爆心-3
瑤子は祈っていた。
例え…勝たなくても無事に帰ってきて…と。
あの日…馬運車に乗せられていく仔馬だったコナン。
あの時のコナンの鳴き声は今も忘れない。
瑤子は馬主席で愛馬の帰りを待っていた。
武田文吉は怒っていた。
あの小娘!なにもするなと言っただろう!
必死に馬を抑える騎手に怒り心頭だ。
浦河美幸は武田文吉より『なにもせずにただ乗っていろ』と指示を受けた。
しかしいくらなんでもこの暴走は抑えなければ…
そう思い手綱を引っ張ってみたもののビクともしない。
いつの間にか立ち上がって力いっぱい抑えていたのだ。
(なんなの!?この馬は!?)
浦河美幸はデビュー戦でいきなり落馬という騎手人生のスタートだった。
腕を骨折してしまい、二ヶ月後に復帰。すでに勝利を挙げている同期達に追い付くため必死にがんばったが、騎乗馬が少なく今だ9勝しか挙げていない。
この泣き虫!と競馬学校の教官に毎日怒られ、今もまだ所属する坂田調教師に泣くな!と怒られる毎日。
騎手を辞めようと思っていた矢先…こんな大きい馬に乗せられようとは…
(もう絶対辞めてやるぅ~!)
レース中…浦河美幸は泣いていた。
『さぁ先頭のドリームメーカー1000mを通過!後続を15馬身離して爆進しております!』
(もうどうにでもなっちゃえ~!)
浦河美幸は手綱を緩めた。
その途端、ドリームメーカーの頭がガクンと下にさがった。
(え?なに!?)
ドリームメーカーの頭の位置が背中のラインより下がっている。
そしてドリームメーカーの速度が急にダウンした。
『おっとドリームメーカー!ズルズルと後退!早くも力尽きたか!?』
馬群がすぐ後まで迫って来ている。
(違う!この子…自分でペースを作ってる!?)
浦河美幸は武田文吉が指示した意味がわかった。
道中は馬に委ねて走れという事だったのだ。
『ドリームメーカー馬群から一馬身の所でまたペースを上げた!
』
浦河美幸の手綱に迷いは消えた。
(そっか…私が手綱を抑えたから、怒って暴走したのね…)
『さぁ~第4コーナーに差し掛かる!先頭はドリームメーカー!
すぐ後にクリンスマンも詰めてきている!』
レースは直線へと入った。
宝田が突然叫んだ。
「こいつはめっちゃ大物ですわ!」
それはドリームメーカーが突然ズルズル後退していった時だった。
いやいや宝田…こいつはもう暴走によって力尽きてしまってるよ…
俺がそう思った次の瞬間…ドリームメーカーは再び息を吹き替えし速度を上げた。
宝田は俺に早口でこの状況を教えてくれた。
「ありえまへん事です…この馬はレースを理解してまんねん…たいした馬ですわ…」
そんなバカな!?
いくら賢い馬だってそこまで理解できるわけがない。
勇猛に走るドリームメーカーの姿を見た。
こいつはいったいどういう馬なんだ…?
『さぁ直線へと入った!
ドリームメーカー2馬身から3馬身のリード!
クリンスマンもいい位置だ!
ブッフバルトは外に出したぞ!
残り200を切った!
クリンスマンがドリームメーカーに並ぶ勢いだ!』
外からクリンスマンがドリームメーカーに並んだ。
もし内にクリンスマンがいたらまったく姿が見えないだろう。それぐらいドリームメーカーは大きかった。
『さぁここでクリンスマンが先頭に変わっ……いや変わらない!ドリームメーカーがまた前に出た!
更に外からブッフバルトがいい脚で飛び込んでくるぞ!
ブッフバルトが前2頭をかわして……いや変わらない!
ドリームメーカー更に前に出る!
クリンスマン更に詰め寄る!ブッフバルトもいい脚だ!
しかしドリームメーカーが抜かせない!
残り100を切った!
ドリームメーカーが頭ひとつリード!
クリンスマンとブッフバルトは並んで追っている!』
俺は興奮して立ち上がっていた。
宝田は身を乗り出してテレビに向かっている。
「がんばれ!コナン!」
「がんばれ!がんばれ!」
二人で絶叫に近い声援を送った。
「馬はただ走る為に生まれてきただけじゃないと思う…きっとなにかの為に走ってるんだ。」
親父が昔俺に言った言葉…。なんで今こんな事を思い出すんだろ…。