力を試してみた!
異世界サバイバル組は互いの連絡先を交換して解散となり、各々帰路に立った。
集団失踪事件は解決ではなく、うやむやとなるだろう。
それぞれ記憶がないとか、
赤本たちは傷が浅い。
もともとまともな生活などしてなかった上に、あちらの異世界では38日過ごしていてもこちらの世界では3日しか経っていない。
ニート組もほとんどノーダメージだ。
家族が心配しているが、これから真面目に働くと言い出すだろうから結果的に周囲も喜ぶだろう。
問題は社会人組である。
短い人でも一週間。長い人は二週間の失踪だ。
会社に席がもうない人もいるだろう。
仕事を失った社会人組は可哀想だが、那蠍がどうしてあげることもできない。
「いっそ。チートを返すから異世界へまた行く?」
と、親切で提案してみたが、みな頭を振って固辞した。当たり前である。
解散後、那蠍はマルオの車で駅まで送られた。
「なんか、世話になっただけですんません。大姐御」
「平気平気。ウェヒヒヒ」
アオトが頭を下げてくるが、那蠍は本当に気にしていなかった。
駅でアオトたち三人と別れた那蠍は、ひとまず自宅へと急いだ。
自宅に到着し、軽くシャワーを浴びて時計を見ると6時を回っていた。
前日から丸一日で、異世界ではもう十二日も経っている。
急いで髪を乾かして服を着て、準備をするとひとまず異世界の様子を見た。
まずはケンタウロスになった族長ハイギルーの娘の様子を見る。
どうやら一族には受け入れられたようで、楽しそうに草原を走り回っている。
ただし周辺部族には警戒されており、特に婚約の破談がないかと心配されていた。
あの王子はどうなっているのか気にはなったが彼には何も施していたいため、様子の確認ができない。
変態王子のますますのご健勝をお祈りして、那蠍は忘れたことにした。
次に吸血鬼となったダイタム一家。
ここにはクライロウネに会いたい下心もあるため、お菓子を持って直接訪れた。
「ようこそおいでくださいました」
吸血鬼ダイタムとスケルトンのカルハントは、急な那蠍の来訪を心底喜んで迎えてくれた。
「ウェヒヒヒ。ひさしぶり。忙しくてなかなか来られなくてごめん。……ところでクライロウネは」
便利と思われる日用品を、カルハントに渡しながらダイタムに尋ねる。
「娘は今、西の塔に。先日、階段が直りましたので、毎日通っているようです」
なんでも星を眺めているという。
森の外の集落と交流が深まり、一部木こりと大工が城の外に移り住んで塔の階段を直したそうだ。。
まだ三十人ほどだが半日で作業小屋兼宿舎を作り上げ、城の補修に奔走しているようである。
治療だけでなくダイタムが医師の育成を考えているため、ほどなくして人はもっと集まることだろう。
「ウェヒヒヒ。みんな判断が早いね」
那蠍は木こりや大工たちのフットワークの軽さに驚いた。
新しく集落を作るどころか、今まで住んでいた場所から出るにはいろいろ手続きなど面倒があるだろう。
しかし、この世界は未だ支配者の力が絶対的でありながらも、法的な拘束力は非常に曖昧で弱い。
しっかり明文化されている法律は少なく限定的で、慣例主義的な用法で行政と司法が行使されているのだろう。
なので現代のように手続きで時間を取られることも、近代近世のように辺境の田舎の津々浦々まで法で人が縛られているようなこともない。
古い城に立派な医者が住み始めたぞ! 移住しよう! と勝手にまず行動しているようだ。
「みな、短い生涯の中で天命を見出し、それを達成することに飢えてますからな」
「ウェヒヒヒ。それ、いい。それ、そのセリフ。長命種の吸血鬼っぽくていい」
「そうですか? 実年齢は四十に満たないのですが」
ダイタムの含蓄ある言葉に、那蠍は納得した。
彼らの行動は間違っていて、時の支配者の怒りに触れて潰されるかもしれない。
過去に置いて、いくつもそんなことがあっただろう。
逆に、たまたま支配者の都合に合致したか、無理が通って刹那的な行動が認められたこともあっただろう。
歴史上、拙速なさまざま行動が成功したり失敗したり、大勢死んだり少数助かったりして、三歩進んで二歩下がって、たまに五歩くらい下がって……。
そうしてこんなわやくちゃな過程が、将来の人たちからは日進月歩しているように見えるのだろう。
那蠍は感慨深くうなずき、いずれこの城の周辺に築かれるであろう村を庇護しようと心に決めた。
「ところで、クライロウネは塔に登ってなにしてるの? 幽閉ごっこ?」
「幽閉ごっこ……? いえ、クライロウネは昔から星が好きでして……」
「ああ、天体観測」
那蠍は都会の現代人すぎて、夜の空を見上げれば星が見えるという発想すらなかった。
そういえば祖父の田舎では、星が見えたなぁ……と懐かしく思い起こす。
ダイタムの説明によると、クライロウネは死霊とお話しながら、星を眺めるのが日課……夜課となっているそうだ。
「クライロウネを呼んできましょうか?」
「いやいい。こっちも忙しいので。落ち着いたらゆっくり来る」
那蠍はクライロウネへのお土産であるお菓子を手渡し、蜻蛉返りとなった。
一応、ダイタムはゆっくりされて行ってはと申し出たが、本当に那蠍が忙しそうであることに気がつき無理に食い下がらなかった。
鏡を潜り、地球の自室に戻って那蠍は大きく息を吐いた。
「さて……」
那蠍は珍しく服を脱がなかった。
外出着のままリビングの中央に立ち、右手に意識を集中した。
「光よ」
音もなく、那蠍の右手から光が伸びた。
それは異世界で井川が振り回していた光の剣にそのものだった。
周囲の空気を裂き、熱して炙るような高熱源体は、室内で振り回すなど躊躇われた。
「戻れ」
再び意識を集中し、命令を下すと光の剣は細くなっていき消えた。
次に那蠍はポケットから100円玉を出して、空中に弾いた。
「ミネラルウォーター」
そう言うと、放物線を描いて落ちるはずった100円玉が空中でかき消え、代わりにペットボトルに入った水が那蠍の手の中へ落ちてきた。
特売で売られている大手メーカーの五百ミリリットルの飲料水は、那蠍が一階のスーパーでよく買う物だった。
「ウェヒヒヒ……、これやべぇ……」
那蠍はミネラルウォーターを片手に戦慄した。
異世界サバイバル組は、井川の力を最強と言っていたが異論はない。
だが最凶最悪は、このショッピング能力だ。
『主様、どうしてですか? 便利かと』
「そんなに単純でもない」
角短は呑気な感想を述べてきたが、那蠍は楽観視していなかった。
「絶対的な価値や私の思う価値でもなく、同等程度の物品と交換……それはいい。でもこの物品。地球のどこからか送られてくるんじゃない。どこからともなく現れてる感触がある」
異世界からとか、この地球のどこかからとか、多元宇宙のどこからとか、ではなく、価値という概念で、無から物質を購入してしまう能力だ。
どこにもなかった質量が、突如この場に現れる。それはとても恐ろしいことだ。
異世界サバイバル組は、このショッピング能力を地球からお取り寄せしたと思っていたようだが、実際には違うと那蠍は判断した。
「感触的にこの能力、際限がない。極端な話、惑星を買ったことがある人なら、惑星をもう一個買えるどん。って能力。そしてこの世界に存在しない質量が現れる……。ま、まあ私一人がちまちま使う分は誤差だと思うけど……」
もしも那蠍が毎日、大質量のある物品を、価値は高いが少ない質量の物品もしくは仮想通貨なので購入し続ければ、いずれ物が溢れて地球の重力は変わるだろう。
偏れば慣性モーメントも変わり、自転は遅くなっていくだろう。
妄想の範疇になるが、銀河を売り買いしている超宇宙文明でもあったなら?
そこで銀河を買って、追加で購入できる資産があれば、その銀河を何個も買ってこの宇宙へばら撒き、重力やら斥力やらもうなんやかんやひどいこともできる能力だ。
経済的な話でも、論外の影響がある。
例えば大量の正貨(紙幣や硬貨のことではない)を用意して、価値はあれど物質でいえばただの絵の具と紙でしかない絵画を買った場合。
正貨とそれを構成する貴金属がこの世から消え、同一ではあるが本物だが偽物という絵画が現れる。
これを繰り返したら?
どんどん資源と価値が失われ、ペラペラの本物だが偽物という絵が増える。
小国の正貨でおこなえば、そこは吹き飛びかねない。
「よくなろう小説でぶっ壊れ性能とかいうけど、これもぶっちぎりでぶっ壊れ性能。甚大な資産が必要で、購入履歴があるかどうかっていうのが実質的な制約で、もしも天文学な資産を生み出せて、なんでも売っている市場があったなら、この能力で地球も宇宙もぶっ壊せるやつだこれ」
足高、角短はいまいち理解していないようだが、羽斑は少し理解できたようで震えていた。
「あれ? これ……。もしかして奴隷制があるところで人を買ったら…………よそう。考えるのは」
生物どころか人も買えるかもしれない上に、コピー人間が生まれる可能性……。さすがの那蠍も恐怖した。
「とりあえず山とか鉱山を買ったらどうなるんだろ」
そういえば山は持っていないけど、父からの相続で鉱山権とかあったような…………。
那蠍は記憶を辿る。
「抗区税の項目を見た記憶がある……」
日本では山の所有と鉱山など資源を得るために山を掘る権利は、法的には別である。
権利系はこの能力だとどうなるのだろうか?
不思議だ。
確かめ方もわからないし、行使の結果として出る現象も想像できない。権利や概念は形にも、現象にもならないのか?
ちなみにこの鉱山権は祖父が趣味から陶芸家を目指したため、陶芸用粘土まで自前で手に入れたいと考えて会社を起こしたから持っていた権利である。
今は砕石や山砂を掘って販売する会社になっていて、陶芸粘土は掘っていない。
なお祖父は陶芸家としては成功していない。
「そういえば、遺産とか貰った物はどうなんだろう?」
那蠍は思いつき、実践してみた。
遺産の中にあった古い希少本を思い浮かべる。
たしかこの前……神田で見た時、三万円ほどだったか。
三万円ほど用意し、投げて思い浮かべてみると……。
希少本が那蠍の前に現れた。
「ウェヒヒヒ、これやべぇ……。本日二回目。5分ぶり」
貰った物、受け継いだも、購入できるようである。
今、預けてあって手元にないが、祖父のコレクションであった古美術品や日本刀を複製(本物)できる。
あのサラリーマン、とんでもない能力を貰った物である。
なかったら異世界サバイバルしていた人たちは、全滅していたかもしれないが。
さらにすでに壊れて失われてしまった物を、このショッピング能力で購入できることが判明した。
自分の購入したものや受け継がれた物に限られるが、失われた文化財を復活させることができるわけだ。
「ウェヒヒヒ。たぶん、このぶんだと盗まれた物も購入して、取り戻す……っていうか失われなかったことにできる。怖……。この能力、怖。もういい。他を試してみよう」
冷や汗を拭いながら、那蠍は検証を続ける。
意識を切り替えて、大きく息を吐く。
次の瞬間、那蠍が低く身構えたかと思うと、天井近くまで跳ね上がった。
壁を軽く蹴り、リビングの端まで飛ぶと、棚の上に飾られていたぬいぐるみを蹴る……動きをしながら足で掬い取る。
そしてそのまま片足で着地し、ぬいぐるみは足の甲へ載せたまま片足立ちとなる。
異世界サバイバル組のケンゴの能力だ。
足の甲に載せたぬいぐるみを、天井付近へと跳ね上げる。
そして何度も中空に鋭い蹴りを放ち、最後に大きく足を上げてぴたりと止まる。
その足の上に、さきほど掬い上げたぬいぐるみが、ぽすん……と載った。
「ウェヒヒヒ、なるほど。没収した能力は私のものというわけですか……。超越者様」
力を試した那蠍は、誰もいないはずの背後へ意識を向けて独り言を言った。
『さすがにですね。虫の女王』
その独り言に反応するものがいた。
天使のような羽と、天使のような容姿をした胡散臭い超越者がいつの間にかリビングに降り立っていた。
微笑を浮かべて賞賛する超越者。
那蠍にとって、超越者は敵対者にしか見えなかった。




