現在 扶月総也
――扶月グループ総本山、扶月邸。
「……まったくもって使い物にならん。どれだけのコストがかかると思っている」
総也は書斎の椅子に座って古ぼけたロザリオを眺めた。
「いやぁその……ですが、予見力の仕組みは少し解明できたかと……」
「うるさい! 仕組みが解っても使えなければ意味が無いではないか!」
机の前で小さくなる白衣の男に向かって言った。
「お前が任せろと言ったから五百億もの大金を入れたんだぞ。それなのにたかが一つの予見さえ働かないとはどうなっている!」
「それは……やはり黒銀家のものですし、お金のかかる仕様になっていたのかと……」
じろりと睨む総也の目に、白衣の男はさらに小さく腰を曲げた。
「金額相応の予見が通るのならいくらかかっても構わん。だが、土地の価値を十倍にするだけだぞ、総額で五億も上がらない。それなのに金だけが消えた」
総也は「いくら黒銀とはいえ、ここまで金のかかるものはそうそう何度も使えないはずだ。まだ何か仕組まれているに違いない」と言った。
「調べるにも……その……またお金が必要でして……」
「ふん! 今まで通り、末端から吸い上げろ!」
プルルと電話が鳴った。総也は着信の相手を確認すると、白衣の男に顎で合図をして退室させる。
「……なんだ、総輔か。何かあったのか」
いつもほとんど出歩いていて、家には寄り付かない総輔からの電話だ。
――一体、何の厄介事を持ってきたんだ……。
千里眼の研究がうまく進まないことと相まって、総也は不機嫌に電話に出た。
「オヤジ、ウチと関係のある組長に仲吉っていなかったか? そいつの娘に喧嘩売られてよ」
「知らんな、そんなことは佐々木にでも聞け。わしは忙しいんだ」
「……そうかよ。怪我したってのにお構いなしか」
「話はそれだけか? じゃあ切るぞ」
「ああ、それから病院代かかったから支払いヨロシク」
忙しいわしの身も知らないでほっつき歩きやがって――。
総也が電話を切ろうとした時、電話の先で何か大きな音が鳴って、総輔の慌てる声が聞こえた。
「誰だお前!? おい!」
「どうした総輔! 何があった!?」
総輔の慌てる声のあと電話が切れてしまった。急いでかけ直すも機械音声の無慈悲な応答しか返って来ない。
「くそっ! どいつもこいつも厄介事ばかりだ」
四年前のリラックスショック以降、扶月グループは黒銀の後を継いで裏世界の実権を握った。しかしそれは、総也の思っていたような世界とは程遠いものだった。
とある会社の不正人事への制裁、凶悪犯への威嚇、ある国の国家予算の水増しなど、大小様々な、ありとあらゆる表沙汰には出来ないような話が集まっては、総也の頭を悩ませた。
「こんなことなら、生かさず殺さず……千緋色のやつを手懐けておくべきだったか」
おまけに、養子で継いだ扶月家の家族とは仲が悪く、妻とも、総輔とも言葉をかわすことは滅多にない。だからこそ、普段は好き勝手しておいて自分の都合の良い時にだけ電話を掛けてくる総輔のことに腹が立った。
頭を抱えていたところ、携帯のベルが鳴った。総輔からだ。
「さっきから、どうしたんだ一体……何があった」
「久しぶりじゃなぁ、総也」
電話口からは総輔ではない、別の聞き覚えのある声がした。
「その声……千緋色か……!」
そんな馬鹿な、あいつは四年前、確かに自分の予見で死んだはず。生きているなんてことがあるはずがない。
頭が酷く混乱した。何故お前が生きているのか、何故お前が総輔の携帯電話からかけてきているのか……。
「なぜだ、なぜ生きている……!」
くくくと笑う受話口に向かって総也が怒鳴る。ドアの向こうからは先ほどの男が心配そうにのぞき込んでいた。
「貴様、総輔に何をしたんだ!」
「お互い話したいことが沢山あるであろう。国千院高校の校庭で待っておる。総輔とな」
千緋色は「ロザリオを持って一人で来い、必ずじゃぞ」というと電話はそこで切れた。ツーツーという感情の無い音が頭に響く。
「あのぉ、総也様……どうかされましたか……」
ドアの隙間から男が様子を伺って言った。
「黙れ! 貴様がさっさと千里眼の……」
言いかけたところで、あることに気がついた。
――そうか、千緋色は生きている。つまりそれは、千里眼の仕組みやロザリオの使い方……全てあいつに吐かせればいいのだ。
どうして生きているのか、どうして総輔と一緒にいるのかはわからないが、これはチャンスなのだ。千里眼を始動させる絶好のチャンスなのだ。
「……さっさと車を用意しろ」
総也の言葉に白衣の男は「どちらにおでかけですか」と聞いた。
「国千院高校だ……千里眼がいよいよ、発動する時が来た」
にやりと笑う総也の顔を見て、白衣の男は強張った表情で頭を下げた。