|那蠍《なこち》には甘えられない!
「ウェヒヒヒ……円滑に解決させたのに解せぬ」
異世界でサバイバルしてきた人たちを、みな廃工場へと帰還させた後。
那蠍は、助けた人々からの冷たい視線を浴びていた。
「エンカツかどうかについては異論があるっすね」
コージが冷静な視点で切り込んでくる。
アオトもうなずいていた。
那蠍は弁明を諦めた。
「いきなり知らんヤツが転がりでてきたと思ったら、すげー喚き出して怖かったよ」
闇の球形を解除したマルオが、井川が現れた時のことを振り返る。
光の剣を振り回し始めた井川を、那蠍が廃工場へ放り出した後、マルオの前に転がりでるなり──「なんで戻ってるんだよ! 光よ! 光の剣よ! でろっ! 光の盾! 光の…………なんででねぇんだよ!」と、泣き叫びながら暴れていたそうだ。
マルオは闇の球形の中に隠れながら、恐怖に震えていたという。
たしかにまったく事情を知らないマルオからしたら、男が「光よ」とかわけわからんことを言って泣き喚いているのだ。
怖くて当然である。
幸いマルオの作り出す闇の球形は、暗がりだと目立たない程度に溶け込むので見つかることはなかった。
あまりに真っ黒すぎるものは、たとえ夜でも逆に目立つものだ。
しかしマルオの闇は、中がなぜか見えない程度の暗がりに見える優れものに進化していた。
ほとんどの助けられた人たちが、那蠍に冷たい視線を向ける中、ケンゴはまっすぐ歩いて泣いている井川の元へ歩み寄る。
「井川くん……」
「うるせぇ、力が無くなった癖にうぜぇぞ、このザコが! ちくしょう……俺もぉ、俺も、無くなっちまったぁ……。俺の力が……」
「井川くんはすごいよ」
「くそ、俺を馬鹿にするつもりかぁっ!」
井川は撥ねるように立ち上がり、大きく振りかぶってケンゴの顔面めがけて拳を叩きつけ──ようとして受け流された。
暴力的な目になって、井川は逆の拳でケンゴの顔を再び狙うがこれも捌かれた。
「な……なんで……」
素人丸出しでバランスが悪くても、思いっ切りがあり暴力的で弱者を相手にするにはちょうど良く、決まれば一気に有利になるケンカ慣れした井川の顔面を狙うパンチだ。
それを少し前まで、ケンカもしたことないケンゴが、子供の駄々っ子パンチを逸らすようにあっさりと防御してみせた。
まるでそれは異世界で持っていた能力が残っているかのようだった。
「井川くん。キミは誰よりも努力してた。みんなの仕事を手伝う合間に、寝る間を惜しんで、あれだけ能力を磨いて、誰よりもすごい本当にチートみたいな能力になった……、あ、違うな。ちゃんと努力したし、チートじゃないな。きっかけを最大限まで努力で、形にさせた井川くんの力だ」
「でも、でも全部なくなっちまったんだっ! 力が、光が! もう光らないんだよ! 全部、無駄になっちまった! それなのに、なんでてめぇーだけはっ! ずりーぞ!」
井川は先ほどより腕を振り回しているが、ケンゴは危なげなくそれをかわしていなしている。
「見ろ。僕だって格闘能力は失って、あんな動きもできないし力も出ないし、思い通りに動かない。だけどこれくらいできるようになったんだ」
誰もが事態を飲み込めないなか、那蠍は理解していた。
プロのアスリートが機械の補助に頼って、一回自分の限界以上の速度や記録を経験してみるというトレーニングがある。
一度、上の状態を経験をすることで、記録が伸びるという効果がある。
ケンゴも貰った力とはいえ、それを毎日のように使用していた。
いくらもらった力でも、実際に状況に合わせて頭を使って体を動かしていたのだ。
まったく無駄にはなっていなかったのだろう。
「それは身体の動かし方だからだろ! 俺の力は、もうねぇんだよ! ぜんぶ! なんにも残ってないんだよぉ……」
「力は無くても、得られたものもある。ちゃんと残っている」
ケンゴは断言し、井川の肩を掴んで思い出せと体を揺さぶる。
「努力の仕方や集中の仕方、なにより君は達成感を覚えているはずだ!」
「達、成……感?」
「なにかできた時、伸びた時、成長したときの気持ちだよ!」
ケンゴに指摘され、なにかを思い出すように井川は自分の両掌を見て震える。
「あ、ああ……覚えてる………覚えてるぞ!」
「それをなんでもいい。こっちの世界でまた手に入れるんだ、達成感を! もっとたくさん、いろいろと!」
「たくさんって、なにを?」
「そうだな……。一緒に資格勉強しよう。まずは危険物取扱かな?」
急にありふれたリアルな言葉に、聞いていた那蠍たちは現実に引き戻される。
だが、間違いではない。
なんだかわからない力を強力にさせた経験が、彼には残っている。
「でも、俺、勉強とか苦手で」
「大丈夫だ。井川くんと一緒にやって、キミの苦手なことや取り組み方は研究した。俺がちゃんと教え方を考えて、井川くんが出来るようにする」
「本当かよ……」
「ウェヒヒヒ。なるほど」
後ろで聞いていた那蠍は、感動的なシーンを繰り広げる二人を見て納得していた。
井川という少年は、いままでろくに成果を出したことがないのだろう。
勉強も途中で放りだし、褒められた経験もない。
結果を出しても、それを馬鹿にしたり腐すような親の元で育ったのかもしれない。
それが異世界で、ただの光るだけだった能力を、光の剣と盾まで高めてしまった。
大きな達成感と能力からの成果を得て、仲間たちから賞賛と嫉妬を得た。
それは一種の麻薬だ。
10数年にわたって得られたことのなかった経験を得て、またそれを得たいと考えている。
そんな感情を引き出し、誘導したケンゴも評価に値すると那蠍は考えた。
「俺もニート脱却のため、資格を取るつもりだから、一緒に勉強しよう」
「あ、ああ……そうだな」
井川はすっかり落ち着き、目線を合わせないがケンゴの言葉に頷いている。
簡単に説得できたようにも見える。
しかしそれは異世界で井川の訓練に、ケンゴが真摯に協力した経緯があるからこその説得成功だろう。
他の誰かが同じ態度で、同じことをいっても井川は反発したに違いない。
教えるではなく、同じ高さから高めていこうという姿勢を見せるケンゴ。
教師になっていたら、意外と成功したかもしれないと那蠍は感じ入った。
「ウェヒヒヒ。さて、こっちは解決した。次は……」
那蠍は状況がひと段落して、未だ燻っている問題に向き合う。
異世界から帰ってきた二十一人中、三人の社会人があからさまな不満を持っているようだった。
それは井川のような異世界が良かったという不満ではない。
「おい、お前が犯人だろ」
「俺たちをあんなところに放りだしやがって!」
「そうだ! どう責任とってくれるんだ!」
あちらとこちらを自在に移動できる那蠍を見て、異世界送りにした元凶だと断じてきた。
「こっちじゃ二週間しか経ってないっていっても、もうこれじゃ会社はクビなってるぞ!」
「俺なんか商談が潰れたはずだ……。取引先から訴えられるかも……」
「こっちは、やっといい条件で転職したばっかりなんだ!」
頭を抱える者。膝から崩れ落ちる者。地団駄踏む者。
それぞれ深刻らしい。
異世界期間組には他にも社会人はいるが、露骨に不満を那蠍へぶつけてくるものは三人以外にはいない。
戻れて良かったという気持ちが大きいようだが、不満を口にする三人に同調しそうな微妙なバランスを保っている。
「ウェヒヒヒ。私が犯人だとして……、どうしろと?」
それらをわかっていて、那蠍は挑発にも思える問いかけをしてみる。
「責任取れって言ってるんだよ!」
社会人は強く追及するため、那蠍を捕まえようと手を伸ばす。
このまま押し通せるという考え方が透けて見えた。
少し立場をわからせようか。と、那蠍が考えたその時。
その瞬間、意外な人物が那蠍を──いや、社会人三人組を助けに入った。
「おい、お前たちやめろ」
追及してくる社会人三人組を止めたのは、不良グループの赤本だった。
「なんだよお前ら。証拠もないのに、大人が子供を追い詰めるとか本気か?」
なんと赤本は疑っていても、異世界送りにした犯人ではない可能性をちゃんと考慮していた。
社会人三人組より、よほど冷静で物事をしっかり捉えようとする姿勢があった。
いや、社会人三人組は那蠍が犯人でない可能性があるとわかっていながらも、不安と不満と憤りを弱い相手にぶつけただけかもしれない。
「そうだよ。この子は俺たちをこっちに帰してくれたんだぞ」
「力は無くなったけど、タダでだぞ」
「犯人なら助けにくるわけねぇじゃん!」
赤本の仲間たち、立ち直った井川も援護に回る。
不良集団の数に押され、劣勢となった社会人三人組は急におとなしくなった。
それでも「助けたのは恩を売るためとか」などとグチグチ言っているが、ほとんど聞こえない。
「それに……お前らまじで、追及できる立場か?」
「で、できる!」
「俺たちはこれだけ損したんだ!」
「そうだよ、権利がある!」
押されていた社会人三人組だったが、せめて反論しなくてはいけないと思ったのか。
屁理屈すらなく、権利があるとだけ断言した。
「ウェヒヒヒ。権利? うひひ」
権利と聞いて、那蠍は思わず笑ってしまった。
「権利って法的ななにか? 権利があるなら訴えれば?」
小さい那蠍は物理的に下から目線で、だが態度は上から目線で社会人三人組を煽る。
「け、権利が……俺たちは、その……権利があるんだよ!」
「あ、権利、権利って鳴く生き物だったんだ。ウェヒヒヒ」
那蠍は話し合う余地もないな、と馬鹿にするだけして面倒だなと顔を背けた。
それが逃げたように見えたのだろう。
社会人三人組は、さらに追及しようとした。
「おい、逃げるな、ガキ!」
「やめろ! 見ろ。お前ら! 俺たちは相手にされてねぇんだよ! 少しは分かれよ!」
懲りない社会人組を、必死になって止める赤本。
あまりの必死さに、社会人三人組も圧倒された。それは不良少年が怖いからではなく、いったいなんでそこまでという気持ちからだった。
「わ、わかれって……なにを?」
「オレの言う立場ってのは、被害者加害者って話じゃねぇんだよ。力関係の立場だよ」
気がついてなかったが、言われてやっと気がついた一人の顔が青ざめる。
「こいつが井川にやったこと見ただろ? こいつ……この子は説得とかするつもりなんてかけらもないぞ。わめくようなら、あの光の鏡にポイっ……だ」
赤本を無遠慮に那蠍を指し、社会人三人組を説得しようと懸命だ。
「ウェヒヒヒ」
那蠍は否定も肯定もしない。
事実、責任取れと全員が問い詰めてきたら、全員を異世界へ送り返すつもりだった。
赤本の推測は正しい。いや、彼の想像以上に那蠍のやろうとしたことは酷い。
「オレだって気にいらねぇよ。アオトのやつらとつるんでるのもだが、それ以上に態度もこの力も気に入らない。だけどよ、喧嘩売る相手を考えろってオレは言ってるんだ。大体証拠もないだろ?」
赤本たちは必死だ。
なぜなら強者相手に調子に乗れば、どうなるかを身をもって知っている。
「オレたちはよ。情けねぇけど喧嘩売っちゃいけねぇ相手ってわかっててイキってんだよ。お前らだってそうだろ? 怖いツラした相手や、オレたちみたいのに普段逆らったりしてるか? しねーだろ? なのに相手がこんな小さい子だからって、集団で責任取れだとのなんだよ。だったら今、オレたちにも喧嘩売るか?」
赤本以下、10人のグループが、社会人組三人を取り囲む。
社会人三人組は、互いに「お前が言えよ」「お前がやれよ」と目配せするだけだ。
那蠍はその光景を見て、「社会人組、内心では数が多くて卑怯だとか考えてるんだろうなぁ……」などと思っていた。
「ウェヒヒヒ。さすがイキりグループ。力関係の把握と力の使い方が、何もできないだけの真面目一本な社会人とは違う」
那蠍の発言は、とても挑発的だ。
イラっとしている不良もいるが、逆らえないわかっているのでせめてもの反抗なのか舌打ちをするだけする。
「で、権利とか言ったよね? じゃあ訴える? 私たちはあの女の子に異世界へ飛ばされたって」
それは無理な話である。
異世界へ飛ばされた、あいつのせいだといえば頭がおかしくなったと思われるだろう。
社会人三人組は、泣き寝入りするしかないとやっと理解できたようである。
「ま、犯人じゃないから、私のせいだろって言われても実際に困る。困るから全員、あっちの世界へ追い出そうとおもってた。ウェヒヒヒ」
転移組は全員、ゾッとした。
那蠍の本気とやり口をやっと理解したのか、責任取れといった社会人三人組は、転移組からの視線から逃げるようにずこすこと引き下がった。
「赤本くん。ありがとう、止めてくれて。ウェヒヒヒ。そんな外道なことしなくて済んだ」
「あ、おう……」
一転、皮肉混じりのお礼を言い出す那蠍を見て、赤本たちは後退りして本気で怯えていた。
「大姐御。煽りすぎっすよ」
「ウェヒヒヒ。ここでそう言えるキミ、すごいね」
嗜めてくるコージに、目を見開き本気で那蠍は感心する。
仲間ポジションからの意見なのか、怖いと思っていないのか、那蠍には判別がつかなかった。
二十一人の帰還組は、これからどうするかと相談を始めた。連絡するなり、歩いて帰るか警察に連絡するか。
とにかく那蠍を責めるようなことはなくなり、前向きになり始めた。
その様子を見ながら那蠍は考える。
那蠍が実験でこの街を選んだ。その街の住人が異世界に送られるという事件。
思い当たる犯人は、超越者の言っていたもう一人の存在。
──チートを与える人物を、担当しているもう一人の超越者がいるはずだ。
その存在が、那蠍に仕事と力を与えた超越者と同じように、この地球の誰かを選んだ可能性が高い。
「ウェヒヒヒ。今度、超越者が来たら確認してみないと」




