この恋、止まれません! ⑥
週末になり、店が忙しい。次から次へと客がやってきては帰っていき、席が空いてもすぐにまた埋まる。この近辺にはバーはたくさんあってもカフェは他にないから、お客さまが集中するんだよ、と富永が教えてくれた。
「あ、創さん……」
創が来店したけれど、席に行く余裕がない。心の中で「創さん、いらっしゃいませ」と言いながら、他のホールスタッフがオーダーを取りに行っているのを羨ましく眺める。
創に視線を向けていたら一瞬目が合ったように感じたけれど、自分の願望からそう感じただけだろう。昨夜の厳しい瞳を思い出しては反省する。創と話ができたことは嬉しいが、迷惑をかけたいわけではない。
でも、と創を見る。やはり目が合ったのは気のせいのようだが、昨日彼は実里をまた助けてくれた。創の優しさに触れるたびにいっそう彼に惹かれていく。好きだし、つき合いたい。どんなに大きい気持ちでも、伝えないと伝わらない。だから実里は手を伸ばす。
でもそんな気持ちをあざ笑うように、創はまた違う男と一緒だ。今日は可愛らしいタイプで、ふたりがけのテーブル席で向かい合って座っている。楽しそうに話しかける男に、創はたいして表情を変えずに答えている。ふたりの様子を見ながら、早く休憩がほしくてそわそわうずうずと落ちつかない。
「村瀬さん、休憩どうぞ」
「ありがとうございます!」
返事をしながら創のところに一直線に向かう。休憩をまわしてくれたスタッフは、きっと苦笑しているに違いない。席に近づく実里に気がついたのか、創が顔をあげた。
「こんばんは。僕の創さん」
「誰がおまえのだ」
返答が早い。実里がなにを言うかわかっていたようだ。まるで通じ合っているようで嬉しくて頬を緩めると、創は実里と正反対に眉を寄せた。向かいに座る男が創の手に触れ、創はすぐにその手をよける。
「これが噂の?」
男は気にしたふうではなく、よけられた手を自分で撫でる。どこか甘えるような視線を向けても、創は無関心だ。
この可愛らしい外見の男にでもこんな対応ならば、実里に冷たいのもおかしくない。たぶん相手が創でなければこの男が甘えたいとおりに甘やかすだろう、とわかるくらいの可愛らしさだ。可愛くても実里にとって敵であることに変わりはない。
「地味なのに図々しいね」
馬鹿にしたような声音に、そのとおりだと自分でも思う。地味だし図々しい。だからどうした。
「僕はたしかに地味ですが、創さんが好きです」
「創が好きだって。笑わせるのやめて」
男のほうが実里に絡んでくる。創は興味がなさそうにやり取りを聞いているだけだ。雑音としか思われていないのではないか。つまり男と敵意を向け合っても無駄ということ。創に興味を持ってもらうためには、創自身に近づかなければいけない。
実里が手を握り込んで男を睨むと、男は自慢げに創の手にまた触れた。
「今夜は俺の創だから」
「おまえのものになったつもりもない」
文句を言おうと思ったら、その前に創がその手を払った。それでも男は余裕たっぷりの笑みを浮かべている。
どんなに冷たい対応をしていても、創は今夜この男を抱くのだ。それを変えるためにはどうしたらいいかを考える。
「創さんの男遊びをやめさせるのは、嘘じゃないですから」
創が実里をじっと見る。心の底まで読まれそうな黒い瞳に怯むが、それでも見つめ返す。緊張して指先が震えるけれど、ぎゅっとこぶしを握って震えを隠した。
しばしそのまま視線が絡む。目を逸らしたら気持ちを疑われるかもしれない。試すようにまっすぐに向けられる視線は、鋭く実里を捕まえる。
「今夜の創さんも明日の創さんも、それ以降も誰にもあげません」
手のひらに爪を立てて、指先の震えをこらえる。創がちらりとその手に目をやり、また実里の目を見る。強がっていることがばれたかもしれないが、それでも負けたくなかった。無理かもしれないと思う自分が一番の敵だ。
周囲も静かになったように感じるのは気のせいだろうか。実里を見ていた創が、ふっと噴き出して笑いはじめる。
「おまえ、面白い」
口だけではなく本心から楽しそうに笑う創に、向かいに座る男も呆気に取られている。皮肉さを感じさせない笑顔は、どこか幼くも見えた。今なら、押せばうまい具合に行くかもしれない。
「じゃあつき合ってください」
「断る」
やはりすげない答えが返ってきた。ここは押してもぐらつかない部分のようだ。
ひとつ息を吐き出した創は、意地悪に口角をあげて実里を見た。その表情が色っぽくてどきりとする。実里だけではなく、向かいの男も隣のテーブルの男女ふたり連れも見入っている。
「恋人を作る気はないけど、ペットなら考える」
「じゃあそれでいいです」
即座に答えると、創は片方の眉をあげた。本当にどんな表情も様になるので、つい惚れ惚れする。
「なんでもいいのか」
呆れられているけれど、今以上に創に近づけるのならペットだってかまわない。
「創さんを手に入れられるなら、ペットでも頑張ります」
創が望むのなら猫耳だってしっぽだってつけよう。着ぐるみだって着る。
そんな意気込みが見抜かれたようで、創はまた意地悪に笑む。おもちゃを見つけたような顔に、実里は緊張で思わず背筋が伸びた。
「じゃあハウス。仕事に戻れ」
足を組んだ創が、払うようにひらひらと手を振る。
「ええ……そんな」
もっと話したいのに、と留まろうとするが、創は「さっさと行け」というように視線を動かす。
「ハウス」
「……はい」
渋々と席を離れる。
「村瀬さん、まかない食べなね」
カウンターのそばに戻ると、苦笑しながらキッチンの男性スタッフが声をかけてくれた。
あれ?
もしかして創は、実里がまだまかないを食べていないことに気がついたのだろうか。あのまま創の席にいたら、まかないを食べずに休憩を終えていた。実里としては創と話せるのならばそれでもよかったけれど。
キッチンのすみでまかないを食べながら、まさかね、と呟き、でももしかして、と考える。都合のいいように考えたほうが得だが、都合がよすぎるかもしれない。
「まさかね」
もう一度呟き、小さく頭を振ってからまかないを食べる。そんなに都合のいいように行くわけがない。
「村瀬さん、今日の成果は?」
「ペットになれました」
料理長に聞かれて答えたら、料理長だけではなくまわりのスタッフまで、なんとも言えない表情をした。
創はなにも期待していないだろうけれど、自分なりにペット役を頑張れば見てもらえるかもしれない。もっと彼に近づける道がわずかに拓けた、気がする。