139:トレガレー公爵領メクセル村
「どうやら無事なようですね」
「そうですね。内外どちらの壁、それと畑にも戦いの跡は見られませんので、何も起きていないと考えてよいでしょう」
多少の休憩を挟みつつも闇人間は走り続け、日が暮れるまであと数時間と言うところでワタシたちは目的地であるトレガレー公爵領メクセル村に到着した。
メクセル村の構造だが……。
立派な石の壁で周囲を囲われた場所が中心にあって、その壁の中に住民の住居などの生活の主な場が在る。
そして、その周囲に畑や池と言った生産の場が在り。
更にその外側に村の内と外を隔てるように、成人男性の腰くらいの高さがある土の壁が建てられている。
道中の他の農村もだいたい同じような構造だったので、これがこの世界における一般的な農村の構造。と言う事なのだろう。
まあ、魔物対策を考えたら、このような形になるのは当然の事なのだろう。
「お、お前たちは何者だ!? いったい何の用で……!?」
さてそんなメクセル村だが……当然ながら、ワタシたちが現れると同時に騒ぎになった。
うん、これについては村の人たちに非は一切ないと断言していい。
先触れもなく、黒いヒトガタに担がれた巨大な水の船が突如として現れたかと思えば、その船が消えて、中から二十二人の武装集団が現れて、村の方へと近づいてくるのだ。
むしろこれで騒ぎにならない方が問題だと言えるだろう。
ただ、村の中心の方から現れた門兵と思われる人は、ワタシたちが掲げている旗をはっきりと認識したところで、おおよその所は悟ったらしい。
こちらを問う言葉を途中で止めると、敬礼のポーズを取った上で直立不動になる。
「突然現れて申し訳ない。私の名前はヘルムス・フォン・トレガレー。トレガレー公爵家の三男、『船の魔術師』だ。メクセル村に危険が迫っている可能性があるため、それを助けるべく王城より遣わされた。村を治めるメクセル男爵は何処に居られるだろうか?」
「は、はい! も、申し訳ありませんが、少々お待ちくださいませ! そこの……村長を呼んでくるんだ。全速力だ」
「わ、分かりました!」
うん、素晴らしい対応だと思う。
門兵さんの言葉で村人の一人が村の中心の方へと駆けていく。
同時に、他の村人たちも作業を切り上げて、石壁の中に入っていく。
そして、門兵さんはワタシたちから目を離さずに、敬礼のポーズを続けている。
そんな様子をワタシたちは畑の中に通されている道の真ん中で眺めているのが現状なわけだが、ワタシたちが本当に王城から遣われた人間かも、その役目が本当の話なのかも分かりはしないのだから、これは極めて当然で、冷静な対応となる。
「緊張せずとも大丈夫です。我々はメクセル村に害を為す存在ではありませんので」
「は、はいっ!」
なお、門兵さんは緊張で身体が震え始めている。
彼視点で見れば、いつ首が飛んでもおかしくないような状況ではあるので、これもまた当然の反応ではある。
その様子を見ると、ちょっと可哀想な事をしてしまったな。と言う思いもするのだけど……頑張って耐えてもらう他ないだろう。
この状況は村長であるメクセル男爵様にしか解決できない。
「お待たせするような事になってしまい、誠に申し訳ありません。『船の魔術師』様」
「いえいえ、お気になさらず。先触れもなく現れたのは私たちの方なのです。私たちが批判されるような事はあっても、貴方を含め、メクセル村の人間が非難される謂れなど欠片もありません」
そうして待つこと暫く。
メクセル男爵様が現れて、王城からの書簡やワタシたちが所持する紋章などを確認して身元を検めてから、ワタシたちはメクセル村の石壁の内側へと入れて貰えた。
で、ワタシとヘルムス様、それに騎士と魔術師が一人ずつ男爵様の屋敷に案内されて、もてなしを受けつつ、各種事情について話す事となったのだった。
「さて、我々が現れた事情ですが、簡単に申し上げれば、イストフィフス侯爵の手の者がこの村を襲う可能性が出てきたためです」
「っ!? イストフィフス侯爵……まさか……いや、だがしかし……」
ヘルムス様の言葉にメクセル男爵様は何か思い当たる節でもあったのか、悩むような様子を見せる。
ワタシが見た限りでは、メクセル村は普通の村だ。
名産品の類はあるかもしれないし、戦略的な価値もあるかもしれないが、今のメクセル男爵様は特定の何かを狙われたかのような反応を見せている。
「これまでの経緯も含めて説明しましょう。認識に齟齬があると良くありませんので」
「お願いします」
ヘルムス様がそれに気づいたのかは分からない。あるいは気づいていて無視したのかもしれない。
とにかく、ヘルムス様はこれまでの経緯……イストフィフス侯爵の反乱が起きようとしている事、反乱が起きた時にメクセル村が狙われる可能性がある事を説明していく。
するとメクセル男爵様の表情が先ほどまでとは別の方向性で険しくなっていく。
「そう言う事でしたか……」
ただ最終的に、メクセル男爵様は何故か、どこか安心した様子を見せた。
いや、何故かではないか。
ワタシたちと言う戦力が守りに来てくれているわけだし。
そこは不自然じゃない。
「そう言う事です。それでメクセル男爵。何か情報などはあるでしょうか?」
「ございます。地図を此処に」
メクセル男爵様の従者が、メクセル村とその周辺のものと思しき地図を持ってくる。
北の方に領地と領地の境界線と思しきものが引かれた地図で、その先には一番近いイストフィフス侯爵領の村も書かれている。
ただ、メクセル村とその村の間に在るのは、魔境を避けるように通された細い細い道が一本あるだけのようだ。
普通の人だと、この村に行くのは一日がかりで、それなりに危険を冒す必要がありそうだ。
「メクセル村とイストフィフス侯爵領の間には一応は魔境である森がございます。魔物が時々見られる程度で、普段は森の恵みを得られる森でございますが、ここ数日はどうにも森の様子がおかしいという報告が森に入った村民から上がっております」
「場所は? それとどのようにおかしいのかもお願いします」
「場所はこの辺り。獣がざわついているとか、煮炊きの煙が上がっているとかですな。元々、領地の境と言う事もあって、扱いが面倒な土地ではあるのですが……。普段は居ないような何者かが入り込んでいる事は間違いないでしょう。開拓の下見でもしているのかと思っていましたが……。まさか、この村を襲うかもしれないとは……」
「なるほど。こちらの予測が当たったようですね。喜べばいいのか、憤ればいいのか……」
メクセル男爵様とヘルムス様が話し合っている様子を、ワタシは横から覗き込む。
メクセル村の人たちが挙げている報告通りなら、それこそ今晩辺りにでも村に襲い掛かって来てもおかしくなさそうな位置ではある。
ただ……村をちゃんと襲えない可能性もありそうだ。
本来ある道から明らかに外れた場所で煮炊きの煙が上がっていたり、一日で行ける距離なのに目撃されているのが昨日だったり……たぶんだが、コイツら軽く道に迷っている。
偵察をしているんです。夜襲を計画しているんです。と言う言い訳は出来るかもしれないが、たぶん素だ。
煙の量から考えても、人数は多くても五十人未満。
「メクセル男爵様。森の中に今日入っている村人は居ますか?」
「居ません。明らかに不審な状況ですので、今日は全員、村の土壁の内側で作業するように命じています」
「そうですか。つまり、今現在、この森の中に居る人間は全員、不審者と捉えても問題ないわけですね」
「え、ええ、そうなります」
うん、これだったら、ちょっと強引な手法で解決してしまった方が早そうだ。
そう判断したワタシはメクセル男爵様から情報を得ると、ヘルムス様の方に向き直る。
「ヘルムス様」
「構いません。何をするかさえ教えていただければ、ミーメ嬢の好きなようにして大丈夫です」
「まだ何も言っていないのですが……」
「ミーメ嬢のやる事なら心配は要りませんので」
ヘルムス様の自信満々な笑顔にワタシとしては呆れそうになる。
メクセル男爵様は……ヘルムス様の豹変ぶりに呆然としている。
なんというか、申し訳ない。
それはそれとしてだ。
「……。闇人間を森の中に放ち、人を見つけたらメクセル村の土壁の傍にまで引きずってこさせます。仮に遭難者だとしても、それはそれで問題はないでしょう」
「分かりました。では、念のために騎士たちには戦闘準備をさせておきましょう」
「お願いします」
ワタシは闇人間を三十体ほど、森の中へ向けて放った。
全ての個体が王城の騎士と一対一で圧倒できるだけの性能を持っているので、見つけ出す事さえ出来ればどうとでもなる事だろう。
では、狩りの開始である。
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