122:突入直前ブリーフィング
「もうすぐでございますね」
「そうですね」
まだ夜も明け切らない頃。
グレイシア様とワタシは事前に指定された場所へとやって来ていた。
周囲には騎士、魔術師、兵士が合わせて十数名居て、騎士の一人は遠目には空っぽに見えるカゴを持っている。
が、ワタシたちの存在が周囲に気づかれる事はない。
ワタシが本気で隠蔽の魔術をこの場に掛けてあるからである。
「では、時間が来るまでの間に最終確認でございます」
「はい」
グレイシア様が全員の顔を見た後、ワタシに向けて喋り始める。
「夜明けと共にわたくしたちは行動を開始。アチラに見える『ブラックハート』の拠点を攻め落とし、中に居る人間を全て捕縛すると共に、各種証拠を確保します」
ワタシの目で見た限り、目の前の拠点はスラム街にある何の変哲もない建物群……六つのボロ屋であり、今度の区画整理で整理されることが決まっている建物でもある。
が、詳しく調べた人によれば、あれらの建物は地下で繋がっていて、そこには呪いを扱う者も含めて、複数の闇属性魔術師が詰めている事が確認されているし、『ブラックハート』のボスと目されている人物も今日はあそこに居るのが確認されている。
「また、今回の作戦では、王都内に存在している他の『ブラックハート』の拠点も同時に攻め落とすことになっています」
グレイシア様の言葉に今頃ヘルムス様はどうしているだろうかとちょっと思う。
今現在、ヘルムス様、ジャン様、それに何人かの宮廷魔術師と、十分な数の騎士、魔術師、兵士が王都の各地に存在している『ブラックハート』の拠点に対して派遣されている。
目的はワタシたちと同じ。
ただ、拠点ごとに確保できるであろう証拠が異なると思われるため、それぞれの拠点の性質に応じた面々が派遣されているらしい。
例えば、ワタシたちが居るこの拠点なら、呪いを含む闇属性の違法魔道具であったり、ボスだけが取り扱う事を許されるような重要書類があるのではないかと思われている。
だからこそ、『暗黒支配』によって即座に鎮圧できるワタシと、『不安』属性によって見つかって欲しくないと思う物こそ見つけ出せるグレイシア様の組み合わせが、此処に派遣されたわけである。
「ただ、他の拠点については今は気にしなくていいでしょう。重要なのは目の前です」
まあ、それはそれとして、ヘルムス様なら心配は要らないか。
こう言っては何だが、この世界における犯罪者とは、結局のところ、魔物相手に戦う勇気を持たない臆病者かつ卑怯者であり、人間相手に粋がる事しか出来ない寄生虫と言うのが一般認識。
故に暴力あるいは武力を誇る人間ほど、犯罪者になるような事は無く、犯罪組織に居る人間は宮廷魔術師や騎士と比較したら、直接的な戦闘能力については著しく低いのが普通となる。
勿論、油断は出来ない。
彼らは人間を害する事だけは長けているからだ。
が、ノスタほどにぶっ飛んだ人間でなければ、脅威にならない事もまた事実なのである。
よって、ヘルムス様たちを心配する必要はないだろう。
「こちらの拠点を攻めるわたくしたちが最も警戒するべきは証拠を隠滅される事。次に凶悪化された呪いです。証拠の隠滅を防ぐ事については皆様の尽力を期待します。呪いについてはミーメ様、お願いします」
「はい。任せてください」
呪いについては、呪いの再利用がこの拠点で行われている可能性が高いから出てきた話である。
建物の外から見た限りではそんな様子は見られないが、油断はしない方が良いだろう。
証拠の隠滅については……とにかく手早く制圧して回収するしかないだろう。
つまり、同行している騎士たちの働き次第だ。
なお、他に警戒するべきとされるほどの戦力は居ないとされている辺り……まあ、犯罪組織の質の低さが窺える。
「さて折角ですので、順調に拠点の制圧と証拠の確保が上手く行った場合の後の話についてもしてしまいましょうか」
「お願いします」
時間は……確かにまだあるようだ。
「拠点制圧後、その場で素早く書類の確認をします。そこで何が見つかるか次第ですが、トリニア教あるいはイストフィフス侯爵家が関わっていると判断できる証拠が見つかれば、その時点でミーメ様は次の目標に向けて行動を開始します」
ワタシはグレイシア様の言葉に頷く。
次の目標と言うのは、ワタシについては『聖アンザンシ教会』……より正確に言えばサキ・イストフィフスになる。
なお、トリニア教、イストフィフス侯爵、どちらか片方でも関わっていると確認できれば、次の段階に進める理由としては、トリニア教のグロリアブレイド王国方面の本拠地がイストフィフス侯爵領に在り、その繋がりが非常に強い事が分かっているからである。
片方が関わっていて、もう片方が関わっていない、そんな言い訳は通じないと言う事だ。
「そう言えばグレイシア様。宮廷魔術師にイストフィフス侯爵の子供が居ると聞いていますが、そちらの方は今どうしているのですか?」
「作戦が次の段階に移行した時点で、投降していただく形になっています。今は……王城内に居るはずですね」
「投降……してくれるのですか?」
「その筈です」
事前に貰った資料によればイストフィフス侯爵の子供と断言できる人間は、現在、王都に三人居るらしい。
一人は宮廷魔術師、『石抱きの魔術師』の二つ名を持つ、ライオット・フォン・イストフィフス。
ノスタの件では重力系と思しき魔術を扱っていたが、属性としては第一属性が『土』、第二属性が『加重』であるらしい。
ただ彼の場合、周囲に居るイストフィフス侯爵の手の者さえ排除できれば、こちら側に投降してくれる事が分かっている。
なので、心配はほぼ不要との事。
二人目は『聖アンザンシ教会』に居る、トリニア教の修道女、サキ・イストフィフス。
イストフィフス侯爵と妾の間に出来た子供であり、公的に子供と認められている人間の中では末子になるらしい。
彼女もこれまでの行動を鑑みる限り、投降を促せば素直に従ってくれると王城側の殆どの人間は考えているようだが……。
精神属性である事、基本的にはこちら側であるが怪しい面もある事、王城側が命じてスパイのような事をさせているわけではない事、と言った点を鑑みた結果として、ワタシが対応する事になった。
つまり、不自然な挙動を見せたら、制圧しろと言う事である。
三人目は貴族院の学生で、トレイタル・イストフィフス。
属性は『光』。
公にはイストフィフス侯爵の妹の子供……つまりは甥になっているそうだが、詳しく調べた結果、侯爵と侯爵家に仕えていた侍女の子供であると分かったらしい。
その性格は傲慢かつ横暴極まる物で、貴族院でも既に問題視されている。
だが、自身の若い頃そっくりであるらしい彼をイストフィフス侯爵はとても可愛がっているそうで、自身の後を継がせたいようにしか見えないとの事。
しかし、フォンのミドルネームを持たない彼が、侯爵の後を継ごうと言うのなら……今現在フォンの名前を持つ自分の子供たちは生きていてはいけないと言う事になる。
うん、侯爵の邪悪さがよく分かる。
そして、この人物については、上二人と違って説得不要と判断されている事からも、色々と察する事が出来てしまう。
まあとにかく、第二段階のワタシの役目はサキさんを捕らえる事なので、証拠を確保できた時点で移動用闇人間も使って教会に強襲を仕掛けるだけである。
他二人は、他の人たちの担当なので、任せよう。
余談となるが、イストフィフス侯爵の公的に認められているもう一人の子供……次男は、イストフィフス侯爵領に居て、雌伏の時を過ごしているらしい。
王城側の人間だが、動きたくても動けないのだとか。
『よし、お前ら全員揃っているな』
と、ここで騎士が持っていたカゴの中から『風鳩の魔術師』の声が響く。
カゴの中には風で出来たハトが入っていて、それが喋っている形だ。
なお、言うまでもなく、他の『ブラックハート』の拠点の前で待機している他の人たちの手元にも、同じく風のハトたちがいるはずなので、タイミングがずれる心配はしなくていい。
『今から数字を数える。0になったら行動開始だ』
ワタシたちは無言で突入の為の態勢を整え始める。
ワタシについては、とりあえず闇人間を纏っておき、万全の防御を整えておく。
『3……2……1……0! 作戦開始!!』
そしてワタシは誰よりも早く、壁をぶち抜いて、拠点の中へと飛び込んだ。




