第65話 作戦開始 その4
街の北に伸びるトットラの街で一番大きい街道の傍、左側の草むらに2名、右側の木陰に1名、そして同じく右側家屋の屋根上に1人、計4名のベヒモスメンバーらしきプレイヤーがノイエと小梅の視界に入った。
風は丁度南向き。
僕と小梅の動きを捕らえる事は容易じゃないはず。
ノイエは瞬時にそう判断した。
『僕が左翼の2名を仕留める。小梅は屋上の奴からやってくれ』
『残りの1人は?』
『先にターゲットを仕留めた方が殺る』
『了解』
そう答えた小梅は、屋上のプレイヤーに銃の射線が通るポジションへと静かに動いた。
クリスヴェクターは短機関銃だけど、45口径から放たれる弾丸の攻撃力はアサルトライフルに引けをとらない。
レベルアップした時に手に入れたスキルポイントは「バックスタブ」のレベル上げに使用した。バックスタブLv2を使えば、ヘッドショット1発で仕留める事ができるはず。
『ファーストアタックは小梅。しくじるなよ』
『そんなプレッシャーいらないから。ま、しくじるわけ無いけど』
『タイミングは指示を出す』
小梅の返答にくすりと笑い声を漏らしながら、ノイエがそう言う。
タイミングは逆に風向きが北方向になったその時だ。消音器を装着しているとはいえ、無音という訳じゃない。ここから南側に位置する教会に銃声が届かないように細心の注意を払う必要がある。
物陰に潜み、ノイエと小梅はその時を待った。
びゅうと斬りつける突風が2人の髪を揺らす。だが、これがゲームの世界だからだろうか、その冷たい突風にストレスは感じなかった。
2つの丘を降る風がぶつかり、空気のうねりを作る。
そして、僅かなバランスで南側を向いていたうねりが次第に変化し、北側へと向かったその時──
『小梅、今だ』
ノイエが発したその言葉。
その言葉がノイエの口から出終わる前に、小梅が構えるクリスヴェクターの銃口から.45ACP弾が放たれた。
ぷしゅんという曇った音と共に空気を切り裂いた弾丸は──屋上のプレイヤーの脳天を貫通する。
「……ぐッ!」
一瞬呻き声を上げ倒れるベヒモスのメンバー。
その声がほかのプレイヤーの耳に届いたその瞬間を狙い、ノイエが動く。
「なんだっ!?」
茂みに潜む2人のプレイヤーの注意が屋上へと向いた。
その隙はノイエが彼らを仕留めるに十分な隙。
身を低くしたまま、小走りで駆け寄ったノイエは背後からまず1人のプレイヤーの後頭部に3発弾丸を打ち込んだ。
盗賊である小梅と違い、バックスタブの様な特殊なスキルを持ち合わせていない魔術師のノイエだったが、弾丸によるダメージを底上げするパッシブスキル「ストッピングビート」があった。
レベル1では僅か1.1倍という微々たるものだが、最高レベルの5になればダメージは2倍にも跳ね上がる。
そしてノイエは──ストッピングビートのレベル5を取得していた。
「ぐあっ!」
背後から打たれたプレイヤーの頭上に表示されたゲージがまたたく間にゼロになった。
だがその傍らに居るもうひとりのプレイヤーがノイエの姿に気がつく。
流石はラウルのトップクランと言うべきか。
そう思ったノイエは、即座にプレイヤーとの距離を詰めた。
「おまえっ……!」
屋上とすぐ隣に居たプレイヤーの身に何が起きたのか瞬間的に判断したプレイヤーは咄嗟に腰に入れていたハンドガンを抜き、ノイエへと向ける──
だが、すでにノイエは攻撃に移っていた。
銃を持つプレイヤーの手首を無造作に掴むと逆関節気味に捻り上げ、ハンドガンをその手から引き剥がす。
ひねられた事による激痛でプレイヤーは身体をくの字によじり、前かがみになった所に──強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐあっ……!」
現実世界であれば鼻骨は粉々に粉砕され、どす黒い血が噴き出しているはず。
ノイエの膝蹴りは凄惨な情景が思わず浮かんでしまうほどの強烈な物だった。
そして、苦悶の表情を浮かべるプレイヤーにとどめを刺さんと言わんばかりに、続けざまにノイエの打撃がプレイヤーを襲った。
まるで破城槌のような前蹴り──
腹部にめり込んだノイエの足がプレイヤーの身体を紙細工のように吹き飛ばし、背後の壁に叩きつける。その衝撃でずどんと空気が揺れ、プレイヤーの身体が壁に弾き返される様に跳ね返った。
「シィッ!!」
再度、プレイヤーを射程距離に捉えたノイエが打撃を放つ。
鳩尾と喉元に連続で掌底のコンビネーションを放ち、体勢がさらに崩れたプレイヤーの頭部に強烈な回し蹴りを放つ。鞭のようにしなったノイエの足がプレイヤーの首を刈り、枯れ木の様にその身体をなぎ倒す。
圧倒的なCQC──
戦士と比べ、接近戦に特化したスキルを持っていない魔術師だったが、それを感じさせない圧倒的なCQCでノイエは2人目のプレイヤーを打撃によって退けてみせた。
『エネミー、ツーダウン』
そう囁きながらもノイエはデトニクス・コンバットマスターを構えなおした。
まだだ。まだ最後の1人が残っている。
──だが、ノイエの目に写ったのは、首を撃ちぬかれもがきながら崩れる最後のプレイヤーの姿だった。
『ダウン』
静かに小梅の声がノイエの耳に届く。
だが、ノイエは安堵の表情を浮かべる事はなかった。
小梅の声にさらに警戒の色を強めつつ、ノイエは草むらから抜けだすと周囲に銃口を向け小走りに小梅の元へと向かう。
『小梅、周囲に敵影は?』
『MAPに反応は無いわ。この状況でまだ芋ってる奴がいたら別だけど』
『……よし、とりあえずこの場所はクリアだね』
リーコンで周囲をチェックした小梅の言葉にノイエはデトニクス・コンバットマスターをホルスターへと締まう。
小梅が最初に仕留めた屋上のプレイヤーはきらきらと光の粒へ姿を変えつつある。
情報がラノフェルの元に行けば、プレイヤー達は北側へ集結するかもしれない。このまま北を経由して東側へ向かってもいいが、一旦教会に戻って南側を経由して東へ向かった方が得策か──
状況を分析し、ノイエがそう判断したその時だった。
『プレイヤーが小隊から離脱しました』
『……ッ!?』
突如予想だにしなかった言葉が、ノイエと小梅2人のトレースギアから放たれた。
『ど、どういう事!?』
この告知は、組んでいた小隊からメンバーが離脱した時に出るアナウンスのはず。ノイエは目の前にいるから、離脱したとすれば悠吾かクマジオのどちらかだ。
でも、なんでこのタイミングで──
『何かあったのかもしれない』
トレースギアの小隊メニューを開いたノイエがそう呟いた。
確かに小隊から離脱している。離脱したのは悠吾くんとトラジオさんの2人。
作戦実行中に自ら小隊を離脱するメリットは無い。彼らの身に何かが起きて離脱せざるを得ない状況に陥った以外には考えられない。
『戻ろう、ノイエ!』
『ああ』
もし彼らが失敗したとすれば、強硬手段を持って突入するしかなくなる。
さきほどの攻撃は相手の虚を突く攻撃だったために問題なく処理できたけど、突入となればそうはいかない。
最悪の事を考える必要がある──
苦い恐怖の味が喉奥から上がってくるのを確かに感じたノイエは、オーディンのメンバーとしてのプライドとこれまで培ってきた経験でそれを心の中に押し戻し、教会へ踵を返した。




