144:領都前で集合
「アレがイストフィフス侯爵領の領都ですか」
「ええそうです。見ての通り海に面した街で、トリニア教の教会が至る所にあります」
ヘルムス様の言う通り、イストフィフス侯爵領の領都は海に面していて、ワタシたちが居る場所にも多少だが潮風が吹いてきている。
街の周囲は、陸側については石の壁で囲われており、壁の向こうにはトリニア教の教会の尖塔が幾つか見えている。
そして、石の城壁の更に外側には畑には広がっていて、畑と魔境の間には土壁が築かれている。
ワタシたちが今居るのは、畑と魔境の境界部分だ。
「侯爵の手の者が直ぐに打って出てくる。と言う事は無さそうですね」
「そうですね。ただ、準備は整えているようです。壁の上に居る兵士の装備は万全の状態ですし、複数人でこちらの事を見ていますから」
「……。本当ですね」
ワタシたちの周囲では、これまでと同じように土属性魔術師の手によって簡易の陣地が築かれている。
ただ、状況によっては、更に強固にする可能性もある陣地なので、造りは丁寧な物になっている。
そんなこちら側の状況を、侯爵の兵士たちは壁の上から眺めている。
壁からワタシたちが居る場所まで、距離にして4キロメートルかそれ以上あるので、魔術を使って視力を強化しないと人一人が何をしているかなど到底見えない距離ではあるが、陣地形成ほどに大きな動きならば見えるのは不思議な話ではない。
「『船の魔術師』様、『闇軍の魔女』様。第一防壁の形成完了いたしました。これでお二人が居なくても、今しばらくは耐えられるはずです」
どうやら、最低限の陣地は出来たらしい。
これで侯爵の兵士たちが来る状況は勿論の事、背後の魔境から魔物がやって来ても、耐え凌ぐことは出来るだろう。
「分かりました。ではミーメ嬢。行きましょうか」
「はい。それではワタシたちが居ない間、どうか気を付けてください」
「かしこまりました!」
と言うわけで、ワタシたちは今居る陣地から外に出ると、領都土壁の外側を闇人間を使って密かかつ高速で移動。
領都東側の境界線上に築かれた、他よりも一回り大きくて立派な、既に王国の旗まで建てられている陣地を訪れる。
「『船の魔術師』ヘルムス・フォン・トレガレー。『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズ。只今到着しました」
「うん、ご苦労。ヘルムス君もミーメ君も無事にここまでたどり着けたようで何よりだ」
陣地を訪れたワタシたちは案内に従って陣地内を移動し、張られていた豪華な天幕の中に入る。
中に居たのは宮廷魔術師長様を含む宮廷魔術師たち。
今は休憩中だったのか、長机を囲んで、茶と菓子を嗜んでいるようだった。
それだけなら、これから大規模な戦闘があるであろうこの場の空気にそぐわない物であるのだけど……。
「ヘルムス、ミーメ嬢。そっちの道中はどうだった? 俺っちの方は大きめの街を解放する時に、多少の被害は出ちまった。運悪くって奴だったんだが、何とも言えない気分になるな。ありゃあ」
「ワタシたちの方では魔物に襲われて兵士の方が三人ほど亡くなりました。警戒はしていましたが、流石に守り切れませんでしたね」
「ふむ。そちらでも被害なしとはいかなかったか。私のところでも、道中の魔境突破では魔物に困らされた。奴らは的確に弱者を狙ってくる」
「こっちも大変だったわよ~。オルッカ君のリストに居なかった狂信者が居て~事前に用意した解毒薬が無かったら危なかったわ~」
「わたくしの方では闇属性魔術師による奇襲、呪いの行使がありました。彼らの拠点は壊滅させましたが、誠に酷い有様でございました」
「精神属性魔術師が魅了を仕掛けてきた例もあった。それぞれの出身を見ると、どうやら闇属性と精神属性の魔術師がかなりの数、侯爵領には流れていたようだ」
「そうみたいだね。ああ、吾輩の所では魅了の悪用を更に一段階進めて、村長が家ごと自爆して吾輩たちを狙ってきた村もあったよ。同じことを今後領都内でやられる可能性もあるから、警戒はしておくように」
うん、会話の内容が此処に来るまでの苦労な辺りに、此処が敵地である事を感じさせられる。
ちなみに、上から順にジャン様、ワタシ、『剛拳の魔術師』様、ユフィール様、グレイシア様、『渦潮の魔術師』様、宮廷魔術師長様。になる。
今更な話になるが、今回のイストフィフス侯爵領の反乱鎮圧にあたって、王国側は侯爵領周囲の領地を治める領主たちとも協力して、侯爵領を囲むように進んでいった。
軍勢の内容については、複数の宮廷魔術師+王城の騎士と魔術師+周辺領地の戦力と言う形。
道中に在った村と街は当然ながら全て処理済みであり、残すは領都のみ。
これが現状である。
「では、落ち着いたところで話を進めようか」
ワタシは宮廷魔術師長様の言葉に耳を傾けつつ、茶菓子と茶を口にする。
うん、疲れを癒すような甘味であり、気持ちを落ち着かせるような香りだ。
「まずは全員御苦労。諸君らのおかげでイストフィフス侯爵領の解放は順調に進み、残すは領都のみとなった。このまま領都も解放し、イストフィフス侯爵並びに侯爵周囲の人間を捕らえるか始末したいところであるが、その前に幾つか確認しなければいけない事と共有しなければいけない事がある」
だが今はリラックスは出来ないので、疲れは癒しても気を抜かないようにして、話を聞く事にする。
「一つ目。ヘルムス君、トレガレー公爵は何と?」
「公爵家の船を回すのは流石に時間が足りないそうです。ただ、海上での警戒、港町への強襲対策は密にしてあります。よって、船を用いても侯爵が逃げ出すことはそう簡単ではないでしょう」
「そうか。それは良い事だね」
領都は海に面している。
ならば、追い詰められた侯爵たちが船で領都の外に逃げ出す可能性は考慮して然るべき事だろう。
しかし、ワタシが気付く事を王城の人たちが気付いていない事などあり得ず、対策は既にしっかりとされているらしい。
ちなみに、王国一番の港はトレガレー公爵領の領都であるが、王国二番目の港がイストフィフス侯爵領の領都であり、どちらも外国からの船が入ってくる事もあるくらいには大きくて立派な港のようだ。
余談だが、仮に侯爵が国外逃亡を図っても上手く行く可能性はほぼゼロとの事。
侯爵の悪評は外国にも広がっていると言うのもあるが、単純に一月以上かかる船旅をこなすにはきちんとした準備が必要であり、侯爵の歳と性格で出来るようなものではないそうだ。
うん、さもありなん、と言う奴だろう。
「二つ目、此処に来るまでの道中で誰かレリックは見かけたかな? 情報だけでも構わない」
「おじさんは、『これがあればどんな攻撃も通らない』って自慢している侯爵の甥っ子が居た。と言う情報を道中の村に住む子供から聞いているよ」
「ふむふむ。他には? ……。なるほど」
宮廷魔術師長様の言葉に『賭事の魔術師』様が手を挙げて発言するが、続く言葉は誰からも上がらなかった。
つまり……誰もレリックに遭遇していないのか。
数が少ないから温存しているのか、領都近くでしか使えないのか……とりあえず、何かしらの意図があって使わなかったとは考えておくべきだろう。
と言うか、そうでもなければだ。
ワタシたちが徴税部隊を始末したように、他の人たちもイストフィフス侯爵家の手の者の中でも厄介な存在と思われる部隊を始末しているのに、どの部隊もレリックを持たせられていなかったと言う現状にそぐわないだろう。
「こうなると一番ありそうなのは……今この時かな。吾輩たちを一撃で全滅させるような何かで狙っているかもしれない」
「周囲の警戒。それと、いざと言う時に皆さんを運ぶ闇人間を何時でも使えるように準備しておきます」
「うん、頼んだよ。ミーメ君。ああ、優先はユフィで。ユフィが助かれば、生存者は何とかなる」
「生きてさえいれば何とかして見せるわ~」
「分かりました」
ワタシは陣地の外と天幕の外、それぞれで警戒用に立たせていた闇人間の視界を確認する。
とりあえず現状ではおかしな動きは見られない。
ユフィール様を優先して欲しいと言う話は……本当にその通りなので、頷いておく。
「話を続けよう。三つ目、ドバート君。領都内の現状を教えて欲しい」
「分かりました」
ドバート……『風鳩の魔術師』様が宮廷魔術師長の求めに応じるように、机の上に地図を広げた。
『風鳩の魔術師』ドバート・レーデン
属性は『風』『鳩』
髪型含めて、全体的にハトっぽい35歳。
と言うわけで、名前が付きましたとさ。




