雷鳴-4
春の天皇賞は遅咲きの6歳馬イーグルショットが見事勝利。念願のGⅠを勝ちとった。
イーグルショットの勝利で父馬スペシャルウィークは天皇賞親子制覇の偉業を成した。
最近どうも宝田の様子がおかしい。瑤子も感じているようだ。
種付けシーズンとなりパタバタ忙しくなったが、作業中にも今ひとつ上の空で、時折なにかを考えているようだ。
「きっと女ね…」
瑤子が俺に言った。
いや…そんな感じではないと思うが…。
俺と瑤子は宝田を安居酒屋純ちゃんに誘い話を聞き出す作戦に出た。
ちょっとお酒が入り頬を赤らめた瑤子…かわいい…愛してる…。
そんな瑤子は俺との事前の打ち合わせを見事に無視し、宝田にストレートに聞いた。
「で?どこの女?」
宝田の顔はまさにキョトンである。
瑤子…フライングだ…。俺は最近の宝田の様子が気になる事を伝えた。
「あ~こりゃ心配かけてすんまへん。でもなんでもおまへんねや~気にせんといてください」
この人は本当に素直な人なんだろう。明らかに何かを隠しているのがわかった。
「宝田さん。俺はもう宝田さんや瑤子ちゃんを本当の家族のように思ってるんだ…話してみてよ」
俺は宝田に訴えかけた。瑤子も横で頷いている。
「社長ありがとうございます…それじゃあ…ちょっと明日付き合ってもらえますか…?」
翌日、俺と瑤子が宝田に連れてこられたのは…
ダーリージャパンの牧場施設だった。
「やぁ。よく来たね。待っていたよ」
高橋淳二。ダーリージャパン代表。ドバイのモハメッド殿下から絶大な信頼を獲ており日本事業の全権を委ねられている。
「やぁ飛田社長。はじめまして」
会話するのは初めてだったがテレビでの強気な発言とは裏腹に気さくな感じの印象がした。
高橋氏は俺達に広大なダーリージャパンの牧場の主要施設を惜し気もなく案内してくれた。
素晴らしい…おそらくノーザンファームや社来ファームをも超える世界トップレベルの牧場だ。
クラブハウスのテラスに設置されたウッドベンチに座りしばらく談笑となった。
会話も切りついたところで高橋氏は俺の顔をチラッと見て宝田に言った。
「それで宝田くん…考えてくれたかな…?」
宝田はダーリージャパンからスカウトされていたのだ。ようは引き抜きだ。
高橋氏は馬や施設だけではなく有能な人材も集めていたのだ。
今まで和やかなムードが一転、険悪な雰囲気となった。
「高橋さん!うちのスタッフ引き抜くとはどういうつもりですか!?」
俺は怒りを露にした。
高橋氏の目は厳しいものになった。
「飛田社長。あなたの牧場に宝田くんはもったいない」
静かな声ではあるが俺はちょっとビビった。しかしここで引くわけにはいかない!俺が反論しかけた時、瑤子が口を開いた。
「宝田さんは…どうする気なの?」
「宝田くんはうちに来てくれるさ。彼は馬造りの天才だ。ゆくゆくはここの牧場長を任せてもいい人材だ。小さい牧場で埋もれさせるわけにはいかない。そうだろ宝田くん?」
高橋氏が言った時、
「あなたには聞いてないわ」
瑤子がピシャリと言った。強い女だ。あの高橋氏を黙らせた。
宝田が静かに語りだす。
「僕は…高橋さんからお話をいただいた時はめちゃめちゃ嬉しかったんです。これだけのトコで働けるなんて夢のようですわ。」
宝田の心は大きく動いているようだった。
「でも飛田牧場で働いている時に感じたんです。馬は一頭一頭丁寧に育てなあきまへん。先代の飛田社長から学びました。生産は規模だけではないと…。僕には一頭一頭の表情が見える飛田牧場が向いてますわ。
ですから高橋さん…すんませんけど、今回の話はなかった事にしてください。」
宝田は頭を下げながら言った。俺は安心した。宝田は俺や瑤子と同様にうちの牧場を愛している。
「そうですか…残念だがそこまでハッキリ断られたらしかない。諦めよう。」
高橋氏の表情に少し笑みがあった。
瑤子が高橋氏に質問した。
「高橋さんは、なんで日本の競馬に対して挑戦的なんですか?」
フッと含み笑いした高橋氏は
「きっと日本の競馬界で私は、かなりの悪者になっているんでしょうね。まぁ別にかまわないんですが。
しかしあなた達日本の生産者は、これだけは理解しなくてはならない…今のままでは間違いなく日本の馬産業は破綻する!」
高橋氏は俺達に日本競馬の行く末を丁寧に語り始めた。
高橋氏が提言した日本馬産業の破綻。
それは今もまだ残るサンデーサイレンス系への信頼からくる社来グループひとり勝ちと、社来が高揚させた日本の血統が小規模生産者をさらに苦しめているとの事だった。まぁ、うちは社来に支援してもらっているが…。
ダーリージャパンは小さい牧場を買収してはいるが、あくまでもグループ傘下での合併であり継続して雇用をして支援もしている。
高橋氏もまた日本競馬の未来を憂う一人であったのだ。
そして宝田がうちを選んでくれた事も嬉しかった。
帰り際に高橋氏は言った。
「お嬢さん。たしか菱田瑤子さんだったね。うちで私の秘書をしないかい?」
恐るべし高橋淳二…。
「うちの牧場が潰れたらお世話になりますわ」
さらに恐るべし菱田瑤子…。
これで宝田謀反の乱は無事解決した。
そして高橋氏から今後の牧場交流が提案された。
まぁお友達になったわけだ。