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帰還者はお茶をする

ともかく。そんなこんなで退院してから住むところは決まったのだが、問題はまだまだあった。表向きには記憶喪失者扱いとしている為、事実を誰かに伝えることも出来なかったのである。

一部の人間はそれを覚えているわけだがあれは例外だろう。

「どうしたもんかな」


地元の昔からやってそうな喫茶店に入ってすぐに目についた席に座って、そう一言声に出す。

所長に以前と同様に雇われてからは職場にはあまり顔を出すこともなかった。回ってくるのもキツい仕事はなく比較的簡単な仕事だけだ。アパートの部屋は彼(職場の同僚から彼が加納と呼ばれていたのを一度聞いたことがある)が隣りの部屋を借りたらしい。・・・そういえば、表札はあっただろうか。ぼんやりと思い出しては考え込んでいく。

俺が入院している間も時間は無情にも過ぎていた。いつしかこの近所も場所によっては雪が降るようになっていたことを俺はネットを見て知っていた。

窓から見えるすっかりと冬らしくなってしまった空と街並みに思わずため息が出そうになる。こんな時期はホットチョコレートやココアが飲みたい。


「あの時は楽しかったよなぁ」

常連客らしい数名の男性客が話ている。

「で、結局さ。あの時、何で集まったんだっけ?」

「あー・・・。何でだったかな」

そんな会話をBGM代わりにして俺は喫茶店のメニューを眺めた。


「ご注文は?」

「ランチセットと、コーヒーをホットで」

「ランチとコーヒーね。コーヒーは食後?」

「あ、はい」

頼んだのはミックスサンドとサラダのセットだった。たまにはがっつりとしたカツサンドも食べたいところではあるんだが。


何気なく道を行き交う人達を眺める。そのうちの一人と目が合った気がして急に怖くなった。人の姿ではあるけれど目はビー玉で人間そっくりに作られた人形、みたいな違和感に吐き気がしそうだった。気付いてしまった。知ってしまった。解ってしまったのだろう─────ソレがどういうものなのかをどういう存在であるのかを見ただけで納得して、しまった。まるで底無し沼だ。

その何かが俺に気付いてニタニタと笑ってこちらを向いた。その途端、さあっと血の気が引いていく。


「Hello.どうかシましたカ?」

緑色の目。その目の持ち主が俺の顔を覗き込み、心の底から心配そうに言うまでのことだった。

食後のホットコーヒーを砂糖も入れずに一口飲んで、両目を閉じて深呼吸をする。心を落ち着けてからようやく俺は口を開いた。

「その、信じて貰えないと思いますけど」と。

黒いスーツ姿に首から下げた金色の鍵が反射して光って見えた。新品のスーツの黒い色にその金色は何とも不釣り合いに思えた。



コロコロ、カランと。サイコロを転がした時の音が聞こえた気がした。

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