140:暗黒支配 ※
今回は第三者視点となります。
また、人によっては不快に感じる描写があるかもしれません。
ご注意ください。
「ちっ……」
イストフィフス侯爵領とトレガレー公爵領の間にある魔境の森。
その森の中で、一人の男が木の根に腰かけて、機嫌悪そうに周囲を見る。
男は騎士の鎧を身に着け、腰に剣を帯びていた。
だが、秩序と正義を重んじ、厳しい修練と研鑽を積み重ね、王国の繁栄と平和の為に働く、そんな騎士らしい騎士ではなかった。
男が優先するのは自身の欲のみ。
自らの欲を満たすためならば、誰かを殴る事も殺す事も辱める事も許容されて然るべき。
王国がどれだけ荒れようと関係ない。魔物がどれだけ暴れようが関係ない。自分だけが満たされていればそれでいい。
だから、第一属性『肉体』に目覚め、貴族の血を引く事で十分な量の魔力を持ち、優れた身体強化魔術と武器の扱いを両立させるだけの実力があっても、騎士とは名ばかりの犯罪者であった。
他の領地ならば。
イストフィフス侯爵は男を騎士として登用した。
侯爵にとって、自分以外の人間を甚振る事に喜びを見出せる人間は都合のいい手駒だった。
領内の税を滞納した村または家に送り込み、見せしめとして奪い、犯し、恐怖を広める。そんな仕事を良心の呵責なく行える人材は、侯爵にとっては貴重な人材だった。
多少粗暴なところはあり、財貨の一部を掠め取っていても、周りの者より効率よく収穫できる男は、侯爵にとっては優秀な人間だった。
そして男はイストフィフス侯爵領内で民衆から最も恐れられる徴税部隊の隊長に抜擢された。
「あのクソ狩人め。もう少し甚振ってから殺してやるべきだったかもな」
数日前、そんな男に侯爵が命令を与えた。
それは自分と同じような連中が集められている徴税部隊を連れてトレガレー公爵領に潜入し、手当たり次第に村々を襲えと言うもの。
手にした財貨、女、食料は好きにしていい。
とにかく公爵領内で捕まらずに暴れ続け、公爵領を駄目にしろと言う命令だった。
男は歓喜した。
この上なく自分に向いていて、やりがいのある仕事だと狂喜乱舞した。
男は直ぐに動き出した。
道中の村々で食料を奪う事で素早く領地の境に至ると、最も手近なメクセル村と言う狙いを定め、近隣の村から道案内として狩人を拾い上げて案内させた。
のだが……そこで躓いた。
狩人は男たちを案内出来ず、一日で着けるはずだったのに男たちは森の中で一夜明かすことになったのだ。
当然のように狩人は殺された。
男と仲間たちで順に殴り、誰の一撃がトドメになるのかと言う、いつものゲームで殺された。
狩人を殺して、集団の気配に怯えて魔物も近づいてこないので暇になり、男は今、森の中を駆ける部下たちがメクセル村を見つけるのを待っていた。
「隊長」
「見つけたか?」
「見つけました」
「よし、案内しろ。そうだな。一応、日暮れと共に仕掛けるぞ。誰も逃がすな。二日くらい楽しんだら、後始末をして次だ」
部下の報告を受けて男は歩き出す。
徴税部隊の総数は四十人ほど。
だが、部隊員の全員が何かしらの魔術を使え、十分な装備を持ち、殺人と略奪の経験があり、その行為に忌避感を覚えていない。
この世界の対人戦闘能力だけを考えるならば、誠に遺憾ながら上澄みと言ってもいい部隊であり、メクセル村本来の戦力ではどう足掻いても抗えないような存在。
彼らはこれから自分たちが起こす惨劇を想像し、舌なめずりし、興奮し、疑っていなかった。
自分たちを止められるものなど何処にも居ないのだと。
そんな中だった。
「もうすぐで……すぅ……ZZZ」
「「「は?」」」
唐突に案内として先頭を行っていた部下が倒れる。
森の木々の隙間から差す夕日に照らされたその顔は眠っているようだった。
そして、倒れた部下の前に立っていたのは、全身黒一色の闇を人間の形に押し固めたような何かだった。
「なんだテメェ……は……ZZZ」
「「「!?」」」
声を上げた者が殴られて倒される。
その動きは速いなどと言う次元ではなく、隊長である男の目では辛うじて追える程度だった。
倒れたその者の顔は、やはり眠っているかのようだった。
「なんだコイツらは!?」
「か、囲まれているぞ!?」
「魔術だ! 魔物じゃな……ZZZ」
気が付けば部隊は何かに囲まれていた。
次から次へと、音もなく木陰から現れて、殴られた人間から昏倒していく。
「舐めんじゃねぇ! 俺はイストフィフス侯爵の……ZZZ」
隊長である男はそれでも抵抗を試みた。
自慢の身体強化魔術を施し、手近な場所に居た何かに斬りかかり、だが剣はその体をすり抜けてただ地面に突き刺さり、カウンターのパンチで男は強制的に眠らされた。
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「起きろ」
「っ!?」
次に男が目覚めた時、まず感じたのは神経を直接摘まれたような強烈な痛みだった。
そして直ぐに気付く。
身動きが全く取れない。後ろ手にされて、正座させられているような姿勢にされているだけでなく、本当に文字通りの意味で動けない。言葉が発せない。瞬きと呼吸しか出来ない。
それはまるで巨大な何かに全身くまなく掴まれているような感覚だった。
「貴様がこの部隊の隊長だな」
男が顔を上げる。
そこには魔術師の格好をした貴族の男が立っていた。
男は直ぐにその人物がトレガレー公爵家の三男、『船の魔術師』ヘルムス・フォン・トレガレーだと気づく。
要注意人物として知らされていたからだ。
「お前たちの荷物は検めさせてもらった。トレガレー公爵領に攻め入って暴虐の限りを尽くすつもりだったようだな。全くもって許し難い」
男は許しを乞おうとした。
罵声を浴びせようとした。
怒りを顕わにしようとした。
だがそのいずれも出来なかった。
先ほどから変わらず、瞬きと呼吸しか出来なかった。
それでも限られた視界の中で目を巡らし、男はヘルムスの後方に一人の少女が立っているのを見つけた。
『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズだった。
男は助けを求めるように、音にならない叫び声を上げた。
男は知っていた。
ミーメ・アンカーズこそは現代に蘇ったトリニティアイ……つまりはトリニア教の新たなる聖女であり、慈悲深く、優しい人物であると。
そんな人物であれば、トリニア教グロリアブレイド王国方面方面長が存在するイストフィフス侯爵領は何よりも優先して庇護してくれるはずと言う、謎の思考を巡らせた。
だから叫んで……気づく。
「ヘルムス様。会話をする必要は無いと思います。彼らは人間ですが、人でなしですので」
ミーメ・アンカーズが男たちに向ける目は何処までも冷めた、処刑人のそれであった。
慈悲など無い。温情など無い。それどころか喜びも怒りもない。路傍の石を見ているようだった。
「ミーメ嬢。手続きは必要です。彼らと同じになるわけにはいきませんので。では、罪状と判決を読み上げましょう」
ヘルムス・フォン・トレガレーが男たちの罪を明らかにしていく。
そして静かに告げた。
「もはやこれ以上の取り調べも不要。情状酌量の余地も無し。よって、『船の魔術師』の名において、臨時の判決を下す。全員死刑。なお、刑は即時執行とする」
男たちの死を告げる言葉を。
「反対する者は?」
「私、メクセル村領主は皆様方に救われる身です。否などございません。ただ、皆様方が気を病まぬようにとだけ願うのみです」
「『闇軍の魔女』は判決に同意します。ああ、執行はワタシがしますね。闇に呑まれよ」
「「「ーーーーー!?」」」
男たちは抗議の声を上げようとした。叫び声を上げようとした。
だが、もはや音すら出なかった。
視界から急激に光が失われていく。
自分たちの内側にある闇に掴まれて、引きずり込まれていく。
潰れていく、砕けていく、壊れていく、消えていく。
自分だった物が闇に呑まれて無くなっていく。
嫌だ、嫌だ。嫌だ!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
そんな思考を浮かべながら、男は自分が引きずり込まれていく先が何処なのかを理解してしまった。
そこは無明の荒野。
何も見えず、感じず、全てが闇に溶け込むまで当てもなく彷徨い続ける事となるトリニア教における地獄。
男は慈悲を乞い、助けを求め、残る力の全てで抗い、思いつく限りの罵詈雑言を述べようとし……その全てが無為に帰したのを認識しながら、闇に消えた。
かくして、徴税部隊の人間はその全員が、断末魔の叫び、血の一滴、魔力の残滓、身勝手な呪い、その全てを残す事許されず、闇へと消え去ったのだった。
Q:何したん?
A:暗黒支配で自分の内側に向かっての圧縮、人体の闇への変換、その他諸々。通るとこんな怖い事になるんですよ。この魔術。
Q:躊躇わんの?
A:ここで躊躇うような女なら、ジャーレンやノスタの時にも、もっと躊躇いますよ。




