1話 始まり
この世界には、魔法と能力が存在している。
魔法は、この世界に生きる者なら誰でも扱うことができる、一般的な力。
一方、能力は人それぞれが生まれながらに持つ、唯一無二の力だった。
そんな世界の、とある街。
魔道具の発展により栄えているエールという街の外れに、一軒の大きな屋敷が建っていた。
そこはヴァルト家の屋敷。
ヴァルト家は子爵の貴族でありながら、この街を治める領主でもあった。
街の人々を守り、困っている者には手を差し伸べる。
そのため、ヴァルト家は領民から厚い信頼を得ていた。
そして――
そのヴァルト家に、一人の男の子が生まれた。
「この子の名前、どうする?」
グリムは腕の中で眠る小さな赤ん坊を見つめながら、隣にいるミレーヌへ尋ねた。
ミレーヌは赤ん坊の顔を覗き込み、優しく微笑む。
「そうね……」
少しだけ考えたあと、ミレーヌは穏やかな声で答えた。
「レイ……とか、どうかしら?」
「レイか……」
グリムも赤ん坊の顔を覗き込む。
「いい名前だ」
「ふふっ。そうね」
二人が微笑み合った、その時だった。
「旦那様、奥様。少し、お話が……」
部屋の入口から声が聞こえた。
振り向くと、そこにはメイドのフィーアが立っていた。
しかし、先ほどまでの穏やかな表情とは違う。
どこか思い詰めたような顔をしている。
「どうしたの? フィーア」
ミレーヌが尋ねる。
フィーアはすぐには答えなかった。
しばらく迷うように視線を落としたあと、重い口を開く。
「先ほど、医師の方からレイ様のお身体について説明を受けました」
「レイの身体がどうした?」
グリムの表情が変わる。
「レイ様は、生まれつき心臓が非常に弱いそうです」
「え……?」
ミレーヌの顔から笑みが消えた。
フィーアは唇を噛みしめる。
「このままでは……」
言葉が続かない。
「フィーア?」
ミレーヌが不安そうに呼びかける。
フィーアは深く息を吸う
「……レイ様の命は、三日ほどしか保たないだろう、と」
「…………」
部屋から音が消えた。
誰も、すぐには言葉を発することができなかった。
ミレーヌは呆然としたまま、腕の中のレイを見つめる。
「……嘘、でしょ?」
その声は震えていた。
「そんなわけがあるものか!」
グリムが思わず声を荒らげる。
フィーアは悲しそうに首を横へ振った。
「私も……そう信じたいです」
「どうすれば……レイは助かるの?」
ミレーヌが涙を浮かべながら尋ねる。
フィーアは目を伏せた。
「……分かりません」
「え……?」
「医師にも、対処法はないと言われました」
「そんな……」
ミレーヌはレイを強く抱きしめる。
「この子は……生まれたばかりなのよ……?」
震える声とともに、ミレーヌの頬を一筋の涙が伝った。
グリムはそんな妻と息子を見つめていた。
そして、強く拳を握り締める。
「……絶対に死なせない」
ミレーヌが顔を上げる。
「あなた……」
「絶対にだ」
グリムの目には、強い決意が宿っていた。
「何か方法があるはずだ。俺が探す」
「……はい!」
フィーアも力強く頷いた。
その時だった。
「……ママ?」
部屋の扉の向こうから、小さな声が聞こえた。
三人が振り向く。
そこには幼いアイナが立っていた。
アイナは不安そうな顔で、部屋の中を覗いている。
「アイナ……」
ミレーヌは涙を拭い、普段通りの笑顔を作った。
「どうしたの?」
「ママ、泣いてるの?」
「……ううん。大丈夫よ」
ミレーヌはそう言って、アイナへ優しく微笑む。
「アイナ。少しだけ、お家でお留守番できる?」
「できる!」
アイナは元気よく答えた。
「偉いね」
ミレーヌがアイナの頭を撫でる。
「うん!」
アイナは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見つめ、ミレーヌは心の中で強く願っていた。
レイを、絶対に助ける。
それはグリムも、フィーアも同じだった。
◇◇◇
グリムとフィーアは、レイを助ける方法について話し合っていた。
「フィーア。何か対処法はないのか?」
「……魔法だけで治すのは難しいと思います」
フィーアは慎重に答える。
「回復魔法でもか?」
「はい。治癒の能力を持つ者であっても、レイ様の心臓そのものを治すとなると、かなり難しいかと」
「……そうか」
グリムは俯いた。
しかし、フィーアは何かを思い出したように顔を上げる。
「ですが……」
「……?」
「対処法が、まったくないというわけではありません」
グリムが顔を上げる。
「何か知っているのか?」
「はい。ただ……」
フィーアの表情が曇った。
「この方法は、あまりおすすめできません」
「それでもいい。教えてくれ」
グリムは迷わず答えた。
「分かりました」
フィーアは少し間を置いてから、静かに口を開く。
「旦那様。『契約』というものをご存じですか?」
「契約……魔物や式神などと契約を結ぶ、という話なら聞いたことがある」
「その通りです」
フィーアは頷いた。
「契約とは、契約者と魔物や式神が互いに契りを結ぶこと。そして契約を結んだ存在は、契約者に自らの力を与えることができます」
グリムは考え込む。
「……それで、レイの心臓を強くするのか?」
「可能性はあります」
「可能性……」
「ただし、契約する相手によっては代償を要求されることがあります」
フィーアはさらに続ける。
「そして、あまりにも強大な力を持つ存在と契約すれば――」
一度、言葉を止める。
「レイ様の身体そのものが、その力に耐えられない可能性があります」
「…………」
「それが、私がこの方法をおすすめできない理由です」
「だから、リスクが大きいと言ったのか」
「はい」
グリムはしばらく黙り込んだ。
そして――
「……それしか方法はないんだろ?」
「私が今思いつく限りでは……」
「なら、やるしかない」
フィーアが目を見開く。
「旦那様……」
「レイが助かる可能性が少しでもあるなら、俺はそれに賭ける」
「…………」
「フィーア。契約できる魔物や式神について、知っていることを全部教えてくれ」
「分かりました」
フィーアは頷いた。
「一般的に契約されることが多いのは式神です。魔物との契約は珍しいですが、過去に例がないわけではありません」
「式神……」
グリムは少し考えたあと、尋ねた。
「式神と契約するには、どうすればいい?」
「教会で契約を行うことができます。それか、生まれつき体の中にいるかの2つです」
「教会か……」
グリムは顎に手を当てる。
「エールの街の教会は、まだ建設中だったよな?」
「はい。まだ使える状態ではありません」
「……となると、王国まで行くしかないな」
「王国へ……?」
フィーアの顔に驚きが浮かぶ。
「ああ」
グリムは頷いた。
「今から王国へ向かうとしても……」
フィーアは少し考える。
「急いでも、三日で間に合うかどうか……」
「そうだな」
グリムも頷く。
「馬車を飛ばしても、ギリギリかもしれない」
それでも、グリムの目に迷いはなかった。
「でも、今の俺たちにはそれしかない」
「…………」
「助かる可能性があるなら……俺はそれに賭けたい」
フィーアは強く頷いた。
「……はい!」
「すぐに馬車を準備します」
「頼む!」
フィーアは部屋を飛び出していった。
◇◇◇
グリムは急いでミレーヌのいる部屋へ向かった。
「ミレーヌ」
扉を開ける。
そこでは、ミレーヌが先ほどからずっとレイを抱きしめていた。
「あなた……」
ミレーヌが顔を上げる。
「王国へ行く」
「王国……?」
「ああ。教会でレイを式神と契約させる」
「式神と……契約?」
「ああ」
グリムは頷いた。
「それで、レイが助かる可能性がある」
ミレーヌは不安そうな表情を浮かべる。
「……大丈夫なの?」
「それは……」
グリムは言葉を詰まらせた。
「危険なのね?」
「…………ああ」
ミレーヌはしばらくレイを見つめていた。
そして、小さく息を吐く。
「あなたのことだから……必死に考えてくれたんでしょ?」
「あぁ」
「だったら、私も行く」
「だが、お前はレイを産んだばかりだ。身体も――」
「いいから!」
ミレーヌは強い声でグリムの声を遮った。
「この子を置いていくなんて、私にはできない」
グリムはミレーヌを見つめる。
少しの沈黙の後、静かに頷いた。
「……分かった」
「ありがとう」
「三人でレイを助けよう」
「……うん」
◇◇◇
屋敷の前には一台の馬車が用意された。
フィーアは馬車の前に立ち、ミレーヌを心配そうに見つめている。
「奥様。本当にお気をつけください」
「ありがとう、フィーア」
ミレーヌは微笑む。
フィーアはレイへ視線を向けた。
その小さな身体を見つめ、拳を握る。
「……絶対に、助けましょう」
グリムは頷いた。
「ああ」
グリムが馬車へ乗り込む。
ミレーヌもレイを抱いたまま続いた。
フィーアは御者席へ座る。
「それでは……出発します」
「頼む」
馬車がゆっくりと動き始める。
目指すは――王国。
レイの命が尽きるまで、残された時間はわずか三日。
少年の人生は、こうして始まった。
初めての小説です。上手く作れるか分かりませんが、頑張るので是非楽しんで見て下さると嬉しいです




