第十四話 世界
オリンピアという少女を助けた俺たちはお礼ということで彼女の家に招待されていた。
「ここが私の家・・・というか、研究所です。資材ばっかりで面白くないかもしれませんが・・・」
そう言って彼女が指をさす。その先には小屋のような、小ぢんまりとした家があった。
「へぇ、こんな所に研究所を構えているやつがいたなんて知らなかったねぇ。面白そうじゃないか。ヒーッヒ」
「いえそんな・・・。お姫様たちに見せるには気が引けると言いますか・・・」
「いいのよ、むしろ、お邪魔しちゃっていいのかしら。こんな大人数で・・・」
アネッタが言うと、オリンピアは腕をぶんぶんさせて。
「ああいいんですいいんです。大したものはないですし・・・、それに、ちゃんとお礼もしたいですし。」
その言葉と共に戸を開けるオリンピア。中はいかにも研究者の部屋、といった感じだった。あたりにどう使うのか分からないようなものが散乱し、床が見えないほどの資料で埋め尽くされている。・・・ちょっと自分の部屋みたいで親近感がわいた。俺の部屋にあるのはゲームの攻略本や漫画だが。
「えっと、このあたりなら歩いても安全だと思うので…、私の後についてきてくださいね?」
そう言って彼女はひょいひょいと部屋の奥へと入っていく。俺達はおっかなびっくりとそのあとをついて行く。
途中メアが躓いて転びそうになったり、エミリアが崩れ出した本に潰されかけもしたが何とか彼女の生活スペースに移動できた。
「あはは・・・すみません、研究に熱中してるとついつい物が散乱して・・・。私自身どこに何があるか覚えてるんでこのままにしちゃってるんですよ」
オリンピアは苦笑する。・・・理解できてしまう自分が悲しい。
「それじゃ今お茶を入れますね。最近旅の商人から仕入れた美味しいお茶があるんですよ。」
「へぇ、旅商人ってことは、ユースティアの外から来た奴かい?」
エリーシャが聞くと、彼女は奥の方から返事をする。
「ええ。なんでもケウレースの方から来た人なんだとか。砂漠でも育つ植物から採れた、って聞きました。」
「ケウレース?」
聞いたことのない地名だ。あのゲームはユースティアの中でしか展開しない。だからこの世界もユースティアだけなのかと思っていたが、どうやら別の大陸も存在するらしい。
「アンタ、モンスターのことは詳しいのに地名とかは知らないのね。いいわ、せっかくだから色々教えてあげるわ」
アネッタがやれやれ、と言った顔で話し始める。それにメアたちも補足を付け加える。
「この星には島を除いて大きな大陸が4つあるわ。一つが私達が今いる大陸、ユースティア。水と自然が豊かな地形が特徴ね。」
「ついでに魔法の研究もうちが一番だっていうねぇ。ま、どこかの島では魔法を変質化させた独自の術を編み出しているところもあるみたいだがねぇ。ヒーッヒ」
「でも、モンスターの遭遇率も他に比べて高いって聞くわぁ。人が住みやすい分、モンスターにも適した環境なのかもしれないわねぇ。」
「なるほど・・・。」
モンスターが多いのはゲームの舞台になっているため、ってのもあるだろうが、まぁそのあたりは心の中にしまっておこう。
「それで、さっき話題に出たケウレースはユースティアよりも広い大陸よ。土地は広大だけど、そのほとんどが砂漠になっていて人が住みにくい場所だって聞くわね。」
「だが、あそこで生まれた武術はかなり独特で、魔法と身体能力を掛け合わせた技を多く持つという。確かメアの使っている技もケウレースの奴だったか?」
「あ~、私のはあれを自分なりにアレンジしたものだからそのものってわけじゃないのよぉ。前にケウレースからやってきたっていう人から教えてもらったんだぁ」
「道理で見たことがない技なわけだ」
メアに憑依している時、俺は彼女の持つ能力をよく把握できずに強化とアドバイスだけをしていた。しかし、今の説明で納得した。俺の知らない、いや、俺の知っているゲーム上に存在しない技。だから俺の知識にはなかったのだ。
「残りの二つはユースティアやケウレースより小規模な大陸で、ミネーバとフォルトゥーっていう二つね。これらはあまり他の大陸と交流がないみたいで、細かいことまでは伝わってないの。でも、前女王…、私の母が他の大陸のトップと会談した感じだと、どっちも悪い人たちじゃなさそう、ってのが所感ね。」
「ミネーバは槍術、フォルトゥーは呪術や占星術を主に扱っている大陸だねぇ。一度でいいから行ってみたいもんさね。ヒーッヒ」
「後は小さな島国がたくさんあるわ。それぞれの国がいろんな文化を持っていて、いい所よ、この星は」
「・・・」
話を聞く限り、俺のいた世界とほぼ同じような世界だ。・・・これはあのゲームに元々あった設定なのか、それとも・・・
そんなことを考えていると、オリンピアがお茶を持ってくる。ハーブティーのようで、心地よい香りが鼻をくすぐる。
「お待たせしましたー。最初はちょっと癖が強くて気になりますけど、だんだん慣れてくるととってもおいしいんです。ささ、どうぞ」
「じゃ、遠慮なくいただくわ。・・・ん、確かにちょっと苦みが強いわね・・・」
「そうさの。だが、確かに味はいい。うちにも常備したいくらいだねぇ。ヒーッヒ!」
俺も一口飲んでみる。・・・見た目と香りは紅茶に近いが、味は緑茶に近い。なんとも不思議な気分だ。でも、これはこれで行けるな、と俺はごくごくと飲み干した。
「一気に飲み切るとは、そんなに美味しかったのか?・・・お前、物を食べるときはいい顔するよなほんと」
エリーシャがこっちをじろじろ見てくる。あまりがっつく食べ方はこっちでは珍しいのだろうか。
「ところで、えーっと・・・」
「ああ、俺か?ケンゴでいいぞ」
「えっと、ケンゴさん。その腕輪・・・見せてもらっていいですか?」
オリンピアがじりじりとにじり寄ってくる。・・・ここに来る間もだが、彼女は俺の憑依の腕輪が気になって仕方ないようだ。まぁ無理もないか。研究者としてみたことのない道具に興味を持つのは当然だろう。
「ああ。でも、これは俺から外れないようになってるみたいなんだ。だから、取って渡すことは出来ないんだが・・・」
「大丈夫です!こうやって近くから見たいだけですから・・・。よっと。」
彼女はそう言って俺の傍にしゃがみ込み、俺の腕を触って腕輪を眺め始める。・・・体が近い。研究所の散らかりようとは正反対で彼女自体は清潔で、いい香りがする。
そんなことを考えながら彼女を見ていると、アネッタの刺さるような視線を感じて目をそらす。
「へー、ほーう・・・。本当に外れないようになってますねぇ、継ぎ目がない・・・。それに、この金属も見たことがない種類だし・・・。装飾はアトラティのものに似ているけどちょっと違う・・・。」
彼女は完全に自分の世界に入っているようだ。体のあちこちが俺に触れている。・・・正直、かなり無防備だと思う。よくこれで今まで平気だったな、と思いながらも、周りの視線もあってなるべく気にしない方向で行こうと思った。




