03-113 密着レティシア
休みはもらったが、時にやることはなかった。
長いこと空けていた家の掃除は、キーパーさんがしてくれているので特にすることはない。独りで住むには広すぎるし何か思い出があるわけでも無いのだが、処分するのも躊躇うものだ。
ゲームなんかは船に置いてきた。アカリは据置派だったので、いまさら携帯機器のゲームのような軟派に手を出すことはしたくない。
主任からいわれていたデートは、そもそも連絡先がわからない、事にしているので選択肢にもならない。家は覚えているから、コンプライアンス違反とかではないと思うが、さすがに訪ねていくのは良くないことはアカリにだってわかる。
年中天気のいいトレジエムの青い星だが、その中でもこの時期はちょうどいい。あまり柄ではないが、散策でもしてみようという気持ちになった。降りてきてから、トレーニングもさぼっているし、そう言う意味では歩き回るのも悪くない。もしかしたら徘徊癖のあるレティシアと出会えるかもしれないと、アカリは少しの期待を持っていた。
家を出るとまずは近くの公園に向かう。記憶の通りだったら公園から少し奥に行けば、簡単なハイキングコースがあったはずだ。そこを歩いて町に行けば、負荷的にも時間的にもちょうどいいだろう。
公園ではいろんな人が思い思いにくつろいでいた。綺麗に刈そろえられたシバフではレジャーシートを広げてピクニックを楽しむ家族連れ。犬の散歩をしている人。疲れきって空をずっと眺めている人。大きめの池ではボートも出ていて、公園はのんびりと賑わっていた。
池の向こうの小山にハイキングコースがあって、近づくにつれ人は少なくなってきた。実はアカリには丁度良いのだが、普通の市民には若干ハードなのだ。汗をかくこともなく、山道を登っていくと山頂にでた。そこは少し広くなっていて、展望広場が作られていた。展望広場からは町の全貌がよく見えた。軌道ロープウェイの駅とこれから向かう周辺の繁華街もそれほど遠くない。
「さてどんどん行くか」
水分を補給して、下りルートに向かう。
小さな山小屋の売店の横を通るとき、自分をじっと見つめている視線に気付いた。スプーンを口にくわえたレティシアだ。
まさかそのまま通り過ぎるわけにもいかない。ばったり偶然会えたらいいなとも思っていたが、こんな山の上は想定外だ。
近づいていいんだろうか。本人は気にしていないみたいだが、レティシアの美貌は小さな山小屋の売店の中で雰囲気の異なる空間を作りだしている。やましい気持ちで近付けば浄化され消えてしまいそうだ。
本当の町歩き程度の軽装、装備というか昨日の服みたいに可愛い町歩き服だ。
「レティシアさん、こんにちは。こんな所で会うなんて、珍しいね。というか僕の方が珍しいのかな?」
山頂にいる人の数は少ないけれど、それでも視線の中レティシアに近付き、結界に一歩踏み込んだ。
レティシアは座っていた椅子から一歩分飛び下がった。
「え?」
もう一歩近付くと一歩分飛び退く。完全にナンパ青年から必死で逃げる構図だ。周囲の視線も冷たく感じる。
「……じゃあまたね。ごめんね食事の邪魔して」
ここは潔く去るべきだった。少しは親しくなれたと勘違いしていたようだ。自分でも意外なほど落ち込んでいる。
「違うの!そうじゃなくて!」
なるべく早くこの場から立ち去りたいアカリ。呼び止められたと気付くまで少し掛かった。ギャラリーは展開が変わったことを察知して身構えた。
「違うの……ちょっと汗かいてて、恥ずかしくて」
カワイイが来た!山小屋の中は静かに盛り上がった。ナンパ野郎のアカリの株は反転、ピュアカップルの片翼に認定された。当のアカリは意味が分かっていない。拒絶されたのではないことは理解できるが、汗をかくことと恥ずかしいことが結びつかない。宇宙軍あるあるである。かろうじて、今は近づいて欲しくないことはわかった。
「じゃあ外で待ってるよ」
「違うでしょ~!そこは君、全然気にならないよとか、君からは良い香りしかしないとか、実際この子良い香りしかしないし!そう言う普段言えない格好いい台詞言うところでしょ!!」
まさか周りの人からそんな注意をもらうとは思わなかったアカリ。戦場では決してしないような隙を見せてしまった。
レティシアは耳まで真っ赤になって必死で手招きしている。来るなとか来いとか、難しいものだ。
おそるおそるレティシアに近づくと、彼女が激しく叩いている長椅子の隣の席に座った。
「もう、アカリさん恥ずかしい!」
「僕が悪いのか?」
「違うけど~!」
レティシアは両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
気が付けば周りの人々、先ほどアカリに助言をくれた女性さえ、何も起きていなかったのように、静かに店内を物色している。さっきみたいに何か助けてよと、アカリがじっと見ていると。
「すまないね、君に逢えたのが嬉しくて、つい無遠慮に近づいてしまった」
と書いたパネルが出てきた。読めと言うのだろう。
助けを求めておいて断るというのは、宇宙では絶対してはならない。アカリは素直に読んだ。結果、レティシアは倒れ伏してしまったが。
なかなか復活しないのでアカリはレティシアを背負って帰ることにした。ギャラリー達は心配したが、アカリの体幹の強さと靴底から飛び出した爪を見て、納得してくれた。意識のない人は妙に重いと言うが、レティシアは兵糧の無くなった行軍ランドセルよりも軽かった。
レティシアは街ではちょっとした有名人らしく、彼女の知り合いを知っている人もすぐに見つかって、公園の入り口まで迎えに来てくれることになった。
待ち合わせまで一時間以上あった。これくらいの山ならば三〇分もあれば安全に降りることが出来るが、万が一のことがあってはならない。アカリは時間をかけて慎重に降りた。
背負うというのは、前の二輪車の時とは違う。レティシアの上半身全てがアカリの背中にかかってくるのだ。胸もお腹も太腿も。重さと温かさをもって密着してくるのだ。
「レティシアさん起きてるかい?」
たまに問いかけてみるが、返事はない。ただその時は意識がないはずの彼女がしがみつく力が少し強くなる。レティシアの呼吸と香りが近づく。レティシアの身体が触れている背中が熱くなる。アカリは下山を少し急ぐことにした。このままでは理性が保てない。
役得だと思う自分もいるのだが。
マリーはレティシアの数少ない友達だ。地元民でもある。放浪美人のレティシアと仲良くしているのもよく目撃されている。結果として救出係に抜擢されたのだ。
今日は近所の大学で宇宙考古学の講義なのだが、ちょうど皆で休憩していたところにご近所さんから連絡が入った。
「レティシアが彼氏の台詞に撃ち抜かれて瀕死らしいので、助けに行ってくる」
「何それ?どんなリアクション芸だよ」
「レティシア、彼氏いたの?」
「あ、たぶんあの人じゃないかな?この間マラソンのボランティアの時の」
「あんみつおごってくれた、あの人」
「ナニソレ、めちゃ良い人じゃん」
「船長さんだよ」
そのようなことがあって、アカリと連絡を取り、公園の山側の入り口付近で待つことに決まった。
しばらく待つと、アカリに背負われているレティシアが見えてきた。予想よりかなり早い。マリーは状況を一瞬で理解した。
「おー来た来た。レティシアめ……上手いことやってるな。あの子がこんなに積極的だとは思わなかったね」
レティシアは青年の背中に完全により掛かっていた、いや抱きついていた。密着だった。気を失っているという事なので仕方ないというつもりか。
あんな事されたら、自分だってたまらん。彼にやられたと聞いていたが、攻守が完全に逆じゃないか。
「ゴメン、急にお願いすることになって」
青年はこちらを覚えていたようだ。ほとんど迷わずこちらに向かってきた。
「良いですよ。レティシアがご迷惑をかけ続けていますねこちらこそすいません」
「ああ……迷惑ではないんだけど、ちょっと困るね」
「結構正直なんですね。まあこの子結構良いものを持っていますし」
レティシアがビクッとした。起きてるじゃない、やっぱり。
青年はレティシアを器用に抱き換えて、そっとベンチに座らせた。
「では、すいません。レティシアさんをお願いします」
「ええ」
去り際、青年はレティシアをしばらく眺めて、少し笑って言う。
「起きてたらこの後お昼でもと思ってたけど、仕方ない。まぁ逢えただけ嬉しかったよ。じゃあね」
青年はまた山に登っていった、山が好きなんだろう。レティシアが起き出して追いかけてくるシチュエーションを潰したのかもしれないが。
「ほら、彼行っちゃったよ。目、開けなよ」
「……知らない。今気が付いたから何のことか分からない」
「ほらほら、また顔真っ赤」
「う~アカリさんはアホだ……」
「さ、行くよ。何があったか聞かせてもらうよ。と言うか、あんたがアホよ」




