03-112 強襲レティシア
アカリの本日の仕事は事務所でのデスクワークだった。作戦行動の報告書を書く必要があったため、書類作業はそこまで苦手とはしていない。しかし当然軍務の報告書と企業実務書類との違いは大きいし、普段宇宙周りの仕事をしているアカリがまともに作業できるとは誰も考えてはいない。ありがたいことに。
恐ろしく古い紙の書類を裁断機に掛けていく。チェックは他の誰かが既に済ませていて、アカリは本当に処分するだけの係だ。こういう時間と気力だけを奪っていく作業も大事なものではある。
「こんな三百年前の紙の書類なんて、歴史資料なんじゃないだろうか。いいのかな捨てても」
船であれば転換炉一直線のゴミも、地上ではいったん収集されるため、機密書類などは裁断して運搬されることが多かった。
アカリは朝から既に百キログラムもの書類を処分していた。パワーと集中力は人並み以上ある。本社はこの業務に二日ほど見ていたが、今日にも終われそうだ。まだ午前中なのだが明日は休みでも取るか、などと考え出していた。
「アカリ君、ちょっと休憩行こうか~」
「行くよ、ちょっと待って」
裁断機の電源を切って、誘いに来てくれた男性社員の後を追いかける。
同じフロアの社員揃って建屋の外で休憩だ。今日は晴れていて気持ちがいい。
地上組と宇宙組は部門間の連絡としては普段から頻繁に取り合っているため、全員が顔見知りだ。しかし宇宙組が地上組に混ざって仕事をすることは無いので、皆アカリへの興味が隠せないでいる。経歴と出自が少し特殊だが、アカリ自身が好青年のつもりなので今のところ関係は良好だった。
敷地のフェンスにもたれながら、ドリンクを飲む。
「もう二週間になるかな?地上はどうだい」
「広くて暖かいね。あと重力がちょっと強いかな」
だからといって疲れるわけではないが、感覚として重いのは解る。
「ステーションはずっと明るいし、室温もほとんど変わらないからさ、快適だけどね。どっちが良いとかじゃないけど、全然、違うな……」
「どうした」
アカリの視線が自分から外れた事に気付いた同僚が、アカリの視線の先を見た。レティシアだ。
「うわ、すごい美人……」
「そうだな……」
今日のレティシアはジャージとか徘徊着ではなく、雑誌のモデルが着るような少し大人びた綺麗な服だった。アカリの視線に気付いて、うれしそうに手を振ってくれるが、仕事中なのかこちらに近づいては来られないようだ。アカリはレティシアに軽く手を振った。
「アカリ君、あの子と知り合いなのか?」
「レティシアちゃんじゃない?モデルの。この辺で撮影なのかな」
女性も男性も大騒ぎだ。
「そうか、彼女はモデルの仕事をやっているのか」
「どこかの専属とかじゃないみたいだけど、割とよく見るわね」
「結構小さい頃から出てるよね」
「アカリさんはどこで知り合ったんですか?」
「お届け先だよ。僕が上で預かった荷物の届け先が彼女だっただけ」
「それにしては彼女嬉しそうだったぞ」
アカリはレティシアの手の柔らかさを思い出した。……つい先日は背中に密着されたのだった。それも思い出した。
「あ、なんかあった感じだぞ」
「ちょっと白状させるわよ皆」
取り囲まれてピンチのアカリを救ったのは、フロアの主任だった。
「いつまでやってるんだ?そろそろ戻って来いよ~」
その後もちょくちょく捜査の手が入ったが、アカリ自身レティシアが何故あんなに自分に気に入ってくれるのかわからないので答えようがない。
翌日の休暇は問題なく取れたが、レティシアとデートでもしてこい、というお達しが主任から出た。冗談だろう、休暇に条件を付けてはいけないのだ。
「とはいえ連絡先がな……」
実はアカリはレティシアの連絡先を知っていた。荷物を届けたときのデータが残っているのだ。ただそれを個人で使うと犯罪だが。
アカリさんと手を振り合った。
実は先に見つけてくれたのは、アカリさんだと知っている。視線の力ってすごい。アカリさんが私の姿に見とれていたのも何となくわかる。
今日の私は普段自分では着ないおしゃれ着だ。モデルの仕事、ファッションモデルとか凄いのではなく、普段着のモデルの仕事をたまに受ける。報酬をそのときの服でもらえたりしてお得だ。今日の夏用の白いワンピースも貰えることになっている。
私の戦闘力は今、きっとすごいことになっている!
そうだ、この後アカリさんを悩殺しに行こう!
「ここがアカリさんの会社?」
撮影現場の、この向きで、こう手を振ったからきっとここだ。配達用の車もいっぱいあるし、ここで間違いないはずだ。
しかしこんな格好の女がいきなり訪ねても、逢わせてくれないよね。怪しすぎる。どうしようか?冷静になれ。普通なら相手の職場には乗り込まない、そうだ帰ろう。でもこれ着てるところ見てもらいたいし……。
「君、ウチに用かな?」
ウロウロしてたら関係者に声をかけられてしまった、お終いだ!
「あれ?レティシアちゃんじゃない。アカリさんですね、呼んできますよ」
「エ?何で私の事……それにアカリさんって」
もしや既にアカリファンクラブで指名手配になってるのか、私!ヤバい、絶対異星人とか怪力とか、とにかく恐い人とかいるよ。
それにだけど、もうちゃん付けで呼ばれる歳でもないし。
「二人は付き合ってるんでしょ?」
受付の所で待たせてもらっていると、いきなり聞かれた。
「いや、ホント最近初めて逢ったばっかりで、私が勝手に来たというか」
どうしてそんな話に?というか、アカリさんがフリーなのがわかった。あんなに素敵なのにどうしてとは思うけど。これで私にもチャンスが……って違うよ、私はそんなのじゃなくていい。
「今日はちょっと服を見てもらいたくて来ただけで……」
「ギャー!ちょっとこの子可愛すぎる!」
びっくりした。私はあなた達が怖すぎます!アカリさんには逢いたいけど、逃げなきゃ駄目だ。幸い相手は二人。立ち方から見て素人だ。単純なフェイントでかわせる!的なことはわからないけど、この圧の中動く事が出来たなら脱出できそうな気がする。でも怖くて動けないんだよね……。アカリさん助けて。
「玄関で何騒いでんの?アカリを借りていくから、入るよ」
すごく自然に誰かが私達の間に割って入ってきた。イケメンだ!アカリさんよりイケメン度では上だ。でもこの人貧乏くじタイプだ。しかも引き慣れてそう。たぶん助けに来てくれた人に何て失礼な感想を!
「誰だ!」
「お前は……!」
「エムロードのシャルル!」
きっとテンションがおかしなままなんだろう。なんかのMANGAで見たような台詞だなぁ、確かやられる方。
「もういいよそれは、たまには違うコントで出迎えろよ。で、何の騒ぎだ。お客さんも来るんだからな、あんまり騒ぐとエレナをけしかけるぞ」
エレナって何!?二人を見ると本気で怯えてる。このイケメンエレナ使い何者だ?でも助けてくれたことには違いないのでお礼は言おう。レティシアはちゃんと感謝できる子なんだから。
「あの!ありがとうございました。助けてくれて」
「うちのが迷惑をかけたね、レティシアさん。悪気はなくて大騒ぎするから、タチが悪いんだ」
二人もゴメンねと言ってくれた。
「あ、ありがとうございます。私の事を知っているんですか?あなたは?」
「俺はシャルル。アカリの兄だよ」
「アカリさんのお兄さん?」
それにしては全然似てないな、イケメン具合。
「血縁はないけどね。で、どうして君のことを知っているかというと、アカリの過保護な姉達がすごい美人が弟の近くに出現したと騒いでいて、それで知ってるというわけ」
初めて知るアカリさんの家族関係。お兄さんはちょいワルを装う真面目な、残念カワイイ。お姉さんは私の事を既に調べ上げていて、過保護。コワイしかない。
「あ~、あいつ等はアカリを心配してるだけで、君をどうかしようとは思ってないから。根は悪い奴らではない」
「エレナが関わっている時点で、私達が手を出して良いことではないとわかったわ。遠くから見守るだけにしましょう。がんばってねレティシアちゃん。あなたのファンはやめないから!」
猛獣エレナは彼の姉……。いつかは私の前に現れる。怖いけど、それでもアカリさんと逢いたいという気持ちの方が今は強い。がんばっていい女になろう!
「ところでファンって何です?」
「服のモデルをずっとやってるだろ?見てくれている人がいて、応援もしてくれている。そう言う意味だよ。そうだろ?」
自称ファン姉さんはウンウン頷いている。
私もアイドルを目指せる所まで来たんだ。ちょっと感慨深い。
「もう良いかな?」
そういえば、アカリさんを呼びにいってくれたお兄さんがずっと待っていたんだ。ゴメンナサイ。
「アカリ君なんだけど、もう帰ったみたい」
えーっ、今のドタバタ全部無駄?
「主任が女の子のことで弄りすぎたとかで、拗ねて帰ったらしい。仕事は二日分済ませてから帰るのが律儀だなと、言ってた。明日も休むって」
何と!主任許すまじ……。
「せっかくアカリの帰りを狙ってきたのにな。まあいい、替わりに主任、マイクか?こういうのは大体あいつだな、連れて帰るけど、良い?」
「いいよ。フロアの連中にも散々やられてたけど、止め差しておいて」
お兄さんがコワイ。この人も過保護の一人なんだ。きっとエレナさん行きなんだろう。
後の惨状を見たくなかった私は誰にも気付かれないようそっと、事務所を後にするのだった。




