200:閑話-学ぶは『八顕現』
今回も閑話です。
「お待たせ~」
それはとある日の事。
王城の一室にて、宮廷魔術師長の妻にして自身も宮廷魔術師であるユフィール・フォン・ウインスキーは、二人の男性魔術師に会っていた。
「これが『闇軍の魔女』ミーメちゃん著作の『八顕現の書』よ~」
「それが……」
「あの『闇軍の魔女』様の……」
ユフィールが二人に見せたのは一冊の本。
装丁の方が分厚いと感じるような薄さであるが、中身は多くの魔術師……否、魔術に関わる者が求める物。
そう、ミーメが自身の扱う魔術の考え方『八顕現』について記した物であり、第二属性に至る道筋を大幅に短縮できるかもしれない文章であった。
「改めて言っておくわね~。この本の内容について外で話す事は禁止~。記録するのも無しだから~、全部この場で覚えていってね~。もしも約束を破ったら~滅よ~」
「はい」
「勿論です」
そんな書を、この二人が他の許可が下りた者に先んじるように読む事を許されたのは、本人たちの功績もさることながら、二人の両親が持つ信頼と実績によるところも大きい。
二人は兄弟であった。
そして、二人の顔とユフィールの顔は街中を三人で歩けば兄弟に間違われるほどに似通っていた。
「息子たちの聞き分けが良くて助かるわ~」
兄の名はウコバク・ウインスキー。火属性の魔術師で、魔術師団に所属している。
弟の名はヴォヴァル・ウインスキー。光属性の魔術師で、魔術師団の治療部隊に所属している。
二人は宮廷魔術師長ジョーリィとその妻ユフィールの息子たちであり、第二属性に至る事を望む者でもあった。
「では、御開帳~」
ウコバクとヴォヴァルは『八顕現の書』を真剣に読み込んでいく。
内容が正しいか、自分にも適用出来るかは分からない。
だが、多くの宮廷魔術師たちが参考になると認識している時点で、第二属性に至りたい彼らにとっては喉から手が出るほどに欲しいものであったが故に。
「なるほど。生成と還元、操作と変形、強化と特化、付与と抽出。既存の魔術を要素ごとに分解して、自由度を高めているのか」
「これは分かり易い。例として提示されている文章も非常に分かり易いですし、ある程度以上、魔術に精通した人間なら、これほどありがたい物も無いでしょうね」
そして理解していき……。
「それでヴォヴァル。どうだ? 私については特化と抽出の経験がまるで足りていないと思うんだが」
「俺は還元と抽出が足りていないと思います、兄さん。どちらも医療部隊では縁が無い物なので」
揃って頭を抱えた。
自分たちのこれまでの活動でまるで使った覚えのない技術こそが第二属性に至るための鍵であると理解してしまったがために。
「納得が行かないかしら~」
「むしろ。納得が行くからこそ、困っているんだ。母さん」
ミーメが把握している限りと言う注釈は付くが。
第二属性に目覚める為の条件は『八顕現』をトリニア神が求めている基準にまで扱えるようになる事。
具体的な数字こそ出せないものの、条件そのものは『人間』属性からの直感もあって、間違いないと断じても良い。
この条件については、他の宮廷魔術師たちも、仮に違っていても、大きくは外れていないだろうと認識していた。
「そりゃあ、騎士や魔術師で第二属性に目覚めるのは、十分に基礎を積んだ上で、何かしらの修羅場を潜り抜けた奴に限られるはずだ。知らずに扱うのなら、還元は自分と同じ属性の魔術への抵抗力としか用いないし、抽出は敵からの付与と言う滅多にない現象だけだ。機会がまるで足りない」
「魔道具職人が多めにもなるのも納得です。彼らは多種多様な魔道具を作るために様々な魔術を扱いますし、失敗作の魔道具を処理するのに還元と抽出を利用していたのでしょう」
「そう言う事よね~」
その条件を満たす上で障害となるのは主に三つ。
自分の属性を含む物を魔力に変換する還元。
自分の属性から特定の要素だけを引き出して利用する特化。
物などに付与された魔術を取り除く抽出。
これらは王国の人間が通常触れるような環境で扱う事は滅多になく。
貴族院、貴族学校、トリニア教の青空教室と言った魔術に関する知識を扱う場所でも触れられる事はない……そもそも認識すらされていない。
故に扱われず。
だから、第二属性に目覚めるものは限られる要因であった。
「ふふふ~。頑張って頂戴ね~。貴方たちの歳と経験、それに熱心さだと~たぶん後ちょっとの手助けにしかならないだろうけど~。貴方たちで上手く行くのなら~という具合に広めていく予定だから~」
「分かったよ。母さん」
「分かりました。母上」
だからこそ、『八顕現の書』は劇薬でもあった。
なにせ、これまでは目覚めるものが限られていたからこそ、制御されていたとも言える第二属性。
それに至る者を大幅に増やす事が可能である事は明らかだったからである。
「しかし母上。これが明らかになれば貴族院とは大いに揉める事になりそうですね」
「そうね~。考えなしに広めたらそうなると思うわ~」
『八顕現の書』を読み終えて。
ウコバクがこれからどうやって研鑽を積むのかを考える一方、ヴォヴァルは読んでいて思ったことを口にする。
「なにせ~。先人たちが築き上げ、練り上げた魔術の大半が~たった八つの要素に分解されてしまうんだもの~。新しい魔術を必死に考えていた教師とか~難しい詠唱を頑張って暗記していた学生なんかは~卒倒物だと思うわ~」
「でしょうね」
「ただね~。実を言えば~。相手を絞るのなら~そこまで揉めたりはしないわ~」
そう言ってユフィールは、夫が国王や貴族院の院長と言った責任者たちと計画している話を少しだけ明かす。
それは、既存の騎士や魔術師程度の実力があれば十分だと認識している生徒たちについてはこれまで通りに教えて、一部の素行がよい上に向上心も持っている生徒に限って、『八顕現』を密かに教えるというやり方。
教師も生徒も限る事で、批判を躱すやり方だった。
そもそもとして、ミーメも以前に認めていた通り、詠唱による画一的な魔術にも、画一的であるからこそのメリットはあるため、これが無難な形であった。
「なるほど。それなら大丈夫そうですね~」
「心配してくれてありがとうね~ヴォヴァル~」
計画を知らされた事でヴォヴァルは安心し、そこで引き下がる事を選ぶ。
父親を含む国の上層部が、この手の事態に対して、目の前の餌に釣られるような人間では無いと知っているからだ。
「そうそう~。『八顕現』について知ったのなら~こちらにも目を通して頂戴ね~」
ここでユフィールは一枚の紙を二人に見せる。
「後出しかよ、母さん。えーと、属性混合による出力強化について……」
「トリニティアイは200倍以上!?」
「貴方たちがなれるかは分からないけれど~。もしもなれてしまった時に備えて~知っておくべき知識って奴ね~」
そこに示されていたのは、属性混合数による魔力の出力強化について。
紙にはトリニティアイの魔術は200倍以上に強化される旨が、出所不明の情報として記されており、それが事実である事を承認する宮廷魔術師長のサインも記されていた。
ウコバクとヴォヴァルの二人は、この文章が真実であると認識し、制御を誤った場合を想像して、震える。
「ヴォヴァル。もしも第二属性になれても、まずは基礎の研鑽からだな」
「兄さんの言う通りだね。そうしないと、もしもがあった時があまりにも怖い」
「本当に息子たちの聞き分けが良くて助かるわ~」
微笑むのはユフィールばかりであった。
ちょっとした裏設定ですが。
『八顕現』の還元と抽出は、魔術に対する防御として機能しています。
還元があるからこそ、火属性魔術師は火に対して耐性を持ちます。
抽出があるからこそ、敵対者に掛ける付与魔術は成功率が低かったり、掛け続けないと解除されてしまうわけですね。
八顕現の生成は魔力を何かに変換する技術であり、還元は何かを魔力に変換する技術なのですが。
魔力には個人個人の色とでも言うべき、僅かな違いがあります。
なので、魔力で魔力を生成する。魔力を魔力に還元する。と言うのも成立します。
むしろ成立しないと、トリニティアイになれなかったりします。
前者は『八顕現の書』に記されましたが、後者はトリニティアイのなり方に深くかかわるために秘匿されました。
06/02後書き誤字訂正




