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第66話 作戦開始 その5

 悠吾が銃口を向けたのはラノフェルではなく、2階に居るプレイヤーだった。

 開けた会衆席に行くよりも入り組んでいる2階の方が生存率が高くなる。それに、オーディンのクランマスターであるルシアナさんと合流することが出来れば脱出の為の戦力にもなるかもしれない──

 そう思った悠吾だったが、トラジオもまた同じ考えだった。


「……2階だ悠吾!」

「はいッ!」


 その言葉と同時に悠吾のMagpul PDRが火を噴いた。

 けたたましい発射音が狭い階段を覆い、条件反射で思わずラノフェル達が身を竦めるのが悠吾の目に映る。

 2階に見えていたプレイヤーは2人。

 悠吾が放った弾丸がプレイヤーの1人の胴体と首を捉え体力ゲージを奪った事を確認したトラジオは、銃口をもうひとり──ではなく、今度は目下のラノフェルらに向けた。


「ちっ!」


 その姿を見て即座に後退するラノフェルとベヒモスメンバー達。彼らに向け、トラジオはすかさずフルオートで弾丸を放った。

 だが、トラジオの弾丸は誰かを狙ったものではない。

 相手の動きを封じる「制圧射撃」だった。


 現実での銃撃戦と違い、FPSゲームではゲームルールにもよるが撃たれてしまってもプレイヤーは拠点に復活リスポンし、何事も無かったかのようにゲームを再開できる。その為に、制圧射撃や威嚇射撃などの行為によって相手を抑える事が難しく、逆に射撃により自分の位置がばれてしまうためにデメリットが多いのが常だった。


 だが、戦場のフロンティアではFPSゲームではあまり見ない制圧射撃による「怯み」をシステムとして取り入れていた。

 弾丸が身体をかすめたり付近に着弾した場合「怯み」という現象が起き一定時間行動に制限がかかってしまうのだ。

 戦場のフロンティアにおいて、制圧射撃は有効な戦術の1つだった。


「悠吾、押し通れッ!」


 ラノフェル達に「怯み」が起きた事を確認したトラジオは悠吾に道を譲った。

 すかさず悠吾はトラジオの背後に移動すると、2階に居るもうひとりのプレイヤーに対して引き金を引く。

 フルオートではなく、セミオートによる小刻みなタップ撃ち──

 より命中率を上げる為に、悠吾は単発射撃を行った。


「エネミーダウン!」

「行けッ!」


 悠吾の弾丸がプレイヤーの眉間を撃ちぬき体力ゲージのすべてを奪い去る。

 光の粒に変わっていくその姿を見ながら悠吾はトラジオの背中をぽんと1回叩き、先導するように階段をかけ登っていった。

 

「彼らはアイテムを使えないッ! 集中砲火で一気に仕留めろッ!」


 階段から一時的に避難したラノフェルの声が辺りに響いた。

 EMPによってトレースギアを使用不可能にさせられた今、スキルやアイテムは使えない。仕えるのはこの銃だけだ。

 物量で押し込まれたら絶体絶命のピンチになる。

 ラノフェルの声に悠吾はぞくりと背筋に冷たい物が走った。


「悠吾、部屋に篭もるぞ」


 小隊会話パーティチャットが使えない以上、ノイエ達の援助が遅れる可能性もある。

 今ベストなのは、ノイエ達が来るまで身を隠す事だ。


「どの部屋に!?」

「適当だ!」


 そう言ってトラジオが悠吾の後を追い、階段を駆け上る。

 運が良ければルシアナの部屋に当たるかもしれない。だが、一時的に「怯み」を起こさせたとは言え、身を隠すには正に今階段を登ろうとしてくるラノフェル達を完全に足止めする必要がある。

 何か奴らを足止めできる方法は無いか──

 どこか祈るようにそう思ったトラジオだったが、ふと彼の目に思いもしなかった物が映った。

 倒した2人のプレイヤーが残したアイテムだ。


「悠吾! 足元のグレネードをッ!」

「……ッ!!」


 トラジオの声に悠吾は足元へと視線を向ける。

 足元に落ちているのは円筒形の手榴弾だ。


 それが何のグレネードかは判らなかったものの、悠吾は咄嗟に足元に転がっていた手榴弾を拾い上げ、そのままトラジオへと投げ渡した。

 アイテムポーチも開けない今、この手榴弾は天の恵みだ──

 悠吾から手榴弾を受け取ったトラジオは間を置かずピンを抜き取り、階段下へと投げ捨てた。

 信管に点火した手榴弾はしゅうしゅうと音を立てながら、丁度ラノフェル達の目前へと落下し──


「……ッ! グレネードッ!」


 プレイヤーの叫び声が木霊したと同時に、爆音と強烈な衝撃が階段を吹き飛ばした。


「行けッ! 悠吾!」


 爆風により吹き飛んだ破片が辺りに散乱する中、トラジオが悠吾の背を押す。

 あのグレネードは爆発時に広範囲に破片を飛ばす「防御手榴弾フラグメンテーション」ではなく、狭い範囲に爆風を発生させる「攻撃手榴弾コンカッション」だった。

 プレイヤーの足止めが出来ればと思って投げたが、階段を吹き飛ばせるとは。

 運が味方している──

 

「右だ! 右の部屋に……」


 身を潜める。

 そう考えたトラジオはその部屋へ悠吾を向かわせようと指示を出す。

 と、その時だった──


 トラジオの左側、いくつかあった小部屋の1つの扉が突然開け放たれ、黒い影が躍り出てきたのがトラジオの視線の端に見えた。

 その影がベヒモスメンバーの1人だと気がついたのは、その手に持たれたコンバットナイフの射程距離キルゾーンに入ってからだった。


「……くッ!!」


 瞬間的に反応しトラジオはHK416の銃口を向けるもののすでに遅かった。

 襲いかかったプレイヤーはトラジオのHK416の動きを左手で制すると、逆手で持ったナイフの切っ先を首元へ走らせる。

 急所を狙った流れるようなナイフの攻撃。

 CQC(近接格闘術)スキルに特化した戦士ファイターか──


「トラジオさん!!」

「死ッ!!」


 異変に気がついた悠吾が振り返ると同時にプレイヤーの叫び声が響いた。

 そしてナイフがトラジオの首を切り裂こうとした正にその時、悠吾の目に信じられない物が飛び込んできた。


「……ッ!?」


 何故か宙を舞っているのは、ベヒモスメンバーの男。


「……がッ!?」


 宙を舞う男は自分の身に一体何が起きたのか判らなかった。

 確かにナイフがこいつの首を切り裂いたハズ──


 だが、悠吾には見えていた。

 トラジオはナイフが触れる瞬間、身を引きながら左手の甲をナイフの切っ先に当て、首元をガードした後に右手でそれを掴むと、合気の「転換」の要領で懐へ潜り込みながら腕を捻り上げて逆側へ男を投げ飛ばしていた。

 男はぐるりと空中で前転をするように翻った後、トラジオの右側の部屋の扉に背中から派手に突っ込むと、すかさずトラジオがハンドガンを抜き男が飛び込んだ部屋へと銃口を向けた。


「トラジオさん!」


 援護の為に駆け寄る悠吾だったが、彼がトラジオの背後に着いた時にはすでに攻撃は終了していた。


「ダウンだ」

「……ッ!」


 光の粒に変わっていくナイフを持ったプレイヤーと、ハンドガンをリロードしているトラジオ。

 すごい。あの状況で攻撃を跳ね返せるなんて。

 改めて目の当たりにしたトラジオの戦闘能力の高さに悠吾は舌を巻いてしまった。


「ト、トラジオさん、怪我は!?」

「突然の事で驚いてしまったが、怪我は無い」


 ナイフで左でを斬りつけられてしまったが、ダメージはそう大きくない。

 赤く腫れ上がった左手の甲を見てトラジオはそう漏らす。


「やられちゃったのかと思いましたよ、トラジオさん」


 でも、無事でよかった。

 状況は悪いままだったが「心配かけた」と肩をすくめるトラジオの姿を見て、悠吾はつい安堵の表情を浮かべてしまう。 


「階段を吹き飛ばしたとは言え、2階に上がれる階段はあれだけではあるまい。奴らが別の階段から上がってくる前にルシアナの身柄を確保したい所だが」

「そうですね、出来る限り部屋を回りたい所ではありますが、今みたいに敵が潜んでいる可能性も……」


 そういって念のために辺りを警戒する悠吾だったが、ふと彼の目に奇妙な物が映った。

 部屋の端、簡素的なベッドの上に横たわっている何か──

 辺りは真っ暗な為に良く見えないけど、形からして……人らしき影。


「トラジオさん、あれって……」

「む……」


 熟夜に入っている為に辺りは暗く、明かりも無いためにはっきりとは見えない。

 微動だにしていないその影にトラジオの脳裏に先ほどの不意打ちが思い起こされた。

 罠か、それとも──

 トラジオは警戒の色を強めながらHK416を構え、ゆっくりと歩き出した。


「悠吾……」


 トラジオは銃口をベッドへ向けたまま「左に行け」とハンドサインを送る。そのサインを確認した悠吾は足音を殺したまま悠吾がぐるりと逆側へと足を進めた。

 身を潜めている敵か、それとも……ルシアナさん?

 ぴくりとも動かないその横たわっている人影に悠吾の鼓動が高鳴った。


「……おい」


 低くドスの聞いた声がトラジオから放たれる。

 だが、人影は動かない。

 チラリと悠吾にアイコンタクトを送ったトラジオは更に距離を詰める。

 あまり近づきすぎると突然襲い掛かられた時に対処がしづらくなる。

 すでに隠密行動ではなくなった為、威嚇射撃で一発弾丸を傍に打ち込むかとトラジオが考えたその時だった。


「うっ……」


 もぞもぞと横たわった人影が動き出した。

 悠吾達は思わず一瞬身を竦め、トリガーに指を回す。

 だが──


「う、う〜ん……むにゃむにゃ……」

「……へ?」


 予想していなかった反応を見せたその人影に悠吾は目を丸くしてしまった。

 ……何か寝言言いませんでした? 今。

 ひょっとして──寝てる?

 

「悠吾、そのままだ」

 

 狼狽を漂わせている悠吾をその場に止め、トラジオがゆっくりとさらに近づいていく。

 すでに、ナイフの射程圏内キルゾーンに足を踏み入れているが、動きは無い。

 そのまま顔を近づけ、その姿を検めるトラジオだったが──


「……悠吾、来い」


 銃を降ろし、そのベッドの脇で片膝を付くトラジオが静かに悠吾を呼んだ。

 そしてトラジオに促され恐る恐る近づく悠吾。

 闇に慣れてきた彼の目に映ったのは──闇夜に輝くブロンドヘアーだった。


「この人って……」


 悠吾はあの情報屋が送ってきた写真に映っていた姿を思い返した。

 写真とノイエさんの情報。

 確かルシアナさんは長いブロンドヘアーだった。


「……間違いない、彼女がルシアナだ」

「嘘だぁ!?」


 思わず悠吾はすっとんきょうな声を上げてしまった。

 だって……情報ではルシアナさんはベヒモスに「拘束」されてるんですよね。

 なんで普通に寝てるんですか!?

 それもどっかんどっかん爆発している中で凄く気持ちよさそうに。


「悠吾、ドアを閉めろ」

「……え? ドアを?」

「そうだ、ラノフェル達はルシアナが居るこの部屋に来るはず。ルシアナを連れて身を隠す事もできるが、ルシアナがここに残って居れば奴らは他の部屋の捜索に動く」

「あ、成る程」


 ルシアナさんが残った状態で、まさか僕達がこの部屋に居るとは彼らも思わないはず。

 そして彼らの中でこの部屋が捜索の選択肢から除外された時、ここは安全地帯セーフティエリアになる──


「良いか悠吾、EMP効果はじき切れる。それまでなんとしてもこの場所にとどまり生き延びる。ラノフェルの拘束は……」


 と、遠くからプレイヤーのものらしい足音がトラジオと悠吾の耳に届いた。

 奴らはすでに別の階段から2階に上がってきている。すぐにこの部屋に入ってくるだろう。

 時間は無い。


「……脱出時になんとしても拘束する。今は時間を稼ぐ事が優先だ」

「ですね。EMPの効果がどの位で切れるかわかりませんが……隠れましょう」


 逆にルシアナさんが眠っていて良かったと悠吾は思った。

 余計な騒ぎを起こす必要もないし、もし彼らに起こされたとしても僕達の事は知らない。


 1分でも1秒でも長くこの場にとどまり、EMP効果が切れるその時とノイエさんの救出を待つ。

 悠吾の言葉にトラジオはこくりと頷くと、2人は即座に動いた。

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