142:還元の技術
イストフィフス侯爵領に入るのは早くて数日後。
と言うわけで、ワタシとヘルムス様はそれまでメクセル村に滞在する事になった。
だが、ただ暇を持て余していても時間が勿体ないという事で……。
・メクセル村周囲の魔境を再チェック。
・侯爵領の実情をアチラに気づかれないように調べる。
・今後必要になるであろう魔道具を製造する。
・メクセル村の産業などを見学させてもらう。
・ストリンと言う少女とペスティアと言う老魔術師について詳しく聞く。
とまあ、色々とやる事になった。
そして、この色々の中には、ヘルムス様への指導も含まれていた。
「なるほど。こればかりは闇の専売特許と言ってもいいかもしれませんね」
「そうですね。これについては第一属性の中では闇が最も得意としている行為かもしれません」
王都からメクセル村へと向かう道中。
ワタシが最初出した闇人間はメクセル村に着くまで維持され続けた。
対してヘルムス様の出した水の船は、ヘルムス様が維持し続ける事が出来ず、何度か新たに出す必要があった。
その差が何処から出てきたかと言われれば……魔術の八顕現で言う所の還元。つまりは自身の属性に含まれる物を魔力に変換、吸収して、自分の物にする技術の差からだった。
とは言え、これについては致し方ない部分がある。
「意図して排除しない限り、闇は何時でも何処にでもあります。ただ陽が射しているだけなら、自分の影や体内と言う闇があって、そこからでも魔力は得られますから」
「だからこそ、ヨモツシコメなども出し続ける事が出来るわけですね」
「そう言う事です」
ワタシはこの還元技術を使い慣れている。
それこそ、その対象は自分自身だけでなく周囲の人や環境に及ぼせるほどに。
属性的にも、『闇』だけでなく、特化技術を組み合わせる事で『恐怖』も魔力に出来るし、秘密にしている第零属性『魔力』そのものも自分の物に出来るようになっている。
そして、ワタシの言う通り、そもそもとして『闇』は無尽蔵と言ってもいいほどにありふれていて、補給され続けている。
瞬間的な出力は魔力量の都合で制限を受けても、継続させることについては、ワタシは心身が限界を迎えない限りは幾らでも続けられる。
ヘルムス様がこの分野で勝てる理由は無いのだ。
「さてそうなると、私の場合は『水』を還元する事で魔力を得るわけですが……」
だが、勝つことは無理でも追従する事は出来る。
と言うわけで、魔術を少しでも長く維持できるようにするために、あるいは強力な魔術を連発しやすくなるように、ヘルムス様は還元技術について改めて学ぶ事にした。
その結果、今のワタシとヘルムス様は、メクセル村の空き地に建てられた簡易住居の中で授業をする事になっている。
ちなみに、ワタシたちの護衛と手伝いとして付けられた騎士たちだが、現在は不在である。
村の中は安全と言う判断で、ヘルムス様の命令で畑の方に出てもらい、そちらを手伝っているのだ。
八顕現についてはむやみに広められないので仕方がない。
「まず、自分の体内の水を魔力にするのは無いですね」
「それは絶対にやらないでください。脱水症状を起こして、最悪死にます」
「雨の中、川の中、海の中……そう言う特定の状況で力を増すのは良いですし、磨いておくのは悪くないですが、今欲しいのは特定の状況以外での還元なんですよね」
「そうですね。還元技術を磨くために、風邪を引かない程度にそう言う場所で訓練するのは良いと思います。ですが、ヘルムス様が今求めるべきものとは別だと思います」
ヘルムス様が悩みつつ案を上げていき、ワタシもそこへ意見を出していく。
こう言うのは、発端を自分で思いついた方が何かと応用が利くので、してはいけない事への制止と何も思いつかない場合の助言くらいしか出来ない。
もしも何も思いつかない場合には、ワタシが『恐怖』を魔力に変えている事まで教えて、似たような何かをヘルムス様に編み出してもらうのだけど……アレはアレで制御を誤ると危ないから、出来れば自分で思いついて欲しい所ではある。
「ミーメ嬢の還元には『人間』属性なども混ぜているのですよね?」
「混ぜていますね。そうでないと使い物にならない効率ですので。それに、これも魔術には変わりありませんので」
「そうなると、私の場合は『水』と『船』を混ぜ合わせた還元になるわけですが……」
ヘルムス様は適当な紙に何かを書き始める。
最近知った事であるが、ヘルムス様は魔術の構築などの際には、思考整理を促したり、プロセスを残したりする目的で、こうしてメモをする事が多いようだ。
それで、何十行か書いたところで……。
「ミーメ嬢。私の魔力補給用の魔法薬と言うのは有りだと思いますか?」
「妥当で無難ですが、だからこそいいと思います。ヘルムス様」
ヘルムス様は結論を出したらしい。
紙を見せてもらったところ、船乗りたちが飲む果実水をベースに薬液を調合。
そこに還元の魔術を付与する事で、魔力補給用の魔法薬にするようだ。
ただ、体内の水分を還元してしまう事の危険性は先ほど述べた通りなので、開始条件と停止条件を厳密に定める、ヘルムス様以外には使えないようにするなどの対策もするらしい。
うん、これなら大丈夫だろうし、その気になれば、メクセル村の中でも作れる事だろう。
なのでワタシはヘルムス様に合格点を出し、ヘルムス様はそれで嬉しそうにする。
「ところでミーメ嬢。この手の還元技術は聖地トリニアがあった頃のトリニティアイたちも修得していたと思いますが、それをレリックに組み込んでいる可能性はあると思いますか?」
「現在でも使える状態のレリックなら、自身の状態維持のために、還元によって周囲から魔力を回収するような仕掛けは備わっていると思います。でないと、よほど保存状態が良くない限りは風化し、破損し、そこから魔力が抜けてしまうと思うので」
見通しが立ったからか、少しだけ話の内容が変わった。
オルッカ様曰く、イストフィフス侯爵領にレリックがある事は間違いないらしい。
と言うか、現物を幾つか確認したようだ。
そのレリックだが、どう見積もっても450年以上は前の代物である。
そんな前の物ならば、特殊な素材を用いるか、よほどしっかりとした状況で手入れされて保存されるか、使える状態を保つような魔術が組み込まれていないと、マトモに動く事はあり得ないだろう。
だが、侯爵領でレリックが発見されたのは最近の事であるらしい。
となれば……そう言う魔術が組み込まれていたと考えておく方が、妥当だろう。
ちなみに、トリニティアイが還元の技術を使えない可能性は考える方が無駄である。
還元が出来なければ、第三属性どころか、第二属性にすら目覚めないので。
閑話休題。
「それに、周囲からの還元が組み込まれたレリックは、時間が経てばまた使えるようになったり、魔力切れで使えなくなるまでの時間を大幅に伸ばしたりと言った利点も得ますから。組み込めるなら、組み込まない理由が無いと思います」
「なるほど。ただそうなると、レリック対策として想定されていた、魔力切れを狙うと言うのは……難しそうですか」
「そこはレリックの起動条件、効果、終了条件、次第なので何とも言えませんね。ただ、力技で突破するくらいなら、込められた魔力が尽きるのを待つ方が勝算はあると思います。レリックの出力は最低でもワタシと同程度と考えるべきでしょうし」
「分かりました。覚えておきます」
ワタシの言葉にヘルムス様は神妙に頷く。
実際、終了条件を狙い撃ちにするとか、魔力が切れるのを待つ方が、対レリックでは勝算は高くなるだろう。
これでレリックはレリックでも、第零属性『魔力』が組み込まれていなかったら、出力が大幅に下がり、ヘルムス様辺りならば力技での突破もできるかもしれないが……こう言う思考は傷になる事はあっても、助けになる事はないので、捨てておく。
「まあ、正確で詳細な対処方法は現物が出て来てから考えましょう。レリックも所詮は道具なので、使い手次第の面もありますし」
「ふむふむ。そちらも合わせて覚えておきます」
そんなわけで、この話については一度切り上げる事にした。
「ではヘルムス様。連絡が来るまでに試作品くらいは作り上げておきましょうか」
「そうですね。材料をメクセル男爵から買い取って、試作してみましょうか」
そして、今はヘルムス様の還元技術を伸ばす方が先。
と言うわけで、ワタシとヘルムス様はメクセル男爵様を尋ねて必要な物を買い取り、ついでと言わんばかりに村で求められた魔法薬を少しばかり作って。
それから更にワタシとヘルムス様がメクセル村で準備を整え、英気を養う事数日。
メクセル村に、伝令へ出した王城の騎士と魔術師が帰ってくると共に、トレガレー公爵の手の者がやって来たのだった。
04/01誤字訂正




