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報復の航路【第二作 ルー・ブレス】1・2巻「誕生編」  作者: セキユズル
第四章「俺たちも、海で生き直した奴らだ」
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第四章④ 天才少年

 やがて広場に差し掛かると、片隅でひときわ人だかりができていた。


「おい、あれ見ろよ。何やってるんだ?」


 ジャスパーが眉を上げて指差す先。

 そこには年端もいかない少年——おそらく十二歳ほど——が立っていた。

 少年は周囲の子どもたちを前に、手のひらから淡い光の粒を操るように振る舞い、瞬く間に歓声を集めている。光はまるで空気を切る羽のようにふわりと舞い、まるで少年自身が魔法を宿しているかのようだった。ジャスパーは目を丸くした。



「あれ、すごいな。手品ってやつだろ」


 ルキフェルはしばし目を細め、少年の動きと光の軌跡を見つめたあと首を横に振った。


「いや……あれは、手品というより……魔術だな」


 マテオも息を呑む。三人はその少年にしばらく見入っていた。

 少年は広場の中央で片手を軽く掲げ、フィンガースナップを一つ鳴らした。すると瞬く間に、人差し指の先端に小さな炎が灯る。青白い光を帯びた炎はゆらりと揺れ、触れるものを焼き尽くすかのような存在感を放った。少年は炎を口元に運び、軽やかに息を吹きかけると炎を舌で受け止め、次に吐き出すと小さな火の球がふわりと宙に舞った。周囲の子どもたちは目を輝かせて拍手をし、歓声を上げて「もう一回!」「すごい!」と無邪気に叫ぶ声が広場に響いた。しかし、ルキフェル、マテオ、ジャスパーの目つきは冷たく、戦慄に満ちていた。少年の指先に宿る炎の一瞬の揺らめきさえも、彼らには海上で幾度も見た火と同じく、破壊と死を思い起こさせる。


 船の上で炎は、油断すれば全てを焼き尽くす存在。船で生き抜く彼らにとって炎は魔術であれ現実であれ、決して無害ではなかった。無邪気な子どもたちの笑顔と歓声の向こうで三人はしばし凍りつき、少年の掌の上で揺れる火の舞に目を離せなかった。

 少し遅れて、フランソワが広場に姿を現した。人混みをかき分けるように歩き、少年の演技を目にした途端、フランソワは鼻で笑いながら呟いた。


「へえ、面白いガキだな」


 フランソワの声には軽い好奇心と、思わず引き込まれる興味が混じっていた。手を腰に当て、少年の手先の魔術めいた動きを目で追いながら、顔には微かな笑みが浮かんでいる。少年の芸に見入っていた子どもたちの声が広場に響き渡ると、広場を通りかかった大人たちが一斉に眉をひそめ、怒鳴り声を上げ始めた。


「おい、ガキども! 散れ、散れ!」


 子どもたちはびくびくしながらも急いで互いに手を取り合い、広場を離れ始める。少年も一瞬立ち止まるが、何もできずに残される。大人たちが少年の前に立ちはだかると一人が唇をゆがめ、指を少年に向けて罵声を浴びせた。


「悪魔の子め……こんなものを見せるなんて!」

「この子のせいで、街が穢れるわ!」

「火を操るとは……恐ろしい、恐ろしすぎる!」


 次々と吐き捨てる言葉に少年は小さく俯き、眉をひそめたまま耐えるしかなかった。子どもたちを引き連れた大人たちは、少年を最後に一瞥すると怒声とともに広場を後にして去っていった。広場は急に静まり返り、少年は一人、置き去りにされたかのように立ち尽くす。無邪気な歓声が消えた後の広場には、少年と炎の影だけが残っていた。ルキフェルは大人たちが去った方向に視線を向け、次に広場に残された少年へと目を移した。彼らの言葉は分からずとも、空気だけで察せる。


「……差別、か」


 低く呟いたその声にどこか戸惑いが混じる。あの少年が操った炎や光は、誰が見ても恐怖を感じるに違いない。だが、ルキフェルは恐怖だけではない、奇妙な既視感のような感情を胸に抱いた。少年の瞳、表情、そして無垢な立ち居振る舞いに、かつて自分が名乗ることになった名前——ルシファー——が思い浮かんだ。光と闇を背負う者としての宿命。自分の名が意味するものと目の前の少年の存在が重なり、胸に一種の共鳴を覚えた。


「他人事に思えない」


 誰も知らない少年の力。その強さも孤独も、そして大人たちの偏見も。名もなき悪魔のような少年に、どこか自分自身を重ね合わせてしまうのだった。フランソワは少年をじっと見つめ、やがて自分の上着の内側から金貨を一枚取り出した。彼は太陽の光に反射して淡く輝く金貨を見つめながら、ゆっくりと少年の元へと近づく。少年はフランソワに気づくと慌てて後ずさり、警戒の眼差しを向けた。だが、フランソワは動じることなく膝を軽く曲げ、身を低くして金貨を差し出す。


「……これで、食いたいもの食え」


 フランソワの声は優しく、威圧感はまるでない。少年は一瞬、目を丸くして金貨を見つめ、次いでフランソワの顔を窺うと、恐る恐る手を伸ばし、そっと金貨を手に取る。その瞬間、フランソワは少年に微笑みかけた。


「もしこの街にいるのが嫌なら……俺の船に乗るといい」


 フランソワの言葉にルキフェル、マテオ、ジャスパーは互いに顔を見合わせ、目を丸くして驚愕した。誰もが予期しない提案だったのだ。フランソワは少年の漆黒の瞳を見つめながら続ける。


「お前が気に入った。その力で、俺の部下たちを明るくしてくれ」


 少年はきょとんとした表情で、何が起きたのか理解できずに立ち尽くしていた。ルキフェルは少年の中に潜む何かを再び意識し、船上での自分たちの生活との接点を考えずにはいられなかった。フードの奥で眉をひそめ、低く声を漏らす。


「フランソワ、それはあまりにも軽率じゃないか……こいつは子どもだ。船に乗せるには幼すぎる。それに、あの炎を使う手品師なら当然ダメだ、船が燃えるぞ」


 フランソワはルキフェルの顔を振り返って、じっと睨みつけながら言った。


「……六歳で船に乗った奴が言うセリフか?」


 ルキフェルは言葉を失って険しい顔で喉の奥でひたすら唸った。フランソワは少年に向き直り、声を柔らげて言った。


「この子、背は小さいが十歳前後だろう。油断できない目をしてるぞ」


 少年は一瞬ぎょっとした表情を浮かべるものの、すぐに落ち着いた目でフランソワを見つめ返す。ジャスパーが肩をすくめながら小声で呟いた。


「あのさ……そもそも言葉、通じてんのかな。おれたち、カスティーリャ語で喋ってるけど」


 突然、少年は鋭い動きで猛ダッシュを始め、広場を出る手前で足を止め、フランソワたちを振り返ると目の前の坂道を指差した。フランソワは首を傾げて笑みを浮かべる。


「ん、ついてこいって?」


 少年は言葉こそ発さないものの大きく頷くと、一目散に坂を駆け上がっていった。フランソワは軽く肩をすくめ、三人に向けて言った。

「まあ、まだなんとも言えんが……この先を行けば何かわかるだろう」


 ルキフェルたちは頷き、少年の駆け上がった坂道の先へと歩を進めた。彼らの背後には広場の喧騒がまだ響いている。


 坂道を登り切ると、小高い丘の上に建てられた、質素な小屋が現れた。街の喧騒から少し離れ、ひっそりと立つ小屋の扉前で、少年が佇んでいる。フランソワたちの姿を確認すると、少年は小屋の扉をそっと開け、暗闇の中へと消えていった。マテオは肩をすくめ、軽く目を回すような仕草をしながら呟く。


「あー、ずっと船の上にいたから平衡感覚が狂いまくってる……」


 ルキフェルはフードの奥で目を細め、ジャスパーも小屋を見上げて慎重に歩を進めた。フランソワは微笑みながら、少年が待つ小屋へと三人を促した。

 フランソワたちが小屋の中に足を踏み入れると、室内は薄暗くも不思議な雰囲気に満ちていた。少年が炎を自在に操り、小さなランプに灯りを灯していく。その光が揺れるたびに、部屋全体に影が踊った。


 室内は職人の作業場らしく、鍛冶場にも工房にも見える異様な空間だ。木製の仕掛けや、小さな芸術作品のようなものがあちこちに置かれ、所々に工具や道具が散らばっている。奥の方には長机があり、少年はその上に腰を下ろして座っていた。炎の光が少年の顔を照らし、漆黒の瞳が微かに光を反射している。ルキフェル、マテオ、ジャスパーは息を呑み、フランソワは少し微笑みながら少年に声をかける。


「ここがお前の棲家か?」


 少年は少し顔を上げ、淡々と答えた。


「そうだよ」


 その返答にルキフェルとジャスパーは思わず後ずさりし、マテオは驚き混じりに声を上げた。


「なんだよ、お前。言葉、通じてんじゃねえか」


 フランソワは少し微笑み、柔らかい声で尋ねる。


「名前は?」


 少年は一瞬、沈黙した。部屋の奥で炎の光に照らされる顔が揺れ、やがて少年の口が開く。


「コリン」


 フランソワは微笑みながら、少年に語りかける。


「コリンか。良い名前だな。親はいるか」


 コリンは少し目を伏せて答えた。


「お母さんがいた。もういない」


 フランソワは首を傾げながら続ける。


「じゃあ、さっきのやつは魔術か? 手から火を出すやつ」


 コリンは肩をすくめ、曖昧な声で答えた。


「多分、そうかも」


 フランソワは微笑を崩さず、少し茶目っ気を混ぜて言う。


「君でもよく知らないんだな」


 コリンは頷き、言葉を重ねる。


「うん……いつの間にか出せるようになった」


 ルキフェルたちは息を呑んだ。今度はコリンの方が小さく口を開く。


「あ、あとね。ぼくを拾ったお爺さんがいたんだ。お墓の中だけど」


 ルキフェルは顔の力が抜けて、優しい声で返した。


「気の毒にな。寂しいだろう」


 コリンは肩をすくめ、淡々と答えた。


「寂しいのは平気。いつものこと」


 あまりにも淡々とした返答に、ルキフェルは言葉を失った。ジャスパーは部屋をキョロキョロと見渡し、首をかしげながら言った。


「なあ、ここにある物たちはなんだ? 見たところ、ガラクタのようだけど」


 コリンは少しムッとした表情を見せる。


「発明品だよ。ぼくと、お爺さんとの」


 マテオが眉をひそめて訊き返す。


「発明品?」


 コリンは頷き、口調を少し柔らかくして言った。


「お爺さんは物作りの天才だったんだ。ぼくに色々なことを教えてくれた」


 部屋中に散らばる奇妙な仕掛けや芸術品の一つ一つに、少年とその師匠の歴史が刻まれているかのようだった。コリンはマテオの結ばれた左袖に目を止め、ふと視線を上げて小さく囁いた。


「ちょっと来て」


 マテオは警戒心を露わにしながらも、ゆっくりとコリンの元へ歩み寄る。コリンは机から軽やかに飛び降り、棚の一部を探ると何かを布で覆って重そうに抱え上げた。ルキフェルはさり気なく手を差し伸べる。


「俺が運ぶ」


 コリンは一瞬躊躇ったが、そのままルキフェルに任せるように物体を渡す。すると、ルキフェルが抱えた拍子に布がずれ、ランプの光の下でその姿が明らかになる。


 義手だった。ルキフェルの腕の中で、ランプの光が義手の細部を照らす。金属の冷たい輝きと、滑らかな動物骨の曲線。革と麻ロープで繊細に仕上げられた表面には、職人の手仕事を感じさせる装飾が施され、まるで芸術品のように美しい。マテオは思わず息をのんだ。あのジャスパーでさえ思わず指先で触れたくなるような緻密さに目を奪われる。



「これ……ただの代替物じゃないな。設計も素材も、凄まじい精巧さだ」


 ルキフェルが慎重に義手を机に置くと、コリンが黙ったまま頷く。お爺さんの遺志を受け継ぎ、機能と美学を両立させたこの義手は単なる道具ではなく、失ったものを尊厳ある形で補う技術としての意味を持っていた。コリンは小さく微笑み、マテオに向かって言った。


「着けてみたい?」


 マテオは黙って頷く。言葉はなくとも、決意がその瞳に宿っていた。


「ベルトが一緒についてるから、装着は簡単だよ」


 コリンはそう言うと、手際よく義手に付属された革製のショルダーアーマーを示す。ルキフェルとジャスパーはコリンの指示に従い、慎重にマテオの服の袖を脱がせた。細身ながらも鍛え上げられた腕の線が現れ、体温の残る肌がランプの光にわずかに照らされる。義手とショルダーアーマーを肩にかけると、コリンは滑車とベルトの配置を確認しながら慎重に固定していく。革のベルトを肩に回し、背中の滑車にロープを通し、マテオの腕の動きに連動するように調整して、更には義手の関節部分に指先を沿わせ、微調整を行った。


「親指と人差し指、中指は別々に動かせるよ」


 次に、コリンは金属と革の接続部を押さえて動作確認の準備をする。装着が完了すると、義手はマテオの肩から腕のラインにぴたりと沿い、まるでもともと彼の体の一部であったかのように馴染んだ。


 コリンが軽く指示すると、マテオは肩を少し回してみる。すると義手が滑らかに連動し、指先が自然に動いた。親指が人差し指に触れ、中指が独立して曲がる。マテオの目に小さな光が宿った。失ったものを取り戻す感覚。掌を握れるようになって思わず心が震えた。これなら、自分はもう単なる片腕の船乗りではなく、再び力を取り戻せる。コリンの手によって。マテオは義手で握った拳をゆっくりと緩めると、無言でルキフェルの方を見た。思わずルキフェルも手を伸ばし、自分の手のひらをマテオの義手の手のひらに重ねた。マテオが小さく笑みを漏らし、呟いた。


「この手で、お前に触れるとは夢にも思わなかった」


 ルキフェルの胸の奥が温かくなる。


「俺も」


 互いの手は重ねられていただけの状態から、しっかりと握り合った。二人の様子を見ていたジャスパーも、思わず堪えきれずマテオにそっと抱きついた。ルキフェルも少し顔を赤らめながら、同じくマテオに身を預ける。マテオは顔を顰めて困惑を隠せなかったが、力強く自分を支えてくれる二人の温もりに、次第に身を任せていく。三人はしばし、抱き合ったまま静かな時間を共有した。

 その様子を、コリンは部屋の陰から少し離れて見守っている。羨ましさと温かさが混じった瞳で、三人の絆を静かに感じ取っていた。やがて、マテオがふとコリンに顔を向けて、慎重な声で問いかける。


「これ、オレが着けていいのか?」


 コリンは言葉を発さず頷いた。マテオはため息まじりに言った。


「ありがとな」


 フランソワは深く感嘆のため息をついた。


「君は天才だな。ただ頭が良いだけじゃない」


 その言葉を投げかけたまま、フランソワはゆっくりとコリンに歩み寄る。


「君は悪魔の子じゃない。その力は、人を助けるためにある」


 フランソワはルキフェルをチラリと見た。まだマテオに抱きついて身を委ねるルキフェルの背中を見ながら、フランソワの胸にはひとつの感慨が込み上げた。


 幼い頃、悪魔の名をつけられたルキフェルも、誰かの光を糧にして生き続けている。あの少年の背中と今のルキフェルを重ね合わせると、成長を感じずにはいられない。そのルキフェルが生き抜いたように、ここにいるコリンもまた孤独に生きているのだろう。フランソワはコリンに再び問いかけた。


「どうだろう。船に乗る気はないか?」


 ルキフェルとジャスパーはようやくマテオのもとから離れ、コリンを見つめた。


 コリンは一瞬、周囲の大人たちを見渡す。粗野で怖いと感じる男たちばかりだが、その中でフランソワだけは違った。彼だけは自分に恐怖や警戒心をぶつけず、ただ真っ直ぐに「君は違う」と言ってくれた。心はまだ完全には打ち解けていないが、この街に自分の居場所はない現実を思うと、フランソワの口車に乗って冒険に出るのも悪くない。そう、子どもながらに考えていた。コリンの瞳がゆっくりとフランソワに留まる。嫌疑と希望の狭間で揺れる心を抱えながら、少年はその男を見つめ続けた。


 ルキフェルはコリンの前へ歩み寄った。そして、少年の目線の高さに合わせるようにそっと膝をついて跪く。


「さっき、酷いこと言ったな。決めるのはお前なのに、俺が口を挟むべきじゃなかった。……ごめん」


 コリンは思わず後ずさった。今まで誰も自分に謝ったことはなかった。怒鳴った大人も、気味悪がって避けた大人も。だが、目の前のこの青年だけは自分に真っ直ぐ向き合い、素直に謝ってくれた。まさか、謝罪によって自分の心を揺さぶる大人がいるとは思ってもみなかった。少年は戸惑い、そして恐る恐るルキフェルの目を見返していると、ルキフェルは目を伏せて呟いた。


「俺さ、ルキフェルって名前なんだ」


 コリンは目を見開き、驚きの声を漏らす。


「ルキフェル?」


 幼いながらも、その名の意味——悪魔を思わせる名の謂れを知るコリンは、なぜこの真っ直ぐな青年が自らその名を名乗るのか、不思議に思わずにはいられなかった。ルキフェルはコリンの表情を察して、淡い笑みを浮かべながら言った。


「そう。ある意味、俺も悪魔の子みたいなもんだ」


 フランソワは眉を顰め、ジャスパーとマテオは言葉を失い、ルキフェルの言葉に少し困惑した様子を見せる。ルキフェルは外套のフードをそっと取り、これまで暗がりに隠れていた顔をランプの光に晒した。傷跡が交錯した彼の顔を見たコリンは思わず息を呑む。


「俺はこの顔のせいで、他の奴らを怖がらせてしまうんだ」


 ルキフェルはコリンに向けてほんの少し微笑む。


「でも、君と俺は似たもの同士だな」


 ルキフェルは暗がりにいるコリンを見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「無理に来いとは言わない。来たところで、その不思議な力は隠し続けてもいい。俺だってこの顔を隠してる。酷いこと言う奴がいたら、俺が守る」


 ルキフェルの言葉に合わせるかのように、小さな隙間風が室内を吹き抜け、ランプの光が一瞬揺れ、以前よりも力強く温かい光を放つ。暗がりに縮こまっていたコリンの顔も、次第に照らされていった。やがて、コリンは勇気を振り絞るように一歩ルキフェルに近づく。ランプの明かりに照らされた顔には、少しだけ笑みが滲んでいた。


「ぼく、いくよ」


 声はか細くても、コリンは少し戸惑うように付け加えた。


「なんでか分からないけど、一緒に行く」


 ルキフェルは息をつき、柔らかく応えた。


「ああ、それで充分だ」


 ルキフェルが手を差し伸べるが、コリンはその手を取る代わりにルキフェルに抱きついた。コリンの小さな体は、ルキフェルの胸にすっぽりと包まれたまま微かに揺れる。少しずつ安心を覚えたのか、コリンは小さく笑みを浮かべた。その表情に気づいたルキフェルはそっと少年の頭に手を置き、優しく撫でる。


「よし、もう怖くない」


 ルキフェルの声は穏やかで、部屋に柔らかく響いた。コリンは彼の手の温もりに包まれ、微かに頷く。フランソワ、それにマテオとジャスパーは言葉なく二人を見守っていた。ルキフェルはそっとコリンを抱えて立ち上がった。瞳にはすでに決意が宿っている。


「行こう、コリン。船が待ってる」


 コリンはルキフェルの胸に顔をうずめながらも小さく頷く。ルキフェルはマテオとジャスパー、そしてフランソワの方へ歩み寄った。

 彼の背中には、過去に受けた孤独や恐怖を乗り越え、誰かを守るという覚悟が滲んでいた。

 マテオとジャスパーは互いに頷き合い、理解と共感の目を向ける。フランソワは微笑みながら、二人を見守った。小さなランプの光が四人と一人の少年を柔らかく包み込み、まるで未来の航海を祝福していた。

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