178:後ろ盾の意識改革
「こちらがストリン嬢が『シロートガイ』の貝殻を糸化した物になります」
「これがそうなのか……。素晴らしい」
「ええ本当に。あの貝がこれほど綺麗な糸になるとは」
ストリンさんが闇指サックの魔術を修得した後。
ヘルムス様とワタシは、ストリンさんが撚った糸を持って、公爵様とコルエ様の二人と面会した。
そして、ストリンさんが『シロートガイ』と言う貝の貝殻から撚った糸を見た二人は即座に称賛した。
だがそれも当然の事だろう。
ストリンさんが撚った糸は絹のように白くあると同時に、光を反射して輝いているのだから。
「これをドレスの刺繍に用いたらどうなるのか……。職人たちも着る者も楽しみで仕方がないでしょう」
「では母上」
「ええ、早急に店の方へと送り、研究させましょう」
「お願いします」
それはまるでスパンコールのように煌めいていて、それでいて糸としての性質も有していた。
もしかしたら、これまでも繊維を取れる魔物の素材で似たような物もあったかもしれないが、これは貝の貝殻から魔術で作りだしたという、これまでにない経緯で作られた糸である。
これで興奮しない職人は居ない事だろう。
と言うわけで、まだ量は少ないが、呼び出された騎士の方によって、作られた糸は部屋の外へと運び出されていった。
「ただ母上、それに父上。幾つか伝えておく事があります」
「なんでしょうか?」
「なんだ?」
「今回の『シロートガイ』はミーメ嬢が市場で購入したもので、細かな傷がある二級品でした」
「購入したと言っても、お金を出してくれたのはヘルムス様じゃないですか。いえ、今重要なのはそこではないですけど」
『シロートガイ』と言うのは、真っ白な貝殻を持った貝で、トレガレー公爵領では何処の海底でも砂浜でも採れる貝である。
その貝殻は傷が無い物……一級品ならば、大きさが程よい事、柔らかくも粘り強く加工しやすい事から、装飾品に加工される事も多い。
量も取れて、不慣れな職人でも扱いやすく、何なら身の味も素直で扱いやすい、故に素人でも扱えるとして『シロートガイ』と呼ばれるのだとか。
なお、ワタシしか気が付いていないようだが、貝殻には生前使用していたと思われる微弱な光属性の魔術がこびりついているので、とても弱く、敵対的でもないが、正確には魔物に分類される生物だったりする。
とりあえず、糸化してもその魔術は残っているので、水流を効率よく流したり、表面を綺麗にしたり、多少のほつれは勝手に治るくらいの事は魔力が残っている限りは出来そうである。
「二級品だと……。今までは砕いて絵具にするか、家畜のエサにでもするしかなかったものであの輝きなのか……!?」
「いえ、二級品でも一級品でも変わらない。と言うべきところですね。どうやら形を失わせる都合上、多少の傷は無くなってしまうようなので」
「なるほど……。そう言う面でも糸化の魔術は有用なのか……」
ヘルムス様の言葉に公爵様が驚きつつも、その有用性を理解する。
実際、これまで捨てるしかなかった素材も利用できる可能性があるとなれば、素材の糸化の価値もまた上がるだろう。
「次です。……まずはこれを見てください」
続けてヘルムス様が三種類の糸を出す。
最初にやった、牛の骨をワタシ、ペスティア様、ストリンさんの三人でそれぞれ糸化した物である。
ワタシの糸は人の髪の毛のような手触りと細さ。
ペスティア様の糸は糸と言うよりは紐で、ムラやほつれも多い。
ストリンさんの糸はとても綺麗な物で、質もしっかりとしたものである。
公爵様とコルエ様はそんな三種類の糸に触れ、少し引っ張るなどして……そうして多くの事を理解したらしく、一度アイコンタクトを交わす。
「ヘルムス。これはストリン嬢、ペスティア殿、そしてミーメ嬢が同じ素材をそれぞれに糸化した物。と言う事か?」
「その通りです」
「そうか。紡ぐ人間の技術の差によってこれほどに差が出るものなのか。それこそ闇属性魔術の腕前だけでは補いきれないほどに」
「そう言う事です。誰でも使える事は証明されましたが、品質については紡ぎ手次第のようです」
「つまり、現状最高品質の糸を紡げるのはストリン嬢だけ。となれば、ストリン嬢の価値は……この先も考えれば天井知らずと言ったところか」
「そうなるでしょう。なので、急遽、父上と母上には時間を割いていただきました」
「ううむ……」
公爵様が悩み始める。
だがそうなるのも当然の事だろう。
元々、これまでは使い方が限られていた素材を糸化出来ると言うだけでも価値がある技術だったのに、紡ぎ手の実力によって出来上がる品の品質に大きく差が出るとなれば、優秀な紡ぎ手の価値は公爵様の言う通り、天井知らずに跳ね上がっていく。
なんなら、糸化した素材の研究が進めば進むほどに加速すらしていくだろう。
なにせ、トリニティアイであっても再現できるとは限らないのも既に示されているのだから、
となれば必然的に、護衛の割り振りや品の売り出し方についても、価値の高さに合わせてやり方を変える事になる。
要するに、公爵様がこれまでにしていた想定が大きく崩れる事になったわけだ。
うん、そんな技術の雛形を生み出してしまったワタシとしては、ちょっと申し訳ないくらいである。
「申し訳ありません。ワタシの発想の結果、公爵様に迷惑をかけるような事になってしまって」
「いや、ミーメ嬢が気にする事ではない。むしろミーメ嬢には感謝してもし足りないくらいだ」
「感謝ですか?」
「ああそうだ」
あまりにも申し訳ないので、軽く謝ったところ、公爵様は真剣な顔で感謝の言葉を返してきた。
「儂はこの技術を知った時。第二のイストフィフス侯爵を生み出さないためには、これほど有用な技術は無いと思った」
公爵様曰く。
イストフィフス侯爵は結局のところ、独力では殆ど何も出来ず、他の人間を使って犯罪行為を働く人間だった。
だから、第二のイストフィフス侯爵を生み出さないためには、手勢になるような人間を削るのが一番となる。自分の手足となって動く人間さえいなければ、大したことは出来ないのだから。
さて、侯爵の手勢の中には闇属性魔術師も多く含まれていたわけだが、彼らは全員が全員、最初から望んで犯罪者になった人間ではなく、中には食うに困って飼われる事になった者も居た。
この手の人間を犯罪者にしない一番簡単な方法は、食うのに困らないようにする事。
それも施しではなく、自立する形で以って、困らなくするのが望ましいそうだ。
素材の糸化は、それを実現できる方法の一つとして公爵様が期待をしている物であるらしい。
なので、感謝する事はあっても、迷惑に思う事は無いのだとか。
「素材の糸化は想像以上の代物だった。この分ならば、王国各地に居る、第一属性が闇属性であったために魔術を修める事を諦めた者たちがその力を発揮する先として申し分ない物になる事だろう」
「そうですか、ならよかったです」
なお、素材の糸化が普通の糸や布を織る人の邪魔になる事はない。
要求される量や質に大きな差がある上に、相手も違うからである。
「一先ず、ストリン嬢の護衛については一段上の物にしておくとしよう。その後は……今度の舞踏会でのお披露目や陛下への献上。それと、これからできる品を見てから考えるとしよう」
「ありがとうございます父上。それで良いと思います」
「ありがとうございます。公爵様」
一つ確かな事として。
ストリンさんはもはや誰もが後ろ盾になる事を選ぶだけの逸材となった。
此処からどうなるかはストリンさん次第であるが……この分なら、少なくともトレガレー公爵家は後ろ盾であり続ける事だろう。




