181:トゥナバゲット
「焼き上がった切り身をバゲットに挟みまして……これで完成です。どうぞ、ヘルムス様、ミーメ様」
「御苦労」
「ありがとうございます」
釣りに興じる事一時間ほど。
ワタシたちはそれなりの量の魚を釣り上げる事に成功し、護衛の方たちと共に釣り場中心の安全地帯に移動した。
そして、そこで最初に釣り上げたストリムトゥナは解体、調理されて、ワタシたちの昼食となったのだった。
「とてもいい匂いですね」
「ええ本当に。ではミーメ嬢」
「はい。いただきます」
お出しされたのは、持ち込みのバゲットに切れ目を入れ、そこに幾らかの酢漬けの野菜を入れた後、程よい大きさに切り分けて焼かれたストリムトゥナの身を挟み込む。
そして最後にストリムトゥナを焼いた際に出てきた脂も利用して作られた特製ソースをかけられたものとなる。
バゲットの大きさがワタシの手よりも長いくらいなのもあって、ボリュームたっぷり。
焼けた魚の匂いで食欲もそそられる。
そんな代物だ。
「美味しいですね。噛み応えがある赤身に、アクセントの野菜とソース、パンのほのかな甘み、たっぷりの魔力。全てが噛み合って、幾らでも食べられそうなくらいに美味しいです。これが日常的に食べれると思うと、トレガレー公爵領はやはり素晴らしいところですね」
「ミーメ嬢に喜んでいただけているようで何よりです。ただ、これほどの上物は流石に公爵領でも珍しいので、今日の私たちは運が良かったようです」
「そうなのですか?」
「ええそうです。新鮮な魚は日常的に食べられますが、これほど魔力の味も肉の味も濃い魚は一週間に一度食べられるかどうかと言うところです。なので、間違いなく幸運ですよ」
「なるほど」
ワタシは周囲に居る他の人たち……量もあったので、折角だからとストリムトゥナの身の一部を渡した護衛の人や漁師の方々の顔を見る。
すると、どの方々もヘルムス様に同意するように頷いている。
どうやら本当に今日のワタシたちは幸運であったらしい。
ちなみに、王都では海の魚は滅多に食べられない。
海から王都まで物を運ぶだけでも大変な上に、生の物を運ぶなら冷蔵や冷凍の魔術または魔道具は必須で、そうなると恐ろしい額の費用がかかる事になるからだ。
なので、王都で食べられる海の魚と言えば、塩漬けか燻製か干物が一般的となる。
もう一つ、ついでの余談として。
この世界では前世知識にあるほど生食は盛んではない。
獣、魚、卵のいずれも火を通すのが基本であり、生食は浄化手段と治療手段を準備した上で一部のもの好きな貴族がやるくらいである。
野菜や果物にしても、新鮮な物を魔術によって洗うか浄化してから出すのが基本。
今居るような場で供されるのなら、酢や塩に漬け込むなどして、十分な腐敗対策をされた物が普通である。
食中毒は誇張でも何でもなく命に関わるので、誰もが十分に注意を払っているのだ。
魔術で各種対策ができるワタシだって基本的にはやらないくらいである。
閑話休題。
「公爵家の方々にも渡すべきでしたかね?」
「大丈夫でしょう。他の魚も十分良い物でしたし、漁師の方々と分け合って文句を言うようなトレガレー公爵家ではありませんから」
「そうですか。では、残さずきっちり食べ切ってしまいましょう」
「ええ、それが一番です」
ワタシたちが釣り上げた魚は、最初に釣り上げたストリムトゥナは先述の通り、この場に居る者たちで食べている。
なお、ヒレや骨、目玉などの食べられない、食べづらい部分についても、魔道具の素材として持ち帰る予定である。
他の魚たちについては、半分は適正価格で市場に流し、もう半分は公爵家の屋敷に送られて今晩の料理になる事が決まり、今現在は輸送されている途中だ。
「ミーメ嬢」
「なんでしょうか、ヘルムス様」
そうして雑談もしつつ食べていると、ヘルムス様が少しだけ真剣な表情で話しかけてくる。
「気分転換になったようでなによりです」
「そうですね。だいぶ気分が晴れたような気はします」
「何故晴れたのかは分かりますか?」
「……。やはり、人や人の恨みつらみから生まれたような魔物を相手にしているより、普通の魔物相手の方が面倒な事を考えなくていい。と言うのはあると思います」
思えば、ここ最近戦った相手と言えば……。
悪霊や海坊主のような、人間の負の念や呪いから生まれたような、倒しても素材にならないし、素材にしたくもない魔物。
あるいはノスタ、サキさん、イストフィフス侯爵領の徴税部隊と言った人間または元人間。
ついでにスケクロと言う圧倒的格上。
と言う具合に、倒しても旨味が無いとか、人間とか、普通に命がけの戦いだったりとか、スタンピードのような倒せないと後ろに居る人たちがヤバいとか、結局逃げられたとか……うん、全体的に相手も状況もよろしくない戦いばかりだった覚えがある。
「ミーメ嬢?」
「いえ、思い出したら、想像以上にひどい相手ばかりだったと認識してしまっただけです」
うん、ストレスが溜まって当然の相手ばかりだった。
どうやらワタシは知らず知らずのうちに、随分と貯め込んでしまっていたらしい。
「ヘルムス様。今日は釣りに誘ってくれてありがとうございます。やっぱり、ワタシは狩人として定期的に暴れるくらいで丁度いいみたいです」
「そうでしたか。ミーメ嬢にそう言っていただけたのなら、私としてもなによりです。それに私たちに外へ出るように促してくれたキャシーも喜んでいる事でしょう」
「そうですね。キャシーさんにも後でお礼の手紙を送ろうと思います」
なのでワタシは素直に礼を言う事にした。
妙な事になる前に解消してくれてありがとうございます、と言う事だ。
「ヘルムス様はどうですか?」
「私ですか? 私はむしろ絶好調なくらいです。ミーメ嬢と共に居られるだけでも楽しいですし、魔術の研鑽も研究も楽しく、おまけに面倒な貴族が絡んでくる事もない。王城に居る時よりも明らかに楽しくやっていますよ」
「なるほど」
「勿論、公爵家の為にも、王国の為にも、ずっとこちらに居るわけにもいかないのは分かっていますので、そこは安心してください」
ヘルムス様はとてもいい笑顔で応える。
そこには疲労の色は本当に全く感じない。
「御馳走様でした。さて、この後はどうしましょうか?」
「そうですね……。気分転換や運動と言う目的は十分に果たせたと思いますので、屋敷に戻っても良いとは思います。ですが、折角なのでミーメ嬢と共に旧街を見て回ると言うのも……」
ヘルムス様は悩んだ様子を見せる。
きっと、見せたいところが沢山あるのだろう。
ワタシとしても、ヘルムス様が誘ってくれたのなら、大抵の場所には付いて行きたいと思えるので、ヘルムス様が考えをまとめるまで待つのも、やぶさかではない。
そう思っていた時だった。
「っ!?」
「今のは!?」
「ミーメ様? ヘルムス様?」
ワタシが感知している周囲の闇に妙な物が……他の魚と比べて大きくて速い何かが、その端だけ、一瞬のみ、引っ掛かった。
ヘルムス様も恐らくはワタシと同じものを感知した。
だから、ワタシもヘルムス様も直ぐに臨戦態勢を取ると同時に、安全地帯の外に出て、目の前に広がる領都前の海を見る。
「妙な飛沫の類は見えませんね」
「ええ、ですが、領都の入り江は交易船も入ってこれるくらいには広くて深い。ミーメ嬢がグロリベス森林で狩ったドラゴンくらいの大きさなら、海面にまで影響を出さずに動き回る事も出来るでしょう」
異常は見えない。
ワタシは指向性を高める事で、釣り場から少し離れた場所の闇も感知し始めるが、そちらにもまだ引っ掛からない。
「何だと思いますか?」
「分かりません。海の魔物は多種多様ですからね。ただ、普段は近海にも居ない魔物だとは思います。いずれにせよ、まずは船を出さないように父に相談を……」
そして、ワタシが見つけ出すよりも早く。
ヘルムス様の言葉を途中で切るように。
「ーーーーー~~~~~!」
「「!?」」
「「「なっ!?」」」
海面下から突如として巨大な二本の塔のような形状の水が現れたかと思うと、塔に挟み込まれる位置に居た船を両断。
そして、その水に続く形で、ドラゴン並に大きな蟹が現れた。
「藍色の右目と鉄のような色合いの左目……」
「二属性持ちの魔物ですか……」
だが、その大きさ以上に目を惹いたのは……蟹の目の色が、左右で異なる事だった。
一部のカニは泳げるそうです。(ワタリガニ)




