68 クラッススの興行
紀元前76年10月。
ついに大富豪クラッススが主催する興行が幕を開けた。
連日繰り広げられる熱戦にローマ市民が沸き立つ中、興行は滞りなく進み、明日、この興行最大の目玉試合である、レンとセウテスのデスマッチが行われる。
レンはローマ郊外に設営された剣闘士用の臨時テントの中で、明日の戦いに思考を巡らせていた。
(次が剣闘士として最後の戦いだ。
セウテスには悪いけど、全財産をはたいて買った修羅モードを出せば、試合は一瞬で終わる。だから、ある程度は客を楽しませるために互角の戦いを演じるけど、油断はしないからな)
レンは負けることなど考えていなかったが、セウテスを警戒し、スキルの最終チェックを行う。
(ステータスオープン)
■名前: レン
■年齢: 17歳
紀元前92年9月産まれ
■出身地:ガリア
■容姿:黒髪黒目の美形。戦闘適性の高い体格。
■家族なし
■パトロン クラウディア
■配下4名
■所持金
0デナリウス
(金貨0枚 銀貨0枚、銅貨0枚
交換比率1対20対300)
■資産 パキポサ小屋(価値800デナリウス)
パキポサ蛾(価値不明)
■称号:ガリアの英雄(全能力値補正+20%)
■加護
★イオ(全能力値補正+12%)
効果時間2日
■レベル: 207
★HP(体力): 768/768
(+12上昇)
★SP: 442/442
(+14上昇)
★MP: 4/948
(+165上昇)
■【能力値】(平均的な剣闘士400)
★筋力:540
(+13上昇)
★敏捷: 624
(+11上昇)
★耐久: 598
(+12上昇)
■■【スキル】
■非発動型
★二刀流術 Lv.52(攻撃力&防御力+520%)
★回復術 Lv.94
(+3上昇)
★カンフー Lv.30
★痛覚軽減Lv.50
(Lv.75で軽減度の調整解放)
■発動型(必要MP 10)
★修羅モード Lv.60
(+59上昇)
(スキル効果時間を 1秒に圧縮し、そのぶんの威力を1秒に上乗せする倍率が発生する)
※例:筋力強化 Lv.68、通常180秒 → 1秒に圧縮
→ 680%×180秒 × 0.60倍(修羅Lv.60) = 73440%の上昇バフ
★筋力強化 Lv.74(筋力+740%)
(+6上昇)
★スタミナ強化 Lv.74
(+6上昇)
★敏捷強化 Lv.74
(+7上昇)
★集中力強化 Lv.73
(+6上昇)
★耐久力強化 Lv.73
(+6上昇)
★『敵攻撃の先読み Lv.75』
★動体視力強化 Lv.73
(+6上昇)
■■重要度低スキル
■非発動型
★短刀術 Lv.11
★盾術 Lv.5
★言語理解(ラテン語/ガリア語) Lv.Max ※憑依転生特典
★気力枯渇耐性Lv.95。ダメージ95%カット。気絶無効。
(+1上昇)
★毒抵抗 Lv.33
★病気耐性 Lv.30
★性病耐性 Lv.30(maxLv.50)
■発動型(必要MP 10)
★地獄耳強化 Lv.60
(レベル+10上昇)
★隠密強化 Lv.60
★跳力強化Lv60
(レベル+10上昇)
★話術 Lv.60
(レベル+10上昇)
★避妊 Lv.50(maxLv.50)
★毒検知 Lv.57
(レベル+7上昇)
★視力強化 Lv.50
★性的技巧 Lv.64
(レベル+3上昇)
★感情伝播 Lv.70
(レベル+13上昇)
■ポイント残高0
(修羅モードだと、筋力が瞬時に通常の73440%出せる。つまり……734倍、これホントヤバいよな。誰がこんな力に耐えられるんだよ)
レンが心の中で呟いた時、突如AIの声が頭に響いた。
《そうですよね! やっぱりレンさんも修羅モードは“やりすぎ”だと思いますよね!》
「うわっ!? お前、突然声かけんな! 心臓が止まるだろ!」
《そんなレンさんに重要なお知らせがあります!》
「人の話を聞けよ!」
AIはレンの言葉を無視して続ける。
《AI運営会議で修羅モードの危険性が議題になりまして、“さすがに734倍は世界の物理法則を壊す”という結論になりました》
「いや、まあそうかも知れないけど別にいいと思うぞ……」
(俺にしかメリットないからな)
《そこで我々AIが、神様に“下方修正案”を提出したところ、修羅モードは人生で一度だけ使用可能 という新ルールに決まりました! おめでとうございます!!》
「はあ!? ふざけんなよ、お前! なに勝手にナーフしてくれてんだ!! それって当然なにか補償はしてくれるんだろうな!?」
《ご安心ください! ご使用前なら、特別に修羅モードスキルを返品することが可能になりました! 返品した場合、全額返金と全ポイントの返還を保証いたします!》
「その保証じゃねえよ、償いとしての補償だ!!」
《そんなものはありません! 元から一度だけ使用可能なスキルだったと思って諦めるか、返品するかの二択です》
「ぐぬぬっ……。返品しろとか言うけど、返品してセウテスに勝てるのかよ」
《そうですね……。レンさんもこの4か月でスキルを成長させたましたが……、現状はよくて五分五分だと思います》
「じゃあ、返品なんか無理だろ!」
《そんな事は、我々は知りません。それでは、返品したくなったら使う前にお呼び下さいね。では失礼します!》
「あっ、逃げやがったな!」
「旦那様、何が逃げたんですか?」
見るとテントの入り口にイオが立っていた。彼女の手には、夕食の大麦のお粥と少しの干し肉を乗せた盆があった。
「いや、何でもない。なんか虫がいたんだ」
「そうですか。お食事をお持ちしましたが、すぐに召し上がりになられますか?」
「ありがとう、イオ。一緒に食べよう」
「はい」
イオは小動物のような愛らしい笑みを浮かべ、レンの隣に静かに腰掛けた。
だが、その黒い瞳の奥には、わずかに不安の色が滲んでいる。
「旦那様、明日はセウテス様と戦われるのですよね……」
イオがデスマッチと聞いた時から、密かに神々に祈りを捧げていることをレンは知っていた。
「……怖がらせてごめんな。でもこれが最後だから」
イオは首を振った。
「怖くなどありません。私は、旦那様が必ず勝って戻ってこられると信じております」
レンはイオの華奢な肩を引き寄せた。
「カプアで約束しただろ。俺が解放されて、お前が正式に俺のものになったら――俺の子供を産んでくれって。
その約束、必ず果たしてみせるから」
イオの頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。
長い睫毛が嬉し涙で細かく震え、彼女はレンの胸にそっと体を預けた。
「はい……! 旦那様。私はどこまでも旦那様についていきます」
胸元から伝わってくるイオの小さな身体の温もりと、健気な決意。
レンは必ず生きて帰ると、心に誓った。
ーーーーー
翌日の午後三時。
闘技場にあるバルコニーの特別席には、六人同盟のうち、四人が集まっていた。
クラッスス、クラウディア、マニウス、そしてカエサルである。
ポンペイウスは現在、ヒスパニア(スペイン)のセルトリウスの反乱鎮圧に遠征しており、しかもちょうどラウロンの戦いでセルトリウスに敗れ、大苦戦をしている最中だった。
マニウスがカエサルに声をかける。
「カエサル。先日はガイスに、裁判を逃げられたらしいな。こんな所に来ている暇があるのか?」
カエサルは紀元前77年にスッラ派の大物ドルベッラの裁判に敗訴したあと、めげずに再びスッラ派の大物ガイスを汚職で訴え『第二の裁判』を起こしていた。
だがガイスは職権を利用して裁判を回避したため、カエサルはまたしても裁判に敗北していた。
カエサルが笑顔で応える。
「大丈夫か、だと? マニウス、心配してくれるのはありがたいが、的外れだ。逃げ回っているのは私の方ではなく、裁判を恐れて護民官の衣の後ろに隠れたガイスの方さ」
「ほう、その威勢がどこまで続くかみてみよう」
マニウスの言葉通り、カエサルの状況はとても悪かった。
カエサルはスッラ派の大物を告発した二度の裁判に負けたため、彼自身も身の危険を感じていた。そのため心の中ではすでに、弁論術の留学という口実で、ギリシャのロドス島(トルコの沿岸近く)に向かう決意を固めていた。
そして、この数ヶ月後、カエサルは春の訪れとともにロドス島へ旅立ち、史実通りキリキア海賊の船に襲われ、拉致されることになる。
「叔父様、わたくしたちは同盟しているのですよ。カエサルを敵視しても意味が無いわ」
「これは敵視ではなく、単に男同士の挨拶のような会話だ。そうだろカエサル?」
マニウスの言葉にカエサルは皮肉の笑みを浮かべた。
「その通りだ、クラウディア。ところで――」
カエサルの視線はクラウディアのお腹へと注がれる。
「子供が出来たから、結婚したそうじゃないか。どうして、私を結婚式に呼んでくれなかったんだい? もしかして相手の男は、どこの馬の骨とも知れないような男なのか?」
カエサルが冗談っぽく言ったのに対し、クラウディアは笑って応えた。
「ええ、その通りよ。一応はパトリキ(貴族)の三男だけど、貴方に会わせる必要のない、賭けと女が好きなだけのダメな男よ。今後もご紹介するつもりはないから、どうぞお忘れになって」
「そ、そうか……。それは……手厳しいね」
あまりに潔く自分の夫を「ダメ男」と言い切ったクラウディアの態度に、マニウスは顔をしかめ、さしものカエサルも面食らったように苦笑いするしかなかった。
その時、バルコニーの入り口から、重厚な足音が近づいてきた。
一同が視線を向けると、今回の興行の最高責任者であり、大観衆を金の力で集めた大富豪マルクス・リキニウス・クラッススが、笑みを浮かべながら歩み寄ってくるところだった。




