戦法
帰りの電車に揺られながら、ボクシングのことを考えていた。
自分の中で、戦法は決まっていた。
力を溜めて、遠い間合いで跳び込んで、突きを打ち込むのだ。
撃砕は打てずとも、跳び込みの速度にプラスして突きを放てば、
かなりの威力がだせる。
問題は、撃砕のような捻りがないと、衝撃に手が耐えられないことだ。
この細い腕では、何発も打てない。
打てて2,3発。
当たりどころが悪ければ、一発で手を痛めてしまう。
できれば最初の一発で決めたい。
年末の試合で、跳び込む速度が並ではないと、知れ渡っている。
相手は、当然警戒してくる。
距離を潰しにくるだろう。どう距離をとって、力を溜める時を稼ぐか。
勝つためには、この2点は絶対だ。
中央駅で降り、光臨会に行こうかと思っていると、不意に男が強くなってきた。
「ああ、もう、馬鹿か!」
思わず声を荒げてしまって、前を歩いていたOL風のお姉さんが驚いて振り返った。
俺がぺこんと頭を下げると、お姉さんは怪訝な顔をして、足早に離れていく。
俺は自分自身が腹立たしかった。
なぜ、不利な条件でやる必要があるのか。
戦いは試合の前から始まっている。
異種格闘技戦では、自分の有利なルールに導くのは常套手段だ。
相手は俺の人気にあやかって、一儲けしたいと考えている。
多少の不利な条件だって飲むはずだ。
素手をOKさせるとか、蹴りを認めさせるとか、いくらでも手はあるのに、
何を好き好んで、ボクシングルールでやり合うのか。
ルール無用なら、誰にも負ける気がしない。
なのに、自分の武器を封印して、やる必要がどこにある。
くそっ。だが、俺の中の女は、不利な状況でやることが、自分を高めると信じている。
心の奥底で、これは正しいことだと思っている自分がいるのも事実だ。
光臨会につき、中に入ると玄関ホール横の事務室で、伊藤と木村が談笑していた。
ドアを開けると、二人はおっという顔をして挨拶してきた。
机にはぼた餅と湯呑がおかれている。
『押忍!』
「おう。また、甘い物か。お前ら好きだなあ」
伊藤がにやにやと笑っている。
「んだよ? その顔は」
「いえね、そろそろ磯野さんが起きるころだって、木村と話してたところなんですよ。
驚いたでしょ? がははは」
「馬鹿か! わかってるなら止めろ!
この体見ろや。小さな顎に、細い腕。薄いウエスト。
なんで、この体でまともに勝負すんだよ?
アホか!」
木村は、ぼた餅をぱくつきながら、さも当然という顔をする。
「若いと、無謀なことしますよね。
うらやましいなあ」
「うらやましくもなんともない!
こんなんで大けがしたら、どうすんだよ!
あーあ、まったくもう、何だってこんなことに」
「まあ、いいじゃないですか。やばい時は、タオル投げ込みますよ」
「光臨会の看板しょって、んな真似できるかよ。
やるからには、勝つ!」
伊藤がうんうんと頷きながら、えらそうに腕組みする。
「そうそう。男は勝負から逃げちゃいかん」
俺は思い切り、伊藤の頭を引っぱたく。
「俺は、女だ! あー、もうお前らと話してるイライラしてくる。じゃな」
事務所を出ようとすると、木村がおやっという顔をする。
「どこ行くんですか?」
「スパーだよ。ボクシングの距離感を掴みたい。茂野ボクシングジムに行ってくる」
「初めての男と練習ですか?」
「そういう言い方すんじゃねえ! 俺の中の女が傷つくだろうが。
とにかく行ってくる。お前らのおかげで、パンチの角度なんかは掴んだよ。
あんがとな」
二人は笑顔で、軽く手をあげる。
木村も伊藤も、根っからの空手家だ。ボクサーの真似事はできても、体さばきが空手の動きになる。
ボクサー特有の距離の詰めかた、フェイントに慣れる必要がある。
駐輪場に置いてあった自転車を借りて、茂野ボクシングジムを目指した。




