第019話 オペレーション・セイグロリアーナ(2)
■ジャポン皇国 皇都オワリ 皇城 庭園
かつては貴族たちが優雅に散策を楽しんでいた皇城の広大な庭園の端には、陸上自衛隊の大型ヘリコプターが辛うじて離着陸できるよう、草木を刈り取り地面を突き固めただけの未舗装の簡易ヘリポートが設けられていた。辺りには、異世界の草花の香りを掻き消すように、航空燃料のツンとした独特の匂いが立ち込めている。
「気をつけるのじゃぞ、アールグレイ。ニホンの『ちぬーく』とやらは、腹の底が揺れるほどやかましいと聞くからの」
庭園の端で、ジャポン皇国の若き女皇オイニが、少し心配そうな表情で声をかけた。
その隣では、フリーダム都市国家の行政長ジェンダーが、羨ましそうに唇を尖らせている。
「ほんま、自分の祖国を奪還する瞬間を特等席で見られるなんて羨ましいわぁ。ウチらの都市の奪還も、ニホンさんにしっかり頼んどいてな。アールグレイ様からよう言うといてや」
「ええ、ジェンダー様、オイニ様。このご恩と、お二人の激励は決して忘れません」
ダージリン王国の王女アールグレイは、誰に対しても変わらぬ敬称を用いて、風に長い髪を揺らしながら深く頭を下げた。
彼女の背後には、これから共に最前線であるランズ・エンド防衛基地へと向かう随員たちが控えている。現代兵器など見たこともない二名の専属メイドと、王家直属の護衛騎士が三名。そして、祖国奪還の戦訓を学ぶために選抜された、ダージリン王国の軍務を担う高位の武官たちが数名である。
『――APU(補助動力装置)起動。これよりローター回転を開始する。搭乗員は速やかに機内へ』
拡声器から流れる日本語の無機質なアナウンスと共に、未舗装の地面に鎮座していた巨大なオリーブドラブの双発タンデムローター機――陸上自衛隊のCH-47J『チヌーク』大型輸送ヘリコプターが、甲高いタービン音を響かせ始めた。
前後の巨大なローターブレードが回転を始め、猛烈なダウンウォッシュ(吹き下ろしの風)が庭園の砂埃を巻き上げながら激しく薙ぎ払う。
「ひ、ひぃっ! アールグレイ様、風が、風がぁっ!」
強烈な突風にあおられ、二人のメイドの長いスカートが大きく波打ち、太ももまで露わにめくれ上がった。悲鳴を上げて互いにしがみつく彼女たちの姿に、屈強な護衛騎士たちの目線が一瞬、いや、確実にそこへと釘付けになる。
だが、それも束の間だった。
「こ、これがニホン国の空飛ぶ乗り物……まるで暴風の魔法陣です……!」
鋼鉄の巨獣が発する凄まじい轟音と、物理的な暴力に等しい威圧感に気圧され、騎士たちの邪念は瞬時に吹き飛んだ。彼らは顔を青ざめさせ、剣の柄にかけた手をガタガタと震わせていた。
「参りましょう。我が王都コウチャの解放を、この目で見届けるために」
アールグレイは気丈に振る舞い、轟音に負けぬよう声を張ると、開かれた後部ランプ(搭乗口)からチヌークの薄暗い機内へと足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
旧ダージリン王国 ランズ・エンド防衛基地 付近の海域
数時間後。
CH-47Jチヌークは、広大な海と荒野を眼下に見下ろしながら、時速250キロという異世界の鳥すら置き去りにする巡航速度で北西へと飛翔していた。
機内は、耳をつんざくようなエンジン音と、特有の激しい振動に包まれている。
メイドたちは完全に酔ってしまい、エチケット袋を抱えて青い顔でうずくまっていた。護衛騎士たちは少しでも機体が揺れるたびに「落ちる!」「神よ!」と祈りを捧げ、武官たちは窓から見える景色が、あり得ない速度で後方へ飛び去っていく様にただただ絶句している。
「王女殿下……信じられません。オワリからランズ・エンドまで……馬を走らせ、海を越えるための帆船を待って乗り継ぎ、天候に恵まれたとしても、最低で三週間から一ヶ月はかかる距離です。それを、たったの数時間で……」
武官の一人が、ヘッドセットのマイク越しに震える声でアールグレイに語りかけた。
オワリからランズ・エンドまでは、地球における東京からウラジオストックまでの距離、およそ一千キロに相当する。チヌークの最大航続距離ギリギリのフライトであり、操縦席の計器盤では燃料の残量警告灯が点灯し始めているという綱渡りの空輸であったが、それでも異世界人にとっては文字通り「神の御業」に他ならなかった。
やがて、地平線の彼方に巨大なコンクリートの防壁群が見えてくる。かつての土と石の砦から、現代の要塞へと変貌を遂げた『ランズ・エンド防衛基地』である。
チヌークが燃料の底をつきかけながらも無事に高度を下げ始めると、アールグレイはある異様な光景に目を奪われた。
「……あれは、何ですか?」
ランズ・エンドの防壁の向こう側。西のウバ山脈へ向かって広がる広大な平原に、途方もない長さの『土煙の帯』が延々と伸びていたのだ。
空から見下ろしているにもかかわらず、その隊列の巨大さは圧倒的だった。数え切れないほどのオリーブドラブの車両が、幾筋もの列を成して、荒野を力強く突き進んでいる。
◆ ◆ ◆
コアラ大陸 ランズ・エンド西・荒野地帯
「全車、現在の車間距離を維持。行軍速度、時速三十キロ」
陸上自衛隊 第7師団 第71戦車連隊。
その中核を担う『10式戦車』の砲塔から半身を乗り出し、車長の二等陸曹は車外マイクで小隊に指示を飛ばした。
彼の視界の先には、キャタピラと巨大なコンバットタイヤが巻き上げる赤茶けた土煙が天を衝くように舞い上がり、その中を第7師団および第2師団から抽出された装甲車両群が、地鳴りを響かせて猛進している。
先陣を切る最新鋭の10式戦車。その後方に続くのは、装輪装甲車AMVと、真新しい24式装輪装甲戦闘車である。
本来、第7師団の歩兵戦闘車といえば89式装甲戦闘車であった。しかし、地球におけるウクライナ侵攻の影響により、ロシアの日本侵攻が現実味を帯びたことで、旧式化した89式では対応が困難と判断。急遽、機動力と防御力に優れる24式装輪装甲戦闘車が優先的に配備され、師団の車両更新が図られていた経緯がある。装輪装甲車AMVも同様に、最前線での生存性を高めるために配備された最新装備だった。
そして、その後方には試験用自走砲である『異01式』の姿も見え、さらに土煙の彼方には、99式自走りゅう弾砲の車列、部隊の血液とも言える燃料や弾薬を満載した第7後方支援連隊の長大な輸送トラック群が随伴している。
何百両という鉄の獣たちが、戦術データリンク(FiCS)によって互いの位置情報を完璧に共有し、乱れのない陣形を組んだまま、何もない平原を時速約三十キロという『師団規模の平均移動速度』で駆け抜けていた。
(……まるで、北海道の大演習場だな)
車長の二等陸曹は、防塵ゴーグルの奥で目を細め、どこか懐かしさすら感じていた。泥と雪にまみれ、凍てつく寒さの中で広大な北の大地を機甲科部隊が一丸となって蹂躙していく、あの果てしない行軍訓練。だが、この異世界のコアラ大陸は、北海道の演習場すら箱庭に思えるほど途方もなく広大だった。
「車長。このままのペースで行けば、マル・フタ・マル・マル(明日の午前2時)には、第一目標であるウバ山脈の東側斜面に到達します」
車内のインカムから、操縦手の報告が響く。
「了解した。FiCS上のドローン映像によれば、ウバ山脈の斜面には十万近い害虫の伏兵が展開しているとのことだ」
二等陸曹はため息交じりにぼやいた。
「午前2時に到着して、そのまま夜通しで砲撃陣地を構築。明け方には攻撃開始だ。陣地構築の準備で一睡もできないだろうな……まったく、人使いが荒いぜ。北の大地で鍛え上げた機甲科の底力、異世界の化け物どもに存分に見せつけてやるか」
空からは、無慈悲な空爆を告げる無人部隊を積んだトラック群が、機甲部隊の中央に守られるようにして随伴している。
後方の観戦用大型モニターの前では、たった今到着したアールグレイ王女と武官たちが、この『常軌を逸した進軍速度』と陣形の美しさと恐怖に、言葉を失ってへたり込んでいた。
現代のロジスティクスと、最新鋭の機甲部隊による電撃戦。
人類の戦争の歴史を数百年分スキップした凄絶な暴力の波が、十万の魔族が待ち構えるウバ山脈へと、確実な死をもたらすべく突き進んでいた。
午前二時〇〇分 ―― ウバ山脈 東側丘陵地帯
月明かりすら乏しい完全な闇の中、ウバ山脈のなだらかな斜面は、無数のディーゼルエンジンの重低音と、重機が土を掘り返すけたたましい金属音に包まれていた。
「急げ! 夜明けまでに全車両の掩体を構築しろ! 試験運用中の異01式と、第7特科連隊の主力たる『99式自走155mmりゅう弾砲』の射撃陣地構築は最優先だ!」
暗視ゴーグル(NVG)を装着した施設科の隊員たちが、怒号を交わしながら油圧ショベルや装輪ブルドーザーを休むことなく稼働させている。
ランズ・エンドから時速三十キロという前代未聞の猛スピードで駆け抜けてきた第7師団および第2師団の機甲部隊は、予定通り午前二時に第一目標地点へ到達。疲労困憊の隊員たちに休む暇など与えられず、ただちに王都コウチャへ向けた長距離砲撃陣地の構築作業が開始されていた。
「……たく、仮眠を取る暇もありゃしねえ」
10式戦車の車長である二等陸曹は、赤外線暗視装置のモニターを睨みながら、コーヒーの空き缶に吐き捨てた。
彼らの視線の先、数キロ先の斜面には、無数の「赤い熱源」が蠢いているのがはっきりと見えていた。ウバ山脈に巣食う害虫――ゴブリンやオークの群れだ。彼らは夜目が利くが、それでも数キロ先で土煙を上げる自衛隊の完全な陣容までは把握しきれていないようだった。
その頭上、遥か数千メートルの高高度。
そこでは、陸上自衛隊が運用する数十機の無人偵察機『スキャンイーグル2』が、円を描くように静かに滞空していた。
地球規模のGPS衛星網が存在しないこのコアラ大陸において、数十機のスキャンイーグル2は上空で互いにデータリンクし、限定的ながら極めて精度の高い『即席の擬似GPS測位網』を構築している。この見えない空のインフラこそが、後に続くK-RACER X2ベースの無人攻撃機群に、寸分の狂いもないプログラム行動を可能とさせる生命線であった。
そして、空が白み始めた午前五時三十分。
◆ ◆ ◆
■オークの戦士長 視点
夜明けの光が、ウバ山脈の東側斜面を照らし出す。
分厚い筋肉の鎧と、鋼の戦斧を持つオークの戦士長は、鼻を鳴らして眼下の平原を見下ろした。
「ギチチ……人間どもめ、妙な『灰色の鉄箱』を並べて怯えておるわ!」
戦士長の周囲には、地平線を黒く染め上げるほどの魔族の大軍が控えていた。
最前列には、凶暴な魔獣に跨り、機動力で獲物を蹂躙する「ゴブリンライダー」たちが数万。その後方には、戦士長と同じく強靭な肉体を持つオークの重歩兵たちが密集陣形を組んでいる。その数、合わせておよそ十万。
いかに人間の騎士が強かろうと、宮廷魔導師が広域魔法を放とうと、この絶対的な数の暴力の前には全てが飲み込まれ、肉塊へと変わる。それが魔族の絶対の真理であった。
「喰い散らかせェッ!! 一匹残らず挽肉にしてやれ!!」
戦士長の咆哮と共に、十万の軍勢が一斉にウバ山脈を駆け下りた。
大地が震え、魔獣の嘶きとゴブリンたちの金切り声が空気を震わせる。
だが次の瞬間、彼らの常識は根底から覆された。
ズドガァァァァァンッ!!
眼下の『灰色の鉄箱』から閃光が瞬いたかと思うと、戦士長の遥か前方を走っていたオークの密集陣形が、土砂ごと天高く吹き飛ばされた。
何が起きたのか理解する間もなく、空気を引き裂くような飛翔音と共に、目に見えない神の鉄槌が次々と降り注ぐ。ニホン国の10式戦車の120mm滑腔砲と、99式自走155mmりゅう弾砲、そして異01式による無慈悲な支援砲撃の開始である。
空気を切り裂いて飛来した155mm砲弾が次々と着弾し、魔族の突撃の波を粉砕していく。それに呼応するように、24式装輪装甲戦闘車の30mm機関砲と、装輪装甲車AMVの重機関銃が一斉に火を噴いた。曳光弾の赤い雨が、斜面を駆け下りてくるゴブリンライダーたちを薙ぎ払う。
「ひるむなッ! 散開しろ! 左右から包み込んであの鉄箱を叩き潰せ!」
戦士長は怒号を上げた。
前面の仲間が粉砕されても、十万という数は伊達ではない。ゴブリンライダーたちは本能的な恐怖を押し殺し、仲間の死体を踏み越え、左右に大きく散開しながら人間の陣地へと猛スピードで肉薄していく。
彼らは魔法の防壁も持たない、ただの獣だ。ならば、接近してその喉笛を食い破るまで。
だが。
戦士長が天を仰いだ時、そこに『黒い鳥』の群れが飛来してくるのが見えた。
羽ばたきもしない、奇妙な形の黒い鳥が四十羽。魔法の気配は一切しない。
「なんだ、あれは……?」
◆ ◆ ◆
■陸上自衛隊 指揮通信車 指揮官
「敵群、左右に散開! 側背に回り込もうとしています!」
「慌てるな。……ここからが、『実験部隊』の初陣だ」
後方の指揮通信車の中で、タブレット端末を操作していた隊員が、冷徹な声でマイクに命じた。
『――全ドローン小隊、発進。スキャンイーグル2の測位網とリンク完了。プログラム通りに【死のライン】を構築せよ』
後方の安全圏から飛び立った四十機の『K-RACER X2』無人重迫撃部隊が、時速200キロという猛スピードで空を切り裂き、ゴブリンたちの頭上へと到達する。
胴体下部の巨大な回転式ラック(ロータリーラック)には、軽量化された120mm迫撃砲弾が三十発ずつ装填されていた。
『投下開始』
オペレーターの指がタブレットをタップした瞬間。
数十機のスキャンイーグル2が構築した極めて精緻な即席GPS座標に基づき、四十機のドローンが上空を一直線に飛行しながら、一〜二秒の正確な間隔で次々と120mm砲弾を投下し始めた。
◆ ◆ ◆
■オークの戦士長 視点
ドドドドドドドドドドドドドドッ!!
戦士長の眼前で、世界が『直線状』に爆発した。
空を飛ぶ黒い鳥が通過した軌跡に沿って、大地に数百メートルに及ぶ「真っ直ぐな爆炎の壁」が引かれたのだ。
「ギ、ギィィィヤァァァァッ!?」
左右に散開して人間の陣地に回り込もうとしていたゴブリンライダーたちが、その進路上に突如として出現した死の壁に突っ込み、爆風で木っ端微塵に吹き飛ぶ。
逃げようにも、四十機の黒い鳥は縦横無尽に編隊を組み、まるで目に見えない巨大な方眼紙の線を引くように、幾重もの「死のライン」を格子状に引いていく。
「な、なんだこれは……ッ! ま、魔法陣すらないぞ!? いったいどこから……!」
戦士長は絶望の声を上げた。
宮廷魔導師の広域魔法であれば、詠唱があり、空に巨大な魔法陣が浮かぶはずだ。しかし、これは違う。感情を持たず、疲労も知らず、ただ等間隔に死を配置していく機械の冷酷さ。
一発あたり致死半径数十メートルを誇る120mm砲弾が、合計一千二百発、寸分の狂いもなく魔族の密集陣形にばら撒かれていく。
熱風が戦士長の顔を焼き、強靭なオークの肉体を持つ仲間たちが、異01式による全方位から降り注ぐタングステンの破片によって一瞬で挽肉へと変えられていく。
逃げ場など、どこにも存在しなかった。
戦士長が絶叫を上げようと口を開いた瞬間、その足元に、黒い鳥の腹から産み落とされたばかりの冷たい鉄の塊が転がった。
それが、彼の十万の軍勢が最後に見た光景だった。
◆ ◆ ◆
■ダージリン王国 ランズ・エンド防衛基地 指揮所モニター前
「…………」
高解像度の大型モニター越しに、上空の偵察機から送られてくるその殺戮の光景を見ていたアールグレイ王女は、声を発することすらできず、ただワナワナと震えていた。
背後に控える武官たちも同様だ。彼らはみな、顔面を蒼白にし、冷や汗を流して画面に見入っている。
人が乗っていない、鉄の塊。
それが空を飛び、上空の見えない網目(GPS)に導かれるまま、一切の感情も、怒りも、勇気すら持たずに、ただ冷徹に爆発の線を引いていく。
剣も魔法も届かない遥か上空から、十万の軍勢がまるで虫けらのように駆除されていくのだ。
「王女殿下……」
老齢の武官が、乾いた唇を舐めながら震える声で呟いた。
「あれが、ニホンの戦……。人が血を流すことすら不要とする、神の雷……。あの国に、戦争で勝てる者など……世界のどこにもおりません……」
アールグレイは無言のまま、ただ強く両手を握りしめた。
圧倒的すぎる。同盟国であるはずの日本の暴力の底知れなさに、安堵よりも先におぞましいほどの恐怖がこみ上げてくる。
モニターの中では、すでに十万の害虫の掃討が完了し、生き残った僅かな魔族が西の『魔族の前線基地』へと敗走していく姿が映し出されていた。
だが、日本の本当の恐ろしさは、火力の絶大さだけではないことを、彼女たちはすぐに思い知ることになる。無数の骸が転がるウバ山脈の山頂を制圧した自衛隊へ向けて、後方から支援部隊が到着しようとしていた。
午前七時〇〇分 ―― ウバ山脈 山頂エリア
夜明けの太陽が、完全に制圧されたウバ山脈の山頂を照らし出していた。
つい数時間前まで十万の魔族がひしめいていた東側斜面は、今や見る影もない。K-RACER X2無人重迫撃空爆部隊が引いた「死のライン」と、機甲部隊の徹底的な直接射撃によって、山肌は文字通りクレーターだらけに耕され、黒焦げの肉片と緑色の血が異世界の土に悪臭を漂わせている。
「第一ライン、確保。周囲に熱源反応なし」
「よぉし、直ちに陣地構築を次のフェーズへ移行! 砲兵部隊を上げろ!」
10式戦車と24式装輪装甲戦闘車が山頂の周囲に強固な警戒陣を敷く中、後方から轟音を立てて『99式自走155mmりゅう弾砲』と『異01式』の車列が登頂してくる。
ウバ山脈は険しい岩山ではなく、なだらかな丘陵地帯が連なる地形である。大出力のディーゼルエンジンを積んだ自衛隊の装軌・装輪車両にとって、この程度の未舗装路は「多少勾配のある演習場」に過ぎなかった。
「……たく、ようやく終わったか」
10式戦車の車内で、二等陸曹は血走った目をこすりながら深く息を吐き出した。時速三十キロという異常なペースで走り抜け、夜通しで陣地を構築し、そのまま十万の群れと激しい戦闘を行ったのだ。操縦手も砲手も、極度の緊張と疲労で限界に達しつつある。弾薬と燃料もすでに危険水域だった。
『――各車に通達。第一中隊は直ちに第二ラインへ後退し、エンジンを切れ。以降の警戒は第二中隊が引き継ぐ。十分な休息と仮眠をとれ』
無線の向こうから、中隊長からの労いのこもった指示が飛ぶ。
「了解。……聞いたな、お前ら。少しは眠れるぞ」
「助かりました……もう、モニターの熱源が二重に見えてましたよ……」
安堵の息を漏らす乗員たち。だが、彼らが休息を取る間にも、自衛隊の作戦は一秒たりとも停止しない。
後方では、擬似GPS測位網の構築と索敵に酷使されていた無人偵察機『スキャンイーグル2』の編隊が、燃料と弾薬の補給に合わせて一度地上へと帰還していた。部隊が展開させたスカイフック(回収用ワイヤー)に次々と引っ掛かって回収された機体は、整備員たちの手によって瞬く間に燃料を満載され、カタパルトから再び朝の空へと射出されていく。
バタバタバタバタバタッ!!
入れ替わるようにして東の空から、空気を叩き潰すような重低音が響き渡った。
山頂で警戒を引き継いだ隊員たちが見上げると、朝焼けの空を黒く埋め尽くすほどの巨大な編隊が飛来してくるのが見えた。陸上自衛隊・第1ヘリコプター団を中心とした、CH-47J『チヌーク』の巨大な輸送大隊である。
◆ ◆ ◆
■旧ダージリン王国 ランズ・エンド防衛基地 指揮所
「な、なんだあれは……っ。私たちがオワリから乗ってきたあの『空飛ぶ船』が、あんなに無数に……っ!」
大型モニターに映し出された光景に、ダージリン王国の老齢の武官が絶句して指を震わせた。
数十機に及ぶチヌークの群れが、制圧されたばかりのウバ山脈山頂へと次々に舞い降りていく。機体の後部ランプがパカリと開くと、中から吐き出されたのは歩兵ではない。155mm砲弾や120mm迫撃砲弾が山のように積まれたパレット、巨大なゴム製の『燃料ブラダ(野戦用の大容量燃料タンク)』、陣地を強固にするためのH鋼やコンクリートブロック、そして野戦食や医療物資であった。
「……あれだけの物資を、空から直接降ろすというのか……」
モニターに映る信じがたい光景に、老齢の武官がうわ言のように呟いた。
その横で、アールグレイ王女もまた、戦慄と感嘆の入り混じった溜息を漏らす。
「ええ……本当に信じられません。数万の兵を養うための糧食と砦の資材が、瞬く間に天から降り注いでくるなんて。これが、ニホン国の機動力……神々の御業にも等しい魔法ですわ……」
前線が瞬く間に堅牢な要塞へと作り変えられていく。これが、ニホン国の『兵站』の暴力。
一方、同じ指揮所内に設置された自衛隊の司令部デスクでは、幕僚たちが極めて冷徹に状況をさばいていた。
「オペレーション・セイグロリアーナ、第一段階完了。ウバ山脈山頂への兵站構築に成功しました」
「よし。再発進したスキャンイーグル2のリンク状況は?」
「良好です。西側麓、『害虫の前線基地』の座標データを完全に捕捉。第7特科連隊の射撃統制システム(FCS)へデータ転送を開始します」
「撃ち方、始め。一匹も逃がすな」
指揮官の短い命令が、最前線へと飛んだ。
◆ ◆ ◆
■ウバ山脈 麓 魔族の前線基地
ウバ山脈を降りてすぐの盆地に構築された、丸太と石で造られた巨大な砦。
ランズ・エンド攻略の拠点となるはずだったその場所で、基地の司令官であるアークデーモン(上位悪魔)は、絶望に満ちた目で東の山頂を見上げていた。
「馬鹿な……十万だぞ。我が軍の十万の精鋭が、なぜたった数時間で消滅したのだ……っ!」
逃げ帰ってきた僅かなゴブリンたちの報告は、狂気そのものだった。「空飛ぶ黒い鳥が火の壁を作った」「灰色の鉄箱が火を噴いた」。魔法陣一つ展開されず、ただ一方的な破壊の嵐が吹き荒れたという。
「総員、防壁を固めよ! 隷下のレッサーデーモンどもに命じ、物理障壁と対魔障壁を最大出力で展開しろ!」
司令官は血走った目で怒号を飛ばした。
砦にはまだ数万の守備隊が残っている。ウバ山脈を越えてあの灰色の鉄箱どもが降りてくれば、この堅牢な砦に引きこもって泥沼の攻城戦に持ち込む。人間の軍隊など、補給が尽きればいずれ自滅するのだ。
だが、空で小さな羽音を立てている『何か(スキャンイーグル2)』が、すでに自分たちの頭上から砦の構造、兵の配置、結界の位置まで、全てを丸裸にしていることなど、アークデーモンの司令官が知る由もなかった。
『――全門、一斉射撃(TOT)にて目標を破砕せよ。撃てェッ!』
ドォォォォォォンッ!!
山頂から、空気を物理的に引き裂く重低音が連続して響き渡った。
司令官が空を見上げると、無数の黒い点(155mm砲弾)が、放物線を描いて盆地へと降り注いでくるのが見えた。
スキャンイーグル2からの精密なデータリンクを受けた99式自走砲と異01式による、誤差数メートルという恐るべきピンポイント砲撃。
「……あ?」
司令官が呆然と声を漏らした瞬間、自慢の防壁も、レッサーデーモンたちが展開した障壁も、現代の徹甲榴弾の前には文字通り「薄紙」のように貫かれた。
砦の急所である指揮所や武器庫、簡易宿舎に、時間差ゼロで数十発の砲弾が同時に炸裂する。
「ギャァァァァッ!」
「司令官殿、逃げ――」
部下の悲鳴は、砦そのものを根底から吹き飛ばす超高温の爆発によって一瞬でかき消された。
数分間にわたって降り注いだ鋼鉄の雨は、害虫の前線基地を完全に耕し、数万の守備隊ごとただの「更地」へと変え去った。ランズ・エンド攻略を目論んでいた魔王軍の野望は、ウバ山脈の麓で完全に粉砕されたのである。
◆ ◆ ◆
■ウバ山脈 山頂 ―― 前線指揮所
「目標の完全破壊を確認。生存反応ゼロ」
「よし。これでウバ山脈から西の視界は完全に開けた。……我々の露払いはここまでだ」
前線指揮官は、戦術モニターに表示された対空レーダーの反応を確認した。
スキャンイーグル2の各種センサー、そして10式戦車や24式装輪装甲戦闘車が展開する対空レーダー網には、飛行する害虫の反応や、敵対的な飛行物体は一つとして映っていない。
指揮官は通信機のチャンネルを、統合幕僚監部の暗号回線へと切り替えた。
彼らの視線の先、遥か150km彼方には、ダージリン王国の王都コウチャが広がっている。三百万の害虫と、魔素の結晶『ハイヴ』が鎮座する絶望の都。
ここから先は、日本国の持つ『最大の矛』が解き放たれる領域である。
「市ヶ谷。こちらウバ山前線指揮所。……スキャンイーグル及び各車両の対空レーダー網にて、敵性飛翔体ゼロを確認。目標への空域は完全にクリアだ。いつでも来い」
『――了解。これより、ストライクパッケージが目標空域へ進入する。陸上部隊は閃光に備えよ』
その頃。
沖縄、硫黄島、そして築城基地から飛び立った日本国の航空打撃群――最大爆装を施したF-15XJ、F-35A、CBU-87/Bを腹に抱えたP-1哨戒機、そして超音速ミサイルASM-3Aを積んだF-2戦闘機の巨大な編隊が、王都コウチャの遥か上空へと迫りつつあった。
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ご高覧頂きありがとうございます。
多忙のため、次の更新は早くても再来週になりそうです。
すみませんが、引き続きよろしくお願いいたします。




