御都合主義?
ごめんなさい。既に、何処に向かっているのかわかりませ…。
気が付けば、朝でした。
昨日はどう帰って来たのか、全く記憶がありません…。
辺りを見て、自分の部屋だと確認してベッドから上体を起こすと、制服のまま眠っていたようです。
やってしまった感でため息が漏れます。
ふと、足元にある物…タオルケットに巻かれ、す巻きになったカバンが置いてあるのに気が付きました。
カーテンの隙間から差し込む日差に視線を移し、今日が土曜日だと気付く。
今日と明日は博武に会わずにすむ。
私と違って、みんなは忙しいから、訪ねて来る事もきっと無いだろう。
と、そこで「あれ?」と思い出す。
今日は、サッカー部の助っ人で試合に出るからと、博武とたいちゃんが言っていた事を。
私は、応援に行くからと言っていたはず…。
あの時は、こんな事になると思っていなかったからそう返事したけど、今は無理。
会うのが怖い。きっと加賀さんも来てると思うから、一緒のところなんて見たく無い。
…あの後、どうしたんだろう…。
途端に胸の鼓動が、鈍い痛みと共に加速する。
落ち着かせる為に深呼吸を数回繰り返すと、四つん這いです巻きのカバンを引き寄せた。
タオルケットを剥がして、カバンの中から携帯を取り出した。
今何時かと、携帯を起動させて画面を見れば、一瞬で血の気が引いた。
たいちゃんとゆうくんとはるくんで、携帯が大変な事になっていた。中でもゆうくんがヒドイ!あの子どれだけ入れてるの⁈
怖い!さっきとは違う意味で怖い!私の命は風前の灯火⁇
携帯を持つ手が小刻みに震える。
イヤな汗が噴き出す。
暫く携帯の画面を凝視すると、小さく息を吐く。
……忘れよう。いや、見なかった事にしてしまおう。そうだ!そうして記憶を抹消しよう……。
震えの治らない手で、携帯をカバンに入れると、タオルケットで再びカバンをす巻きにして、更に掛け布団の中に押しやった。
「…だからす巻きだったんだ…。」
変に納得した所で、部屋の扉をノックされた。
それに応えると、ごはん出来たからと母の声が聞こえて来た。
のそのそと、ベッドから降りると、シワシワになった制服を脱ぐ。スカートのひだが、無残にもあらぬ広がりを見せていた。…コレは母に全てを託そう…。
何の変哲も無いグレーのスウェットに着替え、リビングに向かう。
昨日、あんなに苦しい想いをしたはずなのに、人が生きて行くうえでの、自然の欲求に抗えないとは、コレ如何に?
世間一般では、あんな場面を目の当たりしたならば、少なくとも1週間はお腹は空かないはず。
私は…ホントに博武を好きだったんだろうか…?
身体はどうしようもなく震えた。心臓も何時もとは違う鼓動だった。胸が潰されるように軋んだ。
でも、涙は出なかった。
リビングに入ると、既に食事を終えた父が、ソファーに座ってお茶を飲みながら、新聞を読んでいた。
「…おはよぉ…」
少し掠れた声で言うと、
「おはよう。何?風邪か?」
父が新聞から顔を上げる事無く言う。
「どうせ、髪が濡れたまま寝ちゃったんでしょ。ご飯食べたら薬飲んでおきなさい。」
ベランダで、洗濯物を干している母の声が飛んで来た。私は小さく返事を返すと、味噌汁に口を付けた。
今日は、ご飯とジャガイモと玉ねぎの味噌汁とだし巻き卵と納豆だ。
モグモグ食べていると、ベランダで洗濯物を干し終わって、部屋の中に入って来た母が、思い出したように言った。
「そうそう佳奈恵、急なんだけど、来月お父さん転勤になったから。」
「…そう、海外。」
「バンコクですって。」
… 危うく、ジャガイモが喉に詰まるところでした。
読んで頂いてありがとうございます。