第23話 「その罪……万死に値します!」
「顕現!」
「凛音ちゃん、逃げや!」
少女と流知亜が同時に叫ぶ。
掲げられたカードを見た瞬間、流智亜は凛音を突き飛ばした。
「おわっ!?」
思わず転びそうになるものの、そこは何度も窮地を乗り越えてきた凛音。素早く態勢を立て直し、来た道を全力疾走。そのまま昇降口へと消えていく。
一方の流智亜はグラウンドへと走り出す。案の定と言うべきか、少女は流智亜を追ってきた。
生徒たちの姿はすでにない。校内ランニングか、あるいは既に逃げ出したのか、どちらにしろ部外者の巻き込みは避けられた。
中央まで逃げたところで、今度は激しい突風と砂埃に行く手を遮られた。両腕で顔を隠してやり過ごすも、視界が開けたら眼前には後方を走っていた少女が佇んでいた。
少女の足元に視線を落とし舌打ちをする。
「それがアンタの武器か、けったいやなぁ」
足には、鈍く黒光りする金属質な靴。さらに接地面には、左右に4つの蛍光色の黄色の輪。
ローラーブレード、それが少女の武器だった。
「その気に障る喋り方をやめろ、伊坂!」
「襲いかかってきた上に、イチャモンつけるのはひどないーー顕現!」
流智亜は臆することなく突っ込むと、手首の内側に縫い付けたポケットからカードを滑らせる。いつでも戦闘に対処出来るように、制服は改造してあるのだ。
現れた金属バットを握り込み、下段から力のかぎり振り上げる。
完璧な不意打ちーーだが読まれていた。
少女は片脚を大胆に上げると、足裏のローラーでバットの先制攻撃を受け止めたのだ。
卓越した速さと正確さを目の当たりにしながらも、負けじと流智亜は腕に力を込める。両者は一歩も譲らない。無言の攻防の中、器具の軋む音が漏れてくる。
次第に奥歯に力が入る流智亜と違い、腕を組んだ少女は勝ち誇ったように微笑んだ。
「やっぱり卑怯な戦いしか出来ない見たいね、伊坂流智亜」
「なにがやっぱりやねん! それにドヤ顔しとるとこ悪いけど、パンツ丸見えやで」
「それが……どうしたぁ!」
少女はバットを蹴り返すと、その反動を利用して空中にフワリと舞った。回転を加えると、今度は軸にしていた脚でカカト落としを繰り出す。
「ぐっ」
バットを持ち直して間一髪で防御する。重い一撃。
腕の痺れを感じた流知亜は、間合いを取ろうと後ろに退がった。
しかし少女はそれを許さない。土の上を滑って、流智亜へと肉薄する。
勢いをつけた少女の蹴撃。回避なり受け止めるなりする流智亜だが、巧に捻りやフェイントを入れて、2撃3撃と叩き込まれる。
ダメージ覚悟でバットを振り回すも、すぐに高速で距離を離されてしまう。
一撃の重さだけなら流智亜が上だろう。しかし機動力と手数の差が、彼女を不利な状況に追い詰めていた。
それでも瞳の紅い輝きは失われてはいない。
流知亜には作戦があった。傷つき肩で息をしながらも何とか目的の場所、クラブハウス裏までたどり着く。
建物の反対側には学院と街とを隔てるコンクリート壁、背後には体育倉庫。三方を囲まれた薄暗いスペースが逆転の糸口だった。
日陰に入り湿り気を帯びた空気を吸いながら、流智亜は宣言する。
「へへッここまで来れば勝ったも同然やな」
言葉の内容とは裏腹に、声はかすれている。背中を丸めた姿はまさに満身創痍だ。
「まさか狭い場所なら優位に立てるとでも? それがいかに浅はかな考えか、身をもって教えてあげるわ」
直立不動の姿勢のまま、侮蔑を込めた笑みを浮かべる。
「ならちょうどええわ。アンタには色々聞きたいことがある。どうせ死ぬんならそのくらいええやろ?」
無論、身体を休めるための引き延ばしだ。その思惑を知ってか知らずか、少女は首を縦に振った。
「まずアンタは誰や? それからウチを狙う目的やな」
「木ノ下晶、2年。アンタが殺した生徒会の書記、倉敷真知の友だちよ」
倉敷真知の名前を聞いて流知亜の眉がわずかに上がる。
「ちょっと待ちぃや! ウチは倉敷さんを殺したりしてへん!」
「とぼけるな! 連休最後の晩、私は聞いたんだから、アンタが廊下で真知と口論してるの。その変な口調ですぐに分かったわ」
激昂する晶とは対照的に、流知亜は静かに唇を吊り上げた。やがてそこからククククと小さな声が漏れ出てくる。
「見られてたなら仕方ないなぁ。でもウチは悪ないで。生徒会を裏切ったんは倉敷さんの方やし」
「どこまでデタラメ言えば気がすむのよ、この女狐!」
晶の目が大きく開く。
事実、生徒会の書記である倉敷真知は誠実で正義感が強く、それこそ他人のために身体を張れる巧原でも稀有な人物だった。そんな彼女のことを、晶は友人としてルームメイトとして誰よりもよく知っている。
ゆえに、目の前の軽薄な女のことを許せないでいた。
「戦いになったのは否定せーへん。でもウチはやってない、取り逃したんや。殺したのは別のヤツ。その証拠にウチの武器はバットをやけど、死体は刺されてたやろ。しかも路上で」
言い終わった後、流知亜は大きくため息をついた。諦めたような寂しげな瞳で晶を見つめる。
「今更なにを言ったって、どうせ許す気なんかあらへんやろ?」
「当然よ。どの道、ここにいる限り戦いは避けられないことよ」
脚を開き腰を落とす晶。流智亜も背筋を伸ばして両手でバットを構える。呼吸の乱れもすでに整い、戦闘の用意は万全だ。
「「勝負!!」」
晶は前傾姿勢をとると、真っ直ぐ流智亜に突っ込む。無駄の無い洗練された動きだ。
対して流智亜は野球のような打法を意識して大きく振りかぶる。
いくら圧倒的な速度で迫ろうと、直線でくるのが分かっていれば只のカモ。飛んできた足をそのまま打ち返す心意気だ。
晶がかがんだの見計らい、脚に狙いを定め、一気に振り抜く。
手応えは無いーーバットは空を切った。
晶は真横に飛んで、かわすと同時に壁を蹴った。三角飛びからの蹴撃は、無防備だった流智亜の頭を容赦なく切り裂く。
「がああああっ!?」
火傷のような熱さに転がるようにうずくまる。熱さは少しづつ引いてくれたが、代わりに痛みが込み上げる。
こめかみに当てた掌に、濡れた感触が広がっていく。
「頭蓋を砕くはずだったんだけど、足もとが狂っちゃったさ。だってあんな無様に振り回すと思わなかったんだもの」
クスクス嗤う晶の声を聞きながら、流智亜は広げた掌を震わせた。こぼれ落ちた鮮血が地面に雫の点を作っていく。
「よくも……よくも……」
流智亜は糸のような目を見開き、紅瞳を煌めかせながら晶を睨みつけた。左手の血管が浮き出るほど、力を込めてバットを握りしめる。
相手の変容に、晶は思わず脚を一歩下げた。
激情を露わにした流智亜は獣のように咆哮する。
「よくもわたくしの身体に傷を。その罪……万死に値します!」




