152:宮廷魔術師長の考え事 ※
今回は第三者視点となります。
ご注意ください。
「諸君らの活躍により我らの陣地は無事に構築されるだけでなく、トレイタル・イストフィフスは討ち取られ、その他の侯爵の手勢も領都へと退いていった。明日からの領都攻略及び侯爵の捕縛においても、諸君らの奮戦を期待する。乾杯!」
夜。
王城側の陣地の中でも東側に位置する本陣では、宮廷魔術師長の音頭に従う形で宴が開かれた。
とは言え、周囲の状況が、前方にはイストフィフス侯爵領の領都、背後には魔物ひしめく魔境がある事もあって、酒は最低限で、全員が同時に参加しないように調整されたささやかな物である。
しかし、そんなささやかな物であっても、この世界では滅多に起こらない人同士の争いを経験した騎士たちの荒んだ心を休ませるのには十分な物であった。
「ふぅ。やれやれ。ああ言う挨拶は何時ものことながら疲れるなぁ」
「アナタ~お疲れ様~」
「ありがとう、ユフィ。その言葉だけでも疲れが飛ぶよ」
そんな宴に上司が何時までも居ては、下位の者が落ち着かない。
宮廷魔術師長はそう判断すると、早々に宴を抜け出して、妻であるユフィールが待つ天幕へと戻った。
「それでユフィ。ミーメ君の様子は?」
「今はヘルムス君が傍についているわ~。肉体的には問題なしで~精神面については~……魔術の副作用のような物だから~明日の朝までは様子を見てくださいって本人も言っていたわ~」
「なるほど」
宮廷魔術師長はコップに水を入れると、それを一気に飲み干して喉を潤す。
そして、幾つかの事柄について考え始める。
「ユフィ。吾輩は以前、ちょっとした好奇心から、ミーメ君に尋ねた事があるんだ。『ミーメ君はトリニティアイとしてどれぐらいの強さなのか』とね」
「あらそうなの~?」
それから呟き始める。
まるで後悔を口にするかのように。
「その時にミーメ君はこう返したんだ。『正面戦闘に限るのなら、ワタシは恐らくトリニティアイとしては最弱の部類に入ります』ってね」
「……」
「吾輩はそれをミーメ君の謙遜や冗談の類だと思っていたのだけれど……。吾輩の想像力や理解力はまるで足りなかったらしい。今日のミーメ君とスケアクロウゴーレム・ナンバーエイトの戦闘を見せられたら、ミーメ君の言葉は正しいと理解せざるを得なかったよ」
宮廷魔術師長の脳裏に過るのは、ミーメが帰って来てから行われた、ミーメとスケクロが戦った場の検証風景。
円状に展開された、地上にあるものが軒並み切り裂かれ、土が掘り起こされて、見るも無残な姿になった畑。
扇状に伸びていき、進路上にあった物が全て貫かれて綺麗な穴が開いていた破壊の痕跡。
他の物とは大きく異なった軌道を取った欠片の一つに貫かれて、腕に穴が開いた『賭事の魔術師』と胸に穴が開いて即死した陣地に居た騎士の姿。
一応出しておいた遠目からの監視と『風鳩の魔術師』から得られた戦闘の光景。
「でも~ミーメちゃん以外では生きて帰ってくる事は出来なかったわ~」
「そうだね。でもだからこそ悔しいんだ。吾輩の息子たちより小さい……なんなら孫と言い張る事も出来そうな子をあんな過酷な場に向かわせてしまった事が、本当に悔しいんだ」
宮廷魔術師長には、もしもあの場に居たのが自分だったら、何も出来ずに切り殺されていたと言う確信があった。
もしもミーメが居なければ、今頃自分たちは必死になって逃げている最中だったとも思っている。
侯爵を捕えるどころではなくなっていたと考える。
だからこそ、そんな化け物を止めて見せたミーメに敬意と……自身の行動によって化け物を呼び起こしてしまった申し訳なさを覚えずにはいられなかった。
「果たして聖地トリニアではかつて何があったんだろうねぇ……。ナンバーエイト……八番目と言う事は、同型機が少なくとも他に七機はあったはず。あれほどのレリックが八機に、作り手当人も居たであろうに、聖地トリニアは滅んだ。恐ろしい話だ」
「それは本当にそうね~。でもそれは今考える事じゃないと思うわ~」
「そうだね。今は明日からの事を考えよう」
同時に、ミーメがそれほどの事を為してくれたのだから、自分たちは足を止めるわけにはいかない。そんな思いを以って、宮廷魔術師長は改めて考えていく。
「まず、領都内に侵入して、侯爵を捕縛する目標に変わりはない」
「そうね~」
「作戦の変更点は……一つ目、城壁は破壊しない。これは確定だ。ミーメ君が得てくれた情報通りなら、それでスケアクロウゴーレム・ナンバーエイトとの敵対は避けられるはずだからね」
『風鳩の魔術師』によれば。
城壁を構築している石の一部を、外から見えないように置き換える形で、カカシのような物体が仕込まれていて、城壁破壊の痕跡に合うように破壊されていた。との事だった。
状況から考えて、これがスケクロの起動条件である、魔物除けのカカシである事は明らかだった。
逆に言えば、起動条件さえ満たさなければ、その言動からスケクロは大丈夫だと宮廷魔術師長は判断した。
意思はあれど、魔道具故に命令には逆らえないのがスケクロであり、意思の部分はトリニア教の教えから導き出されるような善き人を基本にしていると考えたからだ。
「二つ目。魔境に対する警戒度は上げる。吾輩たちは侯爵を捕えに来たのであって、侯爵領の住民を殺しに来たわけでは無いのだ。」
「魔物除けのカカシってそう言う事だものね~」
イストフィフス侯爵の長男でもある『石抱きの魔術師』と、侯爵の次男であるオルッカによれば。
イストフィフス侯爵領の領都はスタンピードに襲われたことが、少なくとも500年は無いらしい。
その為、魔物対策はおざなりと言っても良い状況との事。
これまでは、それでも大丈夫なくらいに侯爵家の魔境の管理がしっかりしている。そう、王城側では捉えていたが、真実はそうではなかった可能性が、城壁内に魔物除けのカカシと言うレリックが仕込まれていた事実から出てきた。
今のところ、陣地周囲の魔境に異常は見られない。
だが油断は決して出来なかった。
外から窺えないだけでまだ壊れていないカカシはあるからなのか、魔物たちがまだ魔物除けのカカシが壊れた事に気が付いていないだけなのか、その判断が付かないからだ。
なお、侯爵による魔境の管理が行き届いていない事については、宮廷魔術師長はこの時点でほぼ確信している。
「三つ目。ミーメ君の参加の是非は……。まあ、本人の言う通り、明日の朝まで待つべきだろう。ただ、ユフィ」
「言われなくても分かっているわ~。本人が何と言おうとも~私の目で見て駄目だったら~絶対に出る事は許さないわ~。ドクターストップって奴ね~」
「うん、助かる。動けるようだったら、その時は予定通りかな。ヘルムス君と一緒に海から入ってもらい、大型船を潰すと共に侯爵家の本邸を制圧して貰おう」
ユフィールの言葉に宮廷魔術師長は喜ばしそうに頷く。
その上で、相手に残されているであろう戦力を想像し、頭の中で地図を広げて、どう動くべきかを考える。
とは言え、細かい変更はあれど、基本方針が変わる事は無かった。
今回の作戦は王城の参謀が何年もかけて練り上げ、最も成功確率が高いと判断したものだったので、当然の事だったが。
「悪い、宮廷魔術師長。火急の知らせだ」
「ん? どうかしたのかな? ドバート君」
天幕の外から『風鳩の魔術師』が不意にやってくる。
その顔は理解できない物を見たとしか言いようがないものだった。
「まだ確証は持ててないんだが、ライアー・イストフィフス。それからトレイタル・イストフィフスについていた騎士や魔術師が処刑された」
『風鳩の魔術師』が夜闇の中で目撃したのは、領都内の広場、篝火に照らし出されているそこへ、幾つもの死体と半死半生状態の人間が積み上げられて、火を点けられると言う処刑風景。
それはイストフィフス侯爵の残虐性、無思慮、怒りの程を示すものに他ならなかった。
「そうか。報告ありがとう。だが、吾輩たちが行動を大きく変える必要性は無さそうだな」
「まあ、それはそうなんだがな。とりあえず俺から言える事はだ。侯爵は本格的におかしくなってる。明日、何をしでかしてもおかしくない。これだな」
「分かった。覚えておこう」
報告を終えた『風鳩の魔術師』が天幕から去る。
そして、宮廷魔術師長はユフィールと顔を見合わせて。
「明日も酷い事になりそうだ。ユフィ」
「ジョーリィ頑張って~。生きているなら私が何とかして見せるから~」
「うん、頑張る」
少しだけ気合いを入れた。




