136:謁見の間にて
イストフィフス侯爵領に侯爵の召喚命令を持った使者が向かって十日ほど経った頃。
侯爵家の馬車が王都にやって来た。
王都と侯爵領の間は徒歩で移動する場合、急いでも数日はかかると聞いているので、侯爵領内での準備や話し合いにかかった時間も合わせれば、時間としては妥当なところなのだと思う。
「ミーメ嬢、ジャン、グレイシア嬢。仕事のようです」
「分かりました」
「おうっ」
「了解でございます」
そして、侯爵家の馬車は王都にやってくると、そのまま王城に入り、陛下との謁見が行われることなった。
これは王城側、侯爵側、両者ともに即日での謁見を求めたためである。
だが、侯爵が王族の暗殺や王権の簒奪を目論んだことは、既に多くの貴族に流布されつつある事実。
そんな事実をがあるのに、備えもなく陛下と侯爵を会わせるなど以ての外。
と言うわけで、ヘルムス様、ワタシ、ジャン様、グレイシア様は謁見の間に王城側の人間として立つことになった。
オーダーは……何かが起きた時に怪我人と死人を出さず、何かを起こした人間を捕まえる事。
つまり、刃物を抜く、魔術を使おうとする。と言った許されざる行動をするまでは放置して、その先の殺傷行為から防ぎ、下手人を無力化しろ。と言う事である。
難しい話だが……ワタシなら、『闇』と『人間』属性を活用して警戒していれば、まあ、何とかはなる事だろう。
「謁見の間……ワタシは二度目ですね」
「俺っちもそんなに機会はないな」
「わたくしも同様です」
「実のところ、私もそう多くはありませんね。まあ、訪れる側ならばそんな物なのでしょう」
謁見の間は、王城の正門から城内に入り、舞踏会などが開かれる事もある大広間を抜けた先にある大きめの部屋だ。
室内の様相はその全てが玉座に座る人物……つまりは陛下の権威を高めるように計算して配置されており、その中にはワタシたち宮廷魔術師も含まれている。
そして、ワタシたち以外の宮廷魔術師、親衛隊、騎士、魔術師、文官、侍従。ついでに謁見後に話を広める第三者となってくれる貴族たちも集まり、全員が秩序だって立っている。
ワタシが此処を訪れるのは……『闇軍の魔女』の二つ名を陛下から授かった、叙任式の時以来か。
ただ、あの時と違って、謁見の間の空気は重く、怒りや、何かを問いただすような気配すら感じる。
たぶん、そう言う空気になるように、色々と調整されているのだろう。
「国王陛下、ご入場」
やがて専門の侍従の大きな声と共に、国王陛下、宰相閣下、宮廷魔術師長様、親衛隊隊長様と言った面々が入って来る。
陛下は玉座に座り、その左右に宰相閣下と宮廷魔術師長様の二人が立ち、宰相閣下側で宰相閣下より一歩引いた位置に親衛隊隊長様が立つ。
当然ながら、四人とも纏う空気はピリ付いた物で、近寄りがたい気配を漂わせている。
「……。イストフィフス侯爵代理オルッカ・フォン・イストフィフス様、入場」
専門の侍従の方が少し躊躇ってから、その名前を告げる。
だが、その言葉にワタシは違和感を覚えた。
召喚命令は侯爵当人に対して出されていたはず。
それなのに、やってきたのは侯爵の代理? 名前からして息子の一人……たぶん、『石抱きの魔術師』様の弟なのだろうけど、それでも異常を感じずにはいられない。
もっと率直に言えば、舐められている。とすら感じた。
「へぇ、良い度胸をしてんじゃねえか」
「そうでございますね。さて何を言うのでしょうか?」
ワタシと同じような感情をジャン様とグレイシア様も抱いたのだろう。
その表情が険しくなる。
「さて、どうなりますかね」
対してヘルムス様は……何故か落ち着いている様子だった。
このくらいはイストフィフス侯爵ならやって当然という事だろうか?
あるいは、予定通り。と言う事なのだろうか?
ワタシはヘルムス様の態度に、自分の中にある違和感が強まるのを感じた。
だが、その正体を掴む前に、謁見の間に五人の人間が入ってくる。
「……」
先頭は茶色……土属性の瞳を持った男性で、『石抱きの魔術師』様との血の繋がりを感じさせる顔をしているので、この人がたぶんオルッカ・フォン・イストフィフス様その人だろう。
後ろに続く四人の男性は、その動きからして文官または魔術師。
五人とも、臆する様子も見せず、堂々と謁見の間を歩き、所定の位置で立ち止まる。
「あれがオルッカ。一応の次期当主か」
「そうだ。とは言え、イストフィフス侯爵は甥を可愛がっているともっぱらの噂だがな」
「可哀想に。あんな当主の尻拭いをさせられるとは」
「蹴落とす事が出来なかったのだから仕方があるまいよ」
ワタシの耳が貴族や侍従の一部が呟いている言葉を捉える。
それらの、オルッカ様を哀れむ事はあっても、貶す雰囲気はまるでない言葉で、ワタシはようやく気付いた。
同時に、これから何が起こるのかも予想が出来た。
そんなワタシの予想が正しい事を示すように……。
「陛下。この度は誠に申し訳ありませんでした!」
オルッカ様は土下座した。
全力で、とても綺麗なフォームで、謁見の間に敷かれた絨毯に額を擦り付けるように……否、叩きつけるように土下座をして、陛下に謝罪していた。
そして、身動ぎ一つしない。
完全に動きを止め、全てを受け入れる姿勢を見せていた。
「「「!?」」」
「やはりですか」
その姿に、オルッカ様と一緒に入ってきた四人含めて、多くの人間は動揺した。
だが一部の人間……ヘルムス様や陛下、先ほどの雑談をしていた人などは、予想していた通りと言わんばかりに落ち着き払っている。
直前に予想できたワタシの動揺は少なかった。
だから、この後の事態にも直ぐに反応できた。
「オルッカ、テメェ!!」
「『アクアホーサー』」
「なっ!?」
オルッカ様と共に入って来た人間の一人が、魔術によって拳を強化すると、オルッカ様にそれを振り降ろそうとする。
が、その拳がオルッカ様に届くよりも早く、ヘルムス様が生み出した水の縄によって、男は拘束されて、その場に転がされる。
「かくなる上は! 『フレイムボム』!」
「『ライトシールドドーム』」
「ガハッ!?」
別の男が炎の爆弾を手の内に作り出し、陛下に向かって投げつけようとする。
が、投げられるよりも早く、親衛隊隊長様の魔術によって、その男だけを囲うように光の盾が現れて、男は自爆。
衝撃で気絶して、その場に倒れる。
「お前ら……っ!?」
「動くな」
「動けば撃ちます」
「わ、分かっ……がっ!?」
「温い。まあ、属性上、そうなるのは理解するが」
残りの二人も何かしようとしたが、動き出す前にジャン様とグレイシア様がそれぞれ炎の槍と氷の槍を出して威圧。
そうして動けなくなっている間に、『雷釘の魔術師』が放った電撃によって、威圧されていた二人の意識が刈り取られる。
こうして謁見の間を訪れた五人中四人が不審者として制圧されて……。
「……」
「あ、そこまでです」
「「「!?」」」
その陰、この光景の目撃者となるべくやって来ていた貴族たちの中に紛れ込んでいた暗殺者と思しき男。
そいつが第一属性としては可能な限りの隠蔽を重ねた小刀を陛下に向けて投げようとしていたので、小刀を握ったところで闇人間ナイトメアバージョンで拘束し、眠らせる。
さて、他に悪意や殺意を持っていたり、不審な動きをしている人間は……ワタシが感知した限りでは居ないな。
「流石ですミーメ嬢」
「ヘルムス様も見事でした」
ワタシは捕らえた暗殺者を、制圧された他の四人の横に運び、転がす。
ちなみに、ワタシはこうして暗殺者を捕らえたが、実のところ、陛下の暗殺が上手く行った可能性はまったくのゼロである。
この事態が始まった時点で親衛隊隊長は不可視の盾を陛下の周囲に張り巡らせていたので、第一属性しかない人間の攻撃ではまず届かないのだ。
なので実を言えば、ワタシの行動は暗殺を防ぐためと言うよりは、証拠を逃がさないための捕縛であった。
ついでに、何処からともなくやって来たユフィール様が自爆した奴の治療をしたり、騎士たちが彼らの口内を検査して何かが仕込まれていないかのチェックをしているが、これもまた証拠の為である。
うん、殆どの事は予想されていました感が凄い。
「静かになったな。では、話を聞こうか。オルッカ・フォン・イストフィフスよ」
やがて、最低限必要な事は終わったのだろう。
拘束された人間たちは謁見の間の外へと運び出されていく。
そして、彼らが居なくなると共に、何事もなかったかのように陛下はオルッカ様に話しかける。
「かしこまりました。陛下」
なお、オルッカ様は最初に土下座をしてから、今に至るまで、周囲で様々な事が起きていたにもかかわらず、微動だにせず、声を漏らすこともなかった。
ワタシは、この時点でオルッカ様が只者でない事だけは確信した。




