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第五章 神奈川ナンバーワンをかけて

  いよいよ県大会が始まった。

 一回戦、青雲の相手は湘南高校。観客はほぼ満席で、ほとんどが青雲の応援団といった印象だ。

 無理もない。予選で見せつけた青雲の圧倒的な強さは多くのバスケフリークの心をつかみ、中には個人名を書いた横断幕を掲げる人もいる。

「こりゃ、相手はやりづらいでしょうね」

 小太郎が同情する。幻舟たちが湘南の練習風景を見ると、明らかに意識過剰で、固くなっているのが分かった。

「さあ、景気よく行きましょう。幻舟、あなたの役割はわかっているわね?」

 真琴が微笑しながらメガホンをかざしている。キャプテンは力強くうなずいた。

「はい。みんな、迷いは捨てて、俺を信じてくれ。一気に神奈川の頂点までいくぞ」

「おう!」

 五人は円陣を組み、気合を入れた。

「それでは、これより青雲高校対湘南高校の試合を始めます」

 アナウンスが響くと、両軍のメンバーが整列した。

 遠藤、久美子、横浜西のメンバーが見守る中、試合は始まった。

 さつきがボールをはじくと、幻舟がキャッチする。湘南は1-3-1ゾーンディフェンスを敷き、うち一人は小太郎に寄っていた。

 幻舟がドリブル突破を図るが、さすがに県大会、予選のようにはいかない。一瞬、ゴール下が空いたのを見つけると、幻舟は鋭いパスを出した。

「鬼神、頼む!」

「了解!」

 まさしく阿吽の呼吸だった。幻舟のパスを鬼神は超人的なジャンプで受け取る。

「もらったあ!」

 そのまま左手一本でリングに叩きこんだ。コンマ一秒でも両者の動きがずれたら実現しないスーパープレー。湘南のメンバーは言葉を失った。

「出たよ、アリ・ウープ!」

「さすが岩倉、魅せてくれるぜ!」

「大杉のパスもさえてるな!こりゃ、簡単には止められねえぞ!」

 スタンドがわいている。横浜西のセンター、金田が堀川に尋ねた。

「今のプレー、どう思う?」

「ああ、たいしたもんだ。だが、まだ本気とは思えん」

「同感だ。あの若い女監督と大杉は明らかに俺たちが見に来ていることを知っているな」

「まあ、決勝リーグまで時間はある。お手並み拝見といこう」

 今度は湘南の攻撃だ。ガードの室田がセンターの佐々木にパスを出す。シュートを放つが、あっさりさつきにブロックされた。

「たけえっ、天野!」

「華麗なフックシュートだけじゃない……ディフェンスも鉄壁だ!」

 観客の反応を見て、桑谷は苦笑した。

「なんだか、お客さんはほとんど青雲を見に来ているみたいだな」

「気に入りませんね」

「おや、浅野。ライバル意識むき出しだね?」

「ライバル?冗談じゃないですよ。俺たちは神奈川ナンバーワンなんです。派手なプレーなんて必要ない。確実に決めて、確実に守る。そうすれば、青雲なんて敵じゃないですよ」

「はは、なら、あいつらと当たったら、その言葉、証明してくれよな」

「もちろんです。桑谷さんこそ、おちゃらけてないで集中してくださいよ」

 浅野は相変わらず手厳しい。桑谷は怒りもせず、ただ苦笑するだけだった。

 湘南は毎年ベスト八に入る強豪校だ。その湘南を圧倒するほど、青雲の強さは際立っていた。ベンチの真琴が何も言わなくとも、司令塔の幻舟以下五人が生き生きとプレーし、見る者を魅了する。

「試合終了!」

 ブザーが鳴った。スコアは一〇七対六三。大方の予想通り、青雲の快勝である。

「これは、一気にベスト八まで行くな」

 遠藤がハンカチで汗を拭きながら息をついた。久美子も満足そうだ。

「そうですね。青雲の五人は予選以上に気合が入っているようです。特に一年生二人がどこまで成長するか、楽しみですね」

 その後も青雲は順調に勝ち進み、いよいよ決勝リーグ出場をかけた厚木商業戦に臨んだ。

 だが、ここでとんでもないアクシデントが待っていた。ゴール下の要、さつきが試合に遅刻したのである。

 さつきは幻舟と同じく、時間にはかなり厳格な少年だ。厚木戦の朝も六時に起きて、余裕を持ってバス停に向かった。

「ん?」

 バスを待っているさつきの耳に、喧騒が届いた。気になって、音のする方角に向かう。狭い路地に入って駐車場を見つけると、数名の学生が中年の男に暴行を加えているところだった。

「君たち!そこで何をしている!」

 さつきは歩み寄って、怒りの声を上げた。学生はさつきのほうに振り返り、ぎょっとした。自分より二〇センチは大きいさつきに睨まれて、蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってゆく。

「なんなんだ、あいつらは……」

 まだ腹の虫がおさまらないさつきは、ふっとため息をつくと、顔にあざを作った背広姿のサラリーマンに声をかけた。

「大丈夫ですか?いまの連中、あなたの知り合いか何か?」

「いや、突然金をよこせと脅されて……ううっ」

 男性はせきこんだ。詳しい事情はわからないが、一刻も早く病院に連れていく必要があるとさつきは判断した。すぐに携帯で救急車を呼ぶ。続いて、真琴の携帯を呼び出すが、なかなか繋がらない。やむを得ず、メールで簡潔に事情を送り、最悪、試合に間に合わない旨を告げた。

「まずいな……」

 冷静沈着なさつきが額から汗をかいている。いま、この男性を放置することはできない。同時に、重要な試合が待っている。こうしている間にも、時間は無情に過ぎていく。

「幻舟、みんな、すみません……」

 さつきは天を仰いで嘆息した。

 メールを受信した真琴の顔色が青い。指揮官の異変に気付いたメンバーが、状況の説明を受ける。雅和が頭を抱えて嘆いた。

「あー、どうすればええんじゃ。天野さん抜きで戦うなんて、想像もできん」

「同感だよ。でも、あの人は困っている他人を見捨てるような性格じゃない。僕が同じ立場でも、変わらないと思うよ」

 小太郎は冷静に言ったが、状況は最悪だ。その場を離れていた真琴が重々しく告げた。

「審判団に確認したんだけど、これ以上は待てない。四人でプレーしてもらう。それだけよ」

「どうする、幻舟?」

 いつもは強気な鬼神も表情が暗い。青雲の大黒柱はしばらく黙りこんだのち、自身の考えを述べた。

「腹をくくるしかないな。鬼神、お前がセンターをやれ。俺と雅和がフォワードに回る。小太郎、ゲームメイクを頼んだぞ」

「はい」

 かくして、大きな不安を抱えたまま、試合は始まった。

 いやな予感が的中する。いかに幻舟たち四人が奮闘しても、さつきの穴は埋まらない。青雲はボール運びすらままならず、いとも簡単に得点を許してしまう。ベンチの由奈は涙ぐんでいた。

(さつきさん、お願い!一秒でも早くここに来て!)

 前半が終了した時点でスコアは五六対二四。しかも青雲のメンバーは疲労困憊だ。

 そこへ、長身の少年が現れた。息を弾ませたさつきは、大股でベンチに歩み寄り、頭を下げる。

「真琴さん、幻舟、みんな、すみません!」

「話は後だ、さつき」

 幻舟はタオルで頬の汗を拭きながら、左手のこぶしでさつきの胸をつついた。

「お前が遅刻するんだ。相当の理由があるだろう。この試合で勝った後、じっくり聞かせてもらう」

「幻舟……」

 さつきは眼前のキャプテンが、疲労の中でほほ笑んでいるのを確認した。急いでユニフォームに着替えると、アップを済ませる。

「いい?残りの二〇分でゲームをひっくり返すには、さつきに頑張ってもらうしかないわよ。幻舟、さつきにボールを集めて。他の三人はさつきが暴れられるよう、フォローすること。さあ、勝負はここからよ!」

 指揮官の命令に、全員がうなずいた。第三クオーターが始まり、幻舟がボールを小太郎に渡す。すでに相手ゴール下にいるさつきめがけて、矢のようなパスを出した。

「いけ、お前が反撃の狼煙を上げろ!」

 鬼神が叫ぶより早く、さつきは宙を飛んでいた。代名詞のスカイフックが炸裂する。後半開始わずか五秒で、あっさりゴールが決まった。

「よし!それでこそうちのセンターよ!」

 真琴が手をたたいてチームを鼓舞する。すぐに青雲は自陣に戻り、ゾーンを敷いた。

「落ち着け!まだまだうちがリードしているんだ。じっくり攻めていけばいい!」

 厚木の監督、奥寺が叫ぶ。だが、ガードの下田からあっさり小太郎がボールを奪い、速攻に出た。

「このチビ、うたせるか!」

 フォワードの西村が戻り、コースをふさぐ。だが、後ろから走りこんでいたさつきに小太郎がパスを出し、難なくレイアップが決まった。

「すげえ、あの身長で……速い!」

「あれが天野のすごさだ。並みのセンターとはスピードが違う」

 観客がどよめく。たった二ゴールを決めただけで、ゲームの流れが変わった。厚木はじっくり時間をかけて攻めようとするが、幻舟と小太郎がそれを許さない。ボールを奪うとすぐにさつきがシュートを決め、さつきにマークが集中すると鬼神と小太郎が得点を重ねる。後半開始五分で青雲は一五得点を上げ、厚木はメンバーを変えるが焼け石に水。特にさつきのプレーは冴えわたり、伝家の宝刀、スカイフックが決まるたびにスタンドが揺れた。

 終わってみれば八三対六七。後半だけでさつきは二八得点を上げ、遅刻を帳消しにした。

「ふーっ、どうなる事やら心配したけど、やっぱりさつきがゴール下にいると違うな」

 幻舟は由奈から渡されたドリンクを飲みほした後、後半の立役者をねぎらった。

「さてと、これで残るは決勝リーグだけね。その前に……」

 真琴は腕組みをしたまま意地悪そうな顔をさつきに向けた。

「こんな大事な試合に遅刻した犯罪者にラーメンをおごってもらおうかしら」

 全員の視線がさつきに集まった。言葉を失い、頭をかきながらさつきは財布を取り出した。

「わかりました。幸い今月のこづかいが残っているから何とかなると思います」

「おい、お前、本気にしてるのか?」

 あきれた声を出したのは鬼神だ。その横で小太郎が腹を抱えて笑っている。

「なーんてね。冗談よ、わたしが高校生におごらせるわけないでしょ。さあ、お姉さんが自腹を切るからさっさとラーメン屋に行くわよ」

 全員が爆笑する中、さつきはあんぐりと口を開けた。

「真琴さん、ジョークが過ぎますよ。まったく、人が悪いんだから」

「何いってんの。あなたが時間を守っていれば試合は楽勝だったんだからね。これくらいで済んで、感謝しなさい。だいたい、遅刻の理由はなんなの?」

「不良学生に暴力を振るわれた男性を助けただけです」

「ふふ、あなたらしいわね。でも、そういうところ、ここにいる全員が好きだと思うわよ」

 真琴はいたずらっぽく笑っているが、正直、これでおしまいだと半ばあきらめていたところだ。やはり五人そろっての青雲。それを改めて認識し、内心では泣き崩れたいほどの安堵感を抱えていた。

 その様子を、神奈川の王者、横浜西のメンバーが見守っていた。キャプテンの槙原以下、コートを去っていく青雲を見つめる視線は真剣だ。

「さて、これで役者はそろったな」

「そうだな。しかし、最後までハラハラさせてくれるぜ」

 槙原の言葉に応えたのは金田だ。桑谷がビデオカメラをしまう。これで青雲の戦力は丸裸。百戦錬磨の監督、斎藤がどう采配を振るうか、五人の信頼はゆるぎない。

「桑谷、浅野、青雲戦でカギを握るのはお前たち二人だ。特に大杉のパスを封じなければ俺たちとて危うい。頼んだぞ」

「わかるけどよ、ゴール下はいいのか?天野、岩倉、西園寺。かなり手ごわいと思うけどな?」

 キャプテンの言葉に反論したのは桑谷だ。それに対し、槙原は素っ気なかった。

「天野のフックは確かに脅威だが、金田との競り合いでうちが負けるとは思わない。岩倉と西園寺はすぐ頭に血が上る。適当に挑発すればファールで自滅するだろう」

「ずいぶん簡単に言うねえ。まあ、お前は一年の時から有言実行だからな。浅野、この間のセリフ、覚えてるよな?」

「もちろんです。大杉は俺がきっちり抑えます。桑谷さんこそ、あんな小さい一年に負けないでくださいよ」

「はは、それなら心配無用だ。これでもうちのディフェンスリーダーだからな。お前こそ、いいパス期待してるよ」

 王者の貫録たっぷりに、五人は客席を後にした。


ついに、インターハイの切符をかけた決勝リーグが始まった。

 激戦を生き残ったのは横浜西、相模原商業、鎌倉学園、青雲の四校。

 このうち、全国へ進めるのは二校だけである。

 大方の予想通り、王者、横浜西が圧倒的な強さを見せ、相模原と鎌倉を下した。

 一方、青雲も危なげなく勝利を収め、最後の試合を残して全国行きを決める。

 だが、両者にとってはここからが正念場だ。十年以上神奈川の頂点に君臨する横浜西に、負けは許されない。

 全国制覇を目指す青雲も、二位で通過など屈辱だ。プライドがぶつかり合う最終戦に、神奈川はもとより、他県からも強豪校の偵察部隊が押しかけた。


「さてと、いよいよこの日が来たか……」

 決戦の舞台に、遠藤と久美子も乗り込んできた。遠藤は心中穏やかではない。中学時代から親交のあった青雲。一方、横浜西のメンバーも知り尽くしている。どちらが勝っても手放しでは喜べない。久美子は、師匠がいつになく真剣な表情を浮かべているのを察して、何も言わなかった。

(天野選手……あなたの勇姿、しっかり目に焼き付けておきますよ……)

 久美子は食い入るようにコートを見つめていた。

「それでは、これより横浜西高校と青雲高校の試合を始めます」

 アナウンスが響くと、観客のどよめきが静まった。

 審判がボールを上げる。さつきと金田が競り合うが、わずかの差でボールは幻舟の手に渡った。だが、さつきは今までにない違和感を察知していた。

(このセンター、本気で飛んでいないな。しかも僕に体をぶつけてきた。挑発するつもりか?)

 横浜西はマンツーで当たってくる。幻舟に浅野、小太郎に桑谷、雅和に堀川、鬼神に槇原、そしてさつきには金田。

「真琴さん、うちにマンツーで当たってくるということは……」

 由奈が心配そうに指揮官を仰ぎ見る。

「ええ、これまではほとんどゾーンで対応されてきた。一人で幻舟を抑えきれるガードは全国でも多くないわ」

「相手の浅野さん、二年生らしいですが」

「相当自信があるようね。なら」

 真琴は両手をたたいてハッパをかけた。

「さあ、幻舟!なめられているわよ!あなたの実力を見せつけてこい!二年生に負けたらただじゃおかないわよ!」

 言われなくとも、幻舟は単独で浅野を突破するつもりだった。相手の身長は一八一センチ。ガードとしては小さくないが、もちろん高さでは幻舟が有利である。通常、浅野の頭越しにゴール下の両エースにパスを入れる状況だが、全員がぴったりマークについて、スキがない。となれば、ドリブルで切れ込み、チャンスを作ればいいのだが、浅野は両手を広げ、腰を落とし、幻舟のドライブを許さない。あっという間に二〇秒が経過した。

「おい、大杉が何もできねえぞ!」

「あの二年、さすが横浜西のレギュラーだ。一人で青雲の司令塔を封じている」

 スタンドがざわついていた。時間ギリギリで幻舟は鬼神にパスを出すが、あっさり槇原にカットされた。


「みんな、落ち着いて!相手は神奈川の王者よ。簡単に勝てるレベルじゃない。声をかけ合って!」

 由奈が浮き足立っている五人に冷静さを持つよう、促した。すぐに戻ってディフェンスにつく。だが、横浜西のうち、ゴール下にいるのは金田と堀川だけだ。あとの三人はアウトサイドに陣取っている。久美子は疑問を持った。

「横浜西のゴール下、二人だけですが、これで青雲の強力なインサイドに対抗できるのでしょうか?」

「それは見ていればわかるよ」

 遠藤は落ち着かない様子だった。久美子はハッとして、横浜西の意図を読んだ。

「これはひょっとして……」

「そう、浅野、桑谷、槙原は3Pシューターだ。特に槙原は一八四センチと特に大柄ではないが、ガードからインサイドまでこなすオールラウンダー。彼を封じない限り、青雲の勝ちは難しい」

 ベンチの斎藤は不敵な笑みを浮かべている。まるで青雲の作戦などお見通しと言わんばかりに余裕たっぷりだ。

 ボールを持ったまま、浅野はコートを見渡した。さすが青雲、簡単にパスは出せない。幻舟は慎重に距離を取り、ドリブル突破も難しい。

 と、浅野はシュートのモーションに入った。幻舟がブロックするより早く、ボールは宙を舞った。

「リバウンド!」

 真琴が叫ぶが、無情にもネットは揺れた。いきなりの3Pだ。

「くそ!」

 幻舟は唇をかんだ。無警戒だったわけではない。パス、ドリブル、シュートすべてに対応したはずだ。しかし、結果的に浅野を止められない自分が情けない。そんなキャプテンの心情を察して、さつきが声をかけた。

「幻舟、気負わないで。ミスは全員で取り返す。それが僕らの強みでしょう?」

「ああ、わかっている。どんどんパスを入れるから頼んだぞ」

 青雲の攻撃。またしてもマンツーで横浜西はつぶしにかかる。幻舟は浅野のマークに苦しみながらも、なんとかさつきにパスを出した。

「いけ、お前のフックで相手を黙らせろ!」

 鬼神が怒鳴り散らした。さつきは体を反転させ、シュートの態勢に入る。だが、金田があからさまに体当たりし、審判の笛が鳴った。


「ディフェンス、プッシング。ツースロー!」

 しりもちをついたさつきに、金田は不敵な笑みを見せた。

「悪いな。お前のフックを止めるにはこれくらいしかできねえんだ」

 さつきはらしくもなく頭に血が上るが、すぐに冷静さを取り戻した。

「天野選手は自分のフックを止められるセンターは神奈川にはいないと言っていましたが……」

 久美子はノートをめくって確認する。

「遠藤さん、今のファール、わざとですね?」

「ああ、金田も優れた選手だが、さすがに天野のフックは防げないだろう。意図的にファールし、相手の苛立ちを誘う作戦だ。華麗にフックを決められたら流れは変わるし、観客を味方にできる。それを封じるつもりだろう」

 さつきは難なくフリースローを決める。横浜西の攻撃になり、浅野はゴール下の堀川にパスを出した。

「こいやあ!わしをなめるなよ!」

 雅和は気迫のこもった声を上げた。が、堀川はあっさりパスをさばき、桑谷が受け取ってすぐにシュートを放つ。

 今度は真琴が叫ぶ時間すらなかった。美しい放物線を描いたボールはネットをくぐり、桑谷は満足そうに笑った。

「まあ、こんなもんだろ。おい、岸川といったな?俺を止めるのは簡単じゃないぞ。どっちが神奈川ナンバーワンシューターか、白黒はっきりさせようぜ」

 桑谷の軽薄な言動に、小太郎はカチンときた。だが、相手との身長差は一七センチ。しかも今のシュートは3Pラインからかなり離れていた。もちろん、まぐれなどではない。はっきりしているのは、自分がシュートを決めるのも、相手の攻撃を防ぐのも容易ではないということだ。

「まずいですね……このままでは試合の主導権は相手に渡ったきりでは?」

「由奈ちゃん、心配しないで。あの子たちはここで負ける器じゃない。敵が強いほど、燃える連中なんだから」

 真琴は優しく微笑むと、大声を出して選手を鼓舞する。

「さあ、まだエンジンがかからないか?ここで負けるようなら全国制覇なんて夢のまた夢よ!ビビッてないで自分のバスケをやりなさい!」

 とても二十歳の女性とは思えないほど、真琴の怒声は迫力がある。幻舟はその声に背中を押されるように、力強く浅野を突破しにかかる。

「よし!それでこそ青雲の四番よ!」

 真琴はこぶしを握った。だが、幻舟がドリブルで切り込む先に、槙原がいた。激しくぶつかり合う。審判の笛が鳴った。

「オフェンス、チャージング!」

 遠藤と久美子も言葉を失った。完全に幻舟が浅野を振り切った次の瞬間、槙原がコースをふさいだ。明らかな連係プレー。さつきや鬼神も呆然としている。

「おい、あの大杉がファール取られたぞ……」

「ああ、さすが横浜西というか、完全に青雲の攻撃を読んでいるな」

「天野のフックもファールで消えたし、岩倉もまだ一点も取っていない」

 観客のどよめきが大きくなる。期待していた青雲のスーパープレーがことごとく粉砕されている。ベンチの斉藤はにやりと笑った。

「さあ、どうするかね、長谷川監督?いかにスターをそろえてもうちの組織を崩せると思ったら大間違いだ。たった五人でここまで来たことは評価するが、あいにく神奈川のトップは譲らんよ」

 そして、じりじりと横浜西のペースで試合は進んでいった。


 前半が終わった時点で、スコアは五一対三七。大きく横浜西がリードしていた。青雲の攻撃は精彩を欠いている。ダブルエース、さつきは一〇点、鬼神は九点、小太郎に至ってはいまだ3Pが決まらず、六点で終わった。ひとり気を吐いたのが雅和で、両軍トップの七リバウンドを取り、インサイドから八得点。明らかに意気消沈している五人に、真琴はしばし無言だった。

「……みんな、わかっているわよね?相手が今までで最強のチームであり、それを超えないと全国では勝てないことを」

 そう、幻舟たちにとってこの日がゴールではない。目標はインターハイ優勝。そのために、今まで厳しい練習をこなし、特に一年生コンビはめきめきとレベルを上げた。しかし、真琴が不満なのはリードされていることではない。五人が気負いすぎ、相手のペースにのまれてしまっていることなのだ。

「真琴さん、僕に考えがあります」

 幻舟が低い声を出した。真琴たちはいつになく緊迫した表情の幻舟に迫力を感じた。

「考えって、なに?」

「別に特別なことじゃありません。少しプレースタイルを変えるだけです」

 さつきと鬼神も意味が分からなかった。あっという間に時間が過ぎ、後半戦が始まった。

「岩倉さん、大杉さん、どういうつもりですかね?」

 小太郎も心配顔だ。鬼神も首をひねった。

「よくわからないが、俺たちはあいつのパスをゴールに入れるだけだ。気にするな。あいつなりに打開策を思いついたんだろう」

 横浜西のボールで試合が再開した。青雲は前半と同じく、1-3-1ゾーンで外角のシュートを警戒する。浅野がボールを運ぶと、幻舟がぴったりとマークについた。

(なんだ?前半と雰囲気が違うぞ?)

 浅野は長身の幻舟に押されて、ドリブルもパスもできない。桑谷がヘルプに行き、浅野がボールを下げる。だが、幻舟はそれをあっさりカットした。

「おお、すげえぞ、大杉の奴!」

「前半は浅野にやられっぱなしだったのに、いよいよ本気モードか?」

 スタンドがわいている。横浜西はすぐに戻り、青雲の速攻を許さない。ボールを持った幻舟は突き刺さるような目つきで浅野をにらんでいる。内心、浅野は気圧された。

 幻舟がドリブルで突破を図る。浅野は必至で食らいつくが突破され、幻舟は一八八センチの体格を感じさせないスピードで、ゴール下に切れ込んだ。

「来い!シュートは打たせん!」

 槙原が鬼の形相で立ちはだかる。が、ここで幻舟は意表を突いた。槙原を無理に抜こうとせずに、後ろにステップして、ほぼノーマークでジャンプシュートを放った。

「なに?」

 横浜西のメンバーはもちろん、遠藤や久美子も目を見張った。時間がゆっくりと流れ、鮮やかなシュートが決まる。

「げ、幻舟……」

 真琴はまばたきした。眠れる龍がついに覚醒。例えればそんなところだろうか。はっきり言えるのは、このプレーで試合の流れが一変したことである。

「遠藤さん、大杉選手のシュート、横浜西は何もできませんでしたね」

「ああ、全国でも屈指のディフェンスを誇る彼らをほんろうしたな。これで横浜西も対応を変えざるを得ない。大杉に自由に打たせたらこの程度のリードはすぐになくなる。かと言って彼のドライブを警戒し、ゴール下を固めたら今度はパスで攪乱されるだろう。ここからが本当の勝負だ」

 遠藤の指摘は的中した。まるで別人になったように、幻舟はコートで躍動する。浅野は死に物狂いで食らいつくが、一人で幻舟を止めるのは不可能。試合の行方は分からなくなった。

「慌てるな!この程度でうろたえてどうする!しっかり一本返し、どちらが優勝にふさわしいか、勝負をつけろ!」

 斉藤が大声を張り上げる。槙原が浅野に声をかけた。

「お前のミスじゃない。大杉を単独で止めようと思うな。桑谷と俺がフォローするから、自分のプレーに集中しろ」

「はい」

 浅野はうなずいたが、プライドを傷つけられたのも事実だ。ゆっくりとボールを運び、ゴール下の堀川にパスを出した。その前に雅和が立ちはだかる。

「ふん、一年坊主が俺たちに対抗するつもりか?」

 堀川はミドルシュートを放つが、リングにはじかれる。リバウンドを制したのはさつき。すぐに幻舟にパスを出したが、横浜西の戻りも早い。

「この一本は止めるぞ!簡単にシュートを打たせるな!個人技はともかく、組織力はうちが上だ。連携してディフェンスすればいい!」

 槙原が指示を出す。幻舟は再び浅野と対峙するが、左右には桑谷と槙原がより、突破は難しい。と、鬼神が手を挙げている。青雲の大黒柱は不敵に笑った。

「かましてやれ!」

「おうよ!」

 弾丸のようなパスがリングの上に飛んだ。それを空中でキャッチし、鬼神は十八番のダンクを決めた。ゴール下の金田、堀川は何もできず、茫然としている。

(なんだよ、これが青雲のコンビプレーか……!)

「出たよ、アリウープ!」

「岩倉の破壊力は抜群だな!本当に高校生か?」

「いや、大杉のパスがすごいんだ。少しでもタイミングがずれたら台無しだからな。これで横浜西は苦しくなったぜ?」

 客席は徐々に青雲を称賛し始めた。斉藤は苦虫をかみつぶしている。槙原の言うとおり、個人技で攻められたら分が悪い。前半は浅野が幻舟を封じたため、大量のリードを奪ったが、幻舟が持ち前の突破力を発揮すると、浅野一人で止めるのは無理難題だ。かと言って、ダブルチームに行けば小太郎や鬼神がフリーになる。

「よーし、このクオーターで試合をひっくり返すわよ!今度はディフェンス!相手は浮足立っているから、一気にたたみかけよう!」

 真琴の声が明るい。五人が生き生きとプレイしているのを見られるのは、無上の喜びだ。横浜西は槙原を中心に反撃を試みるが、青雲のゴールした三人は鉄壁の守りを見せた。浅野、桑谷の3Pもリングにはじかれ、リバウンドも青雲が圧倒する。第三クオーターが終わった時点で、スコアは六八対六五。かろうじて横浜西がリードを守るが、流れは明らかに青雲に傾いていた。

「さあ、斉藤監督はどうするかな。何か手を打たないと三点のリードなどすぐに返される。メンバーチェンジという手もあるが、それはそれでリスクが大きいね」

 遠藤は落ち着いた語り口で言った。久美子はノートに書いたデータを振り返った。

「第三クオーターで青雲は一四点のビハインドを三点まで詰めてきました。シュート成功率は横浜西が三七パーセント、青雲が六五パーセントです」

「ほう、そんなことまで把握していたのか。君も一人前だな」

「いえ、これも遠藤さんのおかげです。まだ満足できる段階ではないので、厳しくご指導ください」

「謙虚だな。しかし、最大の功労者は青雲の彼じゃないかね?」

 遠藤はにやにや笑いながら、コートのさつきを指差した。久美子は赤面する。

「ち、違います!天野選手とは一緒に散歩して、お茶と食事をごちそうになっただけです。だいたい、わたしなんかをあの人が相手にするわけないでしょう?」

「どうかな?案外年上の女性が好みかもしれないが……」

 遠藤は言葉を区切り、再びコートを見つめた。

「今はその話をする状況じゃないな。まあ、試合が終わったらじっくり聞かせてもらうよ」

 どこまでも追及する遠藤に、久美子は頭を抱えた。

 ベンチに戻った横浜西のメンバーは、屈辱感をあらわにしていた。浅野は疲労困憊で、桑谷の口数も少ない。槙原は無表情だ。金田、堀川は憮然としている。

「さすがに全中を制した三人は手ごわいな」

 斎藤は落ち着いた口調で言った。今まで幾多の試練をくぐり抜けてきた名将も、幻舟たちの鮮やかなプレーには脱帽といったところか。槙原が汗を拭いながら指揮官に正した。

「監督、このままでは追いつかれるのは時間の問題です。打開策が必要だと思いますが」

「そうだな。まさか全国の前で出すとは思わなかったが……」

 斎藤はベンチに座っている少年に声をかけた。

「塚本、アップは出来ているな?」

 少年はすぐに答えず、ボサボサの頭をいじりながら立ち上がった。

「いつでも。ただし、俺は好きなようにやらせてもらいますよ。相手が誰であろうとね。その条件さえ飲んでくれれば、このゲーム、必ず勝ちます」

「ふん、お前らしいな。いいだろう。桑谷、悪いが交代だ。浅野、槙原、ボールはなるべく塚本に渡してやれ。ゴール下は金田と堀川で問題ない。以上だ」

 ブザーが鳴った。真琴がおやっと言いたげな目つきをしている。てっきり不動のスタメンでくると思いきや、横浜西はシューターを変えてきた。

「初めて見る顔ね。一年生かしら?」

「それにしても、これまで一八得点の桑谷を変えてくるなんて、思い切った采配ですね」

 さつきが冷静に言う。由奈がノートをめくって報告した。

「一五番の選手、塚本誠司、一年生です。一八〇センチ、六九キロ。今大会は出場なしですが……」

「ふん、さしずめ最終兵器かよ。どうってことない。幻舟、一気に決めるぜ」

 鬼神の強気な発言にうなずいたが、幻舟はどこか不安感を覚えた。

 青雲のボールで最後の一〇分がスタートする。幻舟はドリブルをしながら突破を図るが、いきなり浅野と塚本のダブルチームにあった。

(やはり鍵を握るのはこの一年か?)

 そこは青雲の司令塔、簡単にボールは渡さない。しかし、パスコースを塞がれ、小太郎がヘルプに行った。

 幻舟がボールを戻す。それを狙いすましたように、塚本がスティールした。そのまま無人のコートを駆け抜け、軽くジャンプすると、右手でダンクを決める。

「なんだあ、あの十五番!」

「大杉からあっさりボールを奪った!」

「それより、あのダンクだよ!大してでかくないのに、すげえジャンプ力だ!」

 スタンドが揺れている。さすがの幻舟も、いきなり一年生にスーパープレーを見せられて、唖然とするしかない。

「やってくれるじゃない、斎藤監督……」

 真琴が腕組みしながら低い声を絞り出した。由奈がコートの五人に声をかける。

「みんな、ここからが本当の勝負よ!集中力を切らさないで!」

 さつきが幻舟の肩に手を置いた。

「今のは仕方ないですよ。僕らを信じて、全員で勝ちに行きましょう」

「ああ、わかってる。青雲のダブルエースを本気にさせたらどうなるか、思い知らせてやろうぜ」

 幻舟は再びボールを運ぶが、やはり浅野と塚本がぴったりマークにつく。パスを出そうにも、さつきには金田、鬼神には槙原、小太郎へのコースは塞がれている。

(くそ……)

 ジリジリと時間が過ぎてゆく。と、雅和がゴール下から大声を出した。

「大杉さん、わしらを信じてください!リバウンドは確実に取るから、どんどんシュートを打って!」

 残り七分という時期に、雅和は元気いっぱいだ。それに応えて、幻舟はドライブにかかる。

「なめるな!」

 浅野がきっちりコースを塞ぐ。が、幻舟は急ストップすると、斜め後ろに飛びながら、鮮やかなシュートを放った。

「え?」

 金田と堀川がリバウンドに備えるが、さつきと雅和がスクリーンアウトをかけている。ボールはゆっくりとゴールに吸い込まれた。

「よおおし!」

 鬼神が雄叫びを上げる。殊勲の司令塔とハイタッチし、雰囲気は上々だ。

「見たか、今のシュート……」

「トップスピードからいきなり後ろに飛んで決めるなんて」

「あれが青雲の四番、大杉幻舟だ」

(大杉め……流れをうちに渡さない気か)

 斎藤は眉を寄せた。塚本の豪快なダンクと対照的な、幻舟のテクニカルなフェイドアウェイシュート。これで試合の行方は混沌としてきた。とっては取り返す。ゴール下は壮絶なボールの奪い合い。こういう展開ではひとつのミスが命取りだが、ついに幻舟をマークしてきた浅野の集中力が切れてきた。残り一五秒、ゴール下で手を挙げたさつきに、最高のパスが渡る。さつきは金田のブロックをかいくぐり、十八番のスカイフックを決めた。スタンドが歓声で揺れる。

「きたよ、天野のフック!」

「こりゃあ、横浜西は痛いぞ。今のは二点以上のダメージがあるからな」

 観客の言うとおりだった。エースの一撃で青雲の士気は上がり、横浜西のメンバーにはどっと疲労がのしかかる。これが決勝点になり、試合終了。スコアは八三対八二で青雲の勝利。

「くそお!」

 叫び声を上げて泣き崩れたのは浅野だった。二年生にして司令塔を任され、幻舟を封じるつもりが、後半はまるで通用しなかった。人目をはばからず悔し泣きする後輩を、槙原がねぎらった。

「お前のせいじゃない。よくやってくれた。俺たち三年の責任だ。気持ちはわかるが、負けを認めるのもひとつの勇気だと思う」

「はい……全国では必ずこの借りは返します……もっともっと練習して……」

 涙で顔をグシャグシャにする浅野と対照的に、桑谷と塚本はあっけらかんとしていた。

「まあ、今回はあいつらに花を持たせておくか。全国で当たる保証はないが、仮にそうなったら叩き潰すだけだ」

 まるで練習試合が終わったかのような、桑谷の口調だ。塚本も悔しさなど見せない。何も言わないが、自分がスタメンだったら勝っていたはず。表情がそう語っている。堀川、金田は無言で立ち尽くすだけだ。

 両軍のメンバーが整列し、一礼する。盛大な拍手が観客から送られ、全力を尽くした選手たちは客席に手を振って答えた。

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