルを片っ端から廃棄しまくってくれてることを願うしか無い。


 結局、敵の砲撃は衛星電波を受信してから一五分ほども経ってからようやく降ってきた。こちらはフンメル31の光学/電波監視にはじまり歩兵の対空熱線監視に至るあまたの監視網が待ち構えていたから、余裕を持って壕に逃げ込めた。

 第五砲兵聯隊とフンメル31による敵砲兵への対砲迫射撃は概ねうまく行ったようで、敵砲撃はよくまとまっているものの低調と言える。

 まぁ低調と言っても、一五五ミリ二個中隊と一二〇ミリ迫二個小隊程度の弾幕が持続的に降ってくるわけだからあまりのんびりしたことも言っていられない。

 それでも手を出さずに置いてやっていると、フンメル31から通報がきた。

《HML31:移動熱源を探知。諸君の前方七Kmの位置だ。敵機甲部隊と思われる。聯隊規模だ》

「ふぅん……推測通りでつまらんな」

 この期に及んで落ち着いた演技も行き過ぎだとは自分でも思うが、実際つまらなかったのは事実だ。それも二重の意味で。


 ひとつはもちろん敵がが聯隊規模で押し寄せてくること。

 今ひとつは敵部隊の集結を熱源探知だけで追うのはやはり難しいということだった。こちらの砲撃で燃えた樹木や炎上している敵の兵器が邪魔で、対地レーダーを併用してさえ正確な目標探知は不可能となっている。

「フンメル31、もうちょっと眺めててくれ」

 いっそ敵さんのようにレーダーだけで索敵してもらったほうがいいのかなぁと思いつつ、フンメル31に監視の続行を要請する。

《HML31:宜候……発砲炎を探知。シックル1が交戦を開始した》

 よーしよしよし、いいぞ畜生。

「フンメル31、ハマー43から一五五ミリを一個大隊借りて三斉射ほど敵機甲聯隊のどまんなかににぶち込んでやれ。シックル1が敵から二Km離れたら、即座に二五〇ミリロケット大隊の制圧射撃をかまそう」

《HML31:了解》

 これで敵機甲連隊の足並みも乱れることだろう。

 戦術情報ストリームを見ていると、シックル1は四斉射したところで後退を開始したようだ。撃破確実は一〇両、歩兵戦闘車と戦車が半々。戦車だけでなく陣地争奪戦で決定的に重要な歩兵も刈り取ったあたりが素晴らしい。

 おまけに敵部隊の一部が追撃を始めたとあっては、あまりの都合良さに小娘のような声を上げそうになっても致し方ないだろう。


 喜びの声を上げかけた報いは、日の出とともにやってきた。

擾乱攻撃:

いやがらせ。別に敵に損害が与えられなくてもよく、むしろ示威活動や陽動として行われることが多いです。

今回のアルベルトたちの攻撃は、嫌がらせというにはやや調子に乗ってる感があります。


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