135:薬のカダ
「ミーメちゃん~出来たわよ~」
そう言ってユフィール様がお出ししてきたのは、三本の大きめのガラス瓶に入れられた赤黒い液体だった。
見た目だけで判断するなら、体に有害な事はあっても有益な事は一切なさそうな液体。
だが、ワタシの治療魔術の性質も加味して作られただけあって、魔法薬にするには適切な液体でもある。
「主体はドラゴンの血。そこに幾つかの薬を入れて、栄養剤として整えた物。でしたっけ」
「その通りよ~。ミーメちゃんの治療魔術は~原理的には失われた臓器でも再生できるはずなの~。なのに現状ではそれが出来ないのは~設計図があっても~再生させるための材料が足りていないからだと思うのよね~どうかしら~?」
「理屈としてはそれで合っていると思います。ワタシ単独の魔術では、少量の髪の毛や脂肪くらいしか生成できませんし」
実のところ、この液体は薬は薬でも、栄養剤と言うべき物であり、ある種の毒でもある。
だから、たんぱく質などが大量に含まれていると同時に、何処か剣呑な気配すら漂う膨大な量の魔力も内包している。
それこそ普通の人間が一ビン分飲み干したら、栄養過多で逆に倒れてしまいそうなぐらいには栄養満点だ。
だが、ワタシの全力の治療魔術を入れるならば、これくらいの薬でなければ足りないだろうというのが、ユフィール様の予測であり、ワタシもそれに賛同した。
なので、今ここにあるのである。
なお、これは完全な余談となるのだが。
この世界の滅菌技術は魔道具も活用する事で随分と発展していて、液体を液体のまま、効能を保ちつつ滅菌するぐらいならば、ユフィール様の研究室くらいに設備が整っていれば難なく出来る事になる。
また、密閉技術についても十分な物があるので、適切な環境で保存するならば、この薬は何年でも保存できるようだ。
話を戻して。
「では始めます」
「分かったわ~」
魔法薬とは古くからある魔道具の一種だ。
水薬に魔術を込める事によって、飲む・かけると言った動作で発動するように調整された魔道具と言い換えてもいい。
だから、薬を作るだけでなく、魔術を込める事で完成となる。
何時込めるかは製作者のやり方次第であるが、ワタシとしては薬として完成した後に込めるのが好みなので、これから込める事になる。
と言うわけで、ワタシは室内にユフィール様以外の人間がいない事を確認した上で、杖を手に持ち、台の上に置かれたビンの前に立つ。
「『闇軍の魔女』ミーメの名において命じる。闇よ、魔よ、畏れよ、我が下へと集え」
周囲の環境から還元で魔力をかき集めていく。
ただ、普段とは少し違っていて、目の前にあるビンからは集めないように注意しておく。
ここでビンから魔力を吸い取ってしまうと、それがビンその物であっても、中身であっても、良くない事になるからだ。
「求めるは身魔正す事。それを為すために鍵は開く。扉は開けて、歪みは壊して、正すべき場まで薬を届かせる」
空いた手の指先に少しだけ赤紫色が混じった灰色の光球が生じる。
無意識のものも含めて、人が持つ魔術に対する全ての防壁を強行突破できるようにする、『万能鍵』の魔術に、『人間』属性で対人特効を持たせたものである。
「闇は覆い隠す。傷も、歪みも、何もかも。全てを隠して、一つの闇にする」
別の指先に、僅かに赤紫色を帯びた黒色の光球が生じる。
こちらは『闇』属性から、曖昧化、隠蔽、侵食、未知化と言った要素に特化した魔術であり、ついでに休息や睡眠などの鎮静作用も含めてある。
『人間』属性による対人特効も当然ながら込めてある。
「人は調べ、知り、反映することで闇を払っていく、あるべき姿を目指して」
三つ目の光球……赤紫色の光球が生じる。
これは対象の身体から設計図を読み取り、理解し、先述の闇によって知覚不可能になった範囲に設計図通りの物を作り上げつつ、闇を払う事で反映した物を結果として固定化する魔術となる。
なお、もはや言うまでもないが、対人特効は入っている。
対人特効を重ね過ぎでは? と思われるかもしれないが、人に対して使う物だと決まっているのだから、少しでも効果を上げるために挟めるところにはとにかく挟み込んでいくのが、魔術の効果を底上げする際の基本でもあるので、こんな物である。
「その水に触れし者を、その水に秘めし力の限りに正せ、治せ、癒せ、改めよ。死の運命すらも覆す事こそが、その水の使命であり、汝を魔たらしめる」
ワタシは三つの光球を混ぜ合わせて一つの光球にすると、それを再度三つに分けて、三本のビンそれぞれに宿らせ、付与する。
そして、どういう条件で発動するのかなどの魔道具として成立するのに必要な条件を加えつつ、魔術の強度や安定性を上げていくための要素を付け加えていく。
それと第零属性『魔力』も全力の隠蔽を入れつつ混ぜ込む。
こうすることで、全体的な補強をしつつ、四属性混合も改めて成立させておく。
「どうか救い給え。『ぜったいあんせい』」
最後の詠唱と共に薬が一度光り輝き、纏う魔力が変化する。
毒々しく、猛り狂ったような気配すらあったものから、厳格なれど落ち着いた雰囲気になる。
うん、どうやら上手く行ったようだ。
「ユフィール様。完成しました」
「ミーメちゃんお疲れ様~。直ぐに確認しちゃうわね~」
ワタシに呼ばれたユフィール様が出来上がった魔法薬に目に見えて分かるような問題……有毒化やビンの破損が起きていないかを確認していく。
「ん~……ちょっと困ったわね~」
「あー、やっぱりそうなりましたか?」
「普通の人にそのまま使うには~、ちょ~っと劇薬になっちゃうわね~」
「ですよねー」
結果。
『治療』属性を持つユフィール様の目で見ると、このまま服用したり、かけたりすると、ちょっと体に良くない物になってしまったことが判明していた。
うんまあ、薬と毒は紙一重とも言うし、今回の話は毒になってもいいから一度全力で作ってみようと言う奴だったのだから、これは想定の範囲内。問題は無いだろう。
「大丈夫よ~。だいたい100倍希釈をして~、切れた腕や脚を繋げるように滴下するか~、病気になった内臓に直接垂らすの~。そうすれば~一応は使えるわ~」
「なるほど」
が、ユフィール様の手に掛かれば、そんな劇物でもギリギリ扱えなくも無いらしい。
流石は王城の医療関係のトップである。
ワタシなら、そのままでは使えない時点で、毒としての運用方法を探し始めていた所だ。
実際、曖昧化した後に敢えて乱雑に闇を抜き取ってやる魔術にすれば、相手に致命的な被害を与えられるだろうし。
「ふふふ~。世界最新のレリックね~」
「言われてみればそうですね」
ユフィール様が嬉しそうに微笑んでいる。
レリックの定義はトリニティアイが全力で作った魔道具である。
魔法薬も魔道具の一種である。
となれば、確かに『ぜったいあんせい』の魔法薬は世界最新のレリックではあるか。
まあ、ワタシは自分がトリニティアイである事を隠しているので、外に持ち出される際には特別な素材を使う事で出来上がった、極めて強力な二属性魔法薬として扱われるのだろうけど。
「ユフィール様。この魔法薬を使うような事態は起きると思いますか?」
そして、今の状況でレリックの話題が出たからこそ、ワタシは訊ねた。
出来れば使うような事態にはなって欲しくないなと思いつつも。
「分からないわ~」
対するユフィール様はいつも通りの口調と様子で返す。
「分からないけれど~、どうせ使う事はないとタカをくくって冷笑しているよりは~起きるかもしれないと考えて準備を整えた方が良いのは確かね~。準備が無駄になる分には~使わずに済んで良かったね~で、終わらせられる話だもの~」
ただ、続いた言葉は、ワタシとしては頷く他ない言葉だった。
それは本当にその通りなので。
「一つ幸いなのは~、たぶん今回の件を乗り切れば~、此処まで馬鹿な事をする人は当分現れる事は無いだろうと言い切れる事くらいかしらね~」
「そうなんですか?」
「そうなのよ~」
ユフィール様によれば、現在の王国ではイストフィフス侯爵ほどに愚かな行動をしそうな辺境伯以上の人間は居ないらしい。
と言うより、イストフィフス侯爵が例外であって、本来はそんな愚かな人間が辺境伯以上の地位になるような事はあり得ないのだとか。
だって、そんな人間が辺境伯以上の領地を統べる立場になってしまえば、どうあっても領地全体が荒れるような事態に陥り、早々に魔境から魔物が溢れ出すスタンピードが起きて、領地全体が危うくなる。
だから、そう言う人間が辺境伯家以上の当主にならないように手を尽くされているのが、本来なのだとか。
「……。ユフィール様。それって逆に言えば、そこまで評判が悪い侯爵が治めていても、スタンピードが起きないようになる何かが侯爵領にはあると言う事になりませんか?」
「かもしれないわ~。侯爵を止められていない辺り~これもレリックっぽいのよね~」
「なるほど」
仮にこれが優秀な部下によって止められているのなら、その人物は此処まで状況が悪化する前に動いているはずである。
だから、ユフィール様としては、その何かは意思なく、ただ機能するだけのレリックではないかと睨んでいるようだ。
「なんにせよ~。事が動くまでは準備を進めるしかないわ~。どうせ事が始まったら~あれが足りない~これが足りない~って騒ぐことになるのだし~。少しでもそうならないように~進められるだけ~進めておかないと~」
「それはそうですね」
とりあえず、今のワタシに出来るのは、物を作り続ける事だけであるらしい。
そんなわけで、この日はその後、廉価版あるいは改良版『ぜったいあんせい』とでも言うべき、安全策を設けるなどして使いやすくした魔法薬の作成に一日を費やしたのだった。
これもまた余談だが、今日のワタシの活動でユフィール様に一番喜ばれたのは、指示した通りにしか動けないものの、調薬作業……特に力仕事や単純作業を代替してくれる闇人間部隊を出した事だったかもしれない。
効果が低い代わりに使いやすい=数が要求される、解毒薬や傷薬の量産が非常に捗ったとの事だった。
まあ、役に立ったのだから、ヨシッ!
『ぜったいあんせい』
語源は中国の名医、華佗。
効果としては作中でミーメが言っている通り。
適切に使えば、切れた腕を繋げたり、癌化した内臓を元通りにしたり出来る。
が、脳や心臓を対象として使うのは難しいし、使用後は効果が終わるまでその場から動けないと言う欠点もある。
なお、欠点の方は液に触れた部分が最悪モゲる。
03/26誤字訂正




