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第015話 会談と対話(1)

■ジャポン皇国 皇都オワリ 天守閣 大会議室


日本国外務省・特命全権大使である九条(クジョウ)は、ひっそりと静まり返った大会議室で、一人黙々と黒く太い映像ケーブルの接続作業を行っていた。

この一週間、防衛省や霞が関の本省庁との綿密な調整に次ぐ調整で、九条の睡眠時間はほぼ皆無に近い。深い疲労と、それ以上の静かな高揚感が全身を支配している。


九条の手元、重厚な一枚板の長机の上に鎮座しているのは、日本から持ち込んだ二つの精密機器である。

一つは、光学機器の世界的メーカーである株式会社諏訪精工舎製の超高輝度ビジネスプロジェクター。

そしてもう一つは、映像の出力元となる分厚いノートパソコン。これは家電量販店大手の野島電気工業が事業取得して法人向けに展開している、国産パソコンブランド『生命(いのち)』の業務用ハイエンドモデルであった。過酷な現場での使用を想定したマグネシウム合金の堅牢なボディは、気圧や湿度の変動が激しい異世界の環境下でも、一切のフリーズを起こさず安定した挙動を見せている。


(これでよし。後はこの会談で許可さえ取れれば、日本国として合法的に動ける範囲が飛躍的に広がる。踏ん張りどころだ)


九条がネクタイを締め直し、プロジェクターの電源を投入したその時。

トントン、と控えめなノックの音が鳴り、両開きの重厚な扉が開かれた。


「待たせてすまんの、クジョウよ」

「お待たせして申し訳ありません。せっかくの重要な会談ですので、少し気合いを入れておりました」

「待たせてしもーたさかいに、堪忍なー」


入室してきたのは、このコアラ大陸における人類側のトップ三名。

ジャポン皇国の女皇オイニ、ダージリン王国の王女アールグレイ、そしてフリーダム都市国家の行政長ジェンダーである。それぞれの背後には、護衛の騎士や側近たちが数名ずつ付き従っている。

九条は立ち上がり、深く一礼しながらも内心で唖然としていた。国交樹立当初の張り詰めた緊張感はどこへやら、彼女たちの態度は随分と柔らかくなっている。特に十代の少女であるオイニが発する独特の威厳と愛嬌には、四十路の九条をして、つい保護者のような好意を抱きそうになるほどだ。


「座るのじゃ。さて、クジョウよ。何か重要な事案があって会談を求めたということじゃが?」

回りくどい外交辞令を省き、ダイレクトに本題を切り出してくるオイニに感謝しつつ、九条はPC『生命』のエンターキーを静かに叩いた。


「はい。本日は日本政府より、貴国等に対して『許可』と『ご相談』を頂きたい案件が複数ございます。……まずはこちらの映像をご覧ください。少々、部屋の明かりを落とさせていただきます」


九条の合図で、会議室の魔石灯が絞られる。

直後、諏訪精工舎製のプロジェクターが放つ強烈な青白いレーザー光が、壁面に設置された巨大な純白のスクリーンへと投射された。


『――ッ!?』


スクリーンに映し出された光景を見た瞬間。

三人の少女たちと、背後に控えていた側近たちは、文字通り息を呑んで絶句した。数人の騎士に至っては、あまりの衝撃にガタンと椅子を蹴立てて立ち上がり、腰の剣に手をかけかけたほどだ。


「お、おい……嘘じゃろ。これは……『千里眼』の魔法か!? いや、いくら高位の魔法でも、これほど鮮明に遠方の景色を映し出すなど……!」

オイニが玉座から身を乗り出し、震える指でスクリーンを指差した。


そこに映し出されていたのは、上空一万メートルを滞空する高高度無人偵察機(ドローン)の光学カメラが捉えた、超高解像度の『大地』の映像であった。

雲海を眼下にすり抜け、緑豊かなウバ山脈の尾根を鳥のような滑らかさで飛び越えていく。大画面いっぱいに広がる、あまりにもリアルで圧倒的な大空からの視点。まるで自分たち自身が天高く飛翔する竜(ドラゴン)の背に乗って、大地を見下ろしているかのような錯覚に陥る。


「魔法ではありません。我が国が空に放っている『空飛ぶ機械の目』が捉えた、現在のウバ山脈、そしてその先にある――ダージリン王国の王都コウチャの姿です」


九条がノートPCのマウスを操作すると、映像が凄まじい倍率でズームアップされた。

大気の揺らぎすらデジタル処理で補正された無機質な映像が、王都コウチャの中心部を克明に映し出す。

その瞬間、アールグレイ王女の顔から血の気が完全に失せ、悲痛な叫び声が漏れた。


「ああ……なんということ……私の、美しい王都が……!」


画面の中の王都コウチャは、美しい城下町の面影など微塵も残っていなかった。

半径およそ8kmに及ぶ広大な都市は、そのほとんどの家屋が徹底的に破壊され、黒焦げの瓦礫の山と化している。そして何より異様なのは、かつて壮麗な王城がそびえ立っていたはずの中心部に、不気味な脈動を繰り返す『巨大な白い柱』が天を突くように屹立していたことだ。


「防衛省の解析によれば、王都コウチャの内部および周辺には、貴国等でいう魔族(害虫)が、およそ三百万体ほど密集していることが確認されました」


九条がPCを操作すると、映像が光学カメラから『赤外線サーモグラフィ(熱源探知)』へと切り替わる。

冷たい瓦礫の青色に対し、魔族たちが発する真っ赤な熱源が、まるで腐肉に群がる無数のウジ虫のように都市全域を埋め尽くしていた。


「さらに、この熱源データと各種センサーの解析結果から……都市内部における人類の生存者は『ゼロ』。非常に残念ですが、生存は絶望的であるとの確認が取れました」


「……っ」

アールグレイは唇をわななかせ、膝の上でドレスの布地をきつく握りしめた。隣に座るジェンダーが、痛ましそうに彼女の肩を抱く。


「……状況は、理解いたしました。生き残りがいないことは、占領された時点で覚悟しておりましたから……」

アールグレイは涙を堪え、震える声で尋ねた。

「クジョウ様。ニホン国は、あの映像を私たちに見せて……どうするおつもりなのですか?」


「我が国の防衛省より、『王都コウチャ奪還作戦』の具体的なプランが政府へ提出されました。本日は、その作戦実行の許可と、戦後における『報酬』についての交渉に参りました」


九条は姿勢を正し、冷徹な外交官の顔に戻って宣言した。

「作戦の詳細は後述しますが、まず皆様に教えていただきたいことがあります。映像に映っている、王城跡地の『白い柱』……そして、『魔族』我々で言う害虫とは一体どのような原理の存在なのですか? 根本的な生態を知らねば、彼らを根絶やしにすることは不可能です」


九条の問いに対し、アールグレイは一つ深呼吸をして、重い口を開いた。


「あの白い柱は、『ハイヴ』と呼ばれています。魔素の結晶体であり、魔族の食料源、そして彼らが活動・増殖するためのエネルギーの源です。あれを潰さないことには、コウチャから魔族を一掃したところで、何度でも際限なく湧き出してきます」

「ハイヴ、魔素……ですか」

「はい。魔素とは、この世界の空気中に含まれている『魔力』そのものです。とくにこのコアラ大陸は最も魔素が濃い場所であり、その濃すぎる魔素から自然発生的に生まれてしまうのが魔族なのです」


九条は手元のノートパッドに素早くメモを取りながら、心の中で(なんという典型的なファンタジーRPGの設定だ)と驚愕していた。

魔力が充満した大地からモンスターが無限湧きし、巣(ハイヴ)を作る。


「その魔族の中で、長い年月を経て強大な知恵と力を持ち、全体を統率するようになった個体を『魔王』と呼びます。かつて、我が国の『レッドライン』や都市国家の『マジノライン』といった防壁は、魔族の侵攻を防ぐためのものでした。しかし……四大魔人と呼ばれる強力な幹部たちによって、その防壁は無意味にされてしまったのです」

ジェンダーが引き継ぐように身を乗り出す。

「せや。四大魔人の存在は、冒険者ギルドのSランク連中に依頼して魔族を捕縛させ、そっから情報を引き出して判明したんやけどな……。そいつらを従えてる『魔王』って存在は、ほんまに恐怖でしかない。歴史を紐解いても、魔王は常に『一体』しか存在を許されへん絶対的なバケモンや」


(魔王、四大魔人、Sランク冒険者……)

本来ならば大の大人が会議室で真面目に議論するような単語ではない。だが、九条はなぜか胸の奥が少しだけワクワクしている自分に気づき、慌てて咳払いをした。私は政府から国益を託された外交官だ。真剣に考えねば。


「……よく分かりました。皆様のお話は、我が国の軍事戦略を練る上で極めて重要な情報です。その『ハイヴ』の破壊こそが、奪還作戦における最重要目標となるでしょう」


九条は再びプロジェクターの映像を切り替え、ダージリン王国とウバ山脈の広域マップを表示した。


「では、具体的な『作戦内容』と、我が国が求める『報酬』についてご説明いたします。アールグレイ様、少々厳しい現実をお伝えすることになりますが……よろしいですね?」


青白いプロジェクターの光が、静まり返った会議室にダージリン王国とウバ山脈の広域マップを投射している。

外交官・九条は、手に持ったレーザーポインターの赤い光を、魔族に占領された王都コウチャの上へ落とした。


「それでは、我が国の防衛省が立案した『王都コウチャ奪還作戦』の全貌をご説明いたします」


九条の低く通る声に、三人の少女たちと側近たちが息を呑んで耳を傾ける。


「作戦は大きく二つの段階(フェーズ)に分かれます。まず第一段階。ランズ・エンドの飛行場、および日本本土から飛び立った『多数の航空機』を用いて、空から王都コウチャに対する大規模な爆撃を行います」


九条は彼女たちに、軍事的な専門用語を一切使わずに説明した。

実際には、この爆撃任務を担うのは航空自衛隊の『川崎P-1哨戒機』の大編隊である。対潜水艦用の哨戒機でありながら、爆撃機に匹敵する強大なペイロード(兵器搭載量)を誇る純国産ジェット機。


今回の作戦にあたり、防衛省は機体の腹部にある巨大な爆弾倉(ボムベイ)をあえて改修せず、既存のラックをそのまま流用する形で、国内で再生産が開始された非人道兵器『CBU-87/B(クラスター爆弾)』を満載する。

さらにそれだけではない。主翼下に設けられた多数のパイロン(兵装懸架装置)には、F-2戦闘機等で運用されるマルチ・エジェクター・ラック(多連装架)を強引に増設。主翼の構造限界重量ギリギリまで、クラスター爆弾を文字通り「鈴なり」に吊り下げるという、対魔族殲滅に特化した狂気じみた過積載(フル・ペイロード)仕様を構築していた。


それを、三百万の群れの上空から雨霰と投下する。

それは「絨毯爆撃」という言葉すら生易しい、都市という空間そのものを極小の破片と超高温の炎で隙間なく埋め尽くす『完全なる飽和攻撃』であった。


「次に、ランズ・エンドに展開している陸上部隊から、遠距離の面制圧砲撃を長時間にわたって実施します」

九条はレーザーポインターを、コウチャの手前にある山地へスライドさせた。

「ただし、効果的な砲撃を行うためには陣地が必要です。陸上部隊は王都への進軍過程において、この『ウバ山脈』に巣食う害虫を排除しつつ山頂を確保。そこを足場として、王都への砲撃を継続します。この空と陸からの二段構えの攻撃により、コウチャに存在する魔族の七〜八割を安全圏から一掃する予定です」


「空からの攻撃に、山からの長距離攻撃……」

アールグレイが、自らの想像が及ばない日本の戦術に呆然と呟く。

ダージリン王国の騎士たちが剣を掲げ、突撃の喇叭(らっぱ)と共に血を流して戦うような『戦争』は、そこに一切存在しない。ただひたすらに、一方的に致死量の暴力を浴びせ続けるだけの極度に合理的な作業工程だ。


「そして残存する二〜三割の魔族に対しては、装甲車両を中心とした機械化部隊をコウチャへ突入させ、掃討を行います。撃ち漏らしは、我が国の歩兵部隊が直接一掃し、最後に魔族の補給源である『ハイヴ』を物理的に破壊して作戦完了となります。……しかし、アールグレイ様」


九条は一度言葉を切り、深い同情と、外交官としての冷徹さを同居させた瞳で王女を見つめた。


「この大規模な爆撃と砲撃の過程において……すでに瓦礫となっている王都の構造物や、歴史ある王城の残骸などが、一切合切の『完全な更地(平地)』になってしまう可能性が極めて高いのです。奪還の過程で生じる不可抗力とはいえ、貴国の王都を徹底的に破壊してしまうことへの許可を頂きたい」


会議室に重い沈黙が落ちた。

ダージリンの側近たちが、無念さに唇を噛みしめる。王都とは、国家の歴史であり、文化の結晶である。それを「更地にする」という宣告は、あまりにも残酷だった。


しかし、アールグレイは震える両手を胸の前で固く組み、まっすぐに九条を見返した。


「……構いません。コウチャが魔族に占領された時点で、王国民の生き残りがいないことは覚悟しておりました。それに、すでに街が瓦礫と化しているのであれば、元の姿へ復興させることは不可能です」

「アールグレイ様……」

「ハイヴを破壊し、魔族を根絶やしにできるのであれば、完全に更地にしても構いません。むしろ……魔族に穢された王都を一度浄化し、新たな歴史を築くための『真っ新な土地』にしてくださることに、感謝いたします」


悲壮な決意を込めた王女の言葉に、九条は深く、敬意を込めて頭を下げた。


「承知いたしました。ダージリン王国の誇りに懸けて、我が国の自衛隊が必ずや王都を浄化し、奪還してご覧に入れます。……さて」


九条は頭を上げると、プロジェクターの映像を消し、室内の魔石灯を元の明るさに戻した。

ここからは、感情ではなく『国益』の計算(すりあわせ)である。


「この大規模な軍事行動には、我が国としても天文学的な予算と物資、そして人員を投入することになります。日本は慈善団体ではありません。つきましては、戦後における『軍事介入の報酬』についてのご相談がございます」


その言葉に、オイニたち三人の少女の顔にピリッとした緊張が走った。

来た。ついに日本の「要求」だ。

これだけの圧倒的な力を持つ国である。法外な賠償金か、それとも国家の属国化か、あるいは莫大な量の金塊を要求されるのか。ジェンダーなどは、都市国家の国庫残高を頭の中で必死に計算し、冷や汗を流していた。


「我が国が、王都コウチャ奪還の報酬として求めるもの。それは……」

九条はわざと一拍置き、書類をテーブルの上に滑らせた。

「ランズ・エンドと王都の間にある、『ウバ山脈』の永続的な資源採掘権および、一部の管理権限です」


「…………は?」

ジェンダーの口から、素っ頓狂な声が漏れた。

オイニも目を瞬かせ、アールグレイに至っては、自分の耳を疑うように書類と九条の顔を交互に見比べた。


「あ、あの……クジョウ様? ウバ山脈の、採掘権ですか?」

アールグレイがおずおずと尋ねる。

「ええ。ウバ山脈の地下資源に関する、日本国の独占的な採掘権を頂きたいのです」


「い、いやいや待つんやクジョウ殿!」

ジェンダーがたまらず立ち上がった。

「ダージリンは元々、豊かな農業国や! 鉱山なんかほとんどあらへん! ウバ山脈かて、木と岩ばっかりで、ロクな鉱脈なんて見つかった歴史はないんやで!? 砂金の一つも出たことない、ただの魔物が住み着く不毛な山や!」


「そうです」とアールグレイも同意する。「あそこには、金脈も銀脈も、良質な鉄鉱石すらありません。そのような価値のない場所を報酬にされては、我が国としても面目が立ちません。もしや、何か我々が気づいていない『金(ゴールド)』の鉱脈でも見つけたとおっしゃるのですか?」


金目当てだろう、という的外れな質問に、九条は内心で(計画通りだ)とほくそ笑んだ。

現代の無人偵察機と地質探査衛星が弾き出したデータによれば、ウバ山脈の地下には、日本にとって喉から手が出るほど欲しい『リン鉱石』の莫大な鉱床が眠っている。

リン鉱石は、化学肥料の三大要素の一つであり、食料自給率を維持するために絶対に欠かせない戦略物資だ。さらに、現代のEV(電気自動車)や蓄電池に不可欠な「リン酸鉄リチウムイオン電池」の主原料でもある。地球においては特定の国に偏在し、常に輸入リスクと価格高騰に晒されていた、まさに国家の生命線である。


だが、化学肥料という概念が存在しない剣と魔法の世界において、リン鉱石など『ただのちょっと臭い石コロ』に過ぎないのだ。


「金(ゴールド)ではありませんよ、アールグレイ様、ジェンダー様」

九条は、最高に柔和で、かつ胡散臭い外交官の笑みを浮かべた。

「おっしゃる通り、あそこには貴国等にとって価値のある貴金属は一切眠っておりません。ですが……我が国の産業や技術にとってのみ、非常に有益となる『特殊な石(資源)』が存在する可能性があるのです。現時点では、この世界の方々には全く使い道のない、価値のない資源かと思いますが」


「我々には全く無価値な石が、ニホンには必要……じゃと?」

オイニが、玉座の上で目を細めて九条をジッと見据えた。

十代の少女でありながら、一国の主としての鋭い直感が「日本が何か途方もない利益を得ようとしている」ことを察知している。だが、自分たちにとって価値がゼロである以上、反対する理由も、その価値を量る術もない。


「いかにも。我が国にとっては、王都奪還の莫大な軍事費を帳消しにして余りあるほどの『価値』が、あの山にはあるのです」

九条はわざとらしいほど丁寧に頭を下げた。

「我が国が必要な資源を得て、貴国は魔族から王都を取り戻し、安全な国境線を得る。双方にとって、これ以上ないほど有益な取引であると確信しておりますが、いかがでしょうか?」


「…………」

アールグレイは少しの間考え込み、やがてジェンダーとオイニの顔を見た。二人とも、小さく頷いている。


「分かりました」

アールグレイが、凛とした声で宣言した。

「金も銀も出ない不毛の山で、我が国の窮地を救ってくださるというのなら、これほど有り難いことはありません。王都コウチャ奪還の暁には、ダージリン王国全権をもって、ウバ山脈の資源採掘権をニホン国に割譲することを誓約いたします」


「ありがとうございます。これで、日本政府も全力で動くことができます」


九条は深く一礼しながら、腹の底でガッツポーズを取った。

(これで、日本の農業(食料安全保障)と次世代産業の未来は完全に担保された。しかも、現地人からは『無価値な山をもらってくれるお人好し』と感謝されながら!)


こうして、剣と魔法の世界の覇権と、現代日本の凄絶な軍事力が交差する「王都コウチャ奪還作戦」は、双方の思惑が完璧に噛み合ったまま、静かに、しかし確実に発動へのカウントダウンを刻み始めたのである。



ウバ山脈の資源採掘権を巡る日・ダの交渉が事実上妥結し、会議室を支配していたヒリヒリとするような緊張感が少しだけ緩んだ。

ダージリン王国の悲願である王都奪還。そして日本国の生命線であるリン鉱石の確保。双方の国益がこれ以上ない形で合致した瞬間であった。


「……さて。コウチャ奪還とウバ山脈の件については、これで合意とさせていただきます。防衛省には直ちに作戦の最終調整に入らせましょう」

九条は書類をトントンと机で揃え、ふう、と一つ息を吐いた。

だが、優秀な外交官である彼の仕事はまだ終わらない。手元の分厚いファイルから、次なる議題のペーパーを引き抜いた。


「続いて、もう一件。フリーダム都市国家群に属する『港町エンジョイ』の件についてお話しさせてください」


その地名が出た瞬間、フリーダムの行政長であるジェンダーの肩がピクリと動いた。


「港町エンジョイは、ジャポン皇国へのアクセスを担う要衝です。しかし、先日の害虫(レッサーデーモン)の大規模な侵攻により、街は多大な被害を受け、多数の犠牲者が出ました。……この事態を、日本政府としても非常に重く受け止めております」


日本の第一戦略機動大隊の活躍によって街の完全な壊滅は免れたものの、現地の冒険者たちは全滅し、防衛隊にも多数の死傷者が出た。物流の拠点がこれほど脆弱であっては、日本としても今後の大陸進出に多大な支障をきたす。


「わかっておる。早急に防壁の修復と、新たな警備隊の派遣を手配する予定じゃ」

オイニが女皇として重々しく頷くが、九条は静かに首を横に振った。


「いえ、オイニ陛下。それでは間に合いません。害虫の脅威が未だ去っていない以上、抜本的な防衛力の強化が必要です。……そこで、我が国の陸上自衛隊・施設科部隊を、エンジョイへ直接派遣する用意が整っております」

九条はジェンダーの方へ向き直った。

「該当する都市国家のトップであるジェンダー様。我が国の部隊がエンジョイに入り、港湾施設の近代化改修と、強固な防衛陣地の構築を行う許可を頂きたいのです。もちろん、費用は我が国が持ちます」


その提案を聞いた瞬間だった。


「うぉおおおおっ! ほんまか!? 嬉しいさかい! 認める、許可する、急いで来てほしいわ!!」


ジェンダーは椅子を蹴立てて立ち上がり、バンバンと机を叩いて歓喜の声を上げた。

無理もない。フリーダム都市国家群は商業と貿易を主軸とする国家の集まりであり、インフラの整備には莫大な金がかかる。それを、あの魔法のような技術を持つニホン国が、タダで、しかも軍隊の護衛付きで最新鋭の要塞港に改修してくれるというのだ。守銭奴のそしりを受けることの多いジェンダーにとって、これほど美味しい話はない。


「ジェ、ジェンダー様! 興奮し過ぎです!」

「ジェンダー様、お座りください! 我々が恥ずかしい思いをしますので、どうか落ち着いて!」


背後に控えていた側近たちが、慌てて主君の服の裾を引っ張り、席に座らせようとする。一応は国家間の最高首脳会議である。いかに国交が深まってきたとはいえ、他国の大使の面前で大はしゃぎするなど、本来であれば外交的威信に関わる大失態だ。


(まだまだ若いな。日本であれば、政治のトップにこの年齢の子供は絶対に据えないだろうが……世界が違えばこういうものか)

九条は内心で苦笑しつつ、彼女の無邪気な反応を微笑ましく見守っていた。

しかし、その直後だった。


「いやぁ~、ほんまに嬉しいことやわ~! これで後は、『超帝国』とかも何とかなるさかい! ニホン様様やわ!!」


ピタリ、と。

九条の笑顔が、文字通り顔に張り付いたまま硬直した。


「……ちょっと、ジェンダー様!?」

隣に座っていたアールグレイ王女が、悲鳴のような声を上げてジェンダーの腕を掴む。

オイニも「あちゃー」という顔をして額に手を当てた。

当のジェンダーは、二人のただならぬ反応を見てハッと口を両手で塞いだが、こぼれ落ちた言葉はもう取り消せない。


九条の脳内で、凄まじい勢いで警報(アラート)が鳴り響いていた。

『超帝国』。

その単語の響きが持つ、地政学的な意味合い。

魔族の脅威に晒され、今まさに存亡の危機にある人類国家のトップが、ニホンの支援を取り付けたことで「あそこも何とかなる」と安堵する相手。

つまり、それは魔王軍とは別の、人類側の『強大な仮想敵国』が存在するという決定的な証左に他ならなかった。


「……ジェンダー様、アールグレイ様。申し訳ありませんが、今のお言葉について詳しくお聞かせ願えますか?」


九条の声から、先ほどまでの「親戚の優しいおじさん」のような温もりが完全に消え去り、剃刀のように冷徹な『特命全権大使』の顔が現れた。

その場の空気が一瞬にして凍りつく。


「『超帝国』とは、一体何でしょうか?」

「えーとな……えーと……」

ジェンダーは冷や汗をダラダラと流し、助けを求めるようにアールグレイを見た。「アールグレイ様……あかん、助けて」


アールグレイは深く、深くため息をつき、諦めたように首を垂れた。

「……はぁ。クジョウ様、申し訳ありません。本来であれば、この魔族の案件が落ち着き次第、ニホン国へ正式にご相談とご報告をしようと考えていた事案が二つあったのです」


アールグレイは観念したように、隠していた二つのカードをテーブルの上に並べた。

「一つは、我々三カ国を一国に纏めて『コアラ合衆国』建国しようとしている件。そしてもう一つが……『ペペロンチーノ超帝国』についてです」


ペペロンチーノ。

そのどこか間の抜けたパスタ料理のような名前に、九条は一瞬だけ拍子抜けしそうになったが、続く『超帝国』という厳めしい称号がそれを許さなかった。


「……なるほど。合衆国の件は、法体制の草案作りなどでいずれ我々もお力添えできると考えていたので、後回しでも構いません。ですが、アールグレイ様」

九条は目を細め、静かな、しかし確かな圧を込めて言った。

「『ペペロンチーノ超帝国』については、もっと早く、それこそ国交樹立の段階で真っ先に教えていただきたかった事案ですね。名前に『超』を冠するほどの巨大な帝国……恐らくは、極めて覇権主義的な軍事国家。そのような『列強国』がこの世界に存在し、近隣で目を光らせているというのであれば、我が国の安全保障戦略そのものを根底から見直す必要があります」


「……おっしゃる通りです。申し訳ありません」


アールグレイが、まるで叱られた子供のようにしょんぼりと肩を落とす。

その可憐な姿は、普段の気高く凛とした王女の姿とはギャップがあり、九条としては非常に新鮮で心が揺れそうになった。……が、今はそれどころではない。


(この世界には、覇権を争う『列強国』という概念が存在する)


それは、日本にとって決定的な情報だった。

これまでは「人類 vs 異形の害虫(魔族)」という、極めてシンプルで善悪の分かりやすい構図で思考していた。日本の圧倒的な軍事力で害虫駆除を行えば、世界は平和になると信じて疑わなかった。

だが現実は違う。

人間の欲望は、世界を越えても変わらないのだ。このファンタジー世界にも、力による現状変更を目論み、周辺国を脅かす「覇権主義国家」が存在する。

魔族という共通の敵がいなくなった後、その超帝国とやらが、豊かな技術と資源を持つ『日本』に牙を剥かないという保証はどこにもない。


「アールグレイ様、ジェンダー様、オイニ陛下。ペペロンチーノ超帝国に関する、軍事力、政治体制、地政学的な位置関係を含めた『全ての情報』を、後ほど詳細なレポートとして提出していただけますか。これは、今後の友好国間の安全保障に関わる最重要課題です」

「……わかりました。すぐに手配いたします」


アールグレイが重々しく頷く。

会談が終わり次第、大至急で本国の外務省と防衛省、そして内閣総理大臣へ暗号通信を送らねばならない。

日本国の真の敵は、もしかすると害虫ではなく、同じ人間(・・・・・)なのかもしれないのだから。


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真にありがとうございます。

長くなりますので2回に分けたいと思います。

続きは準備出来次第です。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
地球でも約19世紀半ば以降且つリン鉱石の主な用途は肥料か火薬の原料としてなので、食料生産は勿論の事官民合わせて湯水の如く使用するリン鉱石の価値を仮に会談の場で説明してもコアラ大陸の皆様が恩恵を受けるに…
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