隠れ家へ
「ベルガーの兄貴、どこへ向かってるんです?」
「隠レ家。職人街ニアル」
言っちゃった。結構人通りのある所で普通に言っちゃった。本当に兄貴は純朴だなぁ。しかし、その迷いのない素直さが怖い。そもそも兄貴ってこの国の人間なのか? 片言で話すし肌の色は褐色で背も高い。この辺ではあまり見ない風貌だ。
「兄貴って、どちらの出身なんですか?」
「南」
方角きたー! うんうん、分かる!! なんとなく南って気がする。
「隠れ家に着いたら何するんですか?」
「ボス、牙ヲ研ゲ言ッタ。ダカラ牙ヲ研グ。牙、買ッテ帰ロウ」
「いや、あれはボスが例えで言っただけで、本物の牙を研げって意味では──」
「マッドボア……フォレストウルフ……」
なんの牙を買うか悩んでる! 駄目だ。俺には兄貴を止めることは出来ない。こんなにも真っ直ぐな人を見たことないぜ。簡単に人を殺すけど……。
「食事はどうするんですか?」
「オーク……オーガ……」
夢中かよ! 職人街入り口の露店で兄貴はモンスターの牙を漁っている。この姿を見てると、どっかの少数部族かなんかの出に思えるな。
「オーガニシタ」
「お、いいっすねー! しっかり研ぎましょう!! ところで、隠れ家には他にも誰かいるんですか?」
「イル」
「へー、どんな人ですか?」
「俺ヨリ小サイ」
サイズ! そもそも兄貴がデカいから大体の人が当てはまるぞ、それ。もはやノーヒントだな。これは開けてからのお楽しみってやつだ。慎重にいかないとな。
「そろそろですか?」
「ソウダ」
表通りから裏道にはいり、5回ほど曲がったところで兄貴の足がとまった。辺りに人気がないのを確認するとスッとレンガ造りの建物に入る。そして、扉を開けた。
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「ふーん、あんたが新入り? どっかのスパイじゃないの?」
なんだこの女。滅多なことを言うんじゃねぇ! 兄貴が真に受けたらどうしてくれんだ! テメエの一挙手一投足が俺の命を左右するとしれ! 頼むから黙っててください。あと、胸が大きくて素敵ですね。ピタッとした服装とキツそうな猫目が刺激的だと思います。
「ヨナスダ」
「どうも、ヨナスと申します。よろしくお願いします」
見ろ! この綺麗なお辞儀を! 敵意ゼロを体現している。俺はスパイでも何でもない。ただ、生き延びるために流されてここにいるだけだ。
「私はリタよ。少しでも怪しい動きをしたら、即始末するから。気をつけて」
「へい!」
ソファーに深く座った女は冷たい瞳をこちらにむけて瞬き一つしない。これは、兄貴とは違った方面で面倒だな。兄貴との上下関係はどうだ? なんとなくリタの方が上な気がするが……。
「そうだ。ヨナスは冒険者だったんでしょ? ギルドカードを見せて。スキルを把握しておきたいわ」
「えっ」
「なに? やましいことでもあるの?」
リタの声にスッと兄貴が短剣を抜く。って、いやいや、血の気が多すぎでしょ! 冒険者にとってギルドカードは滅多に人に見せるもんじゃないのよ。わかってよ。駄目? やっぱり見せないと駄目?
「ど、どうぞお納めください」
兄貴がサッとギルドカードを手に取り、チラ見してからリタに渡す。あーあ、兄貴にも把握されちゃったよよよ。「攻撃スキルガナイ。死ネ」とかならないよね? 大丈夫だよね?
「……へぇ。下級冒険者の癖に【閃光】なんて持ってるのね。少しは役に立ちそうね」
ちょっと、顔が怖いんですけど! 俺に何をさせるつもり?