第三話 愛しい人
「……は? おうたいし?」
俺が身分を明かしたことにより、大広間が静まり返る。ナンスの間の抜けた声が嫌な程響く。
「御機嫌よう。ノア・ルッツ・エルバード王太子殿下」
リーシアに呼ばれ振り返る。すると美しいカーテシーと共に挨拶を口にした。
「……嗚呼、そう畏まらずとも良い。久しいなリーシア、息災か?」
三年ぶりに見た彼女は、美の女神の様に美しく成長していた。驚きと嬉しさで気持ちが一杯になる。先程までは、リーシアの後ろ姿しか見ることは出来なかった。
しかし正面から彼女を見ると、俺とは反対の髪と瞳が輝いている。ドレスも彼女の純粋と誠実さを上手く引き立ていることに、安心感を覚えた。卒業パーティーをエスコートすることは出来なくとも、彼女の門出を祝うドレスは俺が選びたかったのだ。
美しく愛しい婚約者を前に、俺の心拍数は上がる。
「はい、お陰様で学院を本日卒業することが出来ました。……ノア王太子殿下におかれましては、無事御帰国されましたことお慶び申し上げます。王太子殿下のお出迎えに上がらず申し訳ございません」
リーシアは俺の帰国を出迎えられなかったことに、申し訳なさそうな顔をした。卒業パーティーで彼女をエスコートしたいのは、俺の我儘である。そして学院に来たのは、俺の我儘だ。出迎えが出来なくても仕方がない。勝手に来て、出迎えがないことに腹を立てるなど理不尽である。
「いや……これは俺の勝手な行動だ。気にしないでくれ。何時も通りで構わない」
彼女との会話することが出来るのは嬉しいが、形式的なものに少し寂しさを感じる。三年ぶりとなるが、何時も通りに接して欲しいと提案をした。
「……っ!? ですが……」
俺の提案に、彼女は目を見開いた。空色の瞳に俺が映る。そして遠慮がちに俺の提案に難色を示す。リーシアは謙虚であり、この場に集った者たちから注目されていることを考慮しているのだろう。その姿勢と配慮は素晴らしいことだ。
だが、俺は三年ぶりに会えた婚約者との時間を大切にしたい。
「愛しい婚約者に三年ぶりに会えたというのに、堅苦しさは要らないさ。リーア?」
「……ぅ、はい。ノア様……お帰りなさいませ」
卑怯な手かもしれないが、俺は彼女の愛称を呼んだ。するとリーシアは、はにかんだ笑みを浮かべた。彼女の笑顔を見て、漸く母国に帰ってくることが出来たことを実感する。
「ありがとう、リーア。それから卒業おめでとう」
俺は抱えていた花束を彼女へと差し出した。リーシアへの贈り物は他にもあるが、再会にはこの花束が相応しいだろう。
「まぁ! 綺麗な薔薇ですわ、ありがとうございます。ノア様!」
彼女は優しく花束を抱えると、柔和な笑みを浮かべた。草花にも慈しみの心を忘れない、リーシアの姿に俺も自然と頬が緩む。
「お! お待ちください! 王太子殿下!」
愛しい婚約者に癒されていると、それを邪魔する声が響いた。