134:ミーメの治療魔術
「こんにちは、ユフィール様。今日はよろしくお願いします」
「こんにちは~、ミーメちゃん。今日はよろしくね~」
翌日。
ワタシは一人で王城内にあるユフィール様の部屋……に隣接した、研究室にやって来ていた。
今更な話だが、ユフィール様は王城内に診察室、病室、そして今回の研究室と、少なくとも三部屋は自らが管理する部屋を持っている。
これはユフィール様が宮廷魔術師長様の妻であるだけでなく、医者としても非常に優秀であるからこその部屋の多さなのだろう。
「それじゃあ~、早速やって行きましょうか~」
「はい」
さて、今日の目的だが、以前にワタシの部屋に届いていたユフィール様からの依頼……時間がある時で構わないから、ワタシの治療魔術を見せて欲しい。可能なら魔法薬にする事も試して欲しい。と言うものをこなす事である。
そして、ワタシの治療魔術と言うのは、以前のジャーレンの件で瀕死の重傷を負ったヘルムス様を治療して見せたアレの事である。
ユフィール様曰く、『ミーメちゃんの治療魔術を再現できれば~、これまで助けられなかった人も助けられるかもしれないわ~』との事だった。
人命救助はワタシとしても望むところであるし、イストフィフス侯爵の件が待ち構えている現状では治療技術の底上げはして損がある事でもない。
そんなわけで、今日の話に至ったのだった。
「ではユフィール様。まずは実演でいいですか?」
「構わないわ~。パパパッと治してあげて~」
「ど、どうも。よろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
ワタシは研究室の中で一人、緊張した面持ちで座っていた騎士の前に立つ。
名前はレーニング。同僚との模擬戦中に、訓練用の剣が左腕の防具の無い部分に直撃。咄嗟に身体強化魔術で防御はしたものの、左腕を浅く切ってしまったらしい。
ユフィール様の魔術によって一先ずの止血と消毒だけされたその傷口は非常に痛々しい。
うん、まずは比較的軽傷な者を対象に治験する。
当たり前だけど、それでいいと思う。
なお、ワタシの治療魔術と言う怪しげなものを受ける事になるレーニングには特別報酬が支払われる予定との事。
「動かないでくださいね。ワタシの魔術の仕様上、下手に動くと危険かもしれませんので」
「は、はいっ!」
ワタシはレーニングの左腕に闇を飛ばし、傷口を闇で覆う。
合わせてユフィール様が止血魔術を解除して、治療の邪魔にならないようにしてくれる。
それを確認したワタシは、レーニングの無意識の防御を『万能鍵』属性で突破しつつ、レーニングの傷口とその周辺を『闇』属性で曖昧化。
続けて、正常な部分からレーニングの左腕本来の状態を示す設計図を『人間』属性によって抽出し、抽出した設計図の情報に従って曖昧化した部分を明確化していく。
そうして、傷がない正常な状態で闇に覆われた部分を上書きしたところで、レーニングの左腕から闇を抜き取って、治療完了である。
相手の魔力量がマズイ状態なら、『魔力』属性によって純粋な魔力に還元して予後を良くする事も出来るが……今回はそれをする必要はないだろう。
「完了です」
「お、おおっ……すげぇ……」
「お見事ね~。それじゃあ~レーニング君は向こうの部屋でちゃんと治っているかの確認ね~」
「了解いたしました」
レーニングはワタシたちに挨拶すると、部屋の外に出て行く。
左腕を元気に振って。
で、レーニングが出て行ったところで、ワタシとユフィール様は静かに向き合う。
「どうだったでしょうか?」
「素晴らしいわ~。以前に聞いた話の通りなら~、斬られた腕を繋げることも可能なのよね~。それも踏まえると~……やっぱり魔法薬にもしたいわ~」
「ほっ」
「ただ~、理屈の方も確認しておきたいわ~。いいかしら~?」
「勿論です」
ワタシはユフィール様にどういう風に魔術を使っているかの説明をしていく。
そして、説明の結果、ユフィール様が疑問に感じたところに対する補足説明もしていく。
具体的には、レーニングの正常な部分から設計図を抽出したという部分についてだ。
この設計図と言うのは……前世知識で言うなら、DNAに相当するものだ。
DNAと断言しないのは、この世界にDNAがあるか分からないから。
なにせ、先日の悪霊のように、物理的実体がない魔物とかも居る世界なので。
しかし、何かしらの設計図がある事は間違いない。
そうでなければ、傷を治したり、体調を整えたりする際に、正常な状態が分からずに支障を来すはず。
そこまで説明すれば、ユフィール様としても色々と腑に落ちたらしく、納得してもらえた。
「なるほどね~。ミーメちゃんの治療魔術は~造るものであり~治すものでもあると言う事ね~」
「造るものに治すもの?」
「治療魔術にも色々とあるのよ~。摘出と消滅とか~、促すものと治すものとか~、無かったことにするものとか~。本当に色々なのよ~」
「なるほど」
どうやら治療魔術も奥が深いというか、状況に応じて色々と使い分ける必要があるようだ。
で、ユフィール様の理屈で言えば、ワタシの治療魔術は失われたパーツを造る事で治している物に分類されるらしい。
「詳しくはそっち方面の本を読むと良いわ~。ミーメちゃんなら~元から理論派だから~知っても困らないでしょうし~」
「分かりました。時間があれば、と言う事になりそうですが」
「それで構わないわ~。私が言うのもなんだけれど~分厚くて難解な本だから~その道に進む気がないなら~触りから先は読む必要がない本なのよ~」
これは余談のような話になるが。
多くの治療魔術の使い手は、最初は何となくで出来るようになるもの、らしい。
しかし、何となくでやっているから、殆どの人はちょっとした擦り傷や切り傷、火傷くらいまでしか治せない。
そして、上手く治療できる場合もあれば、治療できない場合……あるいは悪化させてしまう場合もあるのだとか。
では、魔術でそれ以上の傷や病気を治し、成功率を上げるためにはどうすればいいかと言われれば、やはり理論が大切になってくる。
だから、ワタシたちの視線の先にあるような辞書のような本が必要になるそうだ。
ただ、世の中不思議な物で。
時にはそうして理論を学ぶと、逆にそれまで出来ていた治療が出来なくなってしまう人も居るそうで……ユフィール様含め、治療魔術の使い手を増やそうとしている人たちにとっては、頭の痛い話のようだ。
「ところで~ミーメちゃんの治療魔術。これには何か名前はあるのかしら~?」
「いいえ。特には名付けていませんね。そのワタシが名前を付けている魔術は、闇人間を除けば、他は基本的に第三属性まで含んだ上で、大量の魔力を消費する物に限るようにしているので」
ユフィール様の問いに、ワタシは周囲に他の人がいない事を確認してから囁く。
より正確には、ユフィール様周囲の闇を揺らして、ユフィール様にだけ聞こえるように音を発する。
なお、ワタシの治療魔術は魔力の消費量としてはそこまで大したものではない。
数字に直したら、10にも満たないくらいだろう。
これは属性を組み合わせた事による出力の向上が存在するのと、治療行為において過度の出力は毒になると判断したからだ。
「あらそうなの~。こんなに凄い魔術なら名付ければいいのに~」
「ワタシの場合。魔術で出来る事が多すぎてですね。一々名付けていられないんです」
「だったら仕方がないわね~。でも~魔法薬にするんだったら~管理や量産を楽にするためにも名付ける事をおススメするわ~」
「む。そうですか」
ユフィール様の言葉にワタシは少し悩む。
確かにユフィール様の言う通り、名前を付けた方が管理や量産の面では有利だろう。
しかし、ワタシにも拘りのような物があるので、それを安易に崩したいと思えない。
となれば……。
「……。じゃあ、ワタシの全力の治療魔術を試しに一度魔法薬で作って、それには名付けましょうか。薬を通り越して毒になってしまう可能性も高いですが」
「あらあら~流石はミーメちゃんね~。ん~……そうね~。普通の治療魔術なら私や部下の子たちで足りるわけだし~危険性を知る意味でも一度振り切っておきましょうか~」
「そうですね」
原液のような物を一度作ってみると言うのも、有りだろう。
ワタシとユフィール様は魔法薬作成の準備を始めた。




