第五話 真実②
「……え?」
ナンスが目撃していれば、全て上手くいくと考えていたのだろう。俺は言葉に、カナは大きく目を見開いた。
「階段から突き飛ばされたのならば、大怪我を負うだろう。しかし君は平然としている。大怪我が一週間で治るとは思えない。段数が低かったのか?」
カナは卒業パーティーに参加している為、ドレスを身に付けているが目立った怪我はない。階段から突き飛ばされたというならば、打撲や擦り傷があって自然だ。
加えて、少しの時間だが俺がこの場に現れてから、カナがよろけた様子はない。つまり足や腰に怪我をしている可能性も低いのだ。
「えっと……上手く転がって、奇跡的に無傷でした!」
お粗末な返事に呆れる。執拗な程にリーシアに突き飛ばされたと主張していたというのに、奇跡的に無傷だったという言い分は通らない。抽象的な言い訳で、この場を逃げることが出来ると考えていたら大間違いである。
「オロン公爵令息が目撃していたというのは本当だろうか?」
カナの証言では埒が明かない。俺は唯一の目撃者だと言う、ナンスに視線を向ける。
「ほ、本当ですよ! ねぇ!? ナンス様っ!?」
「あ、嗚呼! そうです!」
二人は見たと主張するが、俺が信じるべきはリーシアである。
「オロン公爵令息。君が目撃した犯人は、リーシア本人だったのか? 顔を見たのか? 声は聞いたのか?」
「……え、えっと……」
俺はナンスを問い詰める。正しい証言をするならば良い。しかし、ナンスの視線は泳いでいる。そのことからも、何か言い訳を考えているようだ。
「噓偽りないと、私に誓えるか?」
「……あ、いや……その……」
折角早く帰国をしたというのに、リーシアと碌に会話をすることが出来ていない。これ以上、無駄な時間を過ごす訳にはいかないのだ。
「はっきりと言いたまえ」
「……っ、俺が見たのは走り去る後ろ姿で……銀髪だったから……」
煮え切らない態度のナンスを鋭く睨む。すると予想以上に愚かな回答が告げられた。
「つまり……オロン公爵令息は後ろ姿だけで、リーシアを犯人だと決めつけたのか」
「……っ……」
「で、でも! 私が突き飛ばされたのは事実で……」
リーシアの美しい銀髪は、彼女を象徴する一つである。だが、それだけではリーシア本人だと決めつけることは出来ない。カナがナンスに『犯人はリーシアである』と吹き込んだのだろう。
唯一の目撃者の証言が曖昧であることを聞き出した。するとカナが、尚も被害者であることを主張する。
「ゲーゼン男爵令嬢。君は事前に階段から落ちることを知っていた。だから怪我が無かったのでは?」
「……っ!? な……なにを……根拠に!」
階段から落ちて無傷など有り得ない。しかし事前に突き落とされると知っていれば、対応は可能である。そのことを告げると、明らかに動揺を見せた。
「言い方を変えよう。君にはある協力者が居る。その者にリーシアのフリをさせて、わざと階段から落ちて見せたのだろう? 全てはリーシアを貶める為に……」
「ち……違う! 証拠は? 協力者が居たって、殿下の妄想じゃない!?」
ナンスに目撃させる為に、突き飛ばす犯人役が必要になる。突き飛ばす相手が協力者ならば、力加減も出来るのだ。軽い力で押されたにも関わらず、大げさに痛がれば信じるだろう。追い詰められたカナは、俺に対して歯をむき出して吼える。
「……っ!? カナ様っ! 王太子殿下に対して無礼が過ぎます!」
俺の背後からリーシアが隣に立つと、カナへと注意をする。特段、カナの行為に何も思うことはない。だが俺の為に怒ってくれる、リーシアに愛しさが溢れてくる。
「ノア王太子殿下、失礼いたします」
リーシアの兄であるユアンが、一人の男を連れて現れた。




